1 あたしは別に、最初から正義の味方ってやつになりたかったわけじゃない。 まどかや仁美と一緒に笑いあって、恭介が隣にいて、そんな平和な時間が続けばいいと思ってたし、続くと信じてた。 まどかをいじめたりするやつは許せないけど、ヒーローなんてつもりはなかった。 でもあたしは、そんな日常が何の代償も無しに続いてるわけじゃないって知ってしまった。 そして、わかっちゃったんだ。このままじゃ平和な時間が壊れちゃうって。 あたしは、正義の味方になりたくて魔法少女になったわけじゃない。 でもどうせ代償を払うなら、あたしにそれを教えてくれたあの人のように。 優しくて、強くて、かっこいい、正義の味方になりたかった。 だけどバカだなあ。あたしは自分のことで頭がいっぱいで、気づかなかったんだ。 何の代償も無しに正義の味方でいられるほど、この世界は優しくないってことに。 そして、あの人だって同じだったんだってことに。 2 私は、まどかを救うために時間を繰り返した。何度も、何度も。 それはつまり、それと同じくらい、まどか以外の人たちを救うのをあきらめたということ。 私たちは魔法少女なんていっても、アニメみたいな綺麗なものじゃない。 誰もかれも残らず救うなんてできないし、夢と希望の力で奇跡が起きたりもしない。 そこにあるのは残酷な現実だけ。 でもあの人は、そうあろうとしてしまった。それはあの人が強くて、優しくて、気高かったから。 そしてそれゆえに、真実に耐えられなかった。それはあの人が繊細で、優しすぎて、使命感が強かったから。 結果として、私は彼女を遠ざけた。時には彼女のやり方を非難し、衝突した。 それが正しかったなんてことは言わないわ。 だって、私もあの人に、魔法少女として生きることの意味と覚悟を教えられたのだから。 3 あたしに言わせりゃ、あいつは何でもかんでも抱え込みすぎなんだ。 全部自分ひとりで背負ってるみたいな顔して、ひとつだって零さないように気を張って、そのくせ一人で泣いてやがる。 あいつはそういう種類の大バカだ。 そんなことしたって何にもなりゃしないのに。全部自分で救うなんて出来やしないのに。 あたし達はもう十分すぎる代償を払ってるってのに。 それでもあいつは、笑ってこういいやがるんだ。 「でもね、それが私に出来る、たった一つのことなのよ」ってな。 そうかと思うと、勝手にお友達とか何とか言って人の世話を焼きたがり、振り払われたら泣きそうな顔しやがる。 やっぱりあいつは大バカだ。何にもわかっちゃいない。 ま、あたしも人のこと言えた義理じゃないけどさ。バカ同士、馴れ合うならちょうどいいのかもな。 4 彼女のことなら君たちのほうが詳しいんじゃないのかい? マミはとても優秀な魔法少女だよ。 元の素質もさることながら、とても単純で、けれどそれゆえに強い願いで契約したからね。 彼女の抱えた因果と境遇が彼女をあそこまでの魔法少女にしたんだ。 一方で、活動は決して効率的と言えないし、精神的に大きな不安要素を抱えている。 にもかかわらず、魔女化することもなく生き永らえてきたのは驚嘆すべきことだね。 そうそう、ボクへのスキンシップが依存といえるほど過剰という意味でも、希有な魔法少女といえる。 寂しい? 訳がわからないな。 ボク達は感情を精神疾患としてしか認識できない。 共有ができない以上、それが君たちのいう感情と同種のものか判断することは不可能だし、意味のないことだ。 ただマミの家は快適だったから、もしそこで過ごせなくなるとボクとしてはずいぶん不便になるね。 5 お話の中のことだと思っていた魔法少女が、突然現実になって。 現れたあの人はとても素敵で、格好良くて。 誰も知らない世界で、誰にも知られないまま戦うなんて怖いけれど、それは誰かの役に立てることで。 私は無邪気に憧れてしまった。 でも、あの人は誰にも知られず一人で泣いていて。そして、誰にも知られず命を落として。 さやかちゃんは、マミさんのような魔法少女になりたいと言ったけど、自分を見失ってしまって。 杏子ちゃんは、マミさんと同じように魔法少女に憧れてたと言ったけど、奇跡は起こらなくて。 ほむらちゃんは、マミさんのようには魔法少女は生きられないと言ったけど、諦めきれずに戦い続けていて。 だから、マミさんも、みんなも、誰も絶望して欲しくない。 私に本当に力があるのなら、マミさんが見せてくれたような魔法少女に。 夢と希望で世界を満たす、"本物"の魔法少女に、私はなりたいと思った。 6 かちゃ、カップを置く小さな音がした。 「私ね、最近ときどき思うのよ、こういう幸せな時間がいつまでも続けばいいのにって」 その声がわずかに憂いを帯びているのに気づかないふりをして、まどかが明るく応える。 「そうですね、魔女も魔獣も出なくて、平和ならいいのに」 「そしたらマミさんと毎日こうやってのんびりお茶会し放題だしねー」 「でもそれじゃグリーフシードも手に入らないじゃんか。そしたらお茶会どころじゃないぜ」 3個目のスコーンに手を伸ばすさやかに、クッキーを一口で放り込みながら杏子がつっこむ。 「……それに、人はいつまでも変化しないわけには行かないわ。同じ時間を過ごすなんて前に進むことを諦めたのと同じよ」 ややぬるくなった紅茶に口をつけながら、静かにほむらが付け加える。 「あんたがそれを言うか! ……ってか、逆に説得力あるわね」 「暁美さんは、私たちを救うためにずっと苦しんでたんだものね。それに、それを終わらせた鹿目さんも」 「えっ、いえそんな、私がそんなことできたのもほむらちゃんがずっと頑張ってくれてたからで……」 「でもその決断したのはあんた自身だろ。もっと誇っていいんだぜ」 「私がもっと早く因果の集中に気づいてれば、まどかが犠牲になることもなかったのよ。ごめんなさい……」 「でもそれ以外に、事態を解決する方法がなかったのは事実だろう? 最小の犠牲ですんでよかったじゃないか」 新たに加わった声に、5人のさまざまな思惑の混じった視線が刺さる。 「最小の犠牲ですって? よくもそんな口を利けたわね、インキュベーター」 「キュゥべえ、それは鹿目さんにも暁美さんにもあんまりじゃないかしら。誰も傷つかないならそのほうがいいに決まってるわ」 「ていうかあたし結局死んでるんだけど……」 「元はといえばてめえが余計なことしやがったせいだろうが。人類に謝れ、人類全員に!」 「ま、待ってよ、キュゥべえだって私の願いはちゃんと叶えてくれたし、私もこれでよかったって思うから……」 キュゥべえは4人から隠れるようにしてまどかの後ろに回り、ひょいと顔を出す。 「ボクはあの時点でできるだけの譲歩はしたつもりだよ。そもそも君たちが揃っている時点でこの世界は」 ザンッ ズパッ パンッ ズドンッ まったく同時に2方向から空気を裂く音と、2発の銃声とが響いて、キュゥべえだったものがまどかの肩から吹き飛んだ。 「あわわ、キュゥべえっ!?」 「それは禁句だよ」 「てめえは今言っちゃならねえことを言った」 「メタなツッコミをするものじゃないわ」 「デリカシーのない男子は嫌われるわよ」 「やれやれ、訳がわからないよ」 何事もなかったように新たなキュゥべえが入ってきて、残骸を片付けるのを横目に、全員がテーブルに戻る。 7 「それで、話がずれてしまったんだけど、さっきの続きがあるの」 紅茶が冷めてしまっているのを見て、お湯を沸かしに台所に立ちながら再び話を戻す。 「こういう時間が続けばいいのに、って話ですか」 「ええ、みんながこうして揃って穏やかな時間を過ごしているのは幸せだけど、同時に怖くなるの」 「ははん? マミらしいな。そういうとこは相変わらずかよ」 何かを察したらしい杏子とほむらに対して、まどかとさやかはよくわからないという表情。 「今マミさんは幸せなんですよね。でも怖いって、どういうことですか?」 「さっき暁美さんが、人は変わるものって言ったわよね。それはわかってるの。私たちはいつまでもこのままじゃいられない」 「そうね、成長するという意味でも。魔法少女の運命と言う意味でも」 「で、でももう魔女になったりしないですし! そりゃもう普通の体じゃないし普通に死ねないのは違いないですけど!」 「フォローになってねえよ。それにマミが言ってるのはそういうことじゃないだろ」 杏子の言葉にうなずき、ケトルを火にかけながら言葉を続ける。 「ええ、まったく後悔してないといえば嘘になる。でも納得はしているし、円環の理に従う覚悟も出来ているわ」 「マミさん、そんな……そんな寂しいこと考えないでください」 「でも避けられない運命なのは事実よ、まどか。私たちは少し特別なだけで、人はいずれ死ぬのだから」 「ごめんね、変な話して。でもパパもママもいなくなって、ずっと一人だったせいかな。よく考えてしまうの」 湯気を上げるケトル。暖かな団欒のテーブル。それはかつての失われた温もりを思い起こさせて。 「もし私がいなくなったら、誰か私を覚えていてくれるのかなって」 8 「わ、私は忘れませんよ、マミさんのこと!」 「私だって絶対に忘れないよ!」 かつての世界で起きた悲劇を思い出したのか、まどかとさやかが泣きそうな声で叫ぶ。 「お、落ち着いて2人とも。今すぐいなくなるって訳じゃないのよ」 「今のはマミが悪いわ。要するにあなたの不安の正体は、死や消滅そのものではないということでしょう」 「? わかんないよ。死ぬのと忘れられるのとどういう関係があるの?」 「例えば、死んだやつのことを覚えてたら、そいつは胸の中に生きてるってよく言うだろ」 「でもそれって例え話でしょ?」 「そうね、でもそれは重要なことよ。誰もその人のことを覚えていなくなれば、最初から存在しなかったのと同じになってしまう」 「要するにマミは死んでからも独りぼっちは嫌ってわけだ」 「ちょっと杏子、そんな言い方は……」 茶化すような口調にさやかが反論しようとするのをさえぎり、杏子が続ける。 「自分のことを忘れるのは許さねえ、自分を忘れないで生きていけってさ。わがままな先輩もいたもんだ」 「それって……」 「そうね、わがままだわ、私。そうなる保証なんてどこにもないのに」 ピィピィと音を立て始めたケトルをはずし、テーブルに戻ってくる。 「私はもう時間とか関係ないですし、絶対マミさんのこと忘れません!」 「あー、それはあたしも似たようなもんかな。たまにこんな風に会えたりしそうな気もするし」 「君たちのそれはメタ発言じゃないのかい?」 「うるさいわ、まどかがいいこと言ったのに茶化さないで、インキュベーター」 まどかとさやかに微笑を向けていた視線がふと向いたのを見て、杏子はあきらめたように言う。 「あーもう、わかったよ! でも約束はできないぞ、先のことなんてわかりゃしないんだからな!」 「心配無用よ、あなたのぶんまで私が覚えているわ」 「へっ、そりゃマミのほうがお前より先にくたばるってことかい? 大した自信だな」 軽く火花を散らす2人を見守るように、表情がほころんで。 「ありがとう、鹿目さんも、美樹さんも、それに暁美さんに佐倉さんも」 「おや、ボクは勘定に入っていないのかい?」 ちょろちょろと走ってきたキュゥべえが、さも当然のように膝に座りこむ。 「マミは魔法少女としては極めて珍しい事例だからね。ボクとしては記憶にとどめておく価値があるよ」 「ふふ、そうね。キュゥべえは私たちより長生きしそうだし、私を覚えていてくれるなら嬉しいわ」 「そいつらにそんな感傷的な心があるわけないと言ってるでしょう、有益だった程度にしか思われないわよ」 「というか、異星人に覚えてもらっててもなんか微妙だよね。覚えててもらえるなら、普通の人がいいな」 「普通の人ってなあ……そういう奴らはあたしら魔法少女のことなんて知らないぞ。そんな奴いるわけないじゃんか」 9 「……そうでもないと思うな」 まどかが何かを思いついたようにぽつりと言った。 「どしたのまどか?」 「あたしら以外に覚えてる奴がいるってか?」 「あ、まさか……いえ、確かにそれはあり得る事だわ」 「心当たりでもあるの、鹿目さん?」 「へえ、その存在を認識できるとは、さすがはまどかだね。でもどうやって確かめるんだい?」 まどかは頭上を、そこに姿は見えず、けれども常に自分達を見守っている誰かを指差し。 にっこりと笑って言った。 「私たちのお話を、いっぱい、いっぱい伝えるんだよ」 そして、不思議そうな表情を浮かべるマミさんの肩に手を置いて。 「ほら、耳を澄ましてください、マミさん。聞こえませんか? 私たちを応援する、たくさんの人の声――」 10 Don't forget. Always, somewhere, someone is fighting for you. As long as you remember her, you are not alone. ――And She is not alone too! マミさんスレ200スレおめでとう! 私たちはマミさんのことを応援し続けます。