THE FIRST UFO          山ナルト自然薯メンマ  惑星アースニアの調査は終わろうとしていた。惑星軌道上よりの亜空間潜行による望遠調査の結果、内燃機関の発明以前であるこの星の文明レベルではあらゆる接触は不適切であると判断された。アースニアより三十八万キロの位置に静止潜行している母艦より、軌道上のレフト達に帰還命令が出された。これに激怒したのが同僚の秋吉である。 「俺たちは何に乗ってると思ってるんだ!!!」 突然大声を上げた秋吉に戸惑いながらレフトは言った。 「何にって……」 船内を見回し、 「ごく普通の潜行型調査船トロッコ3ですよ…?」 「これは、UFOなんだよ!」 秋吉は全身の贅肉をふるわせながら立ち上がると、右手で天を指して厳かに言った。 「小型調査船の開発にあたり、S・ジャックス博士はまず始めにこう言ったんだ。『人類に対して、ついにUFOは現れなかった。だから我々が、UFOになろう。どこかの星に暮らす知的生命体の空に、突如現れた光り輝く円盤となって、彼らに驚きと興奮を与えようではないか』 いいか、今俺たちの乗っている調査船こそがUFOなんだ! 俺たちには、この星に暮らす生命体に夢を与える義務がある。そうじゃないか?」 突然の秋吉の態度にレフトは戸惑いながら 「で、どうするんです? どうやって「惑星アースニア初のUFO」になるんですか? 船は母船の監視下にありますよ?」 「準備は出来ている」 秋吉は調査船を大気圏に突入させた。レフトは当然起こりうる反応として母船からのコントロールを待ったが調査船は順調に高度を下げていった。秋吉がこの時のために、調査を装いながら密かに準備してきたのだということを、否、UFOとなるために調査員になったのだということをレフトは悟った。  地表が存在感をもってくっきりと見えてくる。望遠カメラ越しでは感じられないものがそこにはあった。スクリーンには草原をまっすぐに伸びる道。その道を四足の巨大な獣が背中にあつらえられた屋台に大勢のアースニア人類を乗せて疾駆していた。UFOをその真上に位置させて、秋吉は言った。 「すごい迫力だ。時速50キロメートル近い速度で走ってる。こりゃあ内燃機関なんていつになったら発明出来るやら」 「もっと下げましょう」 レフトはUFOを獣とほぼ同じ高さにまで下げ、併走する形にした。潜行状態にあるUFOは彼らには見えなかったが、レフトの大胆な行動は秋吉を驚かせた。 「レフト! さ、下げるじゃないか」 「この星には高高度を飛ぶ鳥類等の存在が確認できませんでしたからね。アースニア人類は見上げると言うことをあまりしないんじゃないかと思いまして」 「そ、そうか、なるほど」 意外にも冷静なレフトに、今度は秋吉が戸惑いながら言った。 「レフト、おまえ、そのなんだ、平気か?」 「何がですか? すでに規則を破っているのですから、UFOとして精一杯楽しんで帰りましょう」 「よし、頼もしいな、嬉しいな、そうだ俺たちはUFOだ、宇宙人だ、いくぞ!」 UFOは潜行状態から通常空間に浮上した。疾駆する巨獸の真横に突如現れた銀色の円盤。唖然とするアースニア人類の前でカクッ、カクッ、カククッと幾何学的な動きを見せると、急激に上昇して空の彼方へと消え去った。  この瞬間、調査船トロッコ3は惑星アースニアにとって初のUFOとなり、地球人類は初めてUFOとなった。  “UFO”トロッコ3はその後、獣の車や旅ゆく人や耕す人々の前で同じようなことを繰り返し、感触をつかむと秋吉が言った。 「いよいよ都市上空に降臨してみよう」 都市と言っても地球史における中世の入り口程度であるアースニアでは、それは大きな集落程度のものでしかなかった。総じて建造物は低層であり、不思議と都市の中心を示すような高層な建物は見あたらなかった。巨大な城の真上に現れると絵になるんだが……と秋吉は不満げに呟きながら、手頃な規模の都市上空にドューンドュン、ドューンドュンとなにかクラシック・ムーピーのテーマを口ずさみながら、UFOを出現させた。突如出現し銀色の光を放つ円盤を目にした都市住民達は、慌てふためき、すぐさまひれ伏した。 「なにか、手慣れてますね」 パニックを起こして川に飛び込んだり泣きわめいたりなぜか火の手が上がったりと、そういうこともなく、みな一様にひれ伏している。 「なにか文化的な背景があるのでしょうね」 秋吉はしばらく考えているようだったが 「天にたてつくことはしない、ということだろう」 秋吉は胸を反らして天とは自分のことであるかのような尊大な言い方をした。その時レフトは初めて不安を感じた。  秋吉の暴走を許容したのはそもそも、望遠調査というものがつまらなかったからだ。初期の発見と興奮が過ぎてしまうと、あとは他人の生活をのぞき見る退屈な出歯亀でしかなかった。だから最後にUFOという未知の体験をするのは悪くない、その後のことは置いといて、そう判断したからだ。  秋吉がいやな目つきでレフトを見て、言った。 「……さらってみるか?」 「まってまってまってまって」 レフトは立ち上がり両手を突き出していった。 「それは単なる誘拐ですよ!? 犯罪は許されません」 「核兵器を与えるわけじゃなんだ、一人くらいいなくなったってこの星の歴史にとってはなんの影響もない。実際の話、この世界でも神隠しとか何かで、人なんて簡単に行方不明になってるはずだろ?」 レフトは慎重に、言葉を選びながら言った。 「S・ジャックス博士はUFOをなんのために開発したんです? つまらない個人的欲望を満たすためですか? 異星人をさらうことが夢を与えることにつながりますか?」 「ふむ、なるほど……」 秋吉は納得したようだった。しかしその顔に浮かんでいる表情は、調査員を長いことしているとおちいることがある状態、自分たちより低いレベルにある生命体を観察していると陥りやすい状態のそれ…… 「そうだ、彼らに絵を与えるのはどうだろう? 巨大な地上絵だ!」 果たしてすっかり神様気取りだった。UFOを一気に上昇させながら続ける。 「そうだ、その絵は道なのだ。私が描いた絵の上をアースニア人類は何世代にも何世紀にもわたって行き来するだろう。そしていつか、いつだ? それが絵だと気付くんだ。素晴らしい」 トロッコ3はすでに母船のコントロールから離れている。自分が秋吉をコントロールできなければ、地球人類は大きな過ちを犯すことになる。レフトは緊張した。スリープショットにそっと手を伸ばす。即効性の睡眠注射でおとなしくさせるより手はないだろう。秋吉はUFOを上昇させて絵を描く好適地を物色しつつ、船に備えられている、緊急用の小型プラズマキャノンの調整に没頭していた。  レフトは何気なく立ち上がり、トイレにでも行くかのような足取りで秋吉の背後に回った。分厚い脂肪で覆われた秋吉の肉体に、ショットが通らないのではないかと不安に襲われながら、静かに近づき、そこで、それまで気にもとめなかったサーモモニタが異様な模様を描いていることに気付いた。 「秋吉! 空だ! 空になにかいる!」 UFOを取り囲むように熱源が渦を巻いていた。急いでモニタに船外状況を映し出させると、そこには熱気で揺らぐ空気と、時折細く青い光が走るのが見えるだけだったが、秋吉が声を震わせて呟いた。 「これ怒ってるだろ、おっかねぇ、やべぇよ怒ってる……」 レフトもその怒りを感じていた。種を超えて怒りの感情が理解できることに恐怖と感動を覚えながら、長々と赤い帯が幾重にもUFOを取り囲むモニタから目が離せない。 「これは……“龍”ですよ、東洋の龍! 空に透明な巨大な龍がいたわけか。だから鳥は低空を飛ぶし天に刺さるような建築物もないわけだ……なんて素晴らしい」  レフトはすっかり魅入られていた。果たしてこれは一体の龍なのか複数体いるのか、サーモモニタからは判断できなかったが、赤々と渦を巻く全く未知の生命に圧倒されていた。 「どうすりゃ…オイどうすりゃいいんだよ、オレ死にたくないよ」 先ほどまでの全能感に満ちあふれた表情は消え去り、死にそうな顔をしていた。 「秋吉、あなたはクラシック日本の家系でしょう? なにか文化を受け継いでいませんか?」 ぽちゃぽちゃとした掌に顔を埋めて秋吉は必死に考えているようだった。しばらくしてぽつりと言った。 「生け贄……」 船内の空気が固まった。沈黙。 「……わかりました。捧げましょう」 その言葉を聞くやいなや秋吉は飛び退き、キョロキョロとして武器になるものを探そうとした。レフトは深いため息をついた。 「なにを勘違いしているんですか。ハァ。舞いを捧げるんですよ。それとお酒と。よくある神話・寓話ですよ」 「踊る? 酒? 神話?」 「お願いですから落ち着いて自分の脳みそを使ってください。馬鹿なよそ者が聖域を荒らして神の怒りに触れる。神の怒りを静めるためにあれやこれやしてなんとか許しを得てほうほうの体で逃げ帰る、良くある話でしょう。それをやんるんです」 手早くコンソールを操作する。 「船外にライブラリから巫女イメージを生成して投射します。秋吉は龍神に捧げる舞いを踊ってください。その動きを巫女イメージに伝えます。あなたの血と家系に期待します。さあ服を脱いで」 「なんで!? なんで脱ぐの!?」 「服を脱いだ方が緊張感が出るでしょう。さあゴチャゴチャ言ってないで覚悟を決めてください。馬鹿なよそ者が神の怒りに触れてたたき落とされた神話を作りたくはないでしょう?」 実際、服を脱ぐ必要はなかったが、一連の秋吉の行動にうんざりさせられたレフトの、ちょっとした仕返しだった。秋吉が泣きそうな顔をしてぴっちりとした服から脂肪が積み重なった身体をひっぱり出そうとしている間に、レフトは巫女イメージを生成した。クラシック日本的な、黒髪長髪色白十四歳の清楚可憐な巫女装束の少女に赤い髪留めと平安朝のきらびやかな飾りを足す。そして御神酒の用意。退屈な調査生活のささやかな刺激達をこぎれいな箱に詰めてマニピュレーターにセットした。 「さあ準備は出来ました、踊ってください。奉納の舞いを」 秋吉はまるでいじめっ子に裸踊りをやらされてるような悲壮な顔つきだった。ぎゅっと目をつむり覚悟を決ると、おもむろに両手を左右に突き出し、正面でパチンと大きく音を立てて合わせた。そして両手を右にそろえる……土俵入りだ、とレフトは思った。スモウはかつて神事だと聞いたことがある。さすがクラシック日本の家系だと感心したが、四股を踏み終えた秋吉は再び腕を右にそろえると、そこで両手をひらひらとさせ始めた。レフトは戸惑った。船外では巫女イメージが両手をひらひら腰をくねくねさせて踊っていた。それはフラダンスだった。いいのかこれで? レフトは判断に迷ったが、秋吉はさらに足でリズムを刻み始めた。その動きは、実にヘタクソで間抜けだったが、少し前に流行ったポップダンスを真似たもののようだった。ためらいがちだった秋吉の動きは次第に大胆になり、続けてまたどこかで見たようなポップな動き。レフトは落胆した。クラシック日本の伝統的な舞いを期待していたのに、何とも似つかわしくないポップダンス。結局、人はよく見る踊りを踊るのだ。たとえ神を前にしたとしても。しかしレフトの思いとは裏腹に、秋吉の踊りは勢いを増す一方だった。見ればその顔は恍惚として目は遙か遠くを見つめ、儀式的なトランス状態に陥いろうとしていた。  レフトは振り返り、巫女イメージを確認した。銀色の円盤上に立つ少女は、袖を大きくなびかせて両の腕を振り、軽やかにステップを踏む。可憐に舞い踊るその様は、巫女の衣装と秋吉のヘタクソさのせいで思ったよりもポップな匂いを消されていた。熱を増す秋吉の動きとシンクロして少女の動きも激しさを増してゆく。天に向かって黒髪を振り乱し、赤い袴は炎のように少女にまとわりつく。白い肌は紅潮し、脇に大きくデザインされたスリットから巫女少女の朱に染まった淡い乳房が、天に向け腕を振り上げ身をよじるたびにちらりちらりとのぞく。  それは神秘的で、また扇情的で、統一性を欠いた踊りは野趣をかもし、理性を超えた根源的な何かをまとっているように思えた。およそ、神に捧げられる踊りにふさわしい、そう判断して秋吉のほうを振り向くと、狂乱するぶよぶよとした鏡餅が跳ね回っている。思わず吹き出しかけてレフトは龍神が透視能力を持っていないことを願った。  秋吉の表情が苦しげになってきた。息をあえがせ、レフトに目で合図する。体力切れのサインを理解すると、残しておいた日本酒の瓶を秋吉の足下に置き、マニピュレーターの準備をする。緊張が再び高まってきた。コンソールに向かい確認を済ませると、秋吉に向かって軽くうなずき、OKのサインを送る。  秋吉は舞いの締めくくりに、再び四股を踏んだ。そして足下に置かれた一升瓶を手に取ると、高々と掲げた。シンクロする巫女イメージが天に向けて御神酒を捧げる。その仕草に合わせてマニピュレーターに、酒を詰め合わせた箱を持たせて空に差し出した。果たしてアースニアの神に地球人類の意志が伝わるだろうか? レフトは目を見開いて船外モニタを見つめた。間違った選択をしたのではないだろうか? 心臓が凍る思い。マニピュレーターの先から箱が消えた。そのままなにも起こらない。レフトは直視するのが怖かったので、視界の端でサーモモニタをちらと確認した。  先刻までモニタに渦巻いていた赤い帯はUFOを許したのかそれとも興味を失ったのか、急速に消え失せようとしていた。レフトは意を決し、ゆっくりと、トロッコ3を上昇させていった。次第に高度を上げ、UFOは無事、何事もなく、大気圏を脱出すると惑星アースニアを後にした。  船内は静かだった。  秋吉は床に座り込み、放心しているようだった。レフトは舞いを捧げる時に使った酒瓶を手に取ると封を切り、そのまま口をつけてあおった。そして秋吉の前に置いて言った。 「服を着たらどうです?」 秋吉は無言で酒瓶を手に取ると同じようにあおり、言った。 「……レフト、地球にも龍がいるんじゃないかな」 「はい?」 「ジャックス博士、オレはUFOになりました。その結果、地球にも龍がいて、だからUFOがやってこれなかったのではないかという考えに至りました。レフト、オレは博士の意志を継いで前進する。地球に戻る」 レフトは自分が笑い出すのを止められなかった。 「あはは、秋吉、あなたは本当に面白い。ジャックス博士の信徒から神様になって巫女になって、そしてまたジャックス信徒だ! 不思議な才能がありますね。僕もつきあいますよ」 秋吉はきょとんとした顔をしたが、嬉しそうにうなずいた。  トロッコ3は母艦に近づきつつあった。秋吉が母艦との通信回線の一部を再開させると、船内の全てのアラートが一斉に鳴り響き、怒りの火花が辺り一面に飛び散るのを、二人は目にした。 「……くっくっく、あっはっは」 「ふ、ふふふ、やれやれ」 秋吉とレフトは顔を見合わせて苦笑した。レフトは言った。 「大丈夫ですよ、竜神には許しを得られたわけですから。まして我らが上司は同じ地球人類、さあもう一度踊って許しを得ようじゃありませんか」  人類初のUFOとなった調査船トロッコ3は帰還した。