ルナチャイルドがどでかいタンコブを作りながらも嬉しそうに三月精の家に駆け込んできた時、 サニーミルクとスターサファイアがクリスマスツリーの飾り付けをしている時の事だった。 「ルナったらまた人間に捕まったの? ほんととろいわねぇ・・・」 スターが飾りつけの手を止めて救急箱を取りに行く間もルナはどこか楽しげにニヤニヤしていた。 「もしかして思いっきり殴られたショックでどこかおかしくなってない?」 その様子に不気味さ半分、心配半分でサニーがそう言うとルナはムッとした顔でつかつかとサニーの目の前までやってきた。 「失礼ね。ちょっと面白い話を人間から聞いてきただけよ」 「面白い話?」 「そう、面白い話」 『面白い』という単語に反応したスターがパタパタと足早に部屋に戻ってきたところで、ルナは腰に片手を当て、もう片方の手で天井を指差しながら まるでスズメを捕まえたネコのように得意げな顔で二人に話し始めた。 「二人ともサンタさんって知ってる?」 「さ・・・さんさんた?」 「サンタさんよサニー」 スターが呆れ顔ですかさずつっこむ。 「もう!そんなモケーレムベンベみたいな長い名前覚えられないわよ」 「も・・・もけ?? そのもけなんとかは置いておいて、今はサンタさんの話よ。 今日、コーヒー貰おうと思ったらドジしちゃってお店のおばちゃんに捕まったあげく物置に閉じ込められたんだけど、 おばちゃんが私を出してくれる時にサンタさんのことを話してくれたの」 「だからなんなのよそのサンタさんって」 いつまでたっても本題に移らないルナの話に少しイライラしながら手の中で飾り付けのモールを弄んでいるサニーにルナは得意げに言った。 「クリスマスの夜にプレゼントをくれる何かよ」 「何か?」 「そう何か」 スターの疑問に答えになっていない答えを返すルナ。 「その何かが分からないとプレゼントもらえないじゃない!」 そしてサニーのもっともなツッコミ。 「大丈夫よ、サンタさんが何か分からなくてもプレゼントは貰えるの」 「どうして? サンタさんの正体はもちろん、どこで会えるかも分からないと貰いに何て行けないじゃない」 「平気よ。向こうから来てくれるもの。 条件があるけどね」 「条件?」 「そう。イブの夜に枕元に靴下をつるして、いい子にして早く眠ると クリスマスの朝にはプレゼントが入っているそうよ。 そのプレゼントを持ってくる妖精だか妖怪だかがサンタさんだそうよ」 本当はおばちゃんに『これ以上うちでイタズラしないければ』とも言われたのだが、それはいかにもうそ臭かったので言わないでおく。 「リリーみたいなものかしら? 彼女は通った先を春にするけど、サンタさんはイブの夜に通った先の靴下にプレゼントを入れる妖精とか?」 「また随分と変わった妖精ね・・・」 どこか半信半疑の二人。 ルナは何とかゲンコツと物置をプレゼントしてくれたおばちゃんのように上手にサンタさんの魅力を伝えようとあれこれ頭を回らせたが、 なかなか上手い方法が思いつかない。 だけれども、ルナの頭にふと妙案が浮かんだ。 「そうだわ! 私の話が本当だって第三者に証明してもらえばいいのよ!」 「というわけなの」 アリスに出された紅茶のカップを左手でもったままサニーはこれまでの経緯を説明すると、 みょんな事から三月精と知り合いになったアリスはどこか嬉しそうに口を開いた。 「ふーん、サンタクロースね。 ちょうどあなた達が来るまで作っていたのよ」 「サンタクロース??作ってた??」 アリスは立ち上がり、人形が飾られている戸棚を開きながら不思議そうな顔のサニーに順を追って説明し始めた。 「まずサンタクロースって言うのはサンタさんの本名ね。 『サンタ』が苗字なのかしら? そして作っていたっていうのは、これのこと」 振り返ったアリスは赤い温かそうな服を着た上海人形を両手で持っていた。 「まあ!かわいいわね」 スターが嬉しそうに胸の前で両手をあわせると、アリスは少しだけ照れながらありがとうと微笑んだ。 「サンタさんって人形だったの!?」 一方意外そうな表情になるサニーと不思議そうな顔で目をぱちくりとさせているルナにアリスは人形を机の上まで歩かせながら説明を続けた。 可愛らしくテクテク歩くサンタな上海、略してサンハイの様子にそんなサニーとルナもすぐに興味がサンタの正体からそっちへと移る。 「この子はサンタクロースの格好をさせているだけよ。 裾が白い綿の赤い服を着ている、イブの夜に子供達にプレゼントをあげる人間のことをそう呼ぶのよ。 はい、サンハイ。ご挨拶」 アリスの声に応えるように、サンハイは机の上に両手を上げてシュワッチと飛び乗るとサンタスカートの裾を器用につまんで優雅に一礼。 それを見た三人は歓声をあげて拍手を送る。 だが、何かに気づいたサニーは「あっ」と小さく声をあげると途端に不安そうな表情になった。 「サンタって人間なのよね? 妖精にもプレゼントくれるのかしら・・・」 「あ・・・」 ルナも不安そうな表情になる。 一方スターはすっかりサンハイの相手に夢中になっていたりする。 「そうね・・・」 アリスはしばらくアゴの下に人差し指を当てて何かを考えた後、ニッコリと微笑んだ。 「世界中の子供にプレゼントを配る程度の能力をもった人間だもの、 妖精の家を探してプレゼントを配るくらい朝飯前じゃないかしら? あなた達があんまり人様に迷惑をかけなければ、ね」 そう言うとアリスはパチリとウインクをした。 見事な三角形のもみの木のてっぺんより少し下に、太陽と月と星の飾りをつけた三月精式クリスマスツリーも完成して、 しっかり大きな靴下も縫い上げた三人はイブの夜をワインとご馳走で優雅に過ごしていた。 だけど今年のクリスマスパーティーはいつもより少しだけ早い時間にスタートだ。 もちろん、いい子にして早く寝てプレゼントをもらう為である。 一方その頃・・・ 「はぁ・・・私も意外とお人よしね」 それぞれ赤、白、青の綺麗なリボンでラッピングしてある箱の入ったバスケットを提げてアリスは三月精の家の近くの木陰に立っていた。 一応スターのレーダー能力の範囲に入らないだけの位置はとってある。 アリスはポケットの懐中時計をチラリと見て、ためいきをついた。 「もう10時じゃない。 あれだけ早く寝るように言ったのに・・・」 呆れ顔で窓からオレンジがかった温かみのある光を見つめていたアリスは小さいクシャミを一度。 「あーあ、こんなことならもう少し温かい格好をしていくべきだったわ・・・」 そして2時間後・・・。 「・・・・・・・・・」 相変わらず煌々とした光を放つ窓ガラスに何度かお手製火薬入り人形をぶち込みそうになりつつもアリスは待った。 途中、闇の妖怪がふよふよと涎を垂らしながら寄って来たので腹立ち紛れに大江戸からくり人形で芸を披露した後、 目をキラキラさせている彼女にプレゼントしてやった。 彼女が飛び去って数秒後、季節外れの花火と「なんなのかー!?」という悲鳴が冬の夜空を飾ったが相変わらず明かりは消えない。 「ま、楽しそうな笑い声とか聞こえてきたら乱入して怒鳴ってやりたいとこだけど、 こうもずっと静かだとなんか邪魔しずらいのよね・・・。 ・・・・・・静か?」 自分の独り言にひっかかる箇所があってアリスは眉間にしわを寄せた。 そして自分の考えが正しいかどうか確かめる為に手近な窓に近寄ると中を覗き込む。 ワイングラスを握り締めてだらしない顔で眠る赤ら顔のサニー。 ガクガク震えながら真っ青な顔をして震えながら床で眠るルナ。 ちゃっかり毛布に包まって静かな寝息を立てているスター。 部屋の様子を見る感じでは、料理も食後のデザートもすっかり食べ終わってから相当時間が立っていそうだった。 「・・・・・・」 ドッと襲ってきた疲れをため息で体の外に捨てながら、鍵もかかっていない三妖精の家にアリスは上がりこんだ。 まずはいつ凍死してもおかしくないルナのちるのちゃんもびっくりするくらい冷たくなった体を抱えて彼女の部屋らしき場所に運び込む。 そして、ベッドに寝かせてやると枕もとの靴下に白いリボンの箱をそっと入れてあげた。 「んん・・・。小町さん・・・珍しく仕事しているんですね・・・」 「明日死んでたりしないでよね・・・」 不吉な寝言をしたルナの部屋を後にして、次に大人しく眠っているスターを担ぎこみ、青いリボンのプレゼントを彼女の靴下にそっと入れる。 アリスは普段はあの二人と一緒にいるせいか大人っぽく見える彼女もこうして寝顔を見ていると、人形のようにかわいいわねと思いながら部屋を後にした。 「で、問題はコイツね」 両手を腰に当ててさぞ楽しい夢を見ているであろう妖精を見下ろした。 右手にはまだ中身のあるワイングラス。 左手はなぜかテーブルの端をしっかりと握っている。 どうやって移動させたものかと思案しつつ、とりあえずサニーの細い指を解こうとしてみる。 うめき声を上げながら抵抗するようにしっかりとワイングラスを握りなおすサニー。 もう一度解く。やっぱり無駄。でももう一度解く。絶対に離さない。 いっそ机ごと・・・なんてアリスが考えていると、突然サニーの頭がグッと持ちあがった。 「ん・・・?はれ・・・?」 目をぱちくりとさせながら彼女が不思議そうに自分の手の中にあるワイングラスを見つめた。 そしてそれを一気にあおったかと思うと、そのまま糸が切れた人形のように机に倒れこんだ。 ゴンッという額と机がぶつかる痛そうな音を残して・・・。 アリスはサニーの顔の側に耳を近づけた。 規則正しい呼吸。うん、寝ている。 「見つかるかと思ったわ・・・」 右手。何も持ってない。 左手。ぐてーっと机の上に伸びている。 「とにかく、もう運べそうね」 彼女をお姫様抱っこで抱えて運び、まだ冷たいベッドに寝かせると不満そうな声を上げて布団を握り締めて丸くなる。 しばらく、すっかり冷たくなっている彼女の手を両手で温めてやってからアリスは赤いリボンのプレゼントを靴下の中にそっと入れた。 まず最初に目を覚ましたスターが真っ先に思ったことはどうして自分がベッドに眠っているのだろうかという事だった。 すっかりしわくちゃになった服とリボンをカゴにしまってから着替え始めていると、 ふとルナやサニーとは違い半信半疑でつるしておいた靴下が膨らんでいることに気がついた。 「まさか・・・ね」 靴下を覗き込む。 そこには青いリボンでラッピングされた箱がしっかりと収まっていた。 寝ぼけているのかと目を擦ってもう一度中を見る。 やっぱりある。 しばらく着替えることも忘れて呆然と立ちつくしていたスターだが、二人の驚き顔を楽しみにしながら鼻歌交じりに着替えを始めた。 すっかり寝不足のアリスの眠りを邪魔するのは楽しげなノックだった。 時間は一応昼過ぎなのだが、結局家に帰り着いて眠れたのが3時過ぎ。 疲れの為かたっぷり眠ったというのにほとんど疲れが取れた気がしない。 「アリスー!いないの?入るわよー!」 主人のいない家に入るつもりなのかこいつらは、と思いながら少し待ってと外にいるであろう三人に声をかけて素早く着替え顔を洗った。 「おはよう。一体どうしたの?」 「もうとっくにおはようなんて時間は過ぎてるわよ。 それはそうと、来たのよアレが!」 嬉しそうにはしゃぐサニーの後ろでルナがそう!きたのよ!とやっぱり嬉しそうに繰り返した。 「何が来たって言うの?」 思わずニヤリとしてしまいそうな顔の筋肉を必死に押さえながら、いつもの笑顔で聞き返す。 自分がプレゼントした事がばれているのかばれていないのかは分からないけれども、どこか照れくさかった。 『サンタクロース!』 三人で綺麗に声をはもらせて答えた。 いいながら真っ直ぐに前に突き出した三人の手には赤いスカートに黄色い布の飾りがオシャレな白い服とヘッドドレスを身につけたツインテールの人形、 白黒のゆったりした服と帽子の実はたてロール部分が回転する人形、 そして頭の上の大きな青いリボンが目を惹く青い服の黒髪の人形がそれぞれ抱えられていた。 「で、私は思ったわけ。 私達ばっかりサンタクロースにもらってばっかりじゃ悪いから、たまにはあげる立場になろうってね」 「ほんと、サニーがこんな事言い出すなんてどういう風の吹き回しかしら・・・くしゅん!」 得意げにふんぞり返るサニーの陰でルナが盛大にくしゃみをした。 「でも、三人でも楽しいけど大人数だともっと楽しいわよきっと」 スターが提げている大きなバスケットからはお酒の瓶らしい物がにょっきり顔を出していた。 「というわけで、イブのパーティーから会場を変えて、アリスをゲストに今からクリスマスパーティーをやるわ! 料理は私達が持ってきたから、アリスは適当にまっててね!」 まさか自分の家がパーティー会場になるとは少しも思っていなかったアリスはしばらく呆気に取られていたが、 すぐに笑顔に戻ると自分のエプロンに手を伸ばした。 「適当に待っててなんてひどいわね。 パーティーは準備からパーティーでしょう?」 準備もほとんど終わりかけた頃、サニーがアリスとすれ違いざまにこういった。 「そうそう、アリス。 二人はともかく、三月精の頭脳の私は騙せないわよ?」 そして、アリスから少し離れたところでスカートをふわりとさせながら振り返ると、少しはにかみながらこう言った。 「ありがとね、アリス!」 パーティーで4人で囲んだ机の真ん中には、上海人形と三月精を象った人形が仲良く背中合わせに座っていた。