42、  しばらくざわめいていたトレーニングルームは、ユージが頭を上げる頃には静寂に戻っていた。 「まずは、今回のデスブレン戦における経過をお話ししましょう」  ユージの口から穏やかに語られる言葉は、スピーカーを通し、大きな振動となって場の空気を揺らす。  壇の下に立ち尽くしている訓練生達は不安げな瞳を浮かべつつも、誰もが身じろぎひとつせず、これから 重大なことを明かすのであろうユージの言葉をじっと待った。 「空に浮かんでいたデスブレンが、コタロー君に撃破された後、姿をGブラックに変えて研究所へ侵攻した ことは皆さんご存じだと思います。そのGブラックに対して、私は旧ガチャフォースの皆さんを攻撃部隊と して送り込みました。それと同時に、アクイラへの強制停止信号の送信、並びにシン君の拘束命令を出しま した」  壇の下でじっとしていたカズトが、耐えきれなくなって「どうして、シンにそこまでしなきゃいけなかっ たんですか? そんな対応、まるで離反者扱いじゃないですか!」と吼える。対照的に、ユージは静かなま ま「……現実に、シン君は命令違反を犯しました」と言葉をつむいだ。 「それって、アクイラのテストでシンがガルダに無許可で仕掛けたってやつですか? そんなもの、3日間 も閉じ込めたんだから、もういいでしょう!」 「そうではありません。デスブレンが空中に出現した際、シン君にはイナリ山の猫部さんに合流するよう命 令を下していました。しかしシン君はこれを無視して、研究所に向かって行ったのです」  ナナが大きな目を見開きながら「あのとき猫部さんが言った、シン君が研究所の防衛に行ったって、嘘だ ったんですね……」と呟く。その傍らで反抗心をむき出しにしているカズトは、相変わらずの様子で「でも、 なんたってシンがそんな違反をする必要があるんです? ガルダの時は分からなくもありませんが、今回は 動機がありません!」とユージを詰問した。  ユージはすぐに答えようとしなかった。一度押し黙り、ショウとリンの方をそれぞれ見やった。  目を合わせられたショウとリンは、2人ともどうしてユージがそうしたのかを理解できず、きょとんとし た様子をしている。  その様子を見たユージは次の句を言い淀んだが、深く吸った息を吐き出して腹を決めると、事実をありの ままに吐き出した。 「シン君が研究所に向かった目的はただ一つ。リンさんに、自分がGFコマンダーであることを見せるため です」 「リンさんに? ……まさか、シンのやつ!」  言ったカズトの中で、シンがガルダを襲った目的と、シンがリンのために研究所に向かった目的が合致し た。カズトはシンがガルダを襲った目的を、ショウに変わってリンの面倒を見ていることへの不満をぶつけ るためだと思っていた。しかし、真相はそうではない。シンがガルダに仕掛けたのは、ショウからリンを奪 うためだったのだ。 「シン君は、リンさんを想っていました。しかしシン君には、リンさんとショウ君が8年前から築きあげて きた、戦いの中での縁(えにし)はありません。だからこそシン君はずっと、リンさんとショウ君の間に割 って入ってリンさんを奪うことは不可能なのだと、思い込みをしていたんです」 「だからシンは、デスブレンの出現を喜んで、研究所に向かったってワケですか。2度と手に入らないはず のチャンスが不意に訪れたら、そりゃあ飛びつきますね。……でも、だからってシンを拘束してアクイラを 止めるのはおかしくありませんか? いくら命令違反を犯したっていっても、シンは研究所の防衛を行うつ もりでいたんですよ? デスブレンとGブラックの出現という緊急時において、シンほどの高い戦力をわざ わざ捨てる理由としては弱すぎます」 「人工ガチャボーグが使っているシンクロシステムには、弱点があります。その弱点とは、洗脳を受けやす くなることです。今回私は、Gブラックに対して旧ガチャフォースのボーグだけで対応を試みました。これ は、人工ガチャボーグがGブラックに接近し過ぎると、洗脳される恐れがあったためです。結果として、G ブラックは体内に残っていたGFエナジーを全て消費して一瞬だけボディを巨大化させ、ジャングル公園に 向けて逃走を図りました。これに対して最も早く追撃したのが、シン君のアクイラと、ミサキさんのグライ ドだったのです」 「いや、待ってください。アクイラは停止してて、シンも拘束されてたんでしょう? シンはどうやってア クイラを動かしたって言うんです?」 「シン君はシンクロシステムの機能を逆手にとり、自らの意識をアクイラの中に“移した”ことで、アクイ ラを動作可能にしたのです。この使い方は、技術的には不可能とされていました。それ故に、私はアクイラ の再起動を予想することができませんでした」 「……アクイラとグライドが最初に接敵して、それで、シンとミサキはどうなったんですか?」 「Gブラックはアクイラによって撃破されましたが、それと同時に、Gブラックはアクイラに侵入。中にい たシン君の意識ごと、機体を乗っ取りました。グライドは、アクイラが乗っ取られたことに対するミサキさ んの精神的ショックから、アクイラに対して攻撃を行えませんでした」 「……ミサキの具合は?」  カズトは、あえてシンの方を後回しにした。果たして無事に助けられるか分からないシンのことを、聞く のが怖かったからだ。 「今は落ち着いています。このミーティングの様子は、メディカルルームで見ているはずです」  カズトはつばを飲み込み、喉から絞り出すように「……シンは、助けられるんですか?」と問うた。 「必ず助けられます。これから私は、旧ガチャフォースと訓練生を一つとした新生ガチャフォースを発足さ せ、シン君の奪還及び、デスブレン消滅作戦の指揮に当たります」