46、  カズトとの戦闘訓練を終えたナナは、エレベーターを使って地上に戻り、更衣室でユニフォームから私服 に着替えた。そこを出るとロビーに向かい、マナと合流する。 「お疲れさま、ナナ」  ロビーのソファーで待ってくれていたマナは、ペットボトルに入ったスポーツドリンクを差し出しながら、 笑顔で出迎えてくれた。ナナはそれを両手で受け取ると、マナの隣に腰を落ち着ける。  ナナとマナの付き合いは長く、お互いに考えることはお見通しだ。  マナはまるで訓練を見てきたように、「新しい武器は、上手く使えたみたいね」と言いきって見せた。ナ ナの返答を待つまでもなく、答えが分かっている様子だ。  その様子を見たナナの方も、わざわざマナの言葉を肯定する必要はないと自然に考え、ペットボトルのキ ャップを捻りながら、話を先に進める。 「朝にやった実射は、上手くいかなかったんだけどね。ミナ姉ちゃんが原因を調べてくれてるけど……」  言葉の途中で、ナナは近づいてくる足音に気がついた。音の方へ首をやると、トレーニングルーム側の通 路から、白衣姿のミナが近づいてきていた。小脇には大きめの封筒を抱えている。  ナナのそばに寄ってきたミナは、その封筒から十数枚の紙を取り出した。 「お疲れさま。早速だけど、報告よ」  そう言って差し出された紙をナナが手にすると、ミナは紙の中央付近を指差して報告を始めた。 「カズト君との疑似戦闘訓練の前に行った、実射実験の分析結果が出たわ。射撃が外れた原因は、アルナイ ルが新装備を放つ瞬間、干渉翼の出力が落ちてしまっていることにあったの。そのせいで姿勢が安定せず、 射撃を外してしまったということね」 「それじゃ、実戦で新装備は使えないの?」 「大丈夫よ。アルナイルに補助バッテリーをつければ、出力不足はカバーできるわ。だけどアルナイルの重 量は増えてしまうし、新装備を撃てるのが一度きりという欠点は、変わらないけどね」  マナが驚いた様子で、口をはさんだ。 「お姉ちゃん、新しい武器って、1回しか撃てないの?」 「ええ……。新装備は、まだ試作段階なの。本来の性能は、射程距離50メートル、直径1センチメートルの 射線上に存在するガチャボーグを、発射と同時に消滅させるというものなんだけど……」  ミナは手持ちの資料の中から1枚を抜き出してマナに渡し、説明を続ける。 「試作品では、威力こそ及第点に達しているけれど、射程が5メートルしかないことと連射が効かないこと、 それから消費エネルギーの大きさが解決されていないの。それをいきなり、実戦に投入しているのよ。1回 撃つたびに機体に大きな負荷をかけるから、その都度アルナイルをメンテナンスしないと、安全に使うこと ができない代物なの」 「どうして、そんな未完成品を投入するの?」  マナの問いに、ミナはマナが持っている紙を指差した。マナがそれに目を落とすと、そこには入手不可能 なはずの、デスアクイラの機体図面が記載されていた。 「これって……! どこからこんな情報を集めたの?」 「アクイラがデスブレンに乗っ取られてデスアクイラになっても、研究所とのリンクは完全に切れてはいな いわ。デスアクイラがどこにいるのかまでは特定できないけど、機体内部の情報は、わずかながら入ってき ているの。多分、シン君の精神が抵抗して、こちらに情報を流しているんでしょうね」 「そうだったのね……シン君が情報を……」  マナは感嘆の息を吐いた。洗脳されてなお抵抗を続けるシンへの、素直な称賛だった。 「その情報から、デスアクイラの内部では、データクリスタルが2つに分かれていることが判明しているわ。 片方にはシン君の精神とアクイラのデータが入っていて、もう片方にはデスブレンのデータが入っているの。 6年前のリンのときと、全く同じね」 「それじゃあ、シン君を助けるには……」  紙の束から目を離したナナが、強い責任感を帯びた低い声で言い放った。   「シン君のデータクリスタルは傷付けずに、もう片方のデータクリスタルを撃ち抜くしかない」  ミナがうなずき、「新装備の直径は1センチメートル。そして攻撃持続時間は100分の1秒にも満たない。 高機動型ボーグのデータクリスタルだけを撃ち抜くには、絶好の性能よ」と続ける。  それでもマナは不安げな表情で「でも、たった1回のチャンスで……」と心配して見せたが、その心配を、 ナナは真っ向から跳ね除けた。 「1回のチャンスで当てるのが、狙撃手の役割。これがミオの口癖でしょ?」  ミオとは、ミナのパートナーボーグである、キラーガールの澪(ミオ)のことだ。ナナは幼いころからミ ナとマナ、それから彼女たちのパートナーボーグである、ナオとミオに見守られながら育ってきた。ナナに とっては、全員が“お姉ちゃん”だ。 「フフ、そうね。ナナは、私とミオの後継者だもの」  どこか感慨深げに話すミナに向かって、ナナは胸を張って見せる。 「私が新装備を当てさえすれば、シン君は助かるんだもの。私の狙撃は誰より上手なんだから、絶対に上手 くいくよ」  その自信にマナも心動かされたのか、 「……そうだよね。私がナナの実力を疑ってちゃ、しょうがないよね」  と微笑みを見せた。続けて「ところでお姉ちゃん、その新しい武器って、なんて名前なの?」と疑問を口 にする。 「形式番号なら割り振ってあるけど、名前は未定よ。せっかくだから、ナナに付けてもらおうと思って」  マナは「へーっ」と前置きしてから、隣に座るナナの顔を覗き込んだ。 「どんな名前にするか、もう決めてあるの?」  好奇心に表情を輝かせるマナとは対照的に、ナナは渋い表情になっている。 「うーん……候補はいくつかあるんだけどね。だけどどの候補も、他の武器の名前とは違う感じだから、こ ういうのでいいのかなって、迷ってるんだ」 「ナナのパートナーが使うんだから、好きに決めればいいと思うよ。ナナが決めた名前が、一番似合う名前 になると思うから」 「……うん、そうだね。ありがとう、マナ姉ちゃん」  頷きながら言った後で、ナナは口の端に力を入れ、唇を真一文字にした。それがナナの、何かを決断した ときのサインであることは、マナもミナもよく知っていた。