『ガチャフォースBW』 作品内時刻 2003年 10月1日 (コウ=小学5年生) プロローグ、  メガボーグ大戦から遥かな月日が流れ、かつて惑星メガボーグがあった宙域には新たな星が築かれてい た。星の大部分は都市であり、様々な色の金属でつくられた建物が地表を覆っている。その光景を遠目に 見ればまるでステンドグラスのようだ。街並みがこれほど過剰に栄華を映しだしているのは、過去“災い" によって故郷を砕かれたガチャボーグたちの思いがこめられているせいかもしれない。  この星――新メガボーグに住んでいるガチャボーグたちは、治安維持などに関わるボーグを除いて、長 く平和な月日を過ごしてきたことで戦闘能力を失っている。にもかかわらず、最近は新メガボーグ全体を 治めている委員会庁舎前の広場に群れをつくり、毎日のように大声を張り上げていた。その声の内容はあ る者たちへの敵意を形にしたものだが、今や誰一人としてその敵意を間違ったものではないかと疑うこと は無い。  そして肥大化した敵意は、委員会にある決定を下させることになる。 「13対0の満場一致で、65541号は可決とする」 委員長の声が議場に響くと、出席者、傍聴者から拍手の渦が起こった。ある者は感激のせいか泣き崩れ、 ある者は憎悪の表情を隠すそぶりすら見せない。  誰もが望んだその議決は、よほどの奇跡が起きない限り新メガボーグで最後の議決になるだろう。旧メ ガボーグ、地球をはじめとする数々の惑星を破壊した“災い”――デスブレンが戻ってくるのは、そう遠 い未来ではないのだから。 『ウイングブルー小隊は通路の防衛に当たれ。侵入は………だ。各…ただち……』 通信機から流れる指揮官の声にノイズが混じった。どうやら侵入者はコントロールシステムまで押さえて いるらしい。 「なんて手際の良さだ」 小隊長がぼやいた。コントロールを奪われたなら、増援はどこかで足止めされているだろう。最終防衛線 であるこの一直線の通路を守るのは我々6名しかいない。 「来たぞ!」 「3名ずつ前後に分かれて仕留めろ! 突破を許すな!」 同僚の声に小隊長の叫びが重なり、後衛に配置された私は左腕に装備されたツインビーム砲を構えた。通 路の先から赤い鎧を着けたボーグが飛行体制のまま突撃してくるのが見える。 「撃てぇ!」 前衛が一斉に放ったビームが侵入者に殺到する。しかし、飛行体制を解除した侵入者が放ったビームの方 が出力面で遥かに上回っていた。たった一条のビームに前衛の攻撃はかき消され、侵入者が直後に連射し たツインビームによって、前衛の3名はあっけなく行動不能にされる。  再び飛行体制をとり速度を上げた侵入者に対し、小隊長は私を含む2名を援護に残して格闘戦を仕掛け た。相打ち覚悟の行動であったが、もし小隊長を避けるために侵入者がコースを変えるならば後方に残っ た2名のどちらかが侵入者の前に入って進路をふさぐことは容易である。  この考えは現実のものとなり、私は進路を変えた侵入者の前に立ちふさがった。奴には飛行体制を解除 する暇も、もう一度進路を変える暇も無い。私は侵入者が前方に突き出しているミライソードに腹を貫か れるだろうが、私の体重分だけ奴の動きは遅くなる。そこを小隊長と同僚が狙撃すれば目的達成だ。  ミライソードの切先が迫ってくる。この速度と位置で衝突すれば、間違いなく私のデータクリスタルは 貫かれるだろう。だけど構わない。我々の絶望と希望を、破壊させはしない。  ところが侵入者はミライソードを消滅させ、空いた両腕で私を押しやりながら進み続けた。私は愚行だ、 と心中につぶやく。私が消滅しなかっただけで、侵入者の速度が落ちたことに変わりはない。私の目には 既に小隊長と同僚が放ったビームの光が映っていた。 (これで終わりだな) そう思ったとき、圧倒的な光が後方から発生した。私と侵入者を包んだ光はビームの光などたやすく打ち 消して、さらに輝きを強めていく。いつのまにか侵入者の姿は見えなくなり、続いて激流に流される感覚 が体中を支配した。  柔らかいのか硬いのか、はっきりしない感触が背中にある。おそらく私は仰向けに倒れているのだろう と推察することはできたが、そんなことよりもデータクリスタルで再生され続けている記憶に対しての屈 辱的な思いの方が何倍も強かった。侵入者の突破を許しただけでなく、防衛目標であった転移機の発動ま で許してしまった。並ぶものが無いほどの失態だ。   だが、私が転移機の光に巻き込まれたことは僥倖だ。私をこの地に追いやった者…警備隊の中でも特に 優れたものに与えられる赤い鎧をまとったボーグは、おそらく近くにいる。この手で確保して連行できた なら失態は帳消しにできる。だから倒れている場合ではないのだ。  私はゆっくりと立ち上がった。目の前に茂る緑のあいだから鮮やかな青色が見える。足元に目を転じれ ば黒や緑の混じったこげ茶色だ。私はどうやら、どこかの木の上にいるらしい。一度おおきく翼を広げた あと、地を蹴って飛翔する。体は緑の隙間を抜け、広大な空間に出た。 「これが地球か…」 我々の10倍以上の体を持つ人間が支配する星である、という知識をデータクリスタルから引き出す間に 両翼を羽ばたかせた生物が視界を横切っていく。私の翼は触れた空間に干渉することで浮力と推進力を得 るため、翼を広げられるスペースさえあれば飛行が可能だが、広大な空間を持つこの星では羽ばたいて飛 ぶことすら許されるらしい。  私は翼を大きく動かして、高度を上げていった。地面一帯に広がる緑と、青と白が混じる空模様。この 美しい星が、かつて“災い”に砕かれたという。確かにこの景色を見れば赤い鎧がデスブレンへの反逆を 企てた感情も理解できる。しかしたった一人で遥か過去の地球に戻り“災い”を滅ぼすなどバカげた話だ。 我々が新メガボーグで“災い”の到来に絶望し、倒すことをあきらめたのは、例え警備隊全員でかかって も倒せぬ相手だからだ。そんな相手を一体どうやって倒そうというのか…。 「何だ、テメェは!」 急に向けられた声に反応して、私は翼を止めて滞空した。間をおかず、声がした方向に視線を動かす。そ こには最悪の状況が待っていた。 1、 「アヌビスウイング…!」 ビームウイングブルーは息を呑んだ。もし目の前のアヌビスウイング――歴史においてメガボーグを3度 も滅亡させたとするボーグがデスフォースの一員であったなら、何を言ったところで攻撃されるだろう。 フォースを組まず単独で行動しているとはいえ、計り知れない戦闘力を持つことはデータを引き出さずと も容易に推察できる。1対1で戦うことは好ましくない。かといって、もう一度木の中へ身を隠すには高 度をとりすぎていた。 「テメェも潰されに来やがったのかァ!」 叫びを上げて、アヌビスウイング――ガルダがブレードを出現させる。ブルーは覚悟を決め、右手にミラ イソードを出現させた。撃破が難しくともツバサのフレームを折って飛行能力を奪うか、目を撃ち抜いて 何も見えない状態にしてやれば逃げ切ることくらいはできる。まずは距離を維持して相手の飛び道具を把 握しようと、ブルーはそのままの姿勢で後ろにステップした。  直後にガルダが三連射したファイヤーボールが、ブルーをめがけて飛んできた。ブルーは体を水平に傾 けてからミライソードを胸の前でしっかりと握り、頭の方へと突き出す。次に翼を左右に大きく開いて飛 行体勢をとり終えると、右へ飛翔してファイヤーボールを回避した。  足の先をファイヤーボールが通過するのとほぼ同じタイミングで飛行を解除し、左手の甲につけたツイ ンビーム砲から2条のビームを発射する。両肩を狙ったが、ガルダが高度を落としたために命中すること はなかった。  続いてもう一度、スリーバーストのファイヤーボールが迫ってくる。先ほどと同じように右に飛行して 回避したが、今度はファイヤーボールの陰からファイヤーボムが発射されていた。それはブルーの移動ス ピードを正確に計算し、完璧な狙いとタイミングで放たれている。先ほど飛行の挙動を見せたのはほんの 一瞬だったのに、よくここまで精密に計算できたものだと感心しつつ、ブルーはそのまま飛行を続けた。 「ハジけろォ!!」 咆哮するガルダの視界に、青いボーグが爆散する姿は映らなかった。ファイアーボムは命中する直前でな ぜかスピードを上げ、ブルーの眼前を通り過ぎてしまったのである。  不可解な現象を目の当たりにしたガルダは何か起こったかを理解するより早く、両肩にビームの直撃を 受けた。さっき回避できたツインビームの速度から考えれば、この距離で見てから回避することは十分に 可能なはずだった。しかし当たるはずの攻撃が当たらなかったことの驚きに支配されて思考が一瞬の虚無 を生んだところに先ほどよりも速度が増したビームを撃ち込まれれば、ガルダは空中で仰向けに倒れるこ としかできなかった。  ビームは両肩への一撃だけに留まらず、今度は右翼のフレームに直撃をもたらす。翼の損傷は軽いもの で、ガルダは体勢を立て直そうとしたが、いきなり真上から急降下してきた両足に腹を踏みつけられ、そ のまま地面に背中を打ちつけるまで落とされてしまった。墜落に起因して、全身に強い衝撃が走る。ガチ ャボーグのボディを構成する金属はこれくらいでダメージを負うことは無いが、ガルダはあまりの衝撃に 目を閉じてしまった。 「動くな…!」 真っ暗な視界の中で、張り詰めた声がした。ガルダがゆっくり目を開けると、2つ並んだビームの砲身が こちらと目をあわせている。もしブルーがトリガーを引けば、ガルダの両目は即座に蒸発するだろう。 (チッ…また負けかよ…) 自分の腹に立ってビーム砲を突きつけている青いボーグに対して、ガルダは四肢の力を抜き、ブレードを 消滅させて無抵抗を示した。  最強を目指していたはずなのにこうもあっさりと負けを受け入れている自分に、ガルダは自棄に似た無 気力さを感じていた。  一転して無抵抗になったアヌビスウイングに対して、ブルーは安堵するどころか困惑するのみだった。 少しでも抵抗するそぶりを見せたなら両目を焼いて逃走するつもりだったが、どのボーグより好戦的であ ると記憶しているアヌビスウイングが服従の意思を見せることは決して無いと踏んでいたので、ガルダが ブレードを消滅させる前に目を閉じてみせなければ、攻撃動作と勘違いして撃っていたかもしれない。  眠ったように動かない猛獣を足下(ソッカ)にしている不気味さを抑えられず、ブルーは足の位置をじ り、と下腹の方へずらした。そのとき、パキッと薄い木版が割れるような音がしてブルーのかかとが沈み こんだ。体がぐらりと後方へ傾き、ツインビームの照準がガルダの頭上へと抜ける。  ガルダが何らかの策を用いたと判断し、ブルーはとっさに飛びのいた。飛びのいた先にファイヤーボー ルを撃ち込まれれば回避しきることはできないと分かっていたが、体格差を考えれば数発の被弾よりも格 闘戦に持ち込まれることの方が何倍も危険だ。  ブルーは攻撃に備えてミライソードを体の前に構えたが、ガルダは攻撃するどころか微動だにせず、相 変わらず大の字になったままだった。  ブルーはゆっくりと剣を下ろし、少しだけ高度を上げてガルダの腹を見た。穴が開いている。直径は小 さいが、深くまであいているように見えた。引っかかるところがあって、ブルーはデータを呼び出した。 思ったとおり、穴の位置はアヌビスウイングのデータクリスタル直上にある。先ほどブルーが踏み抜いた ものが穴の表面を覆っていただけの装甲だったとすれば、データクリスタルは戦闘中もずっと無防備な状 態であったといえる。もしビームの直撃を受けていたなら、破壊されてもおかしくなかったはずだ。そん な状態で仕掛けてきたアヌビスウイングにはどのような事情があったのだろうと、ブルーは思った。  自分…いや、新メガボーグに生きるボーグ達は、所定の目的さえ達成できるなら命を投げ出すことに何 のためらいも見せることはない。だからこそ65541議決が生まれたわけだが、地球のガチャボーグ―― 無抵抗になったことを考えると、デスフォースの一員とは考えにくい――はその限りではないはずだ。 (戦う意思が無いのなら、話もできるだろう) 赤い鎧の情報も聞かねばと思いつつ口を開きかけたところで、背後から誰かが草を踏んで近づいてくる音 がした。ブルーがそちらにあわてて振り向くと、すぐに足音の主が現れる。 「やっぱりガルダだったか…ん、お前は…?」 現れたのは黒い髪と黒い瞳、ブルーの15倍はある体を持った巨大な生物だった。 2、  突然現れた巨大な生物――人間の鷹見ショウは樹木を背にして座り込み、かたわらにガチャボックスを 倒したままブルーの話を聞いていた。ガルダはデータクリスタルに戻してガチャボックスに入れたが、会 話は聞こえているはずだ。 「つまり、赤い鎧のボーグを捕まえるために未来からやってきたということか?」 ひと通り聞き終えたところでショウが総括し、ブルーはそれにうなづく。 「そうだ。奴は我々が作り上げた転移装置を不法に使い、時間・空間を越えて地球に侵略した。私は装置  の作動に巻き込まれたために、奴を追うことができたというわけだ」 「未来からお前の仲間が来る可能性はないのか?」 「転移機の性能上、転移先の時間・空間的なズレはどうしても発生するが、微々たるものだ。明後日まで  に救援が来なければ切り捨てられたと確信していいが……地球から戻るためにはデスフォースの設備を  使えば何とかというところだ。本来いるべきではない時代に長くいれば存在が否定されて消滅に至ると  いうリスクもある。隊員2名だけのために、デスフォースと対等に戦えるだけの戦力を送るとは思えん」 そもそも65541議決の存在から測れるように、新メガボーグの住民にデスフォースと戦うつもりは毛 頭無く、救援は最初から期待などしていない。さらに転移機を使用する警備隊のメンバーには簡易転移機 という装備が与えられているため、レッドを拿捕できるならデスフォースの設備を必要とすることもない。  それでもブルーが説明を行って救援の可能性をわずかにほのめかしたのは“本議決の存在を現在の新メ ガボーグに生きるガチャボーグ以外に教えてはならない”とする65541議決の内容にしたがったため である。  ショウは無機質さを感じさせるブルーの声からそれを読み取ることはできず、自分が持つ情報を開示し ていく。 「サハリ町・さばな町のデスベースは既に押さえてある。俺が押さえたさばな町のものはシステムの大半  が壊されていたが、サハリ町のものは使えるはずだ」 ショウの脳裏にさばな町のデスベースで見た光景がよみがえる。ひとつのガチャボーグからデータクリス タルを摘出し、いくつかに分割したあとで無理矢理に再生させ、意思を持たない兵士たちを造り上げる。 ショウが突入する前に他のシステムはとめられていたが、デスボーグの生産プラントだけは生きていて、 カラッポになった材料庫に次の材料が入ってくることを待ちわびていた。最初は何の機械なのか分からず、 デスベース内を調べることでデスクリスタルがゲート機能を持つことと一緒に判明したのだが、もし実際 に生産されるところを見ていたならば、トラウマになっていたかもしれない。  ショウがプラントのことを知るのと時を同じくして、自分自身の一部を使ってGレッドのコピーデータ を作ったというダークナイトの苦痛は、一体どれほどのものだっただろうか。 「そうか。ならば赤い鎧を捕縛するだけで目的は達成だな」 相変わらずの声を出すブルーには、沈み込んだショウの心情を測ることはできなかった。 「あとは赤い鎧の居場所さえ分かればいいが、デスブレンへの対抗組織…ガチャフォースといったか。そ  れに赤い鎧は所属していないのか?」 「オレはガチャフォースじゃない」 冷たく言い切ったショウが(今はまだ、な)と心の中でつけ加えたところで、ブルーは聞き覚えのある電 子音を聞いた。 「我々の通信端末の音だぞ・・・? なぜこんなところで・・・」 同じ音を出すものが地球にあっても不思議ではないが、音の中に警備隊員のデータクリスタルにだけ伝わ る特殊な波動が仕込んであった。こんな芸当は新メガボーグでしかできないことだ。  まさか、という視線をよこしたブルーに、ショウはポケットを探りながら答える。 「オレは2日前、そいつに会っている」 「なんだと…!」 思わず身を乗り出したブルーを目で制し、ショウは次の言葉を発した。 「デスブレンを倒すという目的は奴もオレも同じだ。今あいつはデスコマンダーを引き抜くために、デス  フォースに潜入している」 「今の連絡音は?」 「成功のサインだ。さばな町に行けば、赤鎧に会えるだろうな」 ショウはブルーの返答を待たず、ガチャボックスを右手に提げて立ち上がり、後ろを気にすることなく歩 き始めた。ブルーは翼を広げ、無言で後に続いていった。 3、 「うわああ! く、くるなー!」 五重の円が地表に描かれ、無機質な印象を強めている空間――さばな町のデスゾーンにタマの叫びが響い た。  彼が使役するデスアークの主砲が接近してくるデスボーグ・ラムダの頭を粉砕し、先ほどまで20体以 上いたデスボーグたちは全滅した。それでもタマが怯えた表情を崩さないのは、主砲発射とほぼ同時に赤 い瞳の少女が姿を見せたせいである。 「ようやく追いついた…」 タマは笑みを浮かべた少女に視線を貼り付けたまま、一歩二歩と後退していく。 「デスフォースに刃向かう者には死を…まさかデスコマンダーのお前が知らないはずはあるまい?」 「う…うぅ…」 タマの思考が恐怖に満たされていく。ほどなく飽和を迎えた精神は正常性を失い、ストレスの源であるオ ロチを排除しようとデスアークに主砲発射を命令した。  デスアークの主砲に光が宿り、束となってオロチの眉間へと疾駆する。人間の頭などたやすく貫通でき るエネルギーをもったビームを前にしても、オロチは動かなかった。それは目の前に割り込んできた巨大 な影がビームを受け止めてくれることを知っていたからである。影は正面から主砲を浴びたが、被害は軽 微なものだった。 「ご苦労、アンタレス」 落ち着いた声で少女が言うと、アンタレスは上昇してオロチの視界から外れた。 「アンタレス、αウイングを出せ」 アンタレスの上部についているハッチが開き、並んで発進した4機のαウイングが母艦の上空で旋回を始 める。 「い、いやだー! やめろー!」 オロチの意図を読み取ったタマがしりもちをつきながら悲鳴を上げる。しかしオロチの赤い瞳は揺らぐこ となくターゲットを見据えていた。 「やれ」 短い言葉をうけて、αウイングが一斉にタマめがけて動き出した。同時にアンタレスも主砲を放っている。  タマはデスアークに命じて主砲を受け止めさせ、さらに全砲門を開いてαウイングを狙ったが、撃ち落 とせたのは1機にだけにとどまった。  3機のαウイングはデスアークを突破し、タマへの射線を確保した。今からデスアークを旋回させて撃 ち落とそうにも間に合わない。 (これでデスブレン様もお喜びになる……) タマの死が確定したことに達成感を覚え、オロチがわずかに笑みを浮かべたときだった。上空から降り注 いだ2連装のビームが、全てのαウイングを貫いた。 「誰だ!?」 表情をもどしたオロチが上に目をやると、2枚の翼を広げた赤いガチャボーグがこちらに銃口を向けたま ま降下してくるのが見えた。オロチが次の行動をとるよりも早く、その銃口から強力なビームが発射され、 直撃を受けたアンタレスの上部ハッチは潰されて使用不能になる。 (データにないボーグだと…!) オロチは内心で舌打ちした。タマのデスアークに対抗するためにアンタレスを連れて来たのであって、高 機動型ボーグとの戦闘は想定していなかった。対抗策であるαウイングは既に使えず、そのうえ相手の力 量は未知数である。  『撤退』の二文字がオロチの頭をよぎる。損害を抑えるためには最適の手段だ。しかしオロチは頭を振 ってかたくなに拒絶した。ガチャフォースを倒すどころか裏切り者の始末さえ満足にできないようでは、 デスブレンから見放されてしまうかもしれない。洗脳されているオロチにとって、デスブレンからの拒絶 こそが最大の恐怖であった。  タマの前に下りてきたレッドは、銃口をアンタレスに向けたまま背中ごしに声をかけた。 「もうここまで来てたのか。いい逃げ足してんなぁ」 敵のアンタレスに残された武装は主砲のみで、レッドが狙われてもたやすく回避でき、タマはデスアーク に盾になってもらえば問題ない。それでもレッドが銃口を下ろさないのは、命令役の少女がうつむいたま ま動かないでいるせいだ。 「タマ、あいつはまだ隠し球を持ってる。ここは俺に任せてショウと合流しろ」 「わ、わかったよ!」 タマは慌てて立ち上がるとデスゾーンの出口に向かって一目散に走り出した。タマの足音がデスゾーンに 響き始める。オロチが顔を上げて吊りあがった目を見せたのはその時だった。 「次の作戦まで温存するつもりだったが…もう手加減はしない! デスウイング、デーモンウイング!  裏切り者を制裁しろ!」 吠えるような声にあわせて、オロチの左右に死神の姿をしたボーグが出現する。  今度はレッドが舌打ちをする番だった。タマはデスアークに戦闘命令を下したまま去っていったので、 少なくともアンタレス相手には優位に戦うことができた。しかしオロチとパートナー契約をしている2体 の死神に出てこられては、自分の技量でも厳しいだろう。 「デスアーク、お前は適当なトコでタマを追え。お前とタマはセットじゃないと、逃がした意味が無いん  でな」 デスアークに心があれば、自分を逃がすためにレッドが犠牲になることを理解して命令に抵抗しただろう。 だがデスアークは駆動音をわずかに高鳴らせて命令の了解を伝えてくるのみだった。  レッドは何の抵抗もなく自分の決意を受け入れてくれたことに嬉しさを覚えながら、3体並んで滞空す るデスフォースたちへと羽ばたいて行った。 4、  デスアークが離脱してから5分が経とうとしていた。レッドは床に伏せた姿勢のまま自分の損傷状況を 確認している。  付け根の近くから切断された左翼はもう使い物にならない。左足も失っていて、地面に足を付けて戦う ことも難しい。残った右翼を使えばバランスをとりつつゆっくりと浮くことくらいはできそうだったが、 敵の攻撃をかわすことは考えるまでも無く不可能だ。 「万事休す、か」 レッドは誰にも聞こえない小さな声で言った。  デーモンウイングを倒し、アンタレスの主砲を1つ残して使用不能にしたまでは良かったが、残りの主 砲に左足を吹き飛ばされ、その隙にデスウイングの斬撃をツバサに受けてしまった。 「やれやれ、エリート警備隊の名が泣くな…」 もう一度小さな声で言って、レッドは目を閉じた。 (たった1体にここまでやられるとは……) オロチの中にはタマを逃がしてしまっていることへの焦りと、レッドの戦績に対するおどろきがあった。  タマがデスゾーンを去ってからもう10分近くが過ぎている。タマが自分で考えたとは思えないほど計 画的な脱走であったことから、おそらく目の前にいる赤いウイングボーグが手引きをしたのだろう。  タマは既にガチャフォースと合流している可能性か高い。まともに動くボーグがデスウイング1体しか 残っていない以上、タマを追ってしまえば今度こそ取り返しのつかない損害を負ってしまう。 (ならば、せめてこいつを確保しておくか) 戦闘力、行動力、知能の全てにおいて他のガチャボーグとは一線を画している。デスブレンのデータバン クにも記録が無いことにわずかな不安要素はあるが、洗脳を施してデスフォースの一員とすればデーモン ウイングの抜けた穴を十二分に埋めてくれるだろう。 「デスウイング、奴のデータクリスタルを引きずり出せ」 オロチが言うと、デスウイングは鎌を振り上げながらレッドに突進していった。  自分のデータクリスタルが奪われることが何を意味するのか、レッドには理解できていた。せっかくタ マとデスアークを逃がしたのに自分が捕まってデスフォースの戦力になっては意味がない。  レッドはデスウイングの羽音を聞きながら、左腕のビーム砲にデータクリスタルからあるデータを送信 した。それを受け取ったビーム砲の中で、音も立てずにセキュリティが解除される。レッド自身のエネル ギーをビーム砲の内部に集め、爆発を起こすシステム・・・・・・簡単に言えば自爆装置である。これをデスウ イングが近づいた時に発動させてやれば道連れにできる。レッドは新メガボーグで訓練を受けているとき と同じ冷静さで、チャンスのときを待った。  地球にやってきてからまだたったの2日だが、ショウと話を交わしたり、ガチャフォースの子供たちの 戦いを見て、レッドの中には子供たちへの強い共感が生まれていた。子供たちがデスブレンに打ち勝つこ とが自分の願いであり、そのためなら命を投げうってもいいと思うことができる。 「結局、オレも死にたがりな新メガボーグの一員か……」 つぶやいたレッドの眼前で、デスウイングが鎌を振り下ろそうとしていた。この一撃はまだビーム砲が残 っている左腕を狙ったものだ。  チャンスは鎌が自分の腕に触れ、デスウイングの体が最も近づいたとき。レッドにはデスウイングの鎌 の動きがコマ送りのように見えていた。ゆっくりと近づいてくる切っ先を凝視しながら、自分にまだ早い、 まだ早いと言い聞かせる。  あと4コマ、あと3コマ、あと2コマ…。  そしてあと1コマのカウントダウンをしたとき、レッドの視界から鎌の切っ先が消失した。かわりに爆 発の衝撃波が頭上から襲い掛かってきて、レッドは開ききっていた目をすばやく閉じた。 「もう一撃だ、Gレッド!」 まっくらな世界の中で足先の方から叫び声が聞こえた。直後にもういちど頭上から衝撃波が降ってきて、 レッドは目を閉じたままその波に耐えるしかなかった。 「ガチャフォースだと!?」 今度はオロチの声だ。 「デスアークの反応があったので来てみたが…まさか仲間割れをしているとは」 「ああ、ホント驚いたぜ。タマがいきなり助けてくれなんて言うんだもんな」 聞きなれないガチャボーグの声に、先ほど叫んでいた少年の声が続いた。  レッドは衝撃波がもう来ないことを確かめながら、ゆっくりと目を開いていく。まず映ったのは鎌を失 って地面に仰向けになったまま動かないデスウイング。その少し上に目をやると、狼狽しているオロチと 砲塔を1つだけ残したアンタレスの姿がある。  目では確認できないが、足音から察するに後ろにはGFコマンダーが4人いるはずだ。当然パートナー であるボーグも4体いるはずだが、レッドはそのなかに聞き覚えのある駆動音を見つけた。 「レッドー! 助けに来たよぉー!」 デスアークとタマである。レッドは意外な助っ人に苦笑しつつ、言葉を返した。 「足が早過ぎんだよ、お前は。あと2秒あったらオレが全部やってたのにさ!」 「何言ってるの! あなた怪我してるじゃない!」 叫んだのは人間の女の子だ。続いてさっきとは別の男の子が、優しい口調で話しを始める。 「ねぇオロチ、これ以上戦っても君が損をするだけだよ。今は退いてもらえないかな?」 デーモンウイング、デスウイングが倒され、残った戦力は主砲一門のアンタレスのみ。どれほどうまく立 ち回ったところで、全滅は目に見えている。  オロチは奥歯をぎりっと鳴らして、GFコマンダーたちを睨みつけた。 「このまま逃げ帰れば…私はデスブレン様から捨てられる! 私がデスフォースであるために、引くこと  などできない!」 アンタレスの主砲に火が入り、デスゾーンに緊張が戻る。しかしレッドは意にも介さぬ口調でオロチに向 かって言い放った。 「何言ってんだよ。あんただってタマとおんなじさ。もともと居るべきだったのはガチャフォースの方だ  ろう?」 オロチの目が大きく開かれた。既に発射態勢に入っているアンタレスに命令することも忘れ、焦点の合わ ない視線を中空に投げている。 「そうだぜ、オロチ! 俺とGレッドはお前が普通の女の子だって知ってる! お前のパートナーだっ  たダークナイトだって…」 「私を惑わすなあッ!!」 コウの言葉はオロチの絶叫にさえぎられた。オロチの目にはコウのとなりにバスケットのユニフォームを 着て並んでいる少女と、そのかたわらに寄り添う小さな黒い影が映っていた。 「私はデスコマンダーのオロチだ! 私はお前なんかじゃない! アンタレス、あいつを撃てぇッ!!」 そう言ってオロチが指を向けたのは、コウの隣りのだれもいない空間だった。命令を受けたアンタレスは 最も近くにいたコウに照準を補正して、主砲を発射した。 「ちぇいさぁぁぁ!!」 オロチが指を突き出すのと同時に主砲の射線上に割り込んでいたGレッドが、背中のバーニアを全開にし てGクラッシュを主砲の鼻先に叩き込んだ。主砲の光はプラズマブレードの切っ先からGクラッシュのオ ーラに沿って拡散していき、子供たちに届くことなく消滅を迎える。 「なんてことするんだ…」 オロチの方に背を向け、マナに覆い被さるようにしていたカケルが体を起こしながら言った。かたく目を 閉じながら頭を抱え込んでいるマナにも自分にも怪我がないことを確認してから、オロチに向かって振り 返る。  カケルはオロチがまだ戦闘を続けようというのなら、友達であるコウを狙われた以上、一切の容赦をせ ずに戦うことを決意していた。  だが、視線を移し終えたカケルのひとこと目は「いない…?」だった。デーモンウイングの残骸だけを 残して、オロチはこつぜんと姿を消していたのだった。  オロチはデスゾーンの奥へと走りつづけていた。アンタレスが主砲を撃った瞬間、ユニフォームを着た 女の子がコウの前に立ちふさがり、両手を広げて彼を守ってみせた。それだけでなく、飛び出してきたG レッドに黒い影が重なったこともはっきりと見えていたのである。  それは彼らが自分を救える存在であるということを無意識に自覚してのことだったが、今のオロチにと っては惑わしでしかなかった。自分は誰なのか、自分はどこに居るべきなのか。迷い人のオロチは、かつ てリンであったころの記憶にたどり着くまで、走り続けることしかできなかった。 5、  デスゾーンを出たばかりレッドと、先ほど到着したばかりのブルーは、GFコマンダーたちの輪から外 れて樹木の一枝に身を置いていた。少し目をそらせばガルダの修理をしているナースボーグたちと、それ を取り囲む子供たちの姿が見える。輪の中で交わされている言葉は小さすぎて枝の上まで届くことは無い が、ショウが一番多く口を開いていることは視認できた。  枝に腰掛けて残った右足をだらしなく下げているレッドは、恐らく自分達の事情も話しているのだろう と思いながら、ブルーに問いを投げる。 「ショウとパートナー契約をしたのか?」 「私の目的は貴様を連れ戻すことだ。デスフォースと戦う理由など無いのに、どうして契約する必要があ  る?」 木の幹に背を預け、腕組みをしながらブルーは答えた。レッドが気楽そうに「そりゃ仕事熱心なこった」 と漏らすように言うと、ブルーはやや語気を強めてみせる。 「簡易転移機はどこにやった?」 レッドが所属するエリート部隊は転移機を使った作戦の実行部隊であった。しかし転移先では帰るための 手段が確立されていないため、もとの時代に転移先を固定した、ガチャボーグ2体を転移させられるだけ の出力を持った携帯型の装備が渡されているのだ。 「お守りだっていう法螺と一緒に、ショウに渡してある。おまえは巻き込まれただけなんだから、1人で  帰っていいぞ」 「ふざけるな」 ブルーはぴしゃりと言い放った。 「転移機の無断使用、警備隊への発砲、重要装備の譲渡…これだけの重罪を犯してまで活動を続ける理由  はなんだ? 我々の世界では既に“災い”――デスブレンは存在している。地球でデスブレンを倒した  ところで、我々の世界が救われることはないぞ?」 「それに長いあいだ別の時間・時空にいれば存在が否定されて消滅するって言うんだろ? そんなコト分  かってるよ。それでも転移機を使わなきゃいけなくってな」 「どうしてだ?」 問われて、レッドは視線を子供たちからブルーへと移した。口元には得意げな笑みが浮かんでいる。 「なに、カンタンさ。転移機が俺を巻き込んで起動すると、少なくとも“災い”がやってくるまでは使用  不能になるよう、細工しといたのさ」 「貴様…!」 ブルーは幹から背中を離し、レッドの方へ足を踏み出した。 「まぁ、お前まで巻き込んだのは悪かったよ。怒るのも無理ねえことだ。けどオレ、作戦の先発隊に入っ  てたからさぁ、早いことやっとかないと昔のメガボーグに行く羽目になっちまう。どうせ1回きりの時  間旅行なら滅多に行けねえ地球の方がいいだろ?」 「そういうことで怒鳴っているのではない!」 ブルーはさらに一歩、前に踏み出した。 「過去の者は我々に“災い”を押し付けたのだ。次の世代は希望だの、可能性だのという聞こえのいい言  葉と一緒にな。ふざけた話だ。過去の者ばかりが豊かに生きたというのに“災い”への責任を被るのは  我々だ。だから決めたのだろう? 未来には絶望しかないことを、奴らが希望と呼んだ我々の手によっ  て思い知らせてやろうと!」 「65541議決か…転移機を使って昔のやつらを皆殺しにするとか言ってたが、お前らは災いが怖くて  そんなトチ狂ったことをしようってんだろ? けどな、それで殺される奴らにとっちゃ、俺たちこそが  “災い”だぜ?」 「過去の世代は全てを未来に押し付け、のうのうと安寧を生きた。未来からの報いを受けるのは当然の事  だ」 レッドはいちど「へっ」と息を吐き出して嘲笑した。 「ウソ言えよ。お前らは“災い”にビビって、一瞬でも自分達をやられる方からやる方にしたいだけじゃ  ねぇか。そんなもん俺は認めねえ。だから転移機を壊してやったのさ」 「では我々はどうなる! 報いを果たすこともできず、ただ“災い”に滅ぼされろというのか!」 「お前らは生きることを諦めた。自分達より後に世代はねえって、未来の奴らに詫びの一つも入れねえで  そう決めた。そんな奴ら、まとめて吹っ飛んじまえ!」 ブルーは考えるより速く駆け出していた。右手にミライソードを発現させて、レッドの頭に斬撃を打ち込 もうとする。  しかし、右腕に走った激痛がブルーの足を止めさせた。見ると、レッドのミライソードの切先がブルー の腕に埋まっている。 「遅いんだよ」 ブルーが慌てて右腕を引き抜く間に、レッドの片翼が持ち上がり、触れている空間との干渉を開始する。  レッドの体はふわりと浮き上がり、ブルーと正対する位置にまで移動した。 「この…反逆者が!」 右腕を押さえたまま放たれたブルーの恨み節に、レッドは低い声で返す。 「俺が転移機をダメにしようがしまいが、結果は変わらねえぞ? お前らの望み通り死ななくてもいい過  去のやつらを巻き込むか、転移機が使えないままおとなしく“災い”に滅ぼされるかの違いってだけだ。  どっちにしろ、お前らに生きる気力なんざ残っちゃいないんだろ?」 正対したことで、視線の絡みはより強くなっている。手負いとはいえ強力な力を持った者を目の前にして、 ブルーは自分が気押されていることを自覚した。 「だったら生きようとする者を巻き込まねえで、お前らだけで勝手に死んでろ!」 「くっ…」 ブルーは言い返す言葉が出てこなかった。レッドは不意に視線を逸らし、子供達の方を見やる。 「見てみろよ、あいつらを。あのガキ共はどんだけ追い込まれても必至になってあがいてきやがった」 レッドとブルーの視界に、駆け寄ってくるマナの姿が映った。こちらに向かって手を大きく振り、修理の 順番が巡ってきたことを伝えている。  レッドは翼の出力を調整して子供達の方へ滑空する準備を整えると、振り返ってからブルーに言い渡す。 「俺達の世界とこの世界が繋がっていないとか、そんなことはどうでもいい。あいつらに共感しちまった  のさ。だから戦ってんだ」 飛び立っていくレッドの背を目にしながら、ブルーはひとり立ち尽くしていた。 6、  2日後の10月3日、サハリ町全体をデスフォース反応が覆っていた。ガチャフォースの子供たちは連 絡を取り合って町中に散開し、それぞれ目の前の敵に対処している。  デスブレンがサハリ町全体にデスフォースを投入する物量戦に出たのはこれで2度目だが、今回の戦い で投入されたデスフォースのボーグは前回よりも明らかに強力だった。今まで多くの戦いを経験してきた 子供たちも苦戦を強いられ、誰ひとり他のメンバーを救援できずにいる。  もし子供たちが敗れてしまえば、デスブレンの地球破壊はなんの障害も無く進められてしまうだろう。 しかし大人たちは何も知らないまま日常に追われることしかできない。  そんな様子を空から見下ろしつつ、ガルダはイナリ山に生える切り株のひとつに身を降ろしていった。 降り立つなり音を立てて腰を下ろし、右手で腹をさする。この間まで穴が開いていた部分はナオをはじめ とするナースボーグ達の修理によって綺麗に塞がっていた。しかし精神に空いた穴までは埋まっていない。  発端はデスベース跡での決闘のときだった。コウと申し合わせた時刻よりもずいぶん早く着いていたシ ョウは、ユージから渡されていた音声データを開いてみた。それを聞き終えると、数分のあいだ一言も発 さないまま動かなくなってしまったのである。 「ショウ、何ボーっとしてやがる!」 ガルダはこのままだと決闘に支障が出ると判断して、パートナーを怒鳴りつけた。ショウは垂れたままに なっていた頭を上げてガルダと目を合わせると、小さいながらもはっきりとした声を口にした。 「この決闘に負けたら、俺はガチャフォースに入る」 ガルダとショウは全てのガチャボーグを破壊するという目的において一致し、パートナー契約を結んだ。 だからデスフォースのみを相手にするガチャフォースへの入隊は明らかな契約違反である。当然、ガルダ は激昂してショウに鋭い視線を寄越した。 「ふざけんな! ガチャボーグは全部ぶっ潰すってお前も望んだだろうが! それとも今から負けること  だけ考えてんのか? 手ぇ抜くつもりじゃねえだろうな!」 ショウは座っていたガチャボックスからすっと立ち上がり、いつもの冷淡な声に決意の色をにじませた。 「手は抜かない。この決闘は確信を得るための戦いだ。抜くはずがない」 事実を突きつけられても、ショウの心はすぐに変われるものではなかった。その心を持ったままコウと全 力で戦い、コウに打ちのめされることで今までの心が間違いであったと、自分に見せつけようというのだ。  事実、決闘のときにショウが発揮したGFエナジーは、過去の戦いの中でも最大のものだった。しかし Gレッドとコウの前ではそれも通じず、惨敗と言ってもいい結果に終わってしまった。  決闘が終わったあと、ショウとガルダはそれぞれ別の道へと去っていった。ショウはレッドと出会って タマをデスフォースから引き抜くために行動を始めたが、ガルダはただサハリ町の空を漂うことしかでき なくなっていた。 「ちくしょう……」 サハリ町の公園上空でガルダは呟いた。惨敗したからといって強くなることを諦めたわけではない。だけ ど間違いなく自分の全力を発揮できた戦いがこんな結果になってしまったことは、彼の自信におおきな亀 裂を走らせていた。 「どうすりゃいいんだ…」 もう一度ショウのところに戻ることなどできない。しかし、パートナーなしで最強の座につけることは考 えられない。初めて胸に宿った閉塞感に悩まされながら、ガルダはゆっくりと飛行を続けた。 「負けちゃったみたいだねー」 後方から聞こえてきた声に向かって、ガルダは身を返した。そこにはショウをふぬけさせるきっかけを作 ったユージのパートナー、ジャックがふよふよと浮かんでいる。 「君はね、強さって呼べるものは力だけって思い込んでるんだ。ガチャフォースに入ってみんなと仲間に  なれば、もっと別の強さを得られるはずだよ」 「なんだオマエ…偉そうに説教しやがって」 ガルダは自分にこれだけの仕打ちを与えた元凶に対して、体の底から沸いてくる怒りを感じた。 「そんなことはなァ! 俺に勝ってから言ってみろよ!」 右手にガルダブレードを発現させ、最大速度でジャックめがけて突撃をかける。ジャックはヘルメットを ちょっとだけ持ち上げてジェルフィールドを展開させた。 「そんなんで止まるわけねぇだろうが!」 ガルダは躊躇することなく突撃を続けた。このスピードを持続させればジェルフィールドに入っても速度 が落ちてしまう前にジャックを貫けるだろう。しかし、フィールドはガルダの目の前で消滅した。  (あきらめやがったな)とガルダは確信し、ガルダブレードをジャックの頭めがけて大いに突き出す。 「消えろ、雑魚がァ!」 ガルダが叫んだ直後、静かな街の空に衝撃音が響いた。  ガルダブレードは消失し、ガルダの腹部にはバスターレーザーを浴びたような感覚だけがあった。ジャ ックは圧縮したジェルフィールドを指先に集中させると、ガルダのいる方向からかかっている圧力だけを 解除し、レーザーのように発射したのである。 「力だけじゃ、僕には勝てないよ」 地に向かって落ちていくガルダに、ジャックの声が届けられる。ガルダは敗北感に身を焼かれながら、た だ落ちていくことしかできなかった。  その後、ガルダはまとわりついてくるデスボーグを叩き落しながら、まる一日サハリ町の上空を漂って いた。腹に開けられた穴は自己治癒力によって表面だけは塞がっているものの、そこから内側はデータク リスタルに近いところまで空っぽのままだ。  不意に大きな鳥が羽ばたきながら眼前を横切って、ガルダは自分がイナリ山上空に差し掛かっているこ とに気がついた。そして見たことのない青いウイングボーグを見つけたのである。  ガルダは腹に触れていた右手を振り上げると、力の限り切り株へと叩きつけた。20センチにも満たな い生物が発したとは思えないほど大きな音が響き渡り、木に宿っていた鳥達がいっせいに飛び立っていく。 無数の羽音が聴覚を占めていくなかで、ガルダは一つだけ近づいてくる風切り音があることに気がついた。 「誰かと思えばテメェかよ」 上空から降りてきたブルーの姿を見るなり、ガルダは悪態をついた。しかしブルーはガルダの態度など気 に留めることなく言葉を返す。 「ショウから、お前は強くなるために戦っていると聞いた。デスブレンが本腰を入れ始めた今こそが絶好  の機会だと思うが?」 「テメェこそ、赤鎧は浮き上がるくらいしかできなかったハズだぜ? なんでまだ居座ってんだよ」 「フフ…お互い道に迷うもの同士というわけか」 ブルーはガルダの隣りに降り立った。自分より遥かに武骨なガルダが自ら話を始めるとは思えず、ブルー は先んじて口を割ることにした。 「私は目的を達成するためなら、命を投げ出してもいいと思っている」 「おう、気が合うじゃねえか」 「だけどその目的は私自身が決めたものでは無かったんだ。新メガボーグ全体を包んでいた敵意、上から  の命令、隊への忠誠心。それらが混ざり合っただけのものを、私は何の疑いもなく自分の目的だと勘違  いしていたんだ。そのために命を投げ出したことだってある」 ブルーの言葉を聴いて、ガルダは最強になりたいと初めて思ったときのことを思い返した。当時の記憶と 一緒になって、強い悔しさと決意の感情がよみがえってくる。 「……誰よりも強くなるってことはオレが決めたことだ。テメェみたいに他に流されたワケじゃねえ。メ  ガボーグで好き勝手に暴れてたころ、ダークナイトにズタボロにされてよ。あのとき心底強くなりてぇ  って思った。ダークナイトがいなくなった今でも、それは変わってねぇ」 「ダークナイトの話は新メガボーグにも伝えられている。力を求めて闇に染まり、デスブレンの配下にな  ったガチャボーグだと」 「そいつは違う。たしかに強くなるためなら何でもやるやつだった。けどデスブレンに付いたのはオロチ  を守るためで、力に溺れたからじゃねえ。結局は捨て駒にされちまったが、それでも命を捨ててGレッ  ドのデータを取り返しやがった。あとのことをGレッドに託してな」 「……私も、そういうふうになりたいのだろうか。自分の意志で決めたことのために、生きるようになり  たいのだろうか」 「さぁな。…けど俺は行くぜ。あのとき誰より強くなるって決めちまったんだ。そのためだったら、群れ  るくらいどうってことねぇ」 ガルダの中には確信があった。かつての自分が決意したことは、いま抱えているくだらないプライドより もずっと大切なことだったはずだ。だったらそんな足枷など外してしまえばいい。ショウと別れてからず っと心に雲を作っていた迷いが、ようやく晴れたのだった。 「じゃあな」 ガルダは飛び立つ。心の中には迷いを消してくれたブルーへのささやかな感謝があった。ガチャフォース に入るための飛翔をするときに、今までに数えるほどしか感じたことのない感謝の気持ちを持っていられ ることは、これから輪の中でうまくやっていけるだろうという安心感を覚えさせてくれた。  ショウはぴくりとも動かず、高台からシマウマ通りを見下ろしていた。5メートルほど下に見える通り の一角では、コウとGレッドがルビーナイトとサファイアナイトを相手に奮戦している。  2対1ではさすがに分が悪いと判断したコウ達はバーストを発動させ、Gクラッシュで2体のナイトを 撃破したが、直後に現れたビームガンナー、サイバーニンジャ、サイバーガールハイパーの3体に包囲さ れてしまった。  Gレッドのダメージが5割を超え、バーストが使用不可である以上、生存率は万に一つを割るだろう。 しかし敗北が決まったライバルの姿さえもショウの網膜には像を結んでいなかった。  ショウは目を閉じて、こんなときにも穏やかに流れ続けている風の音に神経を集中した。聞こえてくる のはビームガンナーが放ったのであろう大出力のビーム音と、それに焼かれるGレッドの装甲の音。  そして真上から自分めがけて降ってくる、黒い翼の風切り音――! 「行くぞ、ガルダ」 目を開いたショウが高台を一気に駆け下りていく。  走る自分を追いかけてくる風切り音がだんだんと大きくなっていくことを知覚しながら、ショウはライ バル達への咆哮をあげた。 「どうした! しっかりしろ!!」 7、  さらに2日後、10月5日の正午。  工事現場の上空からブルーは東の街を見ていた。翼から発生する浮力と地球の重力を釣り合わせている ため、気まぐれに吹く風で前後左右に流されることはあっても、高度が変わってしまうことは無い。  視線の先にあるさばな町では、突如姿をあらわしたサイバーデスドラゴンと巨大化したガチャフォース のボーグたちが戦っている。一部の子供達を除いて誰も信じようとしなかった侵略者の存在は、初めて多 くの大人たちの知るところとなった。しかし未知の金属で構成されたガチャボーグに対して有効な攻撃手 段はなく、今はただ現実とは思えない光景を前にして怯えていることしかできない。  おそらく大人たちにはサイバーデスドラゴンとガチャフォースのどちらが人間の味方なのか確信を持っ て言い切れるものは誰ひとりとしていないだろう。まして、ガチャフォースと共に戦っている子供たちが いることなど想像することすら出来はしまい。  サイバーデスドラゴンの腹から膨大なエネルギーが放たれ、濁流となってビル群を砕いていく。  それをビルの屋上から飛び上がって回避したケイがミサイルを発射し、側転で逃れたビリーはリボルバ ーを勢射する。リモートビームに付きまとわれていたレオパルドは、ジャックがジェルフィールドでビッ トを鈍らせた隙に脱出し、主砲をありったけ放った。  当初は青天井だと思われていたサイバーデスドラゴンの耐久力も、徐々に落着の兆しを見せている。し かしガチャフォースが受けた被害も軽いものではなかった。軽傷で済んでいるのはGレッド、ガルダ、ケ イと、新しく入ったばかりのデスウイング、後方にいるナオくらいのもので、ダメージが大きいボーグは ビリーやレオパルドのように早々に弾薬を使ってからナオのところへ後退している。  ブルーは心に絶望がよぎるのを感じとった。サイバーデスドラゴンの先ほどの一撃は悪あがきだろうか ら、ほどなく倒すことはできるだろう。しかし今度は、これだけの損傷を受けた状態でデスブレンと戦わ なくてはならない。デスブレンが襲来するまで多少の時間はあるだろうが、全機を万全な状態にできるほ ど長くはあるまい。100パーセントの力を発揮しても勝てる見込みが少ない現状において、大きな不安 要素を背負うことになる。そしてなにより、ブルーの世界の歴史において、地球は破壊されているのだ。 ――勝てるわけがない。  ブルーの中で何者かがつぶやいた。その声に意識の向かう先を引っ張られたブルーは、思わず声を発し ていた。 「あきらめればいいのに…」 サイバーデスドラゴンに勝ってもデスブレンには勝てないのだ。ならば早いうちに諦めた方が楽ではない か。 「未来の私たちが諦めたんだぞ。どうしてお前たちは諦めない? なぜ立ち向かうんだ…絶望しかないと  分かっているのに!」 ブルーの叫びをさらうように、強い風が吹き抜けていく。高度は変わっていないはずなのに、ブルーは体 がどこまでも沈み込んでいく感覚を覚えた。 「デスブレンをやっつけて、みんなを守るために決まってんだろ! 俺たちにしかできないんだぜ?」 突然背後から聞こえてきた声に反応して、ブルーは体ごと振り返った。 「Gレッドのパートナーの受け売りさ。まっすぐすぎてガキ臭ぇ」 そこには赤い鎧に大きな両翼――ビームウイングレッドの姿があった。 「だけど俺は共感した。“災い”と戦うことは、戦う力を残した俺たち警備隊にしかできねえ。力を持っ  てるんだったら、過去のやつをののしる前に目の前の絶望を全力でぶん殴る。そんな生き方にオレは共  感しちまったんだ」 言いながら、レッドはブルーの目を直視した。迷いのない双眸を向けられたブルーは金縛りにあったよう に体を硬直させる。 「なぁ、お前はどうなんだ?」 視線が絡み合ったまま放たれた問いに、ブルーはまだ答える術を持たなかった。 8、  サイバーデスドラゴンとの戦いから2日が過ぎた。  隣町であれだけの騒ぎがあったのに、サハリ町は今日も穏やかな秋晴れに包まれていた。10月に入っ てからもう一週間になるが、住宅街の路地ではまだ半そでを着た子供たちが我先にと走りながら下校して いる。  Gレッドのパートナーである獅子戸コウも多分に漏れず、シャツの長袖をめくりあげて家路を急いでい た。 「ただいま!」 やや乱暴に玄関のドアを引き開け、脱いだ靴は散らかしたまま足早に2階へと向かう。コウが自室の扉を 開くころになっても誰かの声が帰ってくることはなく、聞いていたとおり両親は出かけているようだった。 「Gレッド、みんなは?」 コウは机のふちから足を下ろして座っているGレッドに尋ねた。  机の上にある窓は数センチだけ開いており、Gレッドはサイバーデスドラゴン戦で負傷したボーグたち の様子を伝えるため、ここからコウの部屋に入って待っていたのだ。 「ナースボーグたちが休まず治療を続けている。それぞれの詳しいダメージデータだが…」 Gレッドの言葉はそこでピンポンというベルの音にさえぎられた。  コウはあわただしく階段を駆け下り、玄関のドアを押し開く。 「オロチにブルーか! 早かったな!」 コウは「まあ入れよ」と続け、ドアを全開にした。  オロチとブルーは躊躇しながらドアを支えていたが、さっさと階段を上り終えたコウに上から 「何やってんだー?」 と促されると、ようやく家の中に足を踏み入れていった。  コウの部屋に入ってから、オロチは積み上げられた雑誌に目を奪われた。世話になっているうさぎの部 屋はきれいに片付けられ、かわいらしくレイアウトされているので、こんなに無骨な物を目にすることは ない。しかもよく見れば同じ雑誌の同じ号がいくつもあるという奇妙さで、オロチはその一角から目を離 せなくなっていた。 「―――といったところだ」 「えっ?」 Gレッドの声がようやく意識に認められ、オロチがそちらを向いた時には報告がすでに終わっていた。 「…聞いていなかったのかい?」 「あ…あぁ、すまない」 ばつが悪そうにオロチが返すと、コウが言葉を挟んでくる。 「気にすんなって。どうせショウが来たらもっかい話すんだしさ」 オロチたちがコウの家にやってきたのは、サイバーデスドラゴン戦で大きな怪我をしなかったボーグたち でトレーニングをするためだった。もちろんトレーニングを行うのはコウの部屋ではなく、イナリ山だが。 「でもウチにオロチとショウが来るなんて信じらんねぇな」 片やデスブレンの手先、片や全ガチャボーグの敵だったコマンダーである。コウがそう思うのも無理から ぬことだ。 「ホント、お前らと友達になれて良かったぜ」 そう言って笑顔を見せたコウから、オロチは視線をそらした。 「む…全てはデスブレンを倒してからだ」 オロチの中にはある感情が芽生えつつあった。それが土から顔を出すのは、彼女の言葉通りデスブレンを 倒してからになる。  コウ、ショウ、オロチと共にイナリ山に向かう道中、ブルーはオロチにだけ聞こえる小さな声で話しか けた。 「オロチ、君はどうして戦っているんだ?」 オロチはこちらも小さな声で、行く先から目をそらさないまま答える。 「本当の自分を取り戻すためだ」 思わず「本当の自分…?」と問いを返したブルーに対して、赤い瞳の少女はよどみのない言葉を投げてい く。 「いつわりのない、真に自分の感情を持つ者のことだ。今の私は記憶を失い、感情の大半をデスブレンに  よって抑制されている。だから…生きているという現実感が薄いんだ」 オロチが言ったことはブルー自身にも当てはまる部分があった。自分自身の感情というものを、警備隊に 入ってからずっとどこかに置き忘れていたような気がする。 「ありのままの感情を持って生きる…そんな当たり前のことに餓えているんだ。うらやましい…みんなが」 「うらやましい……か」 ブルーは自分がレッドに対して、そう思っていたのではないかと自問した。レッドは全ての現象を自身の ことと捉えて生きている。何が起ころうとも全体の意思ばかりを正しいものと信じてきたブルーにとって、 それが新鮮に映っていたことは疑いようがない。  オロチがコウに惹かれているのとは違うが、自分もレッドに惹かれているのかもしれない、とブルーは 淡い自覚をいだきつつあった。 9、 「では、ブリーフィングを開始します」 翌日の10月8日、イナリ山の山道から脇に入ったところにある広場でユージは円をつくって並んでいる ガチャフォースメンバーたちに向かって言った。 「惑星メガボーグでの戦闘データによると、デスブレンは集めたエナジーを使って2000Kmの大きさ  に巨大化し、宇宙空間からの攻撃でメガボーグを破壊したそうです」 レッドとブルーを除いたガチャボーグたちが表情をこわばらせる。できれば2度と思い出したくない体験 だった。 「私たちはパートナーにGFエナジーを最大まで供給することで、パートナーをさばな町のときよりもさ  らに巨大化させて挑みます」 「しかし、目標は遥か上空だぞ? 地表からの攻撃では奴の下面しか叩けんはずだ」 「メット君のおっしゃるとおり、私たちはデスブレンのさらに上から攻撃をしかける必要があります。そ  こで4名のコマンダーにはパートナーではなくシールドウィッチにGFエナジーを送っていただき、上  空で展開されたシールドを足場にしてデスブレンの頭上を取ります」 「フン…なるほどな」 メットが納得したところで、入れ替わりにコウが尋ねる。 「それで、誰がシールドを張るんだ?」 ユージはコマンダーたちを一瞥してから「空での戦闘では射撃武器の重要性が高くなります」とつないだ。 「よって、近接戦重視のパートナーを持つネコベーさんとテツヤ君。それから地上では残存しているデス  ボーグが一斉に動き出すでしょうから、コマンダーがやられないように戦力を運用しなくてはいけませ  ん。その指揮役としてメット君とシジマ。最後に、地上部隊にも射撃ができるボーグが必要になります  から、その役をミナさんにお願いします」 『わかったわ。任せて』 ミナと、パートナーであるキラーガールの澪(ミオ)が声を揃えた。 「レッドさんとブルーさんにも地上に残ってもらい、上空からのデスボーグ掃討をお願いします」 「作戦目的はGFコマンダーの防衛か。了解したぜ、司令官」 レッドはいつもの軽い口調で返したが、となりで滞空しているブルーは無言を貫いた。  レッドに司令官という肩書きを言い渡されたユージは少し得意げになったのか、先ほどまでよりもやや 力強い声を出していく。 「デスブレンへの攻撃を担当するメンバーの出撃順は、配布したプリントに書いてあるとおりです。デス  ブレンが接近する夜明け前まではゆっくり休んで、決戦に備えてください。では、解散!」 10、  管理するものがいなくなって久しいさばな町のデスベースに、ユージとガチャボーグ2体の姿があった。 2体のうち1体はユージのパートナーであるジャックであり、もう1体は赤い鎧のレッドである。 「話とは何ですか、レッドさん」 先に口を開いたのはユージだ。ちょうど目線の高さに滞空しているレッドは、腕を組みながら問いを投げ かける。 「デスブレンを倒したあと、どうなると思う?」 レッドには答えが分かっている問いだった。それでもわざわざユージに尋ねた理由は、彼に将来を託せる だけの力量があるか試すためである。 「条件によります」 まずは期待通りの答えだった。レッドはもともと軽い声の調子をさらに軽くして問いを重ねる。 「へえ、どんな条件なんだ?」 「この間のサイバーデスドラゴンのようにデータクリスタルを破壊することで完全消滅するかどうかです。  もしデスブレンが消滅せずに自身のパーツを地球にばら撒けば、それを回収して研究しようという者が  必ず現れるでしょう」 そこまで答えを聞いたレッドは、口の端を引き上げながら言葉を挟んだ。 「結論から言えば、デスブレンは消滅しない。俺たちの時代のデスブレン観測データから、デスブレンの  一部はデータクリスタルからのデータ以外によって構築されていることが分かっている。俺たち警備隊  が着けている鎧兜と一緒だな。これはデスブレンが最初のメガボーグを破壊したときから変わっていな  いそうだ」 「それがどの部分に使われているのか、はっきりしたデータはあるのですか?」 「いいや、詳しいデータは無えよ」 「それじゃあこちらでパーツを全部回収することは無理ですから、何にしても研究は始まってしまうわけ  ですね。いずれは人工のガチャボーグも作られるようになるかもしれません」 「・・・・・・お前、ホントに子供か?」 レッドがこれから話そうとしていることこそ、ユージがいま口にした人工ガチャボーグに関係することだ ったのである。 「おっしゃる通り子供ですよ。それで、今の答えで合格ですか?」 試すために問答していたはずなのに、いつのまにか完全に先を読まれている。レッドは苦笑を浮かべなが ら赤い兜に右手をやった。 「まったく、頼もしいんだか末恐ろしいんだか・・・」 「安心してください。ボクは正義の味方ですから」 半ばふざけた口調のユージを前に、レッドはひとつ息を吐き出した。そして兜にやっていた右手を下ろす と、淡々と未来への計画を語り始めていった。 11、  “地球時間で西暦2003年10月9日未明、惑星メガボーグから脱出に成功したガチャボーグたちの 抵抗むなしく、襲来したデスブレンによって地球は破壊された”  新メガボーグの歴史には確かそう書いてあったな、とブルーは思い返していた。今日がその10月9日 である。辺りはまだ夜の闇に覆われているが、あと十数分もすれば徐々に光が差してくるだろう。地球の 運命はあと1時間ほどで決してしまうというわけだ。  地上部隊に組み込まれたボーグたちは狙撃役のミオを除いて、コマンダーとは離れたところに配置され ている。コマンダーたちを東西南北に囲む円陣を取っており、この中にデスボーグを侵入させないことが 第一の目的である。  北側に配置されたブルーはイナリ山の木々の上に滞空しながら、子供たちは今ごろ何を話しているのだ ろうと思ってふと南に視線を向けた。 「マナちゃん」 不意にかかってきた声に反応して、マナは振り返った。その先にはいつもどおりの優しいカケルの姿があ る。 「そんなに硬くならなくても大丈夫だよ。上にあがったら僕とサスケがちゃんとフォローするからね」 デスブレンに格闘戦をしかけることは難しいと判断していたユージは、サスケをフォロー役に位置づけて いた。デスブレン本体への攻撃を行うのではなく、周囲に配備されている砲台を叩くことと、敵の攻撃を 引きつけたうえで回避行動をとり、敵の攻撃を分散するという役目である。 「でも私…もし負けちゃたらって考えると、怖くって…」 マナは自分の体を両腕で抱くようにして、先ほどから離れようとしない恐怖心をなんとか押さえこもうと した。 「カケル君…私たち、負けないよね? また一緒に学校に行ったり、遊んだりできるよね?」 マナの問いに、カケルはすぐに言葉を返さなかった。そのかわりにマナの体を抱き寄せ、自分の胸と両腕 でしっかりと包みこんだ。 「絶対に勝つよ。だから何の心配もいらない。僕たちばずっと、こうやっているんだ」 カケルの言葉を聞いて、マナは両腕から力を抜いた。そうやってふたりの間を阻んでいたものが無くなる と、マナは腕をカケルの背中にまわし、自身の全てを想い人へと預けていった。  東の空が、わずかに明るくなり始めていた。次第に風も強くなり、木々の枝が大きく揺れ動く。時が経 つにつれて大きくなっていくイナリ山のざわめきに引かれて、ガチャフォースメンバーの心中にも波が立 ち始めていた。 「いよいよ来るのか…」 呟いたのはGレッドだ。これまで強い意志を持ってデスフォースと戦い続けてきたが、できるなら二度と 戦いたくないという思いも心のどこかにあった。メガボーグを脱出するガチャボックスの中で見た、故郷 が砕かれていく映像が、今もデータクリスタルの中に焼きついているせいだろう。  一段とおおきく、風がうなった。それは五感を持つ生身の人間だけでなく、機械生命体であるはずのG レッドにも不安をあおる存在として感知されたが、Gレッドがそれに従って心を乱すようなことはない。  今のGレッドには多くの支えがある。散っていったメガボーグの戦友たちの想い、ダークナイトが託し たオロチへの想い、そしてなにより今まであきらめずに戦い抜いてきたガチャフォースメンバーたちが自 分の隣にいてくれるのだ。 (そうだ、私は戦える…!) 強固な確信が胸に宿り、Gレッドは決意をおびた視線を上空へと移した。  先ほどまで強く吹いていた風は奇妙なくらいに凪いでいる。空はまだ星の明かりが見えてもおかしくな いほどの闇に染まっているが、緑色の双眸は砂粒のように浮かぶ破壊者の姿を見逃さなかった。 「デスブレンだ!」 Gレッドの叫びに反応して、ガチャフォースメンバーたちが一斉に空を仰ぐ。彼らがあまりに小さいデス ブレンの姿を探すのに苦労したのは一瞬のことで、巨大な脳を搭載した十字型の空母は、またたく間に空 の半分を埋め尽くす大きさにまで巨大化した。  絶大な敵に対して、GFコマンダー達はちっぽけな人間の、それも子供の体しか持ち合わせていない。 本能的な恐怖に支配されてパートナーに勇気を与えることなどできない状態に追い込まれてもおかしくな かったが、子供たちが勇気の灯火を曇らせることはなかった。 「デスブレンは予想よりも高い位置で停滞しています。展開したシールドの上からさらにブーストジャン  プを使ってもデスブレンの上を取ることはできないでしょう。作戦はプランBでいきます」 不測の事態にも、ユージは素早く的確な指示を飛ばしていく。  先発隊に選ばれていたGレッド・ガルダ・デスウイングは予定通り、3体そろってイナリ山の切り株の 上に並んだ。その足元に、4体のシールドウィッチが協力して作り上げた1枚の大きなシールドが展開さ れる。シールドはGレッドたちを乗せたまま急上昇を行いつつ、空を覆いつくすほどの大きさにまで広が っていった。  シールドの拡大に合わせて、先発隊のボーグたちも巨大化を始めていた。シールドの高度が限界に達し て上昇をやめたときには数十キロもの身長を有すまでになっており、デスブレンに対抗しうる戦力として、 十分な資格を得たといえる。 「全力でいくぞ!」「勝つ!」 ショウとオロチが叫び、ガルダとデスウイングは一気に高度を上げてデスブレンの頭上を取った。  ただひとりシールドの上に残ったGレッドは、いちど上方を見上げた。シールドとデスブレンとの間に は、かなりの距離がある。ユージが言ったとおりブーストエネルギーを全て使ってもデスブレンの上にの ぼることはできないだろう。ならば下側の砲台を壊すことに専念しようと心に決めたGレッドは、飛び交 い始めた怪光線の光を回避しながら、ビームガトリングのトリガーを引いた。 12、  デスブレンのバリアが最初に破られたのは戦闘開始から3分ほど、デスウイングの攻撃によってのこと だった。バリアが解除されていたのはほんの数秒だったが、ガルダが抜け目なくファイアーボムを撃ち込 んだため、デスブレンは早くも手傷を負ったことになる。 「やったあ!」 最年少のコタローがまっさきに歓声を上げた。それに続いて、自分たちは勝てるという思いがガチャフォ ースメンバーの中でふくらんでいく。  しかし今の一撃は、まだどこかでガチャフォースを甘く見ていたデスブレンの意識を急激に引き締める 効果を生じていた。その証拠にデスブレンは過去のデータからデスウイングの情報を洗い出し、行動パタ ーンを計算すると、上面にある砲台の照準をすべてデスウイングに向けてみせたのだ。  オロチはデスブレンの変化を敏感に感じ取っていた。デスウイングに攻撃を集中させたのは、行動デー タが数多くそろっているデスウイングなら落とすことに苦労しないだろうとデスブレンが判断したせいだ ろう。オロチにとっては望むところの展開だった。  デスフォースを抜けてコウ達と時間をともにしてきた自分は、デスブレンが知っていた頃の自分とは別 の人間であるはずだ。ここでデスブレンに動きを読まれて被弾するようなことがなければ、それを現実に 証明することができる。 「おまえに勝って、私の記憶を取り戻してみせる!」 咆哮して、オロチはデスウイングを急速前進させた。デスウイングの後方を嵐のように怪光線がかすめて いく。しかし直撃するものは一つとしてなく、デスウイングはデスブレンのバリアに死神の鎌を叩き込む ことに成功した。 (ここでいったん離れて、回避行動に…)とオロチは考え、デスウイングが後方にステップしたときだっ た。デスウイングの足元に何かの塊が飛来して、それは脚部付近に到達すると、膨大な熱量の爆発を起こ したのである。避けきれず、爆風に飲まれてしまったデスウイングは、何の痕跡も残すことなく消え失せ ていた。 「何だ、今のは!?」 狼狽の声を上げるオロチにユージが答える。 「αウイングにファイナルミサイルを積み込んで、体当たりさせたんです」 とてつもない物を用意してくれたものだと、ユージは心中に吐いた。ミサイルを搭載したαウイングは、 さすがに数は多くないだろう。しかし通常のαウイングをダミーとして運用すれば厄介な事この上ない。  そしてデスブレンはユージの考えるとおり、数十機のαウイングを出撃させたのであった。 「くそっ、これでは…!」 浮遊するαウイングに囲まれたGレッドは、体中に流れた危機感によって、わずかに意識と体を硬直させ る。デスブレンはビームガトリングの音が途切れたことを抜け目なく聞きつけると、本体である巨大な脳 からGレッドに向かって氷塊を投げつけた。  怪光線などのビーム攻撃とはちがって弾速の遅い攻撃ではあったが、縦横無尽に飛び回っているαウイ ングのひとつひとつに気を取らなければいけない今の状況では、うかつな回避行動は行えない。  氷塊に気づくことに一瞬遅れてしまったGレッドは回避先の計算に時間を取られてしまい、完全に回避 しきれずにビームガトリングの先端を氷塊にかすめてしまった。  通常なら氷塊の大質量によって手中から弾き飛ばされているはずのビームガトリングはGレッドの手の ひらに収まったままだったが、それは幸運ではなかった。氷塊に触れたビームガトリングの先端から、氷 結が急激に進行していたのである。  Gレッドが思わずビームガトリングを投げ捨てると、それは足下のバリアに硬質な音を立てた。すると 付近を飛行していたαウイングのうち2体が、待ちわびていたかのように銃に向かって突進をかけてきた。  Gレッドはブースターを最大限に吹かすことで2体のαウイングが起こした死の爆風からかろうじて逃 れたが、もし氷塊に気づくことか回避先の計算のどちらかがコンマ数秒でも遅れていれば全身を凍りつか せたまま爆風の餌食になっていたことは確実であった。 (くっ…! 援軍はまだなのか!?) ビームガトリングを失った右手に背中から抜いたブレードを握りつつ、Gレッドは祈りに近い感情で絶大 な敵を見上げた。 13、  デスウイングが消滅してすぐに、地上では残りの戦力を全投入することが決められていた。デスブレン への攻撃を担当するガチャボーグたちは、あわただしくデスアークの上に乗り込んでいる。  その様子を横目にうかがいながら、地上のヴラドは自身のパートナーに目をやった。ネコベーは隣で息 を乱しているミナに言葉をかけ続けている。  先ほどのGレッドを巻き込もうとした大爆発は空中に展開するシールドにダメージを与えていた。シー ルドはガチャボーグの足場として使用するほかに、地球への攻撃を防ぐ役目も果たしている。これからは デスアークが足場になれるので足場としての重要性は低くなるが、地球の盾として消滅させるわけにはい かず、とっさにミナがバーストを使うことでシールドの耐久力を一時的に上昇させたのだ。  ヴラドは思っていた。  デスブレンと戦う前まではどうやって逃げ出そうかと算段していたネコベーが、心を決めてからは一瞬 の物怖じも見せない。今のネコベーなら、もしかすると自分の隠された力さえ使いこなしてくれるかもし れない。 「できるなら、もう少し戦いが続いて欲しいものだな」 デスブレンが倒れてしまえば、ネコベーと共に戦う機会は二度とないだろう。ヴラドはネコベーの成長を 喜びつつも、同時に無念さを心に漂わせた。 14、 「Gレッド、こっちよ!」 唐突に下方から届いたケイの声に反応して、Gレッドは向きを変えないままバリアの外に向かって大きく バックジャンプした。  体が上昇しているときにはαウイングの群れが中空に飛びかっている様子が見え、徐々に下降していく につれてバリアの板が視界を下から上に抜けていく。このままなら地表に激突するまで落下し続けるはず だが、Gレッドの体は巨大化しつつ急上昇してきたデスアークの甲板によって受け止められた。  甲板上には地上で待機していたガチャボーグ全員が乗っている。デスブレンの上方で静止したデスアー クを足場にして、全員でデスブレンの本体と対峙するのだ。  甲板に立つ仲間に向かって、Gレッドは素早く言葉を並べた。 「デスブレンが放ってくる氷塊に注意するんだ。凍らされてしまえば終わりだぞ」 「ダイジョウブ、タイサクハアル」 そうレオパルドが返したところで、デスアークの上昇が止まった。船体はデスブレンの本体を見下ろす位 置に浮いている。  デスブレンは動きを止めたデスアークに向かって、3発の氷塊を投げつけた。 「イクゾ、ビリー、サスケ」 甲板の淵まで出てきたレオパルドは言葉に続けて、弾速を落とした主砲を氷塊の一つにむけて放った。同 じタイミングでビリーはリボルバーを1発だけ放ち、サスケは着火していないシノビボムを別の氷塊へ投 てきする。  いずれの攻撃もビームと違って実体を持った弾丸である。氷塊は己に触れた実体弾を凍らせるべき対象 であると認識し、絶対零度の侵食を開始した。連鎖的に付近のαウイングも反応を開始し、凍りついた実 体弾に向かって7体が殺到すると、膨大な熱量の爆発をおこして虚空へと消えた。 「ヘッ、こんなもんだな」 リボルバーを構えたままビリーが調子付く。それを皮切りにガチャボーグたちはデスブレンの上に飛び出 していき、ガチャフォースの大攻勢が始まった。  攻撃をひきつけて回避しつつ、デスブレンの上にある砲台を壊していくサスケ。  デスブレン本体にミサイルを浴びせつつ、αウイングの攻撃からナオを守るアイザック。  怪光線を華麗に回避しながら、嵐のように銃弾を放つケイとビリー。  デスブレンのバリアが壊れたタイミングに合わせて必殺技を放つGレッドとガルダ。  そして何より、ナオからエネルギーの補給を受けつつ全砲門から無数のビームを放つデスアークの働き は凄まじいものであった。  デスブレンのバリアを壊した回数が5回、6回と増加していく。周囲のαウイングはほとんど叩き落さ れ、砲台は全て壊されている。いくら氷塊を撃ってきたところでレオパルドがデスアークの上から阻止に 専念している以上、ガチャフォースのボーグに当たることはない。  誰もが勝利を確信した、そのときだった。  突如、レオパルドがデスアークの上から投げ出された。追い詰められたデスブレンが別の攻撃方法に切 り替えたのだ。  デスブレンの本体から放たれた4発のビームは、いったん四方に展開してから目標として捕らえたボー グに向かって殺到する。単純な攻撃だが、デスブレンはそのプロセスを1秒間に10回の速さで実行して いる。回避できる余裕などない。  デスブレンは素早くサスケをロックオンしてシールドの上に叩き落すと、アイザックがカバーしきれな い部分から火線を送り込み、ナオの注射器を破壊する。  そのころにはケイ・ビリー・Gレッドがデスブレンの上に散開して攻撃を分散しようと試みたが、デス ブレンは目もくれずにデスアークを狙い撃ちにした。頑強を誇るデスアークも集中された無数の火線に全 砲門を破壊され、残存したαウイングの体当たりによって推進装置を止められれば、砲台にも足場にもな れない、ただシールドの上で転がるだけの金属塊に成り下がる。  デスアークが落ちる前にデスブレンの上に飛び移ろうとナオとアイザックがあわてている間に、攻撃の 手はGレッドに伸ばされた。最初の数撃こそプラズマブレードで弾いたものの、手が追いつかなくなった 一瞬の隙に精密な狙いで左足首を打ち抜かれ、よろめいたところを側面から体当たりしてきたαウイング によって突き落とされる。  デスブレン本体への攻撃が可能な位置に残された高火力機はガルダのみとなり、ユージは何とか守りき ろうとジェルフィールドを展開したジャックを援護に向かわせた。しかしフィールドひとつで全ての攻撃 から守りきれるはずもなく、ジャックは頭、ガルダは翼に直撃を受けて飛行能力を失い、下層へと落ち ていった。 15、  上空から真下にビームを放ち、26体目のデスボーグを撃破したブルーは視線をはるか高空へと向けた。 だいぶ落ち着いてきた地上とは裏腹に、大気圏外に張られた巨大なシールドの上では激戦が続いている。 デスブレンの強力な火力を前にしても、どうにかバリアを破ってダメージを与えていくガチャフォースの ボーグたち。しかしレオパルド・デスアークといった大砲どころか、Gレッド・ガルダさえ攻撃に参加で きない状況では、虫の息のデスブレンを倒すことさえ絶望的になっていた。  ブルーの目に、デスブレンの本体を覆う紫色のバリアが再び映った。あと一度これを破れたなら勝負は つくだろう。  そのとき、二つの影がデスブレンから分離した。それは徐々に大きく見えるようになると、シールドに 背中を打ちつけて静止する。ビリーとアイザックがデスブレンの上から落とされたのだ。これでデスブレ ンの上に残っているのは丸腰のナオと、少なからずダメージを受けているはずであろうケイの2体のみ。 ―――もはやこれまで。もう勝つことなどできない。 ブルーの意識の中で、何者かがささやいた。 ―――我々にもこの世界にも未来などない。もう終わりだ。 「そうかもしれない……」 ブルーは我知らず呟いていた。意識の中に巣食っている何者かは、その言葉に喜んでブルーの思考を支配 しようと巣穴から這い出てくる。ブルーは抵抗するそぶりすら見せず、体を滞空させたまま何者かを受け 入れていった。  動きを止めたブルーを好ましく思ったのか、一体のデスボーグ・シグマが背後から接近を始めた。腕の ビームガンは既にエネルギー切れを起こしているため、飛行状態からきりもみ回転しつつ剣を突き出して 串刺しにしようという思惑だ。無音を保ったまま徐々に速度を上げていき、ブルーの翼を正面に据える。 細いフレームで構成されている翼なら手持ちのソードでも十分な損傷を与えられるという計算に基づいた 行動であり、事実それは正解だったのだが、答え合わせをするより早く、投げつけられたミライソードの 刀身によってシグマの頭は2つに割られていた。  一拍おくれて2条のビームがシグマの胴体を撃ち抜き、黒いボーグはあっけなく爆散する。ブルーはそ の地点へと飛翔し、爆風にあおられて舞いおどるミライソードを手に取った。  ブルーの意識は波ひとつない静けさの中にある。巣を作っていた何者かは、先ほど爆散したシグマと一 緒にどこかへ消えうせていた。  もう自分を惑わせるものは何ひとつない。ブルーはいちどデスブレンに向かってまっすぐな視線を投げ てから、オロチのもとへと羽ばたいていった。 16、 「オロチ! 私と契約を結べ!」 オロチの前に降りてくるや、あせる気持ちがブルーを叫ばせた。  オロチはパートナーのデスウイングが早い段階で破壊されているため、GFエナジーはさして消耗して いない。ならばパートナー契約をすることでエナジーの受給を可能にし、体当たりしてでもデスブレンに 止めを刺そうというのがブルーの考えだった。 「速くするんだ、ガチャフォースのボーグたちが破壊される前に!」 「だ、だけど…」 コウたちとトレーニングをしたときとは別人とも思える剣幕でかかってくるブルーに、オロチは逡巡を見 せた。 「何をやっている! Gレッドがいなくなれば、コウは悲しむんだぞ!」 ブルーは腹の底から怒鳴っていた。自分が身を投げる決意をしているのに、他人の迷いが枷になって動け ずにいることが、並ぶものがないほど腹立たしかったのだ。 「悪いけど、そのコは予約済みでね」 意識の中に滑り込んでくるような軽い言葉が背後から飛んできて、ブルーは思わず振り返った。 「たったいまパートナー契約を済ませたところさ。新メガボーグの者同士、考えることは同じだったって  ことだな」 「やめろ! お前が行く必要はない!」 目の前に降り立ったレッドに向かって、ブルーはもういちど体の底から声を出した。  レッドは新メガボーグに戻るべきであると、ブルーは思っていた。レッドはあれほど頑なだった自分の 心を動かして見せたガチャボーグである。彼が新メガボーグにいてくれれば、まだ望みを捨て去る必要が ないことを故郷のボーグたちに伝えられるかもしれない。 「お前は生きなきゃいけないんだ! 新メガボーグを救うことは、お前にしかできないんだぞ!」 レッドは必死に訴えるブルーを全く意に介さない様子で、わずかに笑みを浮かべながら右腕をブルーの方 へと伸ばした。  右手の先がブルーのヘルメットに触れる。刹那の間があって、引き戻されていくレッドの手に従って青 いヘルメットがブルーの体から離れていった。  そうして現れたのは鮮やかな青色をした頭髪と、切れ長の目に浮かぶ宝石のような青い瞳。引き締まっ た表情をしているが、輪郭はやわらかい曲線を描いている。 「きれいな顔だ。ベースはエンジェルボーグみたいだな」 軽薄な口調をやめないレッドに対して、ブルーはこんなときに何を、という鋭い視線を向けた。  しかし青い目はすぐに驚きの色に染められた。手に握られていたブルーのヘルメットごとレッドの右腕 がぼとりと地に落ちて、消滅を始めたのである。 「おまえ…!」 絶句するブルーを前にしながらも、レッドは相変わらずの調子を保っていた。 「どうやら時間切れみたいだな。どうせ俺は助からねえんだ、せめて地球のやつらのために命を使わせて  くれよ」 「そんな……」 言葉を発しながら、ブルーの瞳が揺れた。  おもむろに、レッドの体が上昇を始める。それが数十センチの高さに達したところで、レッドは地上に 張り付いたまま動けないでいるブルーへと、左腕のツインビーム砲から排出されたデータクリスタルを投 げやった。 「ウイングビームのデータだ。そいつは外部パーツで消えることはねえから、好きに使えばいい」 ブルーは落ちてきたデータクリスタルを両の手のひらで受け止めると、上空のレッドへと視線を向ける。  レッドは翼をいっぱいに開いて空間との干渉力を最大まで高めると、オロチから送られてきたGFエナ ジーを爆発させ、体の周囲に金色の光を発生させた。 「じゃあな、ブルー」 上空から聞こえてきた、おそらく最後になるであろうレッドの声。しかしブルーは、その言葉を最後のも のとは認めなかった。 「アリスだ」 「えっ・・・?」 思わず聞き返したレッドに向けて、ブルーは凛とした表情を向ける。 「私の名前だ。警備隊に入ってからずっとどこかに置き忘れていた、私自身の名前だ。取り戻してくれた  お前に、誰よりも早く聞かせたかった」 レッドはすぐに言葉を返すことなく、やがて朝を迎えるであろう地球の空に視線を移した。遥か高空に位 置するデスブレンの本体まで、さえぎるものは何もない。 「……安心しな、忘れねえよ」  そうつぶやいたレッドの体は、地上に突風を巻き起こしながら空のかなたに向かって急上昇していく。  アリスは風を全身に浴びながらも、飛翔する赤い翼をいつまでも見続けていた。 17、  飛行体制のままほぼ垂直に宇宙へ昇っていくレッドの体は次第に大きくなっていき、やがて子供たちの バリアを超えてデスブレンに肉薄した。  急速に近づく敵影を察知したデスブレンは、狂ったように発射されるビームをレッドに集めてくる。  レッドはきりもみ回転しながら左右に体を動かしていくつかのビームを回避したが、それでもレッドの 体は容赦なく削られた。だが、右足が砕け、左腹をえぐられ、直撃を受けた赤い兜が剥がれ落ちようとも、 レッドは速度を微塵も落とさなかった。  デスブレンのバリアが眼前に迫ってくる。最後の推進力を少しでも大きなものにするため、レッドは赤 い翼を大きく羽ばたかせた。同時に左手の中にミライソードを発現させ、腕に付いたツインビーム砲の自 爆システムも起動させる。ソードを前方に突き出したまま突撃してバリアを破り、自爆によってとどめを 刺す。それがレッドの考えだった。  いちど左に体を振ってビームを回避してから、レッドはソードをデスブレンのバリアめがけて突き出し た。ミライソードはデスブレンを包む正八面体の下側、その一辺に突き刺さる。  バリアが割れるまでには多少の時間がかかる。その間レッドの体はほとんど静止したままになってしま うためビームの回避はできない。どうにか自爆装置の付いた左腕を死守しようと、レッドはソードとバリ アの接点を支えにして体を揺さぶり、左右から襲ってくるビームを残った両翼で受け続けた。  無数のビームに襲われて、金色に光る体から両翼が剥がれていく。腕をかばう物が無くなり、破壊され てしまうまでの猶予はもはや数秒しかない。しかしバリアの出力は急激に低下している。腕のツインビー ムが使えればすぐにでもバリアを割れるだろうが、自爆モードにセットしている以上、攻撃に使うわけに はいかない。残されている武器は無いのか。  レッドはソードを持つ左手に力を込め、自分の体を引き寄せた。そのままの姿勢でソードを逆手に持ち 替え、残った左足を力の限り伸ばしてバリアを蹴り飛ばした。 「どうだァ!」 吼えるレッドの目の前で、バリアのエネルギーに触れた左足がちぎれていく。それと同時に紫色の正八面 体は消滅した。レッドは激しい痛みを感じながらも歓喜の表情をデスブレンに向けて作った。まだ左右か らのビームは続いているが、腕を破壊されるまでの時間よりも左腕を起爆させるまでの時間のほうが遥か に短い。 「オレ達の勝ちだ、デスブレン!!」 レッドは左腕をデスブレン向けてから、起爆の命令を送信した。  命令はデータクリスタルからビーム砲へと到達し、あらん限りのエネルギーを爆発させてデスブレンに 止めを刺す――はずだった。 「・・・なんだよ、これは」  レッドがデスブレンに向けた左腕、その肘から先が消え失せていた。刹那の間があって、真下にあるデ スブレンの甲板からゴトリと音がした。レッドが視線を向けてみると、自分の左腕が落ちている。  時間切れ――――。  データクリスタル内にその言葉が再生された。起爆の命令自体は届いているだろうから、じきに腕は爆 発するだろう。しかし自分の体と離れた状態では爆発の威力はかなり制限される。デスブレンへのトドメ になるほどの威力が生み出せるとは、到底思うことが出来ない。最後の最後で、天運はデスブレンに味方 したのだった。  甲板上で起爆したレッドの腕は、熱と風を生み出しながら消滅した。  レッドの体は爆風にあおられ、デスブレンの砲台のひとつに引っかかって静止する。爆風にさらされて もレッドの頭と胴体はどうにか残っており、レッドは目を開いて前にそびえる敵へと視線を向けた。  デスブレンの本体は健在だった。爆風によってわずかなダメージは受けているようだが、機能停止には 至っていない。その証拠に、再開されたビームの発射が吹雪のようにレッドを打ちのめしていく。動けな いままビームを受けるレッドは、数秒のうちに無数の破片になるまで砕かれる。やがて胴体から露出した データクリスタルにビームが殺到し、レッドの意識は二度と戻らない場所へと霧散していった。 18、  レッドのパーツの雨の中を、ブレードを握ったGレッドがバーニアを吹かせながら昇って行く。デスブ レンはそれに気がつかず、いまだに自分を脅かしたレッドに対して執拗な攻撃を続けていた。  ブーストエネルギーを全て出し切ったところでデスブレンに届かないことは分かっている。だが、それ でもGレッドは焼き付くほどの出力でバーニアを吹かし続けた。 「ガルダァ!!」 エネルギーが切れる直前で、Gレッドは叫びを上げた。  ブースターに火を入れたGレッドを視認した瞬間から、ガルダはファイアーボムのチャージを始めてい た。チャージによって体中を炎のエネルギーが駆け巡り、それが臨海に達すると一刻も早く解き放ちたい という衝動が思考を支配する。いつもであれば衝動に従って、相手を破壊するための火球を本能のままに 放っていたかもしれない。しかし、今のガルダには別の思いがあった。 (君はね、強さって呼べるものは力だけって思い込んでるんだ。ガチャフォースに入ってみんなと仲間に  なれば、もっと別の強さを得られるはずだよ) かつてジャックが言った言葉である。  一人で戦っていては手に入らない強さが確かに存在している。ガルダは今こうやってGレッドの意志を 汲み、解放への衝動をごく自然に抑えて見せていることで、その確信を得ていた。  このファイヤーボムは目の前にいる敵を壊すためのものではない。自分の意思を仲間へと届け、背中を 押してやるためのものだ。 「手加減なんかできねぇぜ、特にお前が相手じゃなァ!!」 意思と力、その2つを炎にこめて解き放つ。過去に放ったファイヤーボムの中でも最も威力を高めたはず なのに、火球は寸分の狂いも無くGレッドの背中へと吸い込まれるように走っていった。  Gレッドの背中でファイアーボムが起爆する。Gレッドの安全すら無視した威力の爆風は、Gレッドの 体をデスブレンに向けて銃弾のような速度で発射した。Gレッドはデスブレンの本体に到達するまでの一 瞬でブレードを腕と水平に構え、金色に輝くオーラをまとわせながら体の前方へ切っ先を突き出す。  突き出すのとほとんど同時に、ブレードにまとわせたオーラがデスブレンの本体に突き刺さった。オー ラは円錐の形状をしているため、深く突き刺さっていくに従ってデスブレンを左右に引き裂いていく。  やがてGレッドの体は左右に引き裂かれたデスブレンの間に埋まっていき、数秒の間を経て、ついに反 対側まで一直線に突破した。 「私達の勝ちだ、デスブレン・・・!」 Gレッドは振り返り、大穴が開いた巨大な脳に向かって言い放った。眼下ではまだ、レッドのパーツが重 力に引かれて地球へと降り注ぎつづけていた。 19、  要塞のごときデスブレンの船体がぐらりと大きく傾いた。甲板上にいたナオとケイは危険を察知して子 供たちのシールドの上へとすばやく飛び降りる。 「降ろしてください、早く!」 地上にいるユージがシールドを張っている仲間たちに向かって指示すると、空を覆うほどに広がっていた シールドは急速に下降を始めた。  一拍の間をおいて、デスブレンは爆散した。2000Kmにも及ぶ巨大な体のほとんどはデスブレン本 体に起因するものなので、地球に降り注ぐことなく消滅を迎えるだろう。しかし未知数量の外部パーツが どれほどの被害を地球にもたらすのかはまったく予測が出来ない。ユージはシールドの下降をあえて途中 で止めることで外部パーツのいくらかを受け止めようとしたが、成果はさほど挙がらなかった。  爆散したパーツの雨が一段落したところで、縮小されて1メートルほどの大きさになったシールドがイ ナリ山の上空に降りてきた。高空での死闘を演じたガチャボーグたちを乗せたシールドは、供給されてい たエネルギーが絶えたことで大気の中に溶け出していく。  上空に投げ出されたガチャボーグたちが丘の上に降りてくることを予期したコマンダーたちは、先ほど までコウと手をつないでいたオロチと、その様子をずっと見ていたショウを残して、一斉に駆け出してい った。切らせた息を整える時間などつくることなく、各々のパートナーを必死に小さな手のひらで受け止 める。  最後に降りてきたGレッドをコウが両の手のひらで受け止めたとき、子供たちは思わず目を閉じた。東 の空から赤色をした朝の光が射してきたのだった。  赤い太陽と青い地球が一筋の光で結ばれて、また新しい一日を迎えることが出来る。その実感を胸に沸 かせながら、子供たちとそのパートナーはみんなで泣いたり笑ったりして、一緒にすごせる時間を勝ち取 ったことを大いに喜んだ。  爆散したデスブレンのパーツの雨の中には、レッドのデータクリスタルも混ざっていた。数十秒後には 消滅を迎えるであろう透明色をした破片は、顔を出したばかりの太陽の赤い光をその身に受けて、地球に 向かってきらきらと反射光を放つ。  その光は、地表からレッドの飛跡をずっと見上げていたアリスのまなざしに届けられた。太陽と地球が 一筋の光で結ばれたように、透明な水晶とアリスの青い目が赤い光でつながれる。 「レッド・・・・・・」 思わずアリスが呟いたとき、手の中にあるデータクリスタルがカランと澄んだ音を立てた。赤い太陽の光 に乗って、データクリスタルの中からレッドの魂が帰ってきたように感じられた。 20、 「ショウ君からお預かりした簡易転移機です」 そう言いながらユージがアリスに投げ渡したのは、デスブレンを倒した翌日、イナリ山の一角でのことだ った。なぜショウ本人が渡さないのかとアリスは疑問に思ったが、今日のうちに帰らなければ時間切れを 迎えてしまう身の上では些細な問題でしかない。さっそく簡易転移機にレッドが残したウイングビームの データクリスタルを認識させてシステムロックを解除し、帰る準備をととのえ終わる。  そこまでやってから、アリスは一度ユージのほうに目をやった。ガチャフォースは2人以上での行動を 基本としているはずなのだが、今日に限ってユージ一人だけである。短い間とはいえ共に戦ってきた自分 を見送るという連帯の機会に、子供たちが全く来ないというのは妙な話だ。必ず何か裏がある。アリスは ユージの目を無自覚にジトッと睨むようにしていた。  それを察知したのか、ユージはすばやく2つのデータクリスタルをアリスに手渡した。 「これはレッドさんからです」 「えっ?」 アリスは反射的に表情を戻して聞き返した。どういうことなのかと問い詰めようとしたとき、ユージが先 んじて口を割る。 「あなたの故郷と、未来の地球を救うための計画書です。未来に帰ってからこちらのデータクリスタルだ  けを開封してください。それで、全ての計画が分かるはずです」 「――ああ、了解した」 力強い言葉だったが、アリスは要領を得ているわけではなかった。レッドが描いた計画なら必ず新メガボ ーグと地球の両方を救えるはずだという、実体を持たない強固な確信を頼りにしての口調であった。  アリスは簡易転移機に起動信号を発信する。信号を受けた転移機は中空に固定され、1メートルほどの 黒い渦を発生させた。この中に飛び込めば10秒とかからずに新メガボーグへと転送される。  アリスは一歩、二歩と地を歩いたあとで翼の空間干渉を開始させ、ふわりと空中に舞い上がった。あと はわずかに前進して転移するのみである。 「ユージ、私はまた地球に来れるのか?」 「・・・・・・ええ、すぐに会えますよ」 「そうか・・・楽しみだな」 アリスは前を向いたまま微笑を浮かべて言葉を返した。開いた両翼が前方への推進力を生み出し、アリス の体を渦に向かって押し出していく。決意と力、そして結ばれた絆を背にして進んでいくアリスの後ろ姿 は、美しい戦女神のシルエットであった。 『ガチャフォース  ビーム・ウイングス』 終わり 『黒騎士の目覚め』  “彼”はデータクリスタルだけの存在だった。生まれてまもない頃に一度だけ外気に触れたことがあ ったが、以降は自我を抑制されたままデスブレンの一部に格納され続けていた。  そんな“彼”が目覚めるきっかけになったのは、デスブレンが向かってくるGレッドの姿を知覚し、 己の死を確かなものであると認めた瞬間だった。“彼”の中にデスブレンのデータバンクに記録されて いた情報の全てが流れ込んできたのだ。  爆散したデスブレンの体内から飛び出すように地球に落ちてきた彼は、大海のごとく広いデスブレン の記録を這うようなスピードでたどり、2年近くの時間を消費して自我と身体の再生方法を記したデー タにたどり着いた。  探すまでに費やした時間とはうって変わって、心身の再生までにかかる時間はわずか数秒でしかなか った。長い時間を眠るように過ごしてきた“彼”にとっては一瞬である。  初めて地に足をつけ、流れていく風を金属の肌で感じた“彼”は心が震えていることに気がついた。 今までとは違い、自分には心があることを自覚した瞬間であった。  “彼”が持っているのはデスブレンの記録である。しかしたったいま覚えた感情の動きの前では、そ れはただの情報に過ぎなかった。いま心の中を占めているのは『最強のガチャボーグになりたい』とい う、ただ一つの決心である。  この決心はどこから来るのか? この決心を実現するにはどうすればいいのか? そう思った“彼” はデータバンクにアクセスして情報を引き出すことに専念した。再び一瞬の時間が流れ、彼の元に届け られた回答は『私はダークナイトのデータから、Gレッドの模倣品として作られたボーグである。最強 を目指すのはダークナイトの記憶による影響である』というものと『GFコマンダーの心を己の中に取 り込むことである。錦織凛の心なら実現可能である』というものだった。  回答を受けた“彼”は生まれて初めての一歩を恐怖など感じることなく踏み出し、凛のもとを目指し て歩み始めた。“彼”が持つ緑の双眸は、黒い体に良く映えていた。