44、  1時間に及んだミーティングは、各自解散という形で終わった。トレーニングルームを後にした新生ガチ ャフォースのコマンダー達は、研究所のロビーから通じている地下道を通って、併設された宿泊施設に移動 していく。今晩からはそこで昼夜を過ごし、今後の戦いに備えることになる。  キョウコも、新生ガチャフォースに同道して研究所のロビーまで移動していたが、そこからはリンと一緒 に別行動をとった。目指す先はロビーの先にあるメディカルルームだ。そこでは意識を失ったままの、シン の“身体の管理”が行われている。 「シンを病院に移さなくても、大丈夫なんですか?」  歩きながら心配そうに尋ねてくるリンに、キョウコは感情を抑えた声で対応する。 「単純に医療設備だけを見れば、確かに病院の方が充実しています。ですが、ガチャボーグ関連の症状に対 する情報は、一般の病院には公開されていません。専門医がいるのもこの研究所だけです」 「……シンを診てもらうには、研究所が一番良いってことなんですね」  リンは自分を納得させるように、うつむきながら呟いた。その横顔に向かって、キョウコは柔らかな声を かける。 「シン君に対して、何かしてあげたい気持ちは分かるわ。でも彼のことは、私たちに任せて大丈夫。あなた はコマンダーとして、デスブレンの手から彼を救ってあげて」  リンは視線を上げ、強い意志を孕んだ瞳をキョウコに向ける。 「……はい。シンは絶対に助け出します」 「私も全力でサポートします。必ず助けましょうね」  キョウコはその表情にいつもの生真面目さを残しながらも、優しく微笑んでみせた。  そのとき、メディカルルームの方から誰かが走ってくる音が聞こえた。足音の主はリンの目の前で急停止 すると、「リンさん!」と叫びを上げて、リンの注意を引いた。 「あなたは確か……ミサキちゃん?」 「ハイッ、そうです!」  ミサキは妙に興奮気味だ。それに嫌な予感を覚えたキョウコが、ミサキの前に割って入る。 「ミサキ、あなた大丈夫なの? ミーティング前までは、あんなにショックを受けていたのに……」 「もう大丈夫です! 私、負けてられないんだから!」 「負けるって、まさか……」  言ったキョウコをぐいっ、と押しのけて、ミサキは再びリンの前に出る。両手を腰に当て、リンに比べて 25センチも小さい身体を反らせながら、リンの目を見据えて宣言した。 「リンさん。私、シン君を助けるよ。どんなことがあったって、シン君を助け出すよ」  リンはミサキの意図するところが理解できず「え、ええ……ありがとう……」と戸惑いながら返すのが精 一杯だった。そんなリンに向かて、ミサキはびしっ、と伸ばした指を突き付ける。 「シン君のこと、絶対リンさんに負けないんだから!」 「えっ……? それってまさか……」 「じゃ、ちゃんと伝えたからね」  言い捨てながら、ミサキは踵を返してメディカルルームに戻っていく。  リンとキョウコは、嵐が過ぎ去ったあとの現場で、しばらく立ち尽くしていた。 『キョーコさーん。まだ始まらないのー?』  端末のそばに置きざらしにされていたインカムから、ミサキの不満げな声が聞こえてきた。  知らぬ間にうたた寝していたキョウコは、ハッ、とまどろみから覚醒して、慌ててインカムを装着する。 「……待たせてごめんなさい。すぐに脳波チェックを開始します」  端末にシンクロシステムが起動していることを確かめながら、キョウコは目の前のキーボードを慣れた手 つきで操作した。画面を脳波チェック用のものに切り替えてから、実行キーを押す。  実行したプログラムが動作するのは、キョウコのいる研究施設ではなく、地上にあるメディカルルームだ。 そこにいるミサキの意識をシンクロシステムとつなぎ、正常に動作するかどうかを確認するのだ。  キョウコは画面に顔を近づけ、グラフの動きを注視した。ミサキの脳波を受けて、グラフが上下に波を作 っている。その動きが正常な範囲にとどまっていることを確認して、「おめでとう。正常よ」と脳波の主に 祝福を告げる。 『やった! これで私も作戦に入れるんだね!』  インカムの先で、ミサキは無邪気な歓声を上げた。  それを聞きながらも、キョウコはグラフの動きを追い続ける。ミサキの脳波は安定しており、戦闘に支障 が出ることはないだろう。むしろ真っすぐに、闘志に満ちていると言える。 (シン君がいなくなった時はあんなに泣いていたのに、もう前向きになっているなんて……。まったく、ほ んとに強い子ね)  もしかしたら、ミサキのバイタリティがシンを救うのではないか。キョウコはそんな予感を覚えていた。