これは、突如湧きあがった衝動の赴くままに妄想を逆流させた代物です。 ・陰陽鉄学園モノ ・みと忍 ・綺麗な汚い忍者 ・糖分多め…だと思う ・独自設定、解釈が含まれる  以上の点が見受けられますので、苦手な方は退去してください。 尚、この作品は陰陽鉄界のAQN様のみと忍√シナリオ原案+みとり√『世界に二人の姉妹 だから』の設定をお借りしております。作者様には精一杯の感謝を。 ―――――――――――――――― 消失してしまった設定、動画のために取り敢えずのあらすじ  陰陽鉄学園で生徒会副会長を務める汚い忍者(本名:笠松ノブオ)は、 生徒会長四季映姫の指示により不登校生徒、河城みとりの更生指導を任される。  半妖として忌み嫌われ、人間不信であったみとりは汚い忍者との出会いを経て、 徐々に学校に顔を出すようになる。  忍者の協力を得てちょっとした事件を解決したみとりは、かつて手違いから わだかまりを抱えていた妹の河城にとりとの関係を修繕し、みとりの更生という 事態は良い方向へ向かっていた。 ―――――――――――――――― 「…………」  教科書を黙読し、掻い摘んだところをノートに写す。どこをどうまとめるかを自分なり に熟考しながら構成の組み立てを行い、後で見た自分が手早く理解できるように仕上げて いく。  ―――効率的とかいうよくわからない理屈で動く汚い忍者――オニンこと笠松ノブオの 突然の襲撃からあれやこれやと進展し、いつの間にか学校に顔を出すようにしてからもう 結構な時間が過ぎていた。それまでに起きた事は数知れず、その全てが私とその周囲にと って良い方向へ進んでいる。そう私は感じていた。 「…………」  わからない箇所は辞書を使って調べるか、解答からその解法を繋ぎ合わせていく。本当 に行き詰った時にだけ。先生を呼ぶようにしていた。  ―――それでも、未だに保健室通いな毎日は変わっていない。私は、止まっていた時間 から抜け出す勇気は出せたけど、そこから新しく自分で切り開くべき『今』へ向かい合う 勇気はまだ出せずにいた。 「…………私は」  ―――多分、切っ掛けが欲しいのだと思う。あの時、にとりを助けようと決めた時のよ うに、踏ん切りをつける何かが欲しいのだろう。そう思ったところで、それが知らぬ間に 他人に甘えているのだという事に気付き、軽い自己嫌悪に陥る。 「……むぅ」  いい加減思考のオーバーラップが酷くなってきたので、一息吐く意味合いも込めて凝り 固まった身体を伸ばす。ずっと座り通しで自習していたせいで、だいぶ身体が固まってい たようだ。次いで、溜息一つ漏らす。 「あらあら…駄目よ、溜息なんか吐いては。幸せが逃げて行ってしまうわよ」  物憂げな吐息の私に忠告するのは八意永琳先生。気さくな人となりで、私も話しやすい と感じられる数少ない人だ。 「そうは言っても…こうして一人で作業を繰り返すだけの自分が、何とも情けなくて…な」 「少なくとも自分で何とかしようとする気概が見られるのだから、かなり進歩したものだ と私は思うけどね」 「そうか?」 「そうよ。後はそれを後押しする一言なんでしょうけど…やっぱり彼にお願いするのが一 番かしら…」 「なッ!お、おいッ!」  涼しい顔してさらりと言う八意先生。話しやすい雰囲気を作ってくれる事はありがたい が、こういう人をいじり倒そうとするところは勘弁してほしい。 「あら、彼じゃ不満かしら…?」 「ふ、不満とかそういうんじゃ…だいたいなんでそんな話に」 「彼なら上手いこと言ってくれると思うんだけど…というか、彼以外に貴女に最良の言葉 を掛けられる人なんていないんじゃないかしら?」 「んなぁ……」  さも当然のように確認されても、こっちは肯定なぞしたくもない…のに、なんというか …その… 「んん〜…ああもうッ!そういう事言うの禁止ッ!」 「あら御免なさい、ついふざけ過ぎたかしら」 もとから、これぐらい悪ふざけするつもりだったろうに…馬鹿馬鹿しい。 「……それに」 「何?」 「このままじゃ私…あいつに助けられてばっかりだ。私はあいつに何も返せていないし、 これじゃあいつに頼りっぱなしだ。にとりの時だって、あいつに言われなきゃ踏ん切り付 かなかったし…あいつに言われなきゃ、私一人じゃ何も出来ないままじゃないか…」 「……」  言ってしまった。こうやって誰かに助けを求めてしまう事が、駄目なんだって気付いて …そうやって、ずっと私は… 「別に頼りっきりでもいいんじゃない?」 「えッ?」 「誰かを頼る事は悪い事じゃないわ。答えを知らない、わからない貴女がそれでも答えを 知りたい時には、遠慮せず頼っていいと思う。答えを知っていて、それでも自信が無い時 だって、人の同意を得られれば自信が付くもの。大事なのはそうして答えを貰った後にど うするか、よ」  その言葉は、混乱気味だった私の頭に、澄み渡るように浸透していった。 「…また、あいつに頼っても…いいのかな?」 「いいわよ。私が許します。貴女は女で、彼は男なんだし、少しくらい我儘言ったくらい で罰は当たらないわ。話をするのだって、より良いアドバイスを貰う事に繋がるだろうし …何だったらデートにでも誘ってみたら」 「で、でデ、デートッ!!!」  何をどうやったらそんな答えに辿り着くんだ理解不能!理解不能!!理解不能状態!!! 「彼は肝心な時には甲斐性無しだろうから、そういう時は女から積極的に行くものよ」  だから、何でそんな話になっているんだぁ〜! ――――――――――――――――  散々もてあそばれてくたくたになり、少しでも八意先生のもとから離れたかった私は、 「外の空気でも吸ってくる!」と言い放って保健室を出た。 「お、よう赤河童」 「げえっ!オニン!」 ちょ…よりにもよってこのタイミングで出くわすのか!?  自分に振られたのだから普通に返すべきなのに、さっきの話の内容を思い出してまとも な返事ができない。落ち着けれれれ冷静になれKOOLになれぇ! 「…大丈夫かお前?」 「!だ、大丈夫だ!!お前こそ、何の用だ?」 「?…まあいいか。んで、お前の監督を仕事にされた俺は、お前がクラスに復帰するまで 面倒を見なければならねえわけだが…つまり、お前が保健室通いのままの現状じゃあ、逐 一様子を見に来なきゃならんわけだ。つーわけでお前、クラスに戻る決心はついたのかよ?」  突然の問いに、言葉にすることすら不安で、訥々と答える 「それは…まだ…」 「まただよ(苦笑)いい加減てめえも腹を括ったらどうだ?この間だって何とか出来たん じゃねえか。今更怯むような話か?」 「わかってるさ…そのくらい……でももう少しだけ、時間が要るんだ」 「それ系の事を言うの何度目だよホント。いつまで経っても進歩のねえ奴だなあ…」  やれやれ、といったジェスチャーを振る汚い忍者。  本人は軽口のつもりなんだろうが、あんなことを言われた後で少し意識しすぎたせいか…  存外、カチンときた。 「無理なものは無理だと言ってるサル!それとこれとは別問題という名ゼリフを知らないの かよ!?」 「んだと!そんなん変わんねえだろうが!一人で外もほっつき歩けねえような奴が偉そう に言うんじゃねえよ!」 「何だと〜!それだったら出てやるよ!休みの日ぐらい外で遊ぶのが、普通の学生だもん よ!やってやろうじゃない!」 「ほ〜そいつは楽しみだなあじゃあ頑張れよ。今度の休みは外出して普通の学生らしく遊 ぶんだぞ〜」 「……何言ってるんだ?」 「へ?」 「……お前も一緒に行くんだよ」 「は?」 「…私は人混みなんて苦手で、今まで外出とかは控えていたからな、急に一人で行くのは 流石に難しいと思うんだ。だから…お、お前も、一緒に来い」 「はあ?何で俺がそんな面倒な事を…」 「う、うるさい!断るの禁止!」 「あ!てめえ…ち、わかったよ」 「じゃあ、次の日曜、午前10時に駅前な!」 「あーはいはいわかったよ」 「いいな!絶対だからな!」  やってられないという表情でかぶりを振った後、来た道を引き返す汚い忍者の後ろ姿を 見るだけの私。  …全く、どうかしている…あんな事を言われたせいだ…  自分の表情を見ることすら、嫌になりそうじゃないか… ――――――――――――――――  日曜当日、雨でも降ればばっくれることも出来るだろうが、残念なことに外は清々しい までの快晴だった。これはいよいよ面倒な事になった。 待ち合わせ場所に着くと、みとりはどうやらずっと待っていたようで、所在なさげに、そ して少し不安げにポツンと立っていた。 「ったく、ご苦労なこったな」 「……約束は守ったな、お前」  駅前に設置された時計は9時55分を指している。見事に時間ぴったりだ。自分の計画的な 行動に満足する。 「約束を破ると後に影響するだろうが。そういう非効率的な事はしねえ。常に5分前行動が 鉄則ってところか」 「そ、そうか」  いつもなら『また効率かよ』とか返してくるだろうに、今日のみとりはどうにも調子が 悪いのか、言葉一つ取ってもぎこちなかった。ま、別段気にする程の事でもないだろう。 「んじゃ、ぱぱっと行くか。つーか、どこに行くのかは決めてるんだろうな?」 「えッ!?」 そのあまりに突拍子もない事を言われたような表情を見て、ますます面倒に思えてきた。 「決めてねえのかよ!!ったく、先が思いやられるぜ」 「し、仕方ないだろ!こんなことするの初めてなんだから」 「それにしたって考えられることはあるだろうが。例えば買い物とか、映画見に行くとか、 公園で散歩するとか…」  最後の方は目的もなくて非効率的だなあ、と思い直したりもしたがとにかく外出という からにはこれぐらいするものだろうと言葉を並べて、 「…じゃあ、それで」  思いもよらない返事が返ってきた。 「はいっ?」  ちょっと、マジかよ?適当にずらずら並べただけの事だぞ? 「それをすればいいんだろ。ならそれをする」  ブロントがいつも言ってる事なので真似してるみたいで嫌だが………こいつ、それで いいのか? 「…マジで大丈夫なのかよ……」  正直、頭を抱えたくなるほど不安だった。 ―――――――――――――――― 「なあ、これはどうだ?」  そう言ったみとりの姿は、いつもの赤一色では無かった。柄物のシャツに赤いジャケット、 下はデニムのスカート。全体的に赤を基調にしているが、ところどころにそれ以外の色が 映えていて、より明るい印象を与える。  しかし、ぶっちゃけ女の着こなし方とか、服装の良し悪しなんてものにはあまり興味は 無いし、正直どうでもよかった。 「悪くはないんじゃねえか」 「じゃあ…」  そう言ってまた服を取り、店員さんに言質を取り、試着室に姿を消す。これで三回目だ。 しかも服を選ぶまでの時間も長く、それだけこっちは待ちぼうけだった。  これだから女のショッピングに付き合うのは嫌だ、と思う。単に種類が多いだけじゃなく、 組み合わせ方も女の方が豊富で、見た目も全然変わってしまう。それでこうすればいいか、 ああすればいいか、一々聞かれていてははっきり言って時間の無駄、効率の低下に繋がる。 「これはどうだ?」 「悪くはないんじゃねえか」 「さっきから同じセリフしか言ってないぞ。ちゃんと評価する気はあるのか?」 「んなもん一々評価できるか!似合う似合わないとか印象の違いなんて、俺にはよく わかんねえっての!」 「し、仕方ないだろ!今まで服装とかにこだわったことなんてないから、勝手が わからないんだ!」 「だからって、わかんねえ俺に聞いてもしょうがねえだろ?もともとお前自身の素材が 割といいんだから、服装のちょっとした違いくらいじゃたいして変わんねえよ」 「…そ、そうか」  途端、顔を赤くして目をそらすみとり。服装選びの無意味さを知って恥ずかしく なったのだろうか? 「必要だと思ったら買え。流石に着回せる服が無くなったら非効率的過ぎるからな」 「あ、ああ」  結局、上下一セットだけ買って、買い物は終了した。  気が付けばもう昼だよ(ヤケクソ) ―――――――――――――――― 「…暗いな」  そりゃ映画館の中は暗いに決まっている。 「明るかったら見辛いだろうが。そろそろ始まるだろうからさっさと座るぞ」  ちょうど真ん中区画の半分より少し後ろ側、その右端に二つ分席が空いていたので そこに座る。俺が真ん中に近い方で、みとりは通路側ということになった。 「…い、言っとくけど、暗いからって変なところ触るのは禁止だからな!」 「んなことするかっての!つかもうしゃべんな。始まるぞ」  変な事を口走るみとりを黙らせて、これから上映されるスクリーンに目を向ける。  タイトルは『忍義』  内容はよくありがちなアクションものだ。 楽園を守る二人の男がいた。彼らは、その楽園を守ることを誇りとし、多くの人々の 称賛を受けながら、楽園に忍び寄る魔の手から人々を守っていた。 けれどその楽園は、楽園の外に住まう人々を苦しめながら存在していて、悪の組織と 思われていた者達は虐げられていた人々を救うために行動を起こしていたのだった。 それを知り、二人の内の一人は楽園を捨て、新しい道を進むことにする。特定の誰かの ための楽園でなく、全ての人が救われるべき世界を目指して。 もう一人は、楽園に留まる。楽園に住む人々の、苦しみの無い未来を守るために。 そして両雄は対峙する。 「戻る気はないのか?」 「無いな。お前こそ、こちらにつく気はないのか?」 「それこそありえん。俺はここに住まう人々を守る。そのために剣を振るうと決めた」 「そうか…ならば俺は、未だ救われぬ人々の新たな守護者となって、お前を打ち倒そう!」 「来い!」  長年共に戦った男達。己の義に従うために、戦友を殺す事への痛みに耐え忍ぶ。 その果てに振われた刃の行先は… 「……あれで終わりとかマジふざけるなよ。続編が気になってしょうがねえじゃねえか」  最後の一閃で画面が真っ白になり、そのまま暗転。そして、裏で暗躍する謎の男達の会話があって、 そのまま『続く』。 「つか、あれだけ振っといてまだ回収してないネタが満載だぞ。3部構成だって話だが、 本当にまとめきるつもりなんだろうなあ?」  初手が良くても次回作でこけることだってよくある。今回の出来がなかなか引き込む 内容だっただけに、その先が不安になっていた。 「……」  みとりは無言で俺の後をついてくる。その表情は心ここにあらずといった感じで、 未だスクリーンに映った映像の迫力に圧倒されたままのようだ。 「どうした?驚いて声も出ないってか?」 「ぁ?ああ…」  駄目だ。返事すら、まともに返せていない。 「おいおい大丈夫か?まあ俺が少し気になっていた映画だから無理もねえと思うが、 惚けてばかりいねえで、いい加減帰ってこ〜い」 「!いや、そんなんじゃなくて!」  まともに戻ったら戻ったで、今度はわたわたとしだすみとり。さっきまで止まっていたと 思ったらこれである。忙しない奴だ。 「だったらなんだよ?」 「その…あいつらはどっちが正しいんだろうな、て思って…」  おいおい、今時そんなこと訊くか? 「んなもん、どっちも正しいとか間違ってるとかないだろ。ただ自分のプライドとか信念とか 下らねえ事で争ってるだけだ」 「なら、お前だったらどうするんだ?何もしないでいるのか?」  そんなことは決まってる… 「俺は俺にとって都合のいいように動くだけだ。報酬とかその先の待遇とか、 色々加味して総合的に良さそうな方につくさ」 「……そうか」  嫌に気分が下がるじゃねえか…これじゃ俺のせいでみとりが傷ついているみたいだ。 あまりいい気はしない。 「何だよ。俺なんか悪い事言ったか?」 「いや、お前はそういう奴だったな…他人のためにする行動も、全部自分のため… そういう奴だったな」  今度は一人で納得してるし、何だってんだ一体? ―――――――――――――――― そして、最後にわざわざ公園まで来ていた。別に俺の言った事を全て実行する必要も ないだろうに…よくわからない奴である。いや、よくわかっていないんだったか… 「それにしてもよ…」  ちらっ、とみとりの方を見る。 「な、何だよ…?」  何故か変に警戒される。別にいやらしい目で見ていたわけではない、断じて。  正確にいえば、みとりが手にしている物を見ていた。  公園の入り口付近に、最近できたらしきクレープ屋があり、割と並んでいたので 美味いのか思いと買ったわけで、今みとりの手にはそのクレープが握られているわけだ。  そんなわけだが… 「本当に美味いのか?そのキューカンバークレープ」 「おいしいに決まってるだろ。クレープにキュウリとはまた今までにない発想だが、 やはりキュウリは格が違ったな。どんなものであっても、キュウリとなら極上のハーモニーを奏でてくれる」 「…ああ、そうかい」 「……なんだ、欲しいのか?だ…だったら一口くらいなら、くれてやってもいいが」 「【せっかくだけど遠慮します】」 「なんだよもう…まあいいさ。お前にはキュウリの素晴らしさの全てはわからんだろうからな」  んなもんわかりたくもねえっての! 「むしろ私としては、お前のやつのほうがよっぽどどうかしていると思うがな…」  そう言って、俺の手に持っている物を見る。  実はみとりに言われて、俺もクレープ屋の列に並ぶ羽目になり、それで何も買わないのも どうかと思ったので買っていたのだ。 「竹輪クレープなんて…お前、舌がおかしいんじゃないか?」 「それこそ何言ってんだ!竹輪ならクレープに入れたって美味いに決まってんだろうが! むしろ今までその事に気付かなかった自分が情けねえよ」 「……そこまで言うか…」 「言っとくが一口だってやらねえからな。欲しけりゃ自分で買って食え」 「誰が買うか!そんな物」  まったく、どうして竹輪の万能さに誰も気づかないのだろうか…  それはともかく、こんな言い争いが普通に出来るようになったという事は、それだけ みとりの緊張がほぐれてきたという事なのだろう。待ち合わせした最初の時こそ、いやに ぎこちなかったが、今は割と自然な調子で話せている。人の輪に溶け込むという目標にまた 一歩前進した、と考えていいのかもしれない。この調子なら、クラスに復帰する日も近いか。  ま、それはこれからのこいつ次第だと思いながら、一方でこんな事を思った。  よくもまあ、キューカンバークレープなんて売ってたもんだ。 …………ちなみに、みとりはみとりで、  よくもまあ、竹輪クレープなんてものを売るなあ。 と、思っていたわけだが、そんな事を汚い忍者は知る由も無かったわけで… ――――――――――――――――  公園に人はまばらで、そこまで警戒する必要も感じなかったし、私自身そこそこ気分も 安定してきたからだろうか、気楽に歩く事が出来た。  なんといっても、汚い忍者がいるからだろう。別にこいつでなきゃいけないわけじゃ ないだろうが――うん、その筈だ――誰か気心の知れた奴と一緒なら、外に出ることも 苦ではなくなっているようだった。 「甘い物食ったせいか喉が渇いたな。自販機でも探してくるか」 「じゃあ、私の分も頼むぞ。キュウリ味のやつだ」 「あるかどうかもわからんものを頼むな!ったく」  そう言って駆け出す忍者。別にキュウリ味でなくても我慢するつもりでいるが、 あいつの事だ…ひょっとしたら公園中の自販機を探してしまうかもしれなかった。 「ふう…」 噴水の縁に腰かけ、一息吐く。あいつが帰ってくるまでの間、こうしているつもりだった。 「……あいつは、私の事を、どう思っているんだろうなあ…」  知らず、声に出る。  あいつは、自分のためだと言っていた。他人の世話をやるのも効率を良くするため、 自分にいいようにするためだと語っていた。  だから、その行為は好意ではない。どれだけ親切なように振る舞っていても、そこには 自分が得をするための打算が働いた故の行動なのだ。  わかっている。どれだけ想っても、もとよりあいつが想う事をしないなら、通じ合う事は 決してない。ただの一方通行でしかない。  それでも…… 「あれ、君誰?」  思考に耽っていたせいか、声を掛けられるまでその存在に気付かなかった。  気付いた時には、『イマドキ』とでも言うのだろうか、そういう髪の色や服装を した男三人に囲まれていた。 「ねえ、どうしたんだい?さっきからなんだか寂しそうだよ〜。そんな顔してないで、 俺たちと遊ばない?」  軽薄な口調で喋るその表情すらその軽薄さを引き立たせていて、不快感に眉間のシワが よってしまうのがわかった。 「悪いが、お前たちの相手をする気などない」 「なんだよいいじゃねえか?辛気臭い顔してたっていい事なんかないぜ?」 「一緒に楽しい事しようよ〜」 「…うるさい」 「んだよ。折角下手に出てりゃぁよぉ!」 「っ!」  いきなり、掴み掛かってきたので、すかさず反撃する。どうも威勢のいいのは 恰好だけで、実力はさほどでも無かった。  小規模の弾幕を受けて、こちらが意図した以上の吹っ飛び具合を見せ、無様に転がった。 「ギャァッ!痛えよぉ〜」  泣き言さえ漏らす始末。駄目というにも程があった。 「ッ!!てめえ」 「そっちから仕掛けてきたんだろ?本当にクズな連中だ」 「このアマァ〜」  そうは言いつつ、手を出す気配はない。どうやら全員、見てくれだけのかっこつけ集団のようだ。 「待てよ、そいつ半妖じゃね?」 「!!」 「言われてみりゃあ確かに。汚え赤色してるじゃねえか」 ……落ち着け。馬鹿共の戯れ言だ。 「そんな奴が何だってこんなとこのこのこ出て来てんだよ?人間様と同じ場所歩いていいと思っているのか」  …………そんなことは、こいつらが決める事じゃない。そうだ。その筈だ。 「そういや何か臭わねえか?そいつの辺りから何か漂ってくるんだけど」 「こいつの身体が臭いんだよ。半妖だから変な臭気でも撒き散らしているんだろ?」  ………………………大丈夫。私は… 「なんだよ、泣いてんのか?半妖がいっちょまえに泣くんじゃねえよ」  ……………………………………私、は…… 「畜生!半妖のくせにさっきはよくもやってくれたな。こんのぉッ!」  ……駄目だった。振り下ろされる拳を防ぐ気力さえ、失っていた。殴られた痛みは たいした事は無かったけど、それと一緒に発せられる言葉が、私の心を穿っていった。 その痛みに耐えきれず、膝をつく。 「ぅ……くっ…」 「おらおら!何縮こまってんだよ。さっきの威勢はどうしたよッハッハッ!たかが半妖の分際で 人間様に盾突こうとすっからそういう目に会うんだよ!」  何も言い返せない。自分が恥ずかしい。ここにいたくない。  もういいだろ?気は済んだだろ?やめてくれ。嫌なんだ。こんな事は。痛いんだ。心が。  もう私にッ! 「何してんだお前ら…」  声が聞こえた。 「なんだあ、誰だよてめえ?」  俯いていた顔を上げた先には、あいつがいた。その両手には、二つの缶ジュースが握られている。 「俺はお前らに訊いてんだがな…お前ら、俺の『連れ』に何してくれてんだ?」 「は?こいつがあんたの『連れ』だって?」 「ばっかじゃねーの?何でこんな半妖なんかを『連れ』にしてるわけ?」 「お前友達いねえの?なんだったら俺たちが紹介してやってもいいぜ?」  さっきから無抵抗の私に暴力を振っていたことから来る高揚感故か、調子に乗った男達は尚も煽る口を閉ざさない。 「フレなら困らねえ程度にはいるよ。そいつもその一人だ」 「へえ、優しいんだねアンタ?」 「…別にそんなんじゃねえ」 「じゃあなんだ?…あ、わかった。お前、そいつの力が目当てなんだろ?確かに力だけはあるみてえだからな。 お蔭で痛かったんだぜ。ホント、勘弁してほしいよ、マジで」 「…………」  押し黙る汚い忍者。私は、嘘でもいいから否定して欲しくて、 「なんか言ったらどうなんだよ?あ、ひょっとして図星だった?」 「…ああ、そうだよ」  その言葉で、本当に… 「確かにそういう目的でそいつをフレに登録したよ。そいつの能力は結構使えるからな。 そいつを気遣ってきたのも、そのほうがより効率的にやれるだろうと思ったからだ」  やっぱりこいつは、本当に私の事を想ってなどいないのだと… 「なんだよ。やっぱてめえも」 「そんで、今ここでこうやって俺に自白させたお前らは、俺が効率上げるために 積み上げてきた作業を木っ端微塵にしたクズ野郎って認識でいいんだな?」  え? 『そうそう…え?』 「今までの苦労が水の泡になっちまった腹いせにお前らを殴っても理不尽では無いと、 原因を叩いているんだからどこもおかしい事は無いんだという事でいいんだな!?」  その言い方は、自分本位で言っている筈なのに…  私を苛めた奴らを許せないと、私の事を想ってくれているように聞こえた。 ――――――――――――――――  勝負にさえならなかった。  一発殴っただけで「痛い痛い!!」と喚くわ、一回だけ斬りつけたら 「ゥギャー!!死ぬ!死んじゃう!!」とわんわん泣きだすわ、これじゃ折角の腹いせさえ興ざめだ。  仕方が無いから「さっさと失せろ、ハゲ!」と罵りながら構えを解くと、 男どもは泣きべそをかきながら走って逃げて行った。 「ったく、人の効率化を妨げやがって…」  最後に一言愚痴って、未だショックから立ち直れないでいるみとりの方に振り向く。 その姿は、朝待ち合わせた時よりも酷い顔で、泣き腫らした目なんか見ていられないくらいだった。 「ッ……たく…」  悪態をつくべき相手も失い、胸の辺りに疼く苛々を弄ぶ術も無い。この状態で言葉を 掛けるのも非効率な気がするが、今声を掛けないのはより非効率なため、仕方なく声を掛けた。 「おら…大丈夫かよ?」  我ながら最悪な声の掛け方だ。子供が聞いたら逃げ出すのではないだろうかと思えるほど 不機嫌だとわかる声色だった。 「あ……うん…」  返ってくる言葉はこれまた消え入りそうなほどにか細い。本当、面倒な事になっちまったもんだ… 「取り敢えず、立てるか?ここでじっとしていてもしょうがねえ」 「………うん」 「あーあー…ったく、服がひでえ汚れ方してるじゃねーか…どうすっか…」 「…………」 「取り敢えず、さっき買った服があるからトイレで着替えてこい。タグは俺が切っとくから」  返事はわずかな動作だったが、首肯したのを確認した。 「それから、顔はきちんと洗っとけ。そんな顔じゃお前じゃなくても人前に顔が出せなくなる」  言ってから、公園のトイレまで連れていくまで、みとりはずっと無言だった。  みとりには気取られないようにしながらも、歯噛みする自分は止められなかった。 ――――――――――――――――  それからも、みとりはずっと黙ったままだった。  折角コンビニまで行って買ってきたジュースも、気付いた時にはどこかに置き去りにしてしまっていた。  何か喋ってもらわなければ、この場の重圧に胃がおかしくなりそうだった。 そんな事は非効率的過ぎるので、とにかく声を掛けている。 「なあ…」 「…………」  しかし、掛ける言葉が見つからない。こういう時に何か相手の思考を強制的に逸らす話は無いかと考えたが、 そんな無い物ねだりしたところでやはり意味も無ければ効率も最悪だった。 「……はぁ〜」  ついに俺まで参ってしまいそうになる。こんな雰囲気のままずっと家まで送るのは本当に勘弁して欲しかった。 「……なあ」 「ん、何だ?」  突然、みとりの方から声を掛けられて、高速で返事をする。あまりに突然の事で、気が動転するところだった。 「…お前は、私を利用したいんだよな?」 「…そうだ。いつも言ってるだろ?」 「…私のために、動いてくれているわけじゃないんだよな?」 「……ああ」 「自分の効率のために、自分だけのために動いているのか?」 「……それは違うな」 「…………」 「自分の効率のために動いている事は事実だが、それってのはつまり俺を取り巻く環境や仲間に連動している。 目的のために割を食ってもらう事もあるが、PTを組む以上はそいつらのためにも動いてやらなきゃならねえんだ。 下手な馴れ合いは嫌いだが、ギスギスした雰囲気のPTだって効率的とはいえねえよ」 「……そうか…」  それだけ言うと、また黙ってしまうみとり。  結局、効率的な行動なんて、この現状からは見つけられなかった。 ――――――――――――――――  私は、こいつになんて言って欲しかったんだろう。  自問しても、明確な答えは返ってこない。  時間の経過に伴い、混沌としていた思考も落ち着きを取り戻し、それでも沈んだ心は浮上することが出来ずにいた。  重苦しい雰囲気のままでも、汚い忍者は付いてきてくれている。きっと、このまま家まで私を送ってから帰るのだ。  それは、私のためじゃない?  違う!  それは、私のためでもあるんだ。  彼は、私のためにそれだけの事をしてくれている。それが、自分のためにもなるから。  それが嫌だったんだ。『自分のためにもなるから』という、利害の一致として見られるのが嫌だったんだ。  わかってしまって、また涙が溢れ出した。  自分本位だったのは…  何より私自身だったから。  私だけのためにして欲しくて、無い物ねだりしていた私自身だったのだから! 「!おい、どうした!?大丈夫か!?」  突然泣き出した私に慌てて声を掛ける汚い忍者。  その言葉に縋るように、許しを請うように、彼の身体を抱きしめる。 「!!おいっ!」 「ぅ…く………ごめ…ん……」 「ッ!」 「だけど……もう少しだけ………お願い…」 「……わーったよ」  その言葉を皮切りに…  私は、あらん限りの声で、泣いた。 ―――――――――――――――― 「――少しは落ち着いたか?」  ひとしきり泣き叫んで、どうにか落ち着いたらしい。俺はまた取り敢えず、みとりに声を掛ける。 「……ああ、悪かったな…」  その表情はまたいつもの憮然とした感じに戻っていた。が、その声はもう叫び過ぎで嗄れきっていた。 「まったく、わけがわかんねえぞ。少しは俺にもわからせろ」 「ッ…うるさいな。仕方ないだろ、こういう事は突然起きるものなんだから」 「なんだよ?癇癪でも起こしたってのか?」 「いや、そういうのじゃなくてな…」  どうにも話し辛いことなのか、色々と言葉が漏れるばかりで口籠もっている。  その様子から、言いたくない事だというのは、容易に想像できた。 「…はぁ。まあいい。話したくない事だってんなら、無理に話す必要もねえだろ」 「…いいのか」 「無理やり聞き出しても非効率的なだけだ」 「またそれか」  その言葉を聞いて、一応の安心はできた。 「ふん。呆れるくらいには持ち直したようだな」 「あ…」 「んじゃま、さっさと帰るか。予定もないのに留まる事も、やっぱ非効率的だろうしな」 「……もう」  何を言っても無駄と思ったのか、また黙ってしまうみとり。ただ、さっきまでの嫌な重圧を受ける事は無かった。  だが、これで解決というわけでもないだろう。泣き出すまでのタイムラグと、みとりの質問、口から漏れた謝罪の意味。  それらを考え合わせると、一つの可能性が浮かんだわけだが、  だとしたら、どうするか…?  それを解決するには、俺自身の効率にも影響が出る。それも極めて直接的に。  自分の効率のために動いたのに、自分の効率を阻害していては話にならない。  そう、その筈だ…  ったく、面倒になってきたぜ…  何に対してそう思ったのか、いまいちはっきり出来ないまま、みとりを送るために歩を進めた。 ――――――――――――――――  そして、別れの時はあっさりとやってきた。 「ほれ、着いたぞ」  見慣れた家。いつもの玄関。大抵、何が起こっても、この場所はそのままこうして私を待つのだろう。 「…今日はわざわざすまなかったな。私のために」 「ばーか。お前のためなんかじゃねえよ。お前が人前に出れるようになれば、その方が寄り効率的になるからだ」  本当にこいつは、汚い奴だと思う。  他人のためにした行動も、結局自分のためという事で済ましてしまうからだ。  それは、なんて一方的な、親切心。 「……お前、今度から名前で呼ぶわ」 「は?なんだよいきなり」 「うるさい、もう決めたんだ。お前の事はノブオって呼ぶ事にする」 「なんでだよ!意味わかんねえよ!」 「ちなみに呼ぶ事を禁止する事は禁止だからな」 「っくぁ〜、もう勝手にしろ」  だから、これは私のせめてもの反撃。いつか、本当に私のためにしてもらうための、攻めの一手。 「じゃあな、俺ももう帰るぞ」 「ああ、じゃあな」  そして、彼は踵を返す。  私もそれに倣って、家の中に入ろうとして、 「ノブオ」 「なんだ?」 「ありがとな」  ただ一言、告げた。 「はッ。そう思うんなら行動で示せよな」  返ってきた言葉は、予想通りの答えだった。  私はもう気付いた。気付いてしまった。  気付いた事で後悔した。気付いた事でまた変わった。  だからもう、ここで立ち止まるわけにはいかない。  このまま立ち止まることが、何より後悔することに繋がる事を、知ってしまったのだから… ―――――――――――――――― 「ありがとな」  ただ一言、告げられた。 「はッ。そう思うんなら行動で示せよな」  いつもの調子で、笑って返した。  でも、いつもの調子なのに、いつもと違う確信があった。  こんな事にするつもりは、無かったんだがなあ…  自分の効率のためにしてきた事が、裏目に出たような気分になった。  かといって、この現状を解消する方法などは、自分では思いつかなかった。  原因を上げればキリが無いが、いくら上げたところで意味など無い。  何より、効率とは別に、自分が優先することが出来ている。  こうなっちまった以上は…仕方ねえかな…  それを偽る事は多分できない。  自分を騙すなんてのは、不可能だ。  だから、もう開き直るしかない。  それを蔑ろにする事は、何より自分にとって非効率的だろうから…