12月25日 AM8:00  くつろぎ喫茶ベヒんもス・厨房 「ふう……とりあえず、これで大丈夫でしょうか」 そう言って一息つき、額の汗を拭うのはこの店のオーナーことあやねさん。 彼女の目の前の調理台には、きれいに飾り付けられた「ターキーロースト」がずらりと並んでいた。 また、その隣の調理台には「真冬の夜の夢」や「お気に召すまま」、それに「木漏れ日に包まれて」と、星芒祭用ケーキのHQ品がずらり。 そう、今日は星芒祭。人々が星々に祈りを捧げ、多くの人が特別な人と共に時を過ごす、トクベツな日。 その特別な日を演出する特別な料理を求め、人々はこの店に列を成す。 喫茶ベヒんもスの、長い一日が今、始まる……。   ――聖なる日のベヒんもス―― 「あやねさんwwwwwwこっちも焼けたぜwwwwwwww」 「ありがとうございます、餡刻さん」 草を生やしながら言うのは餡刻。その手には、オーブンから取り出したばかりの鉄板が掴まれている。 鉄板には、どんぐりクッキーやジンジャークッキーといった様々な焼き菓子が所狭しと並んでいた。 香ばしい香りが厨房に漂い、二人の鼻腔をくすぐってゆく。 「うん、どれもいい焼き具合ですね。さすが餡刻さん、いい仕事です」 「それほどでもwwwwwwwwないwwwwwwww」 クッキーの焼き具合を確認し、あやねさんはにっこりと微笑んだ。 ことお菓子作りにおいて、餡刻は並々ならぬ技量を発揮する。それを見込んだあやねさんは、餡刻にヘルプを頼んだのだ。 (やたらと喜んでいた)彼の助力もあって仕事は順調に進み、あやねさんは開店前に作成ノルマを達成することが出来たのだった。 むしろ、この時間であれば開店前に一息つくくらいは出来るだろう。 ……とある、懸案事項を除けば。 「ふぇーん、また割れたー;;」 「ほら、穣子。泣いてる暇があったら集中なさい」 「うえーん、お姉ちゃんのいじわるー;;」 厨房の片隅で、当の懸案事項が声を上げた。静葉、穣子の秋姉妹である。 あやねさんは本来、二人に店で使う食材の仕込み(数を一度に作れるクリスタル合成)を頼んでいた。 ところが、欲を出した穣子が「私もケーキを作る!」と言い出し、半ば巻き込まれる形で静葉も作ることになってしまったのだ。 あやねさんも「二人の勉強になるのなら」とオーケーを出したのだが、結果はごらんの有様である。 姉の静葉はなかなかに集中力があり、とりあえず失敗はしないのだが……穣子の方は集中力にムラが多く、成功率は10%あればいい方である。 そもそも、穣子の調理スキルはケーキを作れるレベルに至っていない。無理に作ろうとしているのだから、そうそう簡単に成功する道理も無い。 「あやねさ〜ん、もう一回サポートお願いしま〜す;;」 「あらあら……」 痺れを切らした穣子は、とうとうあやねさんに泣きついた。 少し困ったように微笑みながらも、あやねさんはそれに応じる。 「では、目を閉じて――」 「ん……」 静かに目を閉じた穣子の額に、同じく目を瞑ったあやねさんがこつりと額を当てた。 すると、次第にやわらかな光が二人を包み込み、それが少しずつ穣子に流れる様に集まってゆく。 同時に、穣子の脳裏には様々な料理のイメージが流れ込んできた。 「(うはwwwwwwwww何かwwwwwwwwそそr)オウフwwwwww何スか静葉さんwwwwwww」 「餡刻さん……何だか目つきがいやらしかったですよ……?」 「……フヒwwwwwwwwサーセンwwwwwwwwwwwww」 その光景をまじまじと見つめる餡刻の脇腹に、肘鉄が一撃叩き込まれた。放ち手はもちろん、隣に居た静葉。 餡刻がそそられたのも無理はない。目の前で女性が目を閉じて額をくっつけ合う光景というのは、何やらどことなく色香g (ギロリ) ……サーセン。 静葉さん地の文にまで睨み利かせないで下しあ;; 「はい、OKです。でも、出来ればそろそろ仕込みの方も――」 「ありがとうございまーす!」 「――し…て……」 あやねさんが額を離すが早いか、穣子は跳ね飛びそうなほどにはしゃいで作業へと戻って行ってしまった。 さすがのあやねさんも、これには呆気に取られるしかない。 「あやねさんには負けないんだから!」と息巻いているのが3りにも聞こえ、3りはそれぞれに苦笑を浮かべた。 満足な合成すらままならないのに、穣子はどうやってあやねさんに勝つつもりなのだろう、と。 それ以前に、あやねさんは全てクリスタル合成を使わず手作りであれだけの数を作り出しているのだから、元より勝てる道理など無いのであるが。 「もう、穣子ったら……。すみません、あやねさん」 「いえ、気にしないで下さい。向上心があるのは素晴らしい事です」 「そう言ってもらえると、助かります。では、私は仕込みに戻りますね」 「ええ。お願いします、静葉さん」 ぺこりと頭を垂れて作業台に戻る静葉を見送って、あやねさんも自分の作業に戻ろうとする。 だが、それを遮る形で、少し申し訳なさそうに餡刻が声を掛けた。 「あー……すまねえ、あやねさんwwwwもうそろそろ時間なんで、悪いけど俺はこれでwwwwww」 「あ、はい。餡刻さん、今日はありがとうございました。おかげで助かりました」 「いえいえwwwwwwww何のこれしきwwwwwwwwwwそれじゃ、俺はそろそろwwwwwwwww」 「はい。――あ、ちょっと待って下さい」 「何スか?wwwwww」 「これを」 不意に呼ばれ、振り向いた餡刻の手に、包みが一つ手渡される。 中には、先ほど焼いていたクッキーの詰め合わせが入っていた。 「これは?wwwwwww」 「今日のお礼…と言うには少し少ないかもしれませんが、私からの星芒祭のプレゼント、ということで。  いつも一緒にいらっしゃる……えーと、鈴仙さんでしたっけ? 彼女と召し上がって下さい」 「うはwwwwwwwwwwwとんでもないwwwwwwwwwwwwwww  あざっすwwwwwwwwwwwwマジありがとうございますwwwwwwwwwwwww」 「いえいえ。では、お気をつけて。お疲れさまでした」 「ういwwwwwwwwwwお疲れさまでしたwwwwwwwwwwwwww」 満面の笑みで去っていく餡刻に微笑み返し、あやねさんは彼を見送る。 その後ろでまたクリスタルの割れる音が響き、あやねさんは笑顔のままちょっとだけ冷や汗を垂らすのだった。   AM11:00  喫茶店ベヒんもス 「いらっしゃいませー! ご予約のお客様はこちらの列にお並びくださーい!」 「ご予約でない方はこちらで整理券をお配りしています! 順序を守ってご整列下さい!」 ベヒんもスの店先に響くのは、お客の行列を整理する輝夜と妹紅の声。 開店から一時間。既に店先には長蛇の列ができ、店内は客でごった返している。レジで応対をするあやねさんと大妖精もてんやわんやだ。 「ほらそこの首長ァ!! 列からはみ出さないでちゃんと並びなさい! じゃないとパパカ草食わせンわよ!」 「おいィ……お前何いきなり喧嘩売ってきてるわけ?>>ぐーや」 「ってあら、ブロントさんじゃない」 列からはみ出ていた首長ことエルヴァーンを怒鳴り飛ばした輝夜。 しかし、露骨に不機嫌そうに振り返ったその顔に輝夜は見覚えがあった。 彼の名はブロント。謙虚なナイトであると同時に不良としても名の知られた男である。 「お前にいきなりダルメル扱いされたブロントの悲しみの何が分かるってんだよマジでかなぐり捨てんぞ?」 「あっはは、ごめんごめんw まさかブロントさんだとは思わなくって」 「お前・・・それでいいのか・・・」 なおも抗議めいた視線を送るブロントを他所に、輝夜はケラケラと笑っている。 まあいいか、と嘆息し、ブロントも佇まいを直すと、列に並び直した。 「それで、ブロントさん今日はどうしたの? 山串でも買いに来た?」 「おいィ? 星芒祭に俺がどうやって山串買いに来たって証拠だよケーキを買いに来たに決まっているサル。  予約票もあるのだから俺がケーキを買う確率は始めから100%だった」 そう言ってブロントは財布から予約票を取り出した。 それをしげしげと見詰めた輝夜はさも意外そうな顔をする。 「何だいきなり不思議が鬼なった>>かぎゅあ  俺がケーキ買ったら何かおかしいことでもあるのかよ」 「えー、だってブロントさんにケーキとか似合わないじゃん」 「「」確かに俺は前衛だしケーキとか甘いもの本来なら食べたりしない  しかし星芒祭は別この時だけは家族揃ってケーキを食べるのが家族のマナー(しきたり)  滅多に帰ってこない親父でさえこの日は絶対に帰ってくるという超パワー!  ちなみにウチはサンドリア風の流儀にのっとりブッシュオショコラなんだが?」 ドヤァ、と効果音が聞こえそうなほど会心の表情で語り始めるブロント。輝夜は受け流しの構え。 その背後に一つの影が忍び寄る。……いや、普通に歩いて近寄ってくる。 しかし、完全に語りに入ってしまったブロントはそれに気付かない。 「あ、ブロントさん、あぶな――」 「そももも――」 ガッ 結果、ブロントは背後の影とすれ違いざまに接触してしまう。 「あ、っと。どうもすいませ――」 ぶつかってきた人物は、ブロントに対して愛想笑いしつつ軽く頭を下げる素振りを見せ――その顔を見て、硬直した。 「……げ、ブロント」 ブロントとぶつかったのは、誰あろうブロントの幼馴染にして唯一ぬにの天敵、汚い忍者こと笠松ノブオだった。 ノブオはブロントの顔を見て露骨に顔を顰める。 「何だいきなりぶつかってきた>>ノブオ  お前列の順番は守れって教わってないのかよ教わってないなら俺が今からその頭に叩き込んでやろうか?」 「るっせーよ本名で呼ぶんじゃねえよハゲ。だいたい俺は別に横入りしに来たんじゃないですしおすしー」 「は? 何言ってるのかわけ分からんねお前がこの列に並んでないなら横入り以外何があるんだよ完全に論破したので以下レスひ必要です」 「ならお前は俺がわざわざ並んで買うなんて非効率的なことするとでも思ってんのかよ。アレを見なアレを」 そう言ってノブオが親指で指し示した先…そこには、列に並ぶもう一人のノブオの姿があった。 彼は空蝉の術を応用し、分身を列に並ばせていたのだ。これには輝夜もブロントも絶句するしかない。 「ちょっと、他の人たちもちゃんと並んでるんだからアンタも並びなさいよ!」 「お前空蝉並ばせるとかあもりにも卑怯すぎるでしょう? 汚いなさすが忍者きたない  俺はこれでさらに忍者嫌いになったなお前に真面目に並んでる人たちの気持ちわかりますか? お?  マジでぶん殴りたくなるほどむかつくんでやめてもらえませんかねぇ…?」 「ハッ、知るかよンなもん。こんな行列にクソ真面目に並んでる暇があったらその間に別の用事終わらせてくるっつーの。  これも空蝉の術のちょっとした応用だ、ってかw」 ノブオに反省の色なし。ゲラゲラと笑うノブオに対し、ブロントは既に怒りで腕とか血走っててかなり危険な状態だ。 「お前マジでかなぐり捨てんぞ? 他の連中が行儀よく並んでるのにお前は空蝉でインチキかよ汚いなさすが忍者きたない」 「ハッ、汚いは褒め言葉だ。それにちゃんと本人が並ばなきゃいけないなんてルール無いですしおすしー」 「は? お前バカかもういいバカが移るバカは黙ってちくわでも食ってろよここにちくわなんてないけど」 「あ? お前今ちくわを馬鹿にしたか? 究極にして至高の食材たるちくわをバカにしたかテメエ?」 「究極(笑) ちくわがうまいのは「」確かになと認めるところだが究極で至高とかないわー」 「テメエ殺されてえのか? あ?」 「忍者ごときに殺されるほど俺は弱くないんですわ? お?」 売り言葉に買い言葉の応酬だ。両者ともこめかみに血管を浮かせ、今にも額をぶつけ合わんばかりにメンチを切り合っている。それどころか「!?」とメンチビームが実際に見えそうになる。 ……さっきからスキンヘッドにスーツ姿の黒人男性が草葉の陰から何かを期待するようなまなざしと共にハラハラしながら見守っているのだが、輝夜はあえてそれを見ないようにした。 「……ここで会ったが百年目だブロントォ! 今日こそぶっ殺してやらぁ!」 「お前…ハイスラでボコるわ……」 そして、両者が今にもぶつかり合うその瞬間に「ソレ」は舞い降りた。 「お ふ た り と も ?」 空気すら凍りつく、冷たい声。 びしりと凍りついた両者と輝夜が、錆びついた機械人形のごとくゆっくりと声のほうに視線を向けると、そこには。 「当店はバリスタ厳禁となっておりますが、そのルールを破った覚悟はおありですか?^^ 神様にお祈りは?^^ 部屋の隅で震えながら許しを請う心の準備は【準備完了!】ですか?^^」 その顔は張り付いたような笑顔のまま。電撃すら纏うようなオーラが見えそうになりながら指を鳴らすあやねさんが、ゆっくりと静かに、しかし言いようのない威圧感と共に歩を進める。 ブロントとノブオの二人は恐怖に凍りついたまま、動かない。いや、動けないのだ。蛇に睨まれたカエルが如く。 ――その後、プリケツをさらした二人は仲良く最後尾から並び直しになったそうな。   PM9:00 ベヒんもス・厨房 「ふう」 閉店後の片付けを終えたあやねさんは、帳簿を閉じて溜息を一つ吐いた。 星芒祭の日とあってその客足は凄まじく、まさに目の回るような忙しさとなった。 さすがに午後を回ると客足も落ち着いたが、それでも店員総勢7名ではてんてこまいだったのだ。 客足の伸びを考えると、この時期は臨時で助っ人を募集するべきなのだろうか。そんなことをあやねさんが考えている時だった。 「あら?」 不意に携帯の呼び出し音が鳴る。短さからすると、メールのようだ。 「……まあ。ふふふ……」 メールに目を通し、ふと顔をほころばせるあやねさん。 その後、あやねさんはどこかウキウキとした様子で店じまいの作業を済ませ、足早に店を後にするのだった。 陰陽鉄学園の近くにある駅。その駅前の広場に、一人の女性が佇んでいた。 口元は寒さのためにマフラーで覆われていたが、その姿はあやねさん。 どこか手持無沙汰そうにしていた彼女は、聞こえてきた足音のほうに目を向け、顔をほころばせた。 その視線の先には一人の青年。あやねさんは、彼女のそばに駆け寄ってゆく。 「メリー・スターライト!!」 彼に向けられた最高の笑顔は、きっと彼にとって何よりの贈り物となるのだろう。   ――fin――