45、  5月5日、午後3時。近藤カズトは研究所地下の実験施設にいた。  体を訓練生用のユニフォームで包み、以前シンとショウが対戦したときのように、防護壁からせり出した 立方体の中に入って待機している。 『これより、形式番号W‐W−6ホワイトウイング6番機と、形式番号JGB−22アルナイルの、疑似戦闘訓練を 開始します』  キョウコの場内アナウンスが流れると、実験施設の中央付近に、ホワイトウイングとアルナイルのバーチ ャル映像が表示された。  カズトが操るホワイトウイングは、得物のミライソードを軽く振りまわした後、アルナイルに向かって真 っすぐに向ける。  対するアルナイルは、いつも所持している弦のない弓を、ホワイトウイングに向けて静かに構えた。 『今回の訓練の目的は、アルナイルの新装備の習熟にあります。近距離戦および中距離戦を挑んでくるホワ イトウイングに対して、アルナイルは新装備を用いて、撃破してください』  キョウコの声に続いて、ナナの声が施設内に流れる。 『訓練生第1期……じゃないや。新生ガチャフォース、三枝ナナ。了解しました』 「新生ガチャフォース、近藤カズト。同じく了解しました」  言ったカズトはインカムの通信をナナへのプライベートに切り替えて、「シンやミサキほどじゃないが、 俺だって上位のコマンダーだ。楽には勝たせないからな」と強がってみせる。しかし実際には、カズトは強 がれる状況にはない。アルナイルの新装備の詳細は、カズトに伝えられていないからだ。 『それでは始めます……訓練開始!』  キョウコのアナウンスが終わると同時に、カズトはホワイトウイングを全速前進させて、いきなり接近戦 を挑もうとした。カズトにしてみれば、これ以外に採れる戦術は存在しない。カズトがナナに勝っている能 力は、格闘能力しかないからだ。  当然ながら、ナナはこれを拒否した。アルナイルを壁際まで後退させつつ、左手に弓を構える。そして右 手を、弦のない弓に近づけた。  すると、本来なら弦があるべき位置に光の弦が現れる。その弦をアルナイルがつかんで引ききると、虚空 からビームの矢が現れ、弦につがえられた。 『行けっ!』  ナナの短い叫びと共に、アルナイルが光の弦から手を離す。つがえられていたビームの矢は一気に加速し、 ホワイトウイングに向かって疾駆してきた。  ビームアローの照準はホワイトウイングの胸部に設定されており、寸分の狂いなく、狙ったコースを駆け 抜けていく。しかし、それは命中することはなかった。  ビームアローのスピードは、バスターレーザーには及ばないものの、戦艦の主砲よりも高速だ。そのため、 発射を確認してから回避することは不可能に近い。そこでカズトは、ナナが矢を放つタイミングを読み切り、 発射の寸前に機体を右ロールさせて回避していたのだった。  ホワイトウイングは、右ロールする間にも前方への推進力を失うことはなかった。左手に装備されたツイ ンビーム砲をばらまいてアルナイルの足を止めつつ、距離を詰めていく。  両者の距離が10メートルにまで近づいたとき、アルナイルが再びビームアローを放つ姿勢を取った。  それを見たカズトは集中力を高めて、アルナイルが矢を放つタイミングを探った。ナナの呼吸を読み切り、 先ほどと同様に、ここぞというタイミングで機体を右ロールさせた。アルナイルの発射に合わせた、完璧な タイミングだった。  しかし放たれたビームアローは、ホワイトウイングのボディに見事に命中した。ビームアローは発射と同 時に拡散し、散弾となってホワイトウイングを襲ったのだ。 「くそっ!」  カズトは悪態をついた。ホワイトウイングの損傷は軽微だったが、散弾を浴びて姿勢を崩した隙をついて、 アルナイルが次の矢を放ってきた。カズトはどうにか機体を捻って胸部への直撃だけは避けたが、左腕に直 撃を受けた。高出力のビームにさらされた左腕は、装備されていたツインビーム砲ごと焼き切られて消滅す る。これでもう、飛び道具は使えない。  カズトは覚悟を決め、ホワイトウイングの機体を水平に傾けてから、ミライソードを頭の方へと突き出し て、飛行体制をとった。  ホワイトウイングの飛行スピードは、アルナイルに劣っている。バーストを使用すれば一時的に上回るこ とはできるが、それでもツインビームによる牽制ができない以上、アルナイルとの距離を詰めることは非常 に困難だ。これが実戦なら撤退の判断をするところだが、この戦闘訓練では、戦闘の途中放棄は認められて いない。スナイパーのナナを相手に、ミライソード1本で立ち向かうという無謀な状況に追い込まれても、 カズトは攻めるしかなかった。 (距離を詰めなきゃ、どうしようもない状況だ。だったら鎧も兜も捨てちまえ。あとはただ、走るだけだ!)  ホワイトウイングは身にまとっていた鎧と兜をパージし、それと引き換えに、自らを金色のバースト光に 包んだ。両翼を左右に大きく開き、干渉翼の出力を全開にして、アルナイルめがけて空を蹴った。  上下左右へと機体を振る戦闘機動を続けながら、カズトはホワイトウイングを猛加速させる。それに対し て、ナナは壁際を回りこむように、カズトから見て右側へと逃げていく。その途上、アルナイルは弓を引き 絞ってビームの矢を放ってきた。  先ほどまでの攻撃とは違って、発射を半呼吸遅くした射撃だったが、カズトはこれも完璧に読んで回避し た。 (アルナイルの性能は知らないが、ナナの性格ならよく知ってるからな!)  立て続けに放たれてきた二の矢も回避して、カズトはナナとの距離を詰める。バーストはすでに切れかか っていて、ホワイトウイングのスピードも落ち始めた。バーストが連発できない以上、カズトに許されるチ ャンスは、この一撃しかない。  アルナイルとの距離が5メートルを切ったところで、カズトはあえて戦闘機動を止め、アルナイルに向か って正面から突撃した。飛行体制を取ったホワイトウイングは、突き出した剣から胸部のデータクリスタル までが一直線になっているからだ。これなら正面から攻撃を撃ちこまれても剣が防壁となり、一撃でデータ クリスタルを貫通される心配は少ない。 (どうせ最後の一撃だ。なら、確実に一矢報いてやる!)  カズトは残りのGFエナジーを干渉翼に注ぎ込み、最後の羽ばたきを行った。アルナイルがビームアロー の発射態勢を取ったが、もう遅い。ホワイトウイングはアルナイルの胸部を狙って、まっすぐに剣を突き出 した。  残り距離1メートルで、アルナイルは矢を放った。放たれた矢はバスターレーザーの如く、発射と同時に ホワイトウイングに着弾した。着弾した矢は、ホワイトウイングが突き出していた剣の先から、頭部、胸部、 そして足の先に至るまで、一直線に直径1センチ程度の穴を開けた。その穴はホワイトウイングの胸部に格 納されているデータクリスタルも貫いており、カズトの機体はアルナイルに届くことなく、推進力を失って 地に落ち、消滅していった。 「な……何だよ、今のは!」  動揺するカズトをよそに、戦闘終了を告げるキョウコの声が流れた。  続けてナナがプライベート回線で、『相手をしてくれて、ありがとう。カズト君って、やっぱり強いね』 とメッセージを送ってきた。  カズトは情けない気持ちで一杯になったが、いつもの調子でナナを褒め返した。インカムの電源をオフに して、溜めていた息を吐きだすのは、それからだった。