航空総隊未確認飛行物体警戒隊 安土理庵 「なんでこんなことをしなければならないのだろう」  ある秋の深夜、航空自衛隊の天田洋次三等空尉は鬱屈した表情を浮かべながらこう思っていた。  彼の仕事の内容を考えれば、彼がそう思うのも無理は無い。何しろ、彼の仕事といえば薄暗いシェルターの中で勤務時間中ずっと目の前にあるモニターを監視しているだけなのだ。無論、一人で監視しているわけではない。シェルターの中には彼以外にも一〇名ほどの航空自衛官がいて、それぞれモニターを監視している。しかし、皆黙りこくってただひたすら監視しているだけなので息が詰まって仕方ないのである。  ここ、横田基地の航空自衛隊航空総隊司令部に「未確認飛行物体」に対する警戒監視を目的とした「未確認飛行物体警戒隊」が設立されたのは三年前のことである。未確認飛行物体とはこの場合単なる国籍不明機を指すのではない。地球上の技術では考えられない得体のしれないもの、いわゆる「空飛ぶ円盤」のことだ。  この部隊が設立された背景には数年前に相次いで発生したUFO目撃事件が関係している。年間一〇〇件以上に及ぶUFO目撃事例が発生したため、国会でもこの問題が論議され、結果として政府が対策部隊としてこの部隊を設立したのである。  しかし、UFO目撃事件は警戒隊が設立されてからぱったりと収束してしまい、この一年間は全く目撃事例がないという状態である。そのためせっかく設立された警戒隊も今では何もすることがない閑職となってしまっており、廃止すら検討されている。 「どうしてこんなところに配属されちまったんだか…………」  隊の中にはこの部隊に配属されたことを誇りに思っていない人物が多数いる。天田三尉もその一人だ。防衛大学校を上位の成績で卒業し、晴れて航空自衛隊に入隊した彼だったが、運命のいたずらか、最初に配属された部隊はなぜかここだった。戦うわけでもなく、誰かを救うわけでもない、ただレーダーを監視し、おかしなものがないか確認するだけの部隊。そして、そのおかしなものもここ最近確認されていない。レーダーに映る物体もほとんどは近隣国家の航空機、地球に落下するアステロイド(隕石)もしくはデブリであり、本物の「空飛ぶ円盤」など現れはしない。そんな部隊にいることに、何の意味があろう。 「早く非番にならねーかなー」 「こら、天田。何ぶつぶつ言ってるんだ。無駄口を叩かずにモニターを見ろ」  未確認飛行物体警戒隊司令、川口次郎一等空佐がそう言って天田を注意した。しかし、彼の語気に激しさはなく、穏やかだ。彼もまた、高射畑で順調に一佐にまで昇格したにも関わらず、どうしてかこんな閑職に回された人物であり、天田と同様やる気がなかった。 「へーへー、わかっております」  天田は適当に返事をして再びモニターへ向かった。  モニターを見つめるものの、何も浮かび上がってはこない。全くもって無駄だ。そう思って目を離そうとしたその時だった。  モニターに怪しげな光点が浮かび上がったのだ。 「ん? なんだこりゃ?」  天田はもう一度目を凝らして確認してみた。しかし、光点は依然として存在する。 「レーダーに感あり。千葉県沖東南東約三三〇ノーティカルマイル(海里)。防空識別圏より五五ノーティカルマイル外。高度は約一七〇万フィート、大気圏外です」 「どこのレーダーが補足した? 大きさと速度は?」  そう川口司令に問われたため、天田はモニターを確認した。 「補足したのはDDG‐178『あしがら』のレーダーです。大きさは約一〇メートル前後、速度は……マッハ二五で日本本土に向けて落下中」 「直線距離にして約四四〇ノーティカルマイル。このままの速度だと約四〇分で本土に到達するな。高杉三尉、COC(航空総隊作戦指揮所)に同様の物体を確認しているか問い合わせろ。天田、コンピューターで照合しろ」  司令がいつもと違いやる気だ。指示を受けたオペレーターの高杉翔子三等空尉と天田は行動を開始した。  天田はレーダーモニターの横にあるパソコンを操作した。このパソコンは航空自衛隊が一〇〇億円以上をかけて開発した識別システムにつながっている。識別システムでは各関係機関のデータベースを元に未確認飛行物体が何であるかを識別する。  物体は大気圏外を飛行しているため航空機の可能性はなさそうだ。考えられるものとしては宇宙船、人工衛星、デブリ、アステロイド、そして弾道ミサイル。この中で最もまずいものは弾道ミサイルだ。弾頭が核の場合、一発でも本土に命中すれば大惨事である。そのため、最初はミサイルでないかどうかの識別を行う。  天田は物体の位置・速度・その他軌道情報・大きさをシステムに入力した。  入力すると、数秒後結果が出力された。結果報告の最初の行には 「・弾道ミサイルの可能性:なし。早期警戒衛星はミサイルの発射らしきものを探知していない」 と書かれていた。天田はほっと一息をついた。これでミサイルの可能性は消えた。おそらく、デブリかアステロイドだろう。大気圏突入の際に一部が燃え尽きずに落下するかもしれないが、被害はそうたいしたものではないだろう。そう思って下の行を見た時、天田は驚愕した。 「・航空機の可能性:なし。高度が航空機のものとは考えられない。 ・宇宙船の可能性:なし。宇宙船の発射及び帰還は現在確認されていない。 ・人工衛星の可能性:なし。近くの軌道には該当する人工衛星はない。 ・デブリの可能性:なし。近くの軌道に発見されたデブリはない。 ・アステロイドの可能性:なし。地球に接近するアステロイドは現在確認されていない。 ・識別結果:不明」  どういうことだ、と天田は訝った。既存のデブリやアステロイドの可能性がないとすると、物体は未確認のデブリか、どこかの国が極秘で打ち上げた宇宙船か、それとも……異星人の宇宙船。  いや、そんなはずはないだろ、と天田は疑念を振り払った。そして、司令に報告した。 「該当データなし。正体は不明です」 「何だと?」  川口司令もまた驚き、そして高杉三尉に問うた。 「高杉、COCはどう言っている?」 「COCも同様の物体を確認、入間のSOC(中部航空方面隊作戦指揮所)にスクランブル出動を下命。……いま要撃機が百里基地と小松基地から上がりました。百里三〇五飛行隊よりコールサイン『ノヴェンバー二四(ツーフォー)』及び『二五(ツーファイブ)』、小松三〇三飛行隊よりコールサイン『エックスレイ三一(スリーワン)』及び『三二(スリーツー)』が発進」  モニターに要撃機を表す光点がそれぞれ二つずつ、計四つが浮かび上がった。 「目標がなんにせよ、これからは入間SOCの仕事だな。我々は状況分析に徹しよう。天田、目標の速度と方位を警戒しろ。高杉、COCに分析結果を報告」 「了解」  物体は現在日本の防空識別圏に侵入、大気圏に突入し減速しつつある。 「現在、物体の速度はマッハ八程度にまで減速、なおも日本に向けて落下しつつあります」  天田がそう報告した。その時、高杉三尉が天田に話しかけた。 「天田三尉、ちょっと見てください」 「どうした?」  天田が席を立って高杉の席まで向かう。 「今目標の減速率を計算してみたんですが、変なんです」  高杉がパソコンの画面を指さしながら言う。パソコンの画面にはグラフが表示されている。 「これが現在アメリカで使われているオリオン宇宙船の大気圏再突入時の減速率です。これがロシアのソユーズの減速率。そしてこれが今回の目標の減速率なんですが……」  そして高杉はこう結論付けた。 「つまり、今回の目標は宇宙船よりも減速率がはるかに高いんです」 「そんな馬鹿な。……司令」 「ああ、聞いている。たしかにそうだ。高杉、それをCOCに報告しろ。天田、席に戻って監視を続けろ」  川口司令はつぶやくように言った。 「……今回の一件、他のケースとは勝手が違うようだ」  天田は席に戻って再びモニターに向かった。  未確認飛行物体はどんどん減速を続けていく。そして、日本本土から約一一〇海里離れた地点でレーダーの光点が静止した。 「目標、千葉県沖東南東約一一〇ノーティカルマイル、高度三二〇〇〇フィートにて静止………馬鹿な」  シェルター内がどよめく。 「これではっきり分かったな。……目標は地球上の航空機でも、アステロイドでも、デブリでもない。」  司令が重い声でそう言った。  光点が再び日本本土に向かって動き出した。 「目標、再び動き始めました。方位二九二、速度マッハ〇.八」 「高杉、SOCと要撃機の間の通信を出せ」 「了解しました」  高杉が操作盤を操作すると、スピーカーからSOC‐要撃機間の通信が流れ始めた。 「This is November 24. Now maintain angel 32. Bogey is checked by radar. After two minutes to visual bogey.(こちらノヴェンバー二四。現在高度三二〇〇〇フィート。目標をレーダーで確認。あと二分で視認する)」 「November 24,this is Foxtrot. Roger.(ノヴェンバー二四、こちらフォックストロット。了解)」  『フォックストロット』とは入間SOCのコールサインのことだ。どうやら、百里から出た要撃機は目標をレーダーで確認したらしい。  二分が経った。 「そろそろ『ノヴェンバー二四』『二五』が接触する頃です」  高杉がそう報告した。スピーカーから『ノヴェンバー二四』の通信が流れる。 「Foxtrot, this is November 24.Bogey was in sight.(フォックストロット、こちらノヴェンバー二四。目標を視認した。)」  ここで、パイロットは数秒間沈黙したあと、震える声でこう言った。 「Foxtrot, it is not airplane!(フォックストロット、これは飛行機じゃない!)」 「November 24, you said what? Say again.(ノヴェンバー二四、何て言いました? もう一度言ってください)」 「I say again. Bogey is not airplane. It is not airplane shape.(もう一度言う。目標は飛行機ではない。飛行機の形をしていない)」  やはり、物体は通常の航空機ではないようだ。『フォックストロット』が『ノヴェンバー二四』に指示を出す。 「November 24, this is Foxtrot. Warn to Bogey.(ノヴェンバー二四、こちらフォックストロット。目標に対し警告しろ)」 「Foxtrot, roger.(フォックストロット、了解)」  『ノヴェンバー二四』が目標に対し警告を行う。 「Warning! Warning! This is Japan Air Self Defense Force! You are close to Japanese airspace! Return immediately! (警告! 警告! こちらは日本国航空自衛隊である! そちらは日本の領空に接近している! 直ちに引き返せ!)」  しかし、反応はないようだ。再度警告が行われる。ところが……。 「Warning! Warning! This is Japan Air Self Defense Force! You are close to……」  爆音と共に交信が途絶えた。そして、レーダーモニターの今まで『ノヴェンバー二四』が表示されていた場所に「七七〇〇」の文字が映った。  「七七〇〇」とはペイルアウト、すなわち脱出を意味するコードである。 「そんな……、撃墜された?」 「馬鹿な?!」  シェルター内が騒然とした。 「November 24, what's happening? Make reply! (ノヴェンバー二四、どうしましたか? 返事をしてください!)」  すると、別のところから通信が入った。 「Foxtrot, this is November 25! November 24 was shot down! Pilot escaped! I say again, 24 was shot down! (フォックストロット、こちらノヴェンバー二五! ノヴェンバー二四は撃墜された! パイロットは脱出! 繰り返す、二四は撃墜された!)」  その直後、奇怪な音がして、再び通信が入った。 「Foxtrot, I'm under the attack! Not missile, not gun! I say again, I'm under the attack! (フォックストロット、攻撃されている! ミサイルや機銃ではない! 繰り返す、攻撃されている!)」 「November 25, kill bogey! It is self-defense! Kill bogey! (ノヴェンバー二五、目標を撃墜せよ! これは正当防衛だ! 目標を撃墜せよ!)」 「Roger, I kill bogey! (了解、目標を撃墜する!)」  そして、攻撃が行われた。 「FOX2! (赤外線誘導ミサイル発射!)」  ミサイルが発射された。レーダーモニターにもそれが映る。固唾を飲んで見守る隊員たち。そして、二つの光点が一つになった。  スピーカーから通信が入る。 「This is November 25. The missile hit bogey. Bogey is under fall.(こちらノヴェンバー二五。ミサイルは目標に命中した。目標は落下中だ)」  レーダーでもそれは確認できた。目標は高度を下げながら千葉県上空に至り、そして消えた。 「目標、消えました。位置は北緯三五度九分四九秒、東経一四〇度九分二五秒。清澄山付近です」 「よし、そうか」  天田がそう報告した時、川口司令のデスクの電話がなった。 「川口です。……はい、分かりました。失礼します」  そして、天田の方を向き、こう言った。 「COCから連絡が入った。天田、今からヘリに乗って現場まで向かえ」 「ええっ、自分ですか?」  突然のことに天田は驚いた。 「陸自の第一空挺団と特殊作戦群がヘリで現場へ向かう事になった。COCは当隊からも人員を派遣しろと言っている。お前が行って見てこい! ヘリはもう待機している」  司令の口調がいつもになく激しい。この異常事態だからだろう。天田は敬礼をしつつ言った。 「り、了解しました!」  すると、川口司令が付け加えた。 「念のため、武器を装備しろ。……くれぐれも気をつけろ」  兵器庫に向かい、九ミリ拳銃を装備した天田はヘリの待機しているエプロンに向かい、ヘリに乗り込んだ。操縦士がヘリを離陸させ、墜落現場へと発進した。  離陸してから約四〇分後、現場上空に到着した。天田はロープでヘリから降りると、もうすでに待機していた陸上自衛隊の部隊のもとに向かった。  現場では陸上自衛隊の第一空挺団と特殊作戦群が展開していた。天田は第一空挺団の派遣部隊長を見つけると、話しかけた。 「未確認飛行物隊戒隊の天田三等空尉であります!墜落した物体の状況はどうなっていますか」 「連絡のあったのは君か。依然として動きなしだ。しかし、気味悪いものが落ちてきたものだな」  そう言うと、部隊長は物体のもとへと天田を案内した。  物体の周りには武装した陸自部隊が展開し警戒を行なっていた。全長一〇メートルほどの物体は楕円形をしており、表面の色は黒、『ノヴェンバー二四』のパイロットが報告したように航空機の形をしていなかった。 「君、これはいったい何だね?」  部隊長がそう天田に問うも、天田はただ 「わかりません」 と言うほかなかった。  その時だった。物体の一部が開き始めたのである。  身構える隊員たち。一体何が起こるというのか。  物体が開き終わった時、中から何者かが出てきた。黒い、人影のような二体の物体だ。 「何だあれは……」  天田は目の前の光景が信じられなかった。  と、次の瞬間、人影のうちの一体が何かを取り出し、その何かから光り輝く光線が発射された。 「伏せろ!」  部隊長がそう言ったのとほぼと同時に、光線が木に命中し、木がメキメキという音をたてて倒れた。 「撃てー!」  どこからとも無くそのような声が聞こえたと同時に、陸自部隊による攻撃が始まった。突撃銃や機関銃が火を噴き、物体へと火線が走る。  だが、その次の瞬間強烈な光が辺り一帯にはしり、誰もが皆気を失った。  天田たちが目を覚ました時、物体はすでにその場になかった。  その後、一ヶ月が過ぎた。天田は通常の任務に復帰していた。  司令の話によれば天田たちが気絶してから約二時間後物体が飛翔し、上空待機していた『エックスレイ三一』及び『三二』が追跡したものの、逃げられてしまったという。  事件後、政府をあげての調査が行われたが、物体及びその中から出てきたものの正体はわからなかった。そして、この事件以降再び未確認飛行物体の目撃が相次ぎ、航空自衛隊のレーダーでも確認され、要撃機の出動が相次いだ。  天田は思った。やはりあれは異星人、少なくとも自分たち人類とは異なるものだったのかもしれない。そして、もしかしたら、この空の向こうにはとてつもない脅威があって、今自分たちを狙っている………。 (了)