『ガチャフォースBS』 作品内時刻 2003年 9月7日 (コウ=小学5年生)  父親と幼い自分が、暗闇の中を歩いている。 (ああ、これはキャンプに行ったときだな) この夢の主、鷹見ショウはそう思った。  2人は丸太で縁取られた階段を上り、山の頂上付近にある展望台を目指していた。空には数え切れない ほどの星が光を放っていて、幼いショウは思わず何度も夜空を見上げながら、先を行く父の背中を追って いく。 「あ、流れた!」 展望台に着いてすぐに、ショウが空を指差して言った。生まれて初めて見る流れ星だった。 「知ってるかショウ。星が流れて消えるまでに願い事を3回言うとな、星が願いを叶えてくれるんだぞ」 「ホントに!?」 まるっこい目を大きくしながら、ショウはとなりに立つ父親の顔を見上げた。表情はこれ以上ないほどの 輝きを放っている。 「本当だよ。ショウは何をお願いするんだ?」 言いながら我が子の顔をのぞき込む父親に向かって、幼いショウは心からの願いを言葉に乗せて叫んだ。 「大きくなったらレーサーになる! お父さんが作った車で、いちばんをとるんだ!」 「――テメエッ! 聞いてんのか!?」 鼓膜を突き刺すような声で、ショウは夢の世界から引きずり出された。 「……いや、寝ていた」 ここは夢の中から数えて5年ほど未来のショウの部屋である。小学5年生になったショウは、勉強机の前 にある椅子にふんぞり返って、机の上で騒いでいるガチャボーグ――てのひらサイズの機械生命体とやり とりをしていた。やりとりとは言っても、ほとんどガチャボーグが一方的に怒鳴っているだけだが。 「それで、何の話だったっけ?」 眠気が残ったままの表情で受け答えしているショウを相手に、ガチャボーグは臨界寸前の怒りを何とか押 さえながら言葉をつむいでいく。 「……いいか、今度こそよく聞け。オマエは、オレの、パートナーになれッ!」 「どうしてだ?」 ガチャボーグはよくぞ聞いてくれたといわんばかりに、胸を大いに張って答える。 「全部のガチャボーグをぶっ倒して、俺が最強になるためだ!」 ガチャボーグの情熱的な態度とは裏腹に、ショウは思わず天井を仰いでいた。今日は日曜日なのにどうし て外に出たりしたんだろう。家の中にこもってさえいれば、こんな自分勝手な都合で他人を振り回すよう な奴と出くわすことはなかったのに。 「なんだテメェ、そのいかにも“呆れた”って態度は!」 「お前の都合にオレが付き合う必要なんかないだろ? よそを当ってくれ」 ショウは手で追い払うような仕草をして拒絶の意を表したが、ガチャボーグは足音を立てながら机の淵ま で歩き、上半身を乗り出してショウをにらみつけた。 「こっちは故郷を壊されて、ようやく地球まで逃げてきたんだぞ!」 「下手な泣き落としだな」 ショウは目の前にいるガチャボーグ――確かガルダと名乗っていた――から、すでに大体の事情は聞いて いた。  遠い宇宙の先にある惑星メガボーグで起こったメガボーグ大戦。  破壊されたメガボーグからガチャボックスと呼ばれる宇宙船でなんとか逃げ出したガチャボーグたち。  その全てが、これからサハリ町、さばな町の近辺に着陸するだろうということ。  悲しい出来事を背負っているのだとは理解できたが、そのことと目の前のガチャボーグの目的には恐ろ しいまでのズレがある。ショウはその点について尋ねてみることにした。 「せっかくここまで逃げてきたって言うなら、何で全部のガチャボーグを倒すなんてことをするんだ?   同じ星から逃げてきた仲間なんだろ?」 しかし、やはりガルダは胸を大いに張るだけだった。 「決まってんだろ! オレが最強になるためだ!」 ショウは、今度はうなだれて見せる。 「…だからさ、オレは別に必要ないだろ?」 もう諦めてくれといわんばかりの声色だったにもかかわらず、ガルダは淡々と語り始めた。ショウにはも う、心の中で突っ込みを入れる程度の余力しかない。 「もともとガチャボーグは戦いを好まねぇ。けどな、パートナーになった他の生物から戦いの感情を受け  取ることで自分の中にある戦うための力を引き出せるんだよ」 (……じゅうぶんに好戦的だよ、おまえは) 「俺はそれがなくてもある程度戦えるようにできちゃいるが、まだまだ力が足りねえ。こんなんじゃ後か  ら来るはずのダークナイトに負けちまう。だからこうやって頭を下げに来てんだよ」 (……1回でも下げたか?) ショウはどうにか気力を振り絞り、頭を上げてガルダと視線を合わせると、強い口調で言い渡す。 「とにかく! オレはお前に付き合う気なんて一切ない! 早くオレの部屋から出てってくれ!」 有無を言わさず退室を迫るショウに対して、ガルダは切り札を切ることにした。 「じゃあこの話ならどうだ? 俺たちの星を破壊した奴な、デスブレンって言うんだが、こいつも俺たち  の後を追ってここにやってくる。“ガチャボーグを倒せるのはガチャボーグだけ”だ。今のうちに俺た  ちの力を引き出せるようにしておかなけりゃ、今度は地球がぶっ壊されるぜ?」 「そんな話があるんだったら、オレ以外の奴にも交渉できるだろ? 他を当ってくれ」 「だめだ。この辺を飛んでみたが、お前以上に強いエナジーを持ってる人間はいなかった。お前じゃなき  ゃパートナー契約を結ぶ意味がないんだよ。お前がいいって言うまで、オレはいつまでも離れねえぜ?」 ガルダの口調はどこか楽しげだった。きっと本気で住み着くつもりなんだろう。 「……まったく、冗談じゃない!」 ショウは吐き捨てるように呟き、わが身の不幸を呪った。  唐突に玄関の方からドアが開く音がした。おそらく母親が帰ってきたのだろう。  玄関から発生した足音がだんだんと大きくなっていることに気付いたショウは、小さいが鋭い声でガル ダに命令を下す。 「……母さんがこっちに来てる。隠れろ」 「お前がパートナーになるって言うんなら隠れてやっても……うぐっ!」 ショウはガルダの首を引っつかむと、机の引出しの中にムリヤリねじ込み、さらに外からカギをかけた。 カチリと音がして引き出しが固定され、ショウが鍵をポケットにしまったところで、部屋のドアが開かれ る。 「ショウ、お父さん知らない?」 予想どおり母親の声だ。 「親父…? 家にいないんなら日曜出勤じゃないのか?」 「でも今日は休みって言ってたのよ。おかしいわねぇ……」 母親はそこまで言うと部屋のドアをぱたんと閉め、リビングの方に向かって行った。  ショウは足音が聞こえなくなってさらに1分待ってから引出しのカギを外し、あけてみる。すると蝶の 標本のような格好でガルダが納まっていた。 「災難だったな」 無造作にガルダをつかんで机の上に戻しつつ、ショウは抑揚のない声で言った。  ガルダはファイアーボムの1つでも撃ち込んでやりたい気分に駆られたが、何とか感情を押さえて話を 切り出す。 「……お前の親父、いなくなったんだってな」 「ちょっと出てるだけだ」 妙に意味ありげなガルダの口調が気になったが、ショウは冷徹な声を変えなかった。 「どうかな? 案外デスブレンのやつがもう地球に来てて、お前の親父が襲われたのかもしれないぜ?」 「またその話かよ…」 さきほど引出しに閉じ込めてやったことで少しは憂さが晴れていたが、また同じ話を始めたガルダに向か ってショウはうんざりとした表情を見せる。 「あいつはな、新しい星に着くと、その星の中でなるべく知能の高い種族…地球で言えば人間だな。その  種族の中から1体を選んでデータを引っ張り出すんだよ。新しい星のことを知るためにな」 「それで親父がさらわれたって? バカらしい…」 「デスブレンは“デスクリスタル”ってやつを星に落としてな、それに近づいたやつをターゲットにする。  もしお前の親父がデスクリスタルを拾いでもしてたなら……」    ガシャン!!    ガルダの言葉はリビングから聞こえてきた、何かが割れるような音にさえぎられた。 「…また母さんか。ちょっと待ってろ」 ショウは慣れた足取りでリビングの方へと向かっていった。  ショウがリビングの扉をくぐると、リビングの一角にうずくまっている母親の姿が見えた。そのかたわ  らには電話機が落ちている。 「かあさん、今度は電話落としたの?」 よくよく物を落としては息子に呆れられる母親だったが、電話の親機を落としたのは初めてのことだった。 「ショウ……」 母親は震える声で我が子の名前を呼んだ。 「なに? もしかしてコレ、壊れて使えなくなったの?」 ショウは母親に近づき、しゃがんで表情をのぞき込んだ。泣いている。 「まったく…電話壊したくらいで泣くなよ…」 何か涙を拭くためのものはないのか。そう思ってショウが立ち上がったとき、足もとから折れそうな声が した。 「ショウ……お父さんが……」 『こちらが発見現場です。今回の事件の特徴は、被害者の脳が…』 ひとりでリビングに立っていたショウはテレビのスイッチを切り、プラグを乱暴に引き抜くと、足音を立 てて自分の部屋に向かった。  部屋のドアを壊れそうなくらいの勢いで引きあけると、相変わらず机の上に居座っているガルダの姿が 目に映る。ショウはポケットから小さな何かを取り出すと、机の上に放り投げた。それは硬い音を立てて ガルダのとなりに転がった。 「デスクリスタル…」 ガルダが呟いた。 「親父の工具箱に入っていた」 そう言ったショウの声は、低く、冷たく、鋭い。 「なあ、ガルダ。最強になるってことは全部のガチャボーグを倒すってことだよな?」 ガルダは短く「そうだ」と答える。 「オレは…お前のパートナーになる。全部のガチャボーグを壊してやろうぜ」 凍てつくほどの冷たさを帯びた少年の言葉に、ガルダは思わず口元を緩めた。 (いいぜ、もっと怒れ。オレみたいな破壊しか能のない奴には、怒りが、破壊の衝動が、一番の勇気なの  さ) ガルダにとって、ショウは最高のパートナーだった。  その日の夜、サハリ町とさばな町に流星雨が降り注いだ。絶え間なく流れ落ちてくる星々の軌道を幼さ を残した双眸で見つめながらも、ショウは願い事をしようとは思わなかった。星に願うことなど何もない。 全てを自分の力でやり遂げなければならないのだ。  かつて星空に輝く瞳を向けていた少年は、胸の中で燃えつづけている黒い炎に確かな熱を感じていた。  同じころ、サハリ町で流星雨を見上げている少年がいた。流星のひとつがイナリ山に落ちたとき、少年 は冒険の予感に心を躍らせる。    2人の少年が出会うときは、すぐそこに迫っていた。 『ガチャフォース  ビフォー・ストーリー』 終わり 『友に贈る真実』  夕暮れの河川敷にユージの姿があった。パートナーのジャックは近くにいない。きっとどこかで夕日を 見ながらふよふよと浮かんでいるのだろう。 「よう! 待たせちまったな」 一人きりで佇んでいるユージの背中に元気のいい声がかけられた。ガチャフォースメンバーのひとり、猿 渡哲也である。彼はユージが最近タッグを組んだメットと物心ついたときからの付き合いらしく、なにか と単独行動が好きなメットを放って置けないという理由から、ガチャフォースに入ることを保留していた 時期もあった。  彼は最近になってメットがユージと組んでコウと戦ったという話を聞き、ひとこと礼を言おうと思って ユージからの呼び出しに応えたのだった。 「この間はメットのヤツが迷惑かけちまったな」 「いいんですよ。おかげでテツヤくんとも話せるようになったんですからね」 ユージはテツヤに連絡を取った際、コウからある物を受け取ってきて欲しいと頼んでいた。テツヤはさっ そくガチャボックスを開き、例のものを取り出してからユージに投げ渡す。 「言われたとおりGレッドの音声データだ。けど、なんでこんなもんが必要なんだ?」 問われて、ユージは笑みの表情を浮かべたまま返す。 「僕のクラスメイトにも、本当のことを知ってもらいたいんです」 それを聞いて、テツヤはユージの背中をバンと叩いた。ユージが軽く咳き込むあいだに、大きな声で言葉 を並べていく。 「そうかそうか! おまえ本っ当にいいヤツだな! お前がついてりゃ、あのショウってヤツもガチャフ  ォースに入りたいって言い出すぜ!」 「あ・・・ありがとうございます・・・」 乱れた息をどうにか整えながら、ユージは言葉を返した。 「メットの方は俺に任せとけ。あいつ素直じゃねえから時間はかかるだろうけどさ、きっといつか俺達と  一緒に戦えるときが来るさ」 「ええ。お互いに、まったく世話のかかる友人を持ったものですね」 「そんでもって、お互い大きな世話が好きだよな」 言い終えて、テツヤは大きく明朗に笑った。つられてユージも笑い出す。  仲間を持つことはこんなにも良いことなのだと、ひとりで戦っている友に伝えてやりたい。その気持ち を共有したまま、2人の少年は互いの道を歩き出していった。