ジュヴュナイル・ポルノSF 十五歳未満少年漂流記(中編) 笛地静恵 5・また新たならしめるかの言(みこと)を 船長の桃姫様は、セーラー服の白い胸を誇らかに張る。襟には白い三本線。風にはためく紺色のネクタイ。彦左は、乳房の下半球を見上げる。彼は彼女に夢中になっている。堂々として美しい。長い黒髪は中央で分けている。聡明な額を広く出している。遠くの一点を見つめる黒い瞳。鼻筋は高く通っている。僅かに鷲鼻である。逞しい顎の下の線。意志の強さが表情に出ている。それでいて、固さはない。目じりと唇の端が上がっている。いつも心に、いたずらを考えている。笑みを含んでいる少女のように優しく柔らかい。 両手をくびれた腰にあてがっている。下半身にも量感がある。安定感を与えている。 すべての発端は、たぶん、一年前のあの事件だ。不倫堂家に住むことになった雉春。そのために当主曵乱堂の指示で屋敷内の古い蔵の一つが、徹底的に掃除された。長い間、使われていなかったものだ。雉春の部屋にするためである。そこで桃姫様が、硝子瓶に入った一枚の古い図面を見つけた。 どこかの星図らしい。三次元の立体で表示される。星島の一つに不倫堂家の<∞>の紋章がついている。光っている。探訪島(たんぼうじま)という。 だが、肝心の銀河座標の銀緯と銀経がわからない。意図的に消されて読めないようになっている。暗号で書きこんであるのだろうか?セキュリティが破れない。二人は真剣に話し合った。ここまで頑丈に幾重もの電子の鍵がかけられているということは、もしかすると宝島の星図ではないか。 ここで彼女たちが宝というのは、発見されることのないままに捨てられている、古代の宇宙船の残骸のことだ。まだ残っているという噂だ。それが、発見されたという昔話を、いくつも聞かされて育った。 過去の宇宙文明の優れた産物が、もし盗掘にあっていなければ、原形のままで保存されている。それらを冷風吐の闇市場で売買すれば、大きな儲けになる。二人の少女は奮い立った。しかし、探索行は困難を極めたらしい。何の音沙汰もなかった。時だけが流れた。しかし、探訪島の場所が判明した。そこに、《想象丸》がいた。宝が手に入った。娘に甘い当主曵乱堂の了解を得て、正式に桃姫様の物になった。遺言もそうなっていたのだ。 甲板が傾く。左右の大きな耳が、羽ばたいている。そのたびに、ぐんぐんと上昇していく。 雷戸村と冷風吐村を隔てる大奥尻山脈の、ごつごつした山肌が接近してくる。雪を頂いた処女峰を越えた。人間がその足跡を印すことをいまだ許していない場所だ。 大奥尻山脈が眼下にある。思いのほかに薄い。槍のように鋭い山頂には、夏でも白い雪渓が光っている。風雨に打たれて地盤も弱くなっているようだ。あちこちに、崩落の痕跡がある。この山は、磁場が強く磁石が狂う。方位が分からなくなる。電流の流れる方向に対して、地場の向きは左螺旋の方向になる。フレミングの左手の法則といっただろうか。豪右は、妹の理科の教科書で習ったことがあるのを、ぼんやりと思いだしている。 無謀にも挑戦した人間たちは、全員が遭難した。何名もの人命が失われた。 ともあれ、東の冷風吐村と西の雷戸村で、同時に巨大な力が、解放された。そのときに、両方から強烈な力に圧迫されて、地盤が隆起した。それが、大奥尻山脈になったらしい。 雷戸村も楕円形の窪地だが、冷風吐湾もそれと同程度の規模を持つ海水の溜まりだ。湾の海底には、圧縮された古代の都市が存在するらしい。 二つの場所は、左右対称の関係にある。そのことが、この高度から見下ろすと、ようやく明白になる。 大奥尻山脈の地層を発掘すると、古代の都市の建築物が、物凄い力に圧縮されて、地中に何層にもなって封印されているのが分かる。迷宮になっている。戦争の遺跡だともいう。古代の人間は、いったい何をしでかして来たのだろうか?自然の姿さえ変えて来たのだ。豪右の背筋に冷たい汗が流れる。 水平線に、惑星の湾曲が見える。そんな高度にまで達している。耳の鼓膜が痛い。気圧の変化に反応している。豪右は、唾を飲み込んだ。もとにもどす。たちまち冷風吐の湾を過ぎる。大東洋の海上に出る。 青い海と白い雲が、眼下に広がる。太陽の光さえもが、下界よりも明るい。雷戸村は、昼でも薄暗い。外の世界は、なおさら光に溢れている。まばゆく見えた。豪右は、大きな瞳をまぶしさに細めた。 しかし、もしも、人類の故郷であるという、地球の空に輝く太陽を知っている人が、この場所にいたとしたら。その光を弱弱しいと感じるらしい。太陽は地球で見るよりも、直径が二割は小さく見える。理科の授業で習ったことを、これも雉春が、好奇心旺盛な兄に教科書で教えてくれた。 彦左の視線は、さっきから豪右とは、異なる対象に向けられている。桃姫様の皮膚に映える光の美しさ。それに心を奪われている。熱い憧れをこめた少年の瞳だった。産毛が光る。その肌理の細やかさ。染みもそばかすもない。面皰が、赤い花のように咲いている。黄色い膿が、半透明に固まっている。それすら瑪瑙のように美しい。 桃姫様は、自分を称賛する少年の視線を知ってか知らずか、斜め下からの横顔しか彼に見せていない。彼女が、最も美しく見える角度の一つだ。彼は視線を逸らすこともできない。魅せられている。 もう背後を振り返っても、陸地の影は見えない。青い巨大な円盤の中心にいる。島影もない。 桃姫様は、海上に出ると豪右たちにも、気軽に舵輪を握らせてくれる。大奥尻山脈を越えるまでは、気流が乱れている。さすがに、遊ぶことはできない。洋上に出れば安定した飛行が可能だ。 《想象丸》は、舵輪を握った猿田彦左の指示の通りに、右に曲がり左に曲がる。上昇し下降する。旋廻する。彼は、何をやらしても器用である。無理な要求はしない。《想象丸》に信頼されている。素直に従う。屋根の上の黒いマストに上って赤い帆を張る。周囲の空間の看視もする。二人の少年は、ともに身軽だ。高い所は怖くない。 大きく曲がりながら、器用に延ばされてくる《想象丸》の鼻に、手を伸ばす。ご褒美にと、岩塩の塊を舐めさせる。彦左の手土産のピーナッツの粒や、豪右の赤岩蛇の干物でさえも、旨そうに食ってくれる。 でも、実際は《想象丸》は、自分で全部考えて目的地まで豪右たちを運んでくれる。利口な生き物だ。男の子たちがすることは、なにもない。目的地にまで、運ばれればいい。完璧な自動操縦だ。そのことが分かっているから、逆に色々といたずらをして、遊ぶことができる。 今日の目的地は、勉強島星(べんきょうじまぼし)という場所だ。子どもたちを苦しめるテストを一手に作っている。小人鬼が住む悪の島だという。宇宙の恥だ。桃姫様は、そこを退治しに行く。彦左は、彼女のためならば、どこまでもついていく。豪右と雉春にも異論はない。 海の彼方に行くだけでは、たどり着けない。時間と空間を跳躍する。ただの方法では行けない。そんな遥か彼方の隠された場所なのだそうだ。 「あたしは、勉強島星にいかなければならないの」 強い決意を秘めていることが分かった。新たなる冒険が始まる宣言だった。《想象丸》の力ならば、いくつもの障害を通り抜けて辿り着ける。桃姫様が、自信を持って約束してくれた。豪右には、テストなどはどうでもいい。彼には関係ない。テストが悪い物であるかどうもわからない。楽しければ良かった。彼らだけでは、永久にこんな冒険はできない。豪右は、妹に感謝するべきかもしれない。雉春と桃姫様が、二人だけで宝を独占するつもりではないか。疑った自分を恥じた。 6・おお大地よ、おお大地よ、立ち帰れ! 犬山豪右の眼から見ても、今日の猿田彦左は、異常に張り切っている。顔が紅潮している。いつもは沈着冷静な白面の美少年なのだ。桃姫様の興奮が伝染したのか。 いきなり豪右に飛びかかってきた。 取っ組み合いの喧嘩を挑んできた。甲板に二人で、音を立てて倒れ込んだ。彼の長い固くなったペニスが、豪右の腹をついてくる。先端が濡れている。犬歯の牙を剥いている。 手足が長い。その長所を生かしてくる。それに、尻尾も武器になる。鞭のようにしなる。三本目の手のように伸びてくる。より小柄な豪右の手足を絡み取ろうとする。 赤岩蛇が、青砂蛙を捕まえる時の戦法だ。代々の雷戸村の子どもたちは、それを見て戦い方を習ってきた。豪右も負けてはいない。彼の方が身軽で動作が速い。背中に回り込む。背後を取ろうとする。そうは、させまいとする彦左。身体を修敏に回転させる。三秒間。両肩を床に押し当てられた方が負けだ。 くんず。ほぐれつ。 絡まり合う。ごろごろ。甲板を転がる。女の子たちが、手を叩きながら観戦している。それぞれに、声援を送っている。豪右は二本の柱に激突する。雉春の白い靴下で黒い革靴の足だ。 桃姫様は、豪右たちが子どもらしく、無邪気に騒ぐほど喜ぶ。 「子どもはいいわねえ。無邪気で」 そんな感想を漏らした。溜め息を吐く。何か大人の悩みを抱えているのか?恋の煩いか。彦左は気になる。大きな耳が、戦闘中でもピクリと動く。しかし、その桃姫様は、実は雉春と同じ年齢だ。つまり、彼らよりも、四歳も年下である。年長の男の子二人を、すっかり子ども扱いにする。それを心から楽しんでいる。豪右は猿田彦左が桃姫様に恋心を抱いていることを知っている。辛い恋だ。身分も体格も違いすぎる。犬が飼い主の人間を愛したとしても、限界がある。絶対に対等にはなりえない。わがままな桃姫お嬢様の世話をして、喜ばせるために船に乗せられている。与えられている役目は、せいぜい玩具か道化だ。恋人ではない。せつないことだ。 それでも二人は、真面目に演技をする。男の子は、いつの時代のどんな状況であっても、美少女の関心を得るためには、悲しい程に何でもする生き物だ。子どもが、純真だと思っている大人は、昔のことを忘れている。あるいは自分を騙している。子どもは無垢な存在ではない。大人と同じぐらい打算的で、地上的な存在だ。 彦左に寄れば、桃姫お嬢様という存在は、どうもすべてに退屈している。醒めている。恵まれ過ぎているのだ。物心ついた時には、欲しい物はすべて、庄屋様によって与えられている。何もかもを見てしまった。彼らが感動するような少々の刺激では、素直に反応することができなくなっている。 その桃姫様が拍手をする。大きな手のひらが、バチバチと打ち鳴らされる。彦左を励ます声が大きい。雉春も負けじと、美しい珠の声を張り上げる。二人の少年には、《想象丸》に乗船する船賃だと思えば、格闘技ぐらいのサービスは、安いものだった。 二勝二敗。 彦左は、いつも五分の戦績にしてくれる。 甲板から船室に入ることになった。《想象丸》は、次元を超える航行に入る。大きな耳を左右に平行に張った。優しい目が光る。 ぱお〜ん。 咆哮した。人間の文明の存在する大地が遠くなった洋上。宇宙の竜は秘めた能力を始めて解放する。飛翔の衝撃波に眼下の海が割れる。白い水脈を引く。それでも、まだ全開ではない。 豪右はもっと見たいのだが、甲板にいると、残念なことに人間は、ひどい船酔いをすることがあるという。反対したが却下された。 「あたしは《想象丸》の船長として、みんなの健康と安全に、責任を負っている。指示に従ってもらうわ」 桃姫様の強力な意志に逆らうことはできない。不倫堂家の次代の当主となるべき宿命を背負った少女だった。中に入る。《想象丸》の丸い背中の上には、小さな家が一軒立っているようなものだ。飛行する竜の腹に、太い帯で固定されている。不倫堂家の紋章の<∞>は、そこにも堂々と掲げられている。家は小さいと言っても、御上人階級の寸法だ。豪右たちには、宮殿のように豪華だ。台所も風呂も寝室もある。そこに住んで暮らすことさえ可能だ。 豪奢な船内で、おいしいものを食べたり飲んだりする。それはそれで、悪くない時間だ。貧しくて、汚くて、《想象丸》の丸い背中の上には、小さな家が一軒立っているようなものだ。飛行する竜の腹に、太い帯で固定されている。不倫堂家の紋章は、そこにも堂々と掲げられている。家は小さいと言っても、御上人階級の寸法だ。豪右たちには、宮殿のように豪華だ。台所も風呂も寝台もある。そこに住んで暮らすことさえも可能だろう。 暗い穴蔵のような雷戸村の土地で、腹をすかして、はいずり待っているよりは、遥かにましだ。誇りなど捨ててもいい。 7・つゆしもの草より起きよ 船室に入る。窓には、遮蔽カーテンが降りている。自動で電気の灯りがついている。お茶の時間だ。 天井から鳥籠が下がっている。豪右は、その平らな金属の底を見上げる。少し錆びている。不倫堂家の紋章が入っている。古い物なのだろう。 片脚の鸚鵡がいる。止まり木の上を左右に、うろうろしている。頭頂部が白髪である。 「俺は、人間だ、ここから、出せ、ぎゃああ!」 目玉だけを、ぎょろつかせている。やぶにらみになっている。左右の眼で違うものを見ている。小首をかしげる。同じ文句を何度も叫んでいる。桃姫様も雉春も慣れっこになっている。聞こえてもいないだろう。 ただ今日は、桃姫様の方から声をかけている。珍しいことだ。いつもは無視している。 「これから、勉強島星に行くのよ。楽しみでしょ?」 鸚鵡の悲鳴が、さらに大きくなった。ない方の片脚を振り上げている。怒っているのだろうか。どうして鳥が、島の名前を知っているのだろう。 元来は二人用だ。寝台や座席の数などからそうと分かる。室内装飾は、優雅で女性的である。甲板の厳つい奇環砲と好対照をなしている。船という限定された空間。閉鎖された空間なので、女の子たちの学生服の聳える胸の大きさが、殊更に強調して感じられる。頭上からのしかかってくる。圧迫感がある。 桃姫様が自分から立ち上がった。船の小さな台所で料理を始めた。雉春によれば、家ではいつも誰かに作ってもらっているという。 「右の人 左の人 ふとしたことで きっと つながっている〜」 鼻歌を唄っている。新鮮な体験なのだろう。失敗はある。でも、雉春が目立たないところで手を貸して、試行錯誤のすえに作った、お手製の黄身団子は、甘くておいしかった。彦左は御代わりを所望した。生みたての鶏卵で作る。滋養強壮の効果がある。これを食べると、二人の男の子は、いつもより大きくて、強くなっている自分を、あそこに感じる。 雉春が目玉焼きを焼いた。冷風吐港産の醤油をかけて食う。豪右の赤岩蛇の燻製も、猿田彦左が桃姫様へと土産に持参したピーナッツも、皿の上に出されている。雉春は旨いと食っている。彼女には懐かしい味なのだ。 黄身団子を病気のお母さんに食べさせたい。豪右は、そう思っている。雷戸村では、たとえ岩蛇の卵であっても、病気でもしない限りは、食べることができない。貴重品だ。それが白くて大きな鶏の卵が、冷蔵庫には無造作に、ずらりと整列している。雉春には兄の気持ちが分かる。帰りには紙に包んで、持たせてくれる手筈になっている。 船室の食堂では、彦左は桃姫様の、豪右は雉春の膝に、それぞれ抱かれている。彦左は俯いている。が、喜んでいることは、親友の豪右には分かる。唇の歪みは、満足を意味する。いつもの冷笑ではない。彼女たち二人分の座席しかないのだから、これは当然の配置だ。 みんなで柔らかくて甘い黄身団子を、お茶を飲みながら食べる。銀の肉刺しに貫かれた黄身団子が頭上を飛翔する。彼女たちの大きな口に放り込まれていく。女の子たちだけが話している。彼女たちの顎と首の下の筋肉が動く。彼らの背中で乳房が揺れる。男の子たちは、直接に肉から肉に伝わってくる声に耳を傾ける。それだけの役割だ。 「あら、ちがうのよ。彼じゃないのよ」 お嬢様は、手首を柔らかくしならせる。何かを強く否定している。少女たちのとりとめのない会話は、頭上を通過していく。半分も意味が分からない。早口だし、冷風吐村だけで通用する単語もあるからだ。豪右には退屈な時間だ、それでも猿田彦左は、真剣に大きな耳を傾けている。 一つ気になる話題があった。蒸気馬車の御者の衝撃の禅太が、豪右たちの母親を好いているらしいのだ。この頃、ずいぶんと顔を見せて優しくしてくれるのは、そういうことであったのか。ようやく納得できた。 母がそれで良いのであれば、彼に異論はない。雉春も同じ意見だった。二人の子どもを育てるために、病弱の体に鞭打ってきた。そろそろ、楽にしてあげたかった。 不倫堂家としても、衝撃の禅太には先代の不倫堂の時代から忠実に奉公してもらっている。二人が家庭を持ちたいのであれば、冷風吐村に家を世話するという。 潮風を受けた方が、母の健康には良いかもしれない。 月日は過ぎていく。思わぬことが起こっているものだ。 それにしても、豪右にとっての問題は、妹の雉春の存在だ。目の上のたんこぶだ。冒険の喜びに影を落としている。妹の存在を避けることは物理的に不可能だ。雉春は、自分よりも小さくなった四歳年上の兄たちを顎でこき使う。それが楽しくて仕方がない。 食器の後片付けをさせる。彼女たちがすれば簡単なのに。 「あたしたちが、作ってあげたんだから、食器ぐらい洗ってよね」 雉春の要求だった。 大きな扱いにくい食器を持つ。彼女たちには白い小皿に過ぎない一枚が、二人で重心を取らないと持てない。直径三尺はある。しかも、縁には金の模様が手書きで描いてある。高価だろう。割ってはいけない。銀の肉差し用の食器一本が肩に担ぐ槍だ。重量がある。 テーブルから洗い場まで、短い足で何往復もしなければならない。女の子たちが何気なく使う台所が、彼らには、専用の脚立で上下しなければならない。上下のある広大な空間である。何かと不自由だ。 直方体の洗い場に降りる。汚れ物の脂を、力をこめて洗濯していく。二人で分担する。工夫して何とか処理していく。 全裸の体が汗だくになる。雉春には簡単にできる作業が重労働である。その苦労を見ているのが、楽しくて仕方がないらしい。ペニスがしなるたびに指さしてはしゃいでいる。 つい数年前までは、みそっかすとして、豪右たちのうしろを追いかけてきた小さな女の子。雉春の鋭いきれいな視線に男性の器官を見下される。兄として愉快な経験ではない。屈辱感を覚える。かといって、お前らがやれと、命令もできない。 ぱお〜ん。 《想象丸》が吠えた。 次元を超えたのだ。 甲板に出る。眼下には、いつもと変わらない色の青い海が広がっている。 目的地が、どのような場所であるのかは、ついてからのお楽しみだ。詳しく説明をしてはくれない。まだ数時間はかかるという。 女の子たちは、勉強島星に着くまで日光浴をする。計画に組み込んである。船室の棚に置いたAHODASのスポーツ・バッグから水着を取り出している。この小旅行のためだけに購入したという。歌枕幕府のある首都の店から、最新流行のものを取り寄せた。これもまた、新文明開化の産物だ。 桃姫様は、セーラー服の上着のサイドのファスナーを開けた。頭から脱いでいく。白くてぶ厚い生地だ。豪右には、テントでも作れそうな気がする。吸水性がある。かぶって着るタイプ。 両腕を高く挙げた。汗の甘い匂いが、ぷんと一瞬だけ、室内に薫る。さっきまで桃春様が座っていた木の椅子の上に、彦左は立たされている。少女のお尻のぬくもりが残っている。足の裏に感じる。 雉春は、金属製のスカートの前のホックをはずした。三段階に、サイズが微調整できる。お腹いっぱいに食べてしまった時にも、緩めることが可能だ。右前になっている。着物生活に慣れた豪右には、異様に思える。 二人とも、これからお風呂に入るので、脱衣場にいるというような自然な動作だ。男の子の視線を意識しているような構えた様子は、まるでない。ためらいがない。二個の鈴のように笑いさざめく。汗の染みた下着を脱いでいく。全裸になって行く。 彦左は、巨大な美少女の桃姫様の肉体を眺めながら、すぐそばに、かしずいている。手渡された汗の染みた重い衣服を椅子の上に広げる。器用に折り畳んでいく。肌のぬくもりと残り香の染みたパンティさえも例外ではない。同じようにしていく。 彼女の肉体は、どこもかしこも丸い。白い水蜜桃のようだ。はちきれそうだ。甘い汁が、ふきだしそうだ。 白い米を子どものころから食べて来たのだ。いつも、腹を空かしている二人とは、次元の異なる生活をしてきた。選ばれた者の肉体だった。筋肉がついているのに、固くない。ぷにぷにしている。  優秀な筋肉だ。いざという時には、瞬時に力を出すことが可能だ。 実践的な格闘技で鍛えている。そのことが、自らも武闘技に詳しい彦左には、分かる。貧しい雷戸村では、強くならなければ孤児として生きて行けなかった。桃姫様にも、自分と同じ臭いがする。血臭だ。それも含めて愛しているのだった。これから先に待っているのも、ただの観光ではない。おそらく戦争だろう。彼女のためならば、命を捨てても惜しくない。 豪右を恥ずかしくさせることがあった。少女たちの胸もとに揺れている、二つずつの乳房も、もちろんそうだ。手ブラによって、かろうじて乳首だけは隠している。けれども、それ以上に胸を打つのが二人とも、すでに股間に毛を生やしているという事実だった。彼には深刻な問題だった。 雉春は淡く細い直毛。桃姫様は、濃く彎曲した絡まり合う剛毛。生え方は違う。でも、ともに大人になっている。彼女たちの下草は露に濡れたように光っている。猿田彦左にも、そのしるしがある。股間から尻尾まで同じ茶色の毛が密生している。雷戸村の子どもたちには、あそこの毛は沙流ヶ草と呼ばれている。手を触れようとしても触れられないという神秘の場所という意味だろう。 犬山豪右だけが、まだ何もない。早く大人になりたい。自分の体はまだ子どもだ。どうしようもない焦りがある。一人だけが取り残されている。周りがどんどん大人になっていく。目を反らした。俯いて黙々と妹の衣服を畳んだ。 少女たちは巨大な肉体の表面積から比較すると、生地の面積が極端に少な過ぎるウルトラ・ビキニを着用している。ほとんどが紐である。乳首と股間を申し訳程度に隠す三角形の生地がついているだけだ。 桃姫様は、桃色のビキニ。下の毛が生えている面積が広すぎる。あまりが脇からはみ出ている。彼女を、こよなく尊敬する雉春は、同じデザインで色違いの茶褐色のウルトラ・ビキニだった。 妹は、大きくなっただけではない。木のようにやせっぽちだった少女の肉体に、みっちりと肉がついてきている。洗濯板のように平らだった胸も、桃姫様にはかなわないとしても、充実して膨らんできている。垂れ下がってはいないが、白い母乳が、一杯に入っているような形をしている。 女の子としての成長期にいる。桃姫様の豊満さには及ばない。でも、ビキニのトップには、白い胸の谷間が、しっかりとできている。 竜骨船長の冒険(その2) 竜骨銀之丞ともあろうものが、罠にかかったのだ。 気が付くと、とんでもない場所にいた。鳥籠の中である。記憶にある。不倫堂船長の船室にあったものだ。不倫堂家の<∞>の紋章が、底面に刻印されている。衝撃の禅太の姿は、どこにもなかった。 「もとの姿に、もどすんだ」 片手をふりかざしてどなった。酒に睡眠薬を盛られたようだ。まだ指先が痺れている。それだけではない。人間を小人にする薬がある。そう聞いたことがある。それを飲まされた。いわゆる御下人と呼ばれる、食料不足の時代に生み出された下層階級の人間達にも、同じ薬が使用されている。今の竜骨は鸚鵡一匹よりも小さくされている。 小人の住む島国が、広大な次元の海のどこかにはある。そこの住民の体を磨り潰して作られる。そんな忌まわしい噂を耳にしたこともある。大意義留守帝国は、それを使って、暗黒星雲から人間を拉致して来る。宇宙船の限られた空間に大量の人数を積載できる。それによって奴隷貿易で繁栄した。歌枕幕府が、鎖国という強い姿勢を示さなければならなかったのも、諸外国の星船に海岸地帯から拉致される民が何人もいたからである。 彼らが、どこの星島でその「薬品」を調達しているかは、国家的な極秘情報だった。宇宙海賊さえつかめていない。鳥籠の内部の空間が広大だ。鉤爪が鷲掴みにする横棒の上を両足で立って移動できる。そのくせ、籠の鉄棒の幅は、彼が通り抜けることができないぐらいには狭い。 叫んでいると、ずしん、ずし〜ん。鳥籠が振動した。 巨大な人間が部屋に、のそりと入ってきた。顔は、まだ小娘に過ぎない。それなのに、妙に豊満な色っぽい肉体をしている。 美しい少女が目の前に立った。赤い厚い唇が笑っている。頭部の大きさだけで、彼が入っている鳥籠ぐらいの体積がある。白い顔は、船の帆のように大きい。鼻息が風となって、ふうっとふいてくる。 桃姫と名乗った。さぞかし良い物を食っているのだろう。肉体は充実し、肌には艶と照りがある。金があるので、この世の地獄を見ずに、我儘放題に育っている女。それが、表情と言葉の端々から伺える。竜骨が、最も嫌う種類の女。高慢で偏狭であるだろう。気の強そうな瞳が、誰かに似ている。 「衝撃の禅太は、どこにやった?」 「知りたい?」 「ああ、俺を裏切った奴だ。復讐してやる」 「お気の毒ね。あの人は、あたしが始末したわ。古い仲間を売る男なんて、信頼できないでしょ?」 「まったくだ。俺をどうするつもりだ?」 この女に興味を持った。人を人と思わない態度。もしかすると不倫堂一族か? 「これを読み解いてくれたら、出してあげるわ。島の銀河標準座標を教えて欲しいの」 一枚の星図を目の前で広げられた。 「分かるでしょ。不倫堂船長が書いたものよ。あたしは、不倫堂船長の子孫。不倫堂桃姫(さうきちとうしゅう)というの。覚えておいてね」 何と、本物だった。あの豪胆な男の秘密の印が記されている。 『不倫堂一族の勇敢な少女に贈る』 暗号で、そう記されている。 だが、真実を話す訳にはいかない。《想象丸》は、この若い女には、危険過ぎる玩具だ。一つの世界を破滅させる力さえある。 「そんなのは知らんぞ。人違いだ。見たことも聞いたこともない」 「あら、あなたの仲間の道化師さんが、いったのよ。あなたは、あの不倫堂船長の船に、操舵長として乗ったことがあるんですってね?操舵長といえば、船長の次に力のある地位。船の操船については、船長の命令でさえも、拒否できる権限がある。そう聞いているわ。重要人物だったみたいね。衝撃の禅太が嘘を言っているとは思えなかった。不倫堂船長の左腕だったあなたには、彼の星図の読み方ぐらい、すぐにわかるでしょ?」 あの野郎、ばらしやがったのか?鳥籠全体を揺らすぐらいの地団太を踏んでいた。怒りが直ぐに面に出てしまう。彼の欠点だった。不倫堂船長のような大物には、ついになれなかった。 「うふふ、元気がいいこと。小っちゃくて、可愛いい。あたし、この寸法の、大人の男のヒトって、大好きなの。遊びがいがあるから」 頭を指先で撫でられた。鳥籠の鉄の棒の隙間から侵入してくる。指先は、第一関節から先だけでも、彼の頭部よりも大きかった。背後に逃げた。でも、そちらにも彼女の、もう一方の手が回っていた。背中を殴打された。ただ指先ではじかれたのに過ぎなかった。それでも、鳥籠の鉄の床に倒れ伏した。息ができなかった。 「少々、手荒に扱っても、壊れないもの。あなたのことも、きっと好きになれると思うわ」 声の調子からして、彼が考えたよりも、まだ若い。大人のような成熟した肉体に、ごまかされているらしい。 せいぜい。十代の前半あたりか。子どもなのだ。ぞっとした。大人の常識がない。自分が快感を得るためならば、躊躇わずに何だってする。後先を考えない。危険な相手だった。ようやく呼吸を整えて立ち上がった。 「分かった。協力しよう。しかし、俺には、二度と軽々しく触るな!」 舐められては、交渉が成立しない。けじめは、つけなければならない。反射的に、もう一度、頭に置かれた指先を、手で払った。かつては、手刀で敵の首を切断したことがある。威力のある技だ。 しかし、彼の拳の打撃ぐらいでは、ぴくりともしなかった。むしろ、自分の手を痛めただけだ。縮小によって、力が弱くなっている。指一本でも、木の幹ぐらいの太さに感じられる。 「あなたのことが、気にいったわ。さすがは、竜骨銀之丞さんね」 本名まで知られている。 「衝撃の禅太さんは、ちょっと弱くて、つまらなかったわ。一日、女の子のパンティの中に、入れて置いてあげたの。殿方には、楽しい場所でしょ?途中で忘れちゃった。夕方に取り出したら、もうぐったりして動かなかったの。若いころは不倫堂五人衆の一人と呼ばれて、元気な海賊だったそうだけど、さすがにもう年だったのね」 スカートの前をまくった。半透明の下着を見せた。陰毛の沙流ヶ草が黒く透けている。パンティの中とは、女の持っている、あの無限の穴の内部を意味しているだろう。 「あなたならば、もう少し、持ちそうよね」 竜骨一人分ぐらいならば、簡単に入りそうだった。全身を頭のてっぺんからつま先まで値踏みするように見られた。女が男の持ち物を透視する時の淫らな視線だった。 この女ならば、ためらわずにやる。あんな場所で生きていられるはずがない。空気もない。溺れ死ぬだろう。竜骨には衝撃の禅太が残した六方線型の秘文字が読めた。彼の遺言だった。 「ねえ、取引をしない?宝島の星図の読み方を教えてくれれば、元の姿に戻してあげないことも、ないんだけどなあ?」 (元の姿に戻ったら、絶対に、生かしておかない。許してやらない。違法の薬品も扱った。宇宙海賊の法律によって、厳正に処罰してやる。つまり、島流しだ。) 竜骨は復讐を誓った。 しかし、そんな様子は、おくびにも出さなかった。あくまでも、従順なふりをした。 「分かった。宝島の星図の読み方は教える。その代り宝の分け前が欲しい。多くは望まない」 卑屈に這い蹲った。肉体的な力では敵わない。さっきの一撃で骨身にしみて分かった。これ以上、抵抗すれば、大怪我をしてしまうかもしれない。脱出が不可能になる。無理をするよりも、体力を温存すべき時だった。 作戦を変更した。哀願した。 「お願いする。なんでもする。命だけは助けてほしい」 さっきは、可愛いと言った。こっちが向こうを勘違いしたように、向こうもこっちの小ささに、幻惑されている。しかし、蜂にだって人を殺せるだけの毒のついた針がある。つけ入る隙があった。奥の手は取ってある。 少女は射るような鋭い目で、彼を見下ろした。卑屈すぎたようだ。 「どうも、まだ、信用できないわね。また来るわ。それまでに、考えておいてね」 思考を読まれたような気がした。どきりとした。あの目は、不倫堂船長その人に似ている。さすがに彼の子孫だ。巨大な少女が立ち去っていく。巨大な尻を包む紺色のプリーツ・スカートが、嵐の海のように左右に揺れる。大意義留守帝国海軍の制服を連想させる。かつて宇宙海賊が戦った敵の衣裳だ。 開国という形で、この国が敗北したことを痛感させられる。銀河帝国の最新型の黒い宇宙蒸気烏賊船四隻が、惑星の軌道を周回した日の威圧感と屈辱感は今に新しい。 あの衣裳の内部で、一人の旧知の男が、人知れず処刑されたのだ。 竜骨は、鳥かごの鉄の棒を両手で握りしめた。彼には太い鉄の棒である。わずかに曲げることさえ不可能だ。 無人の部屋は、空中に天井からつりさげられている。不名誉な牢獄は、振動に連れて振り子のように、絶えず揺れ動いている。不規則に回転している。彼の肉体が、ここが穏やかな冷風吐湾の波止場に係留された、船上であることを教えてくれている。 鳥籠の下には、餌入れがあることはある。しかし、そこには、何も入っていない。 三日三晩。 そのままで、放っておかれた。 兵糧攻めにされた。人間の気力を奪うための、最も効果的な方法だ。拷問をして自らの全身を頭のてっぺんからつま先まで値踏みするように見られた。手を汚す必要もない。 宝の星図の読み方と命との交換条件だった。ありとあらゆる死は、人間にとって憎しみの対象だが、最も憎むべきは飢えによる死だった。 8・夜更(た)けて 《想象丸》の甲板にいる。洗い立ての白いバスタオルを敷いて、不倫堂桃姫様が寝そべっている。 うつぶせになって日光を浴びている。この惑星の夏は短い。貴重な陽光と時間を満喫した。ビキニのトップの背中の金具は外してある。そこだけが白くなるのが、嫌だという理由だ。 彦左は、日焼け鯨乳液を塗るように、彼女に求められた。褐色の肌に焼くのが、今の美人の条件なのだという。誰に見せるつもりなのだろうか?気にかかる。が、もちろん教えてはもらえないだろう。汗に濡れた産毛が、金色に光っている。 彦左には、楽しくもあり苦しくもある任務だ。それでも何も言わない。大きな瓶から手に、たっぷりと鯨乳液を取った。南国の物だろうか?甘い果実の匂いがする。これが、桃姫様の体臭と混じると、また得も言われぬ芳香となる。 ていねいに塗り付ける。彼女の背中は、広い。背丈では三倍だが体の表面積は何十倍もあるだろう。隅々まで、手が届くようにするためには、いろいろとためしてみたが、背中に馬乗りになる態勢が、もっとも効率が良い。桃姫にも分かっている。許可を出した。 豪右は友の様子を横目に眺めている。桃姫様は本当に大きい。背中の彦左が青砂蛙の親の背中におんぶされている子蛙ぐらいにしか見えない。何匹もが母親の背中に、びっしりとしがみついている。肌色の肉体は、美しい曲線の山並みを描く。背中の滑り台になりそうな斜面がある。丸い臀部の丘がある。長い長い美しい脚の稜線がある。 豪右も彦左から見れば、同じような状況なのだろう。雉春に同じことする。妹は、何でも桃姫様の真似をする。むかし、豪右たちの真似をして遊ぼうとしたのと、全く同じ流儀だ。「三つ子の魂、百まで」という諺は、こういうことを言うのだろう。 あのころは、赤岩蛇狩り一つでも、自分ができないと、ヒステリーを起こして泣き叫んだ。小さな女の子が、年上の男の子と、同じ釣果を上げられるはずがない。彼女には兄の指弾も彦左の尻尾もない。むずがる妹をなぐさめるだけでも、大変だった。鼻をかませて、涙を手で拭う。赤岩蛇の干物を食わせた。少なくともそれを食べる間だけは、泣きやんだ。固いから、口の中で柔らかくしてからでないと食べられない。時間がかかる。 仲の良いきょうだいだった。昔から母の体が弱かった。四歳下の妹の世話は、すべて彼の役目だった。おしめを交換してやったこともある。顔におしっこをかけられた。豪右の穴の開いた着物を、雉春の小水で、ぐしょぐしょにされた。熱を出した夜には、寝ないで看病した。 彦左は、少しでも桃姫様といっしょにいたい。だから、彼は雉春の担当にならざるを得ない。人間は自分の意志に反して同意することがある生き物だ。そうは納得していても、妹にこうして顎でこき使われるのは、やはり愉快な気分ではない。美しい桃姫様にお仕えしたい。本当を言えば、そんな思いもある。しかし、他に選択肢はなかった。 妹の白くて広い背中に、鯨乳液を塗って行く。最近、運動として冷風吐湾を使う水泳の訓練を始めたという。海に生きる一族には必須の技術だった。肩と腕には、しなやかな弾力がある筋肉がつきはじめている。指弾の練習で、豪右の左親指は爪が青く染まって、右よりも二回りは大きいが、その力も跳ね返してくる。ツボに嵌ると喜んでくれる。気持ちが良いようだ。 「豪右。ちょっちょ手を抜かないでね。強く練り込むのよ。わかった?」 雉春は何かと口うるさい。こっちが分かっていることを、ねちねちと繰り返す。 「はいはい」 「返事は、『はい』、一回でしょ」 「は〜い」 「は〜い、じゃなくて、『はい』。はい、もう一回!」  躾にうるさく、小言の好きな母とも似ている。 「『はい』、雉春様」  ぺこり。頭を下げた。 「それで、よろしい」 妹への反感よりも、差し迫った難問がある。雉春の柔らかい背中の皮膚を撫でている。その内に、猿丸の芽生え始めた男性としての器官が、変化してしまっている。晩熟だった彼にも元服を前にして、いよいよ目覚めの時が訪れている。 今春に生まれて初めて夢精をした。その後も、自涜の行為を繰り返した。最大の快感を得る方法を自得した。厄介なのは、夜が更けて自分の冷たい布団でひとりぼっちになれたときに、いずれの場合も心に思い浮かべていた対象が、もっともよく知っている妹の体であったことだ。 その顔。その唇。その胸。その腰。その足。 今、夜ごとの孤独な妄想の相手が、血肉を備えて、そこにいる。 妹の肌は、外の世界で、夏の太陽をたっぷりと浴びている。吸い込んでいる。内部から熱く燃えている。成長期で新陳代謝が活発だ。無数の汗腺から滲む汗に、しっとりと濡れている。豪右の肌に吸い付くようだ。 9・いま朝ぼらけ 遠くから距離を置いて観察すれば、友人の猿田彦左の、楽しくも精神に圧迫を加える過酷な作業は、ようやく上半身を終えたところだ。下半身の領域に入っている。腰のくびれを過ぎる。大きくて神聖な尻の山上に載っている。佳境に入ってる。 雉春の茶褐色のビキニの生地は、陽光に焼け始めている妹の肌の色に酷似する。光線の加減によっては、全裸に近いように見える。内部からの充実にはちきれそうだ。ヴィーナスの笑窪にも塗り込む。ビキニのボトムの尻の谷間にも、手を入れて擦り込む。そのように要求される。妹は徹底的に細かい。豪右の思春期の股間が反応してしまったとしても、止むを得ない状況だ。褌もつけていない。許されていない。少女の体温のぬくもりが、直接に睾丸に沁みこんでくる。 おまけに雉春は両手を顎の下で組んでいる。たまに片手をものうげに延ばす。冷たい鯨乳のグラスを取って口に運ぶ。それぐらいだ。あとは、うたた寝をしている。まどろんでいる。 少女たちは、二人とも昨日までは、女学校の試験期間だった。徹夜勉強を続けてきた。ようやく、解放された。連続の休暇に入っている。 雉春は、肘を曲げている。深い腋の下のくぼみが露わだ。青い影が溜まっている。そこから、この少女特有の甘い匂いがしてくる。外の空間を飛行している。甲板に潮風が吹きすぎる。それなのに、時折、妹の体臭が、新鮮に、犬山豪右の鼻孔を刺激してくる。太陽の光が強い。汗ばんでいる。 兄は、妹の髪についた塩の粒を、昔のように指先で摘まんで、そっと取ってやる。自分の唇の上に乗せた。妹の味がする。眠りを乱さないように、気を使う。睡眠中ならば、異変に気付かれる心配もない。皮が剥けて桃色をした肉棒が、反り返っている。彦左ほどの長さはないが、太くて固い。先端から先走り液が、どろどろと溢れている。すでに裏筋にまで流れている。 もう完全に肉棒が、むっくりと立ち上がった。肌が、つっぱっている。痛いほどだ。完全に勃起している。朝立ちのようだ。怒った赤岩蛇のようだ。何とか気持ちを静めようとする。思いのままにならない。目から入って来る情報が強烈に過ぎる。 こんなことにならないようにと、昨夜も、今朝も、連続して、自分の右手と、左手で、交互に抜いてきた。赤くなって、ひりひりするまで扱いた。貯蔵した分の、どろりと白濁する精液を何度も抜いた。しかし、せっかくの努力も、時間が立ち過ぎてしまっている。期限切れだ。新しい精液が、睾丸で大量に作られている。雷戸村の先輩から、あまりやり過ぎると背が延びなくなるぞと、たしなめられている。しかし、止められない。 仕事を終わるまでは降りられない。便所の休憩もない。そういう定めだ。膝を立てて中腰になろうとする。海綿体の充血によって亀頭が重くなっている。振り子のように揺れる。その刺激だけで爆発しそうだ。 雉春の腰は、そこだけは深くくびれて、細くなっている。豪右の短い足でも両脇に足の平がつく。何とか中腰が可能だ。 異変に感づかれないようにと、細心の注意をしている。分かれば、からかわれるに決まっている。しかし、我慢の限界が近づいている。どうして、自分にない物があって、あるものがないと言うだけで、これほどに心をかき乱されるのだろうか?兄と妹は、どこまで漂流していくのだろうか? 中編 了