『ガチャフォースBW』 プロローグ、  遥か昔、地球から遠く離れた惑星メガボーグ”で、破壊者デスブレンとガチャボーグ達との、命をか けた戦いがあった。後にメガボーグ大戦と呼ばれるその戦いは、デスブレンの勝利に終わり、ガチャボー グ達はデスブレンの手によって破壊された惑星メガボーグ”から逃げ出し、様々な惑星へと離散して行 った。  それから時は流れ、離散したガチャボーグたちは、かつて惑星メガボーグ”があった宙域に再集結し、 小さな星を築いた。  星の大部分は都市であり、色とりどりの金属でつくられた建物が、地表を覆い尽くさんほどに密集して いる。その光景を空から見れば、まるでステンドグラスのようだ。街並みがこれほどの栄華を映しだして いるのは、過去デスブレンによって故郷を砕かれたガチャボーグたちの、繁栄への渇望が込められている せいなのかもしれない。  この新たな星新メガボーグ”に住んでいるガチャボーグたちは、長く平和な月日を過ごしてきたこと によって、治安維持などに関わるボーグを除いて、戦闘能力を失っている。にもかかわらず、最近は新 メガボーグ”を治めている委員会庁舎前の広場に群れをつくり、毎日のように大声を張り上げていた。そ の声の内容は、ある者たちへの敵意を形にしたものだが、その敵意を間違ったものではないかと疑う者は、 いまやごく少数となっていた。  そして肥大化した敵意は、委員会にある決定を下させることになる。 「13対0の満場一致で、6541号は可決とする」  委員長の声が議場に響くと、出席者、傍聴者から歓声と拍手の渦が起こった。ある者は感激のせいか泣 き崩れ、ある者は憎悪の表情を隠すそぶりすら見せない。  誰もが望んだその議決は、よほどの奇跡が起きない限り、新メガボーグで最後の議決となるだろう。な ぜなら、惑星メガボーグ”や、地球をはじめとする数々の惑星を破壊した“災い”――デスブレンが戻 ってくるのは、数日後のことなのだから。 『ビームウイング第24小隊は、通路の防衛に当たれ。侵入は……だ。各……ただち……』  通信機から流れてくる指揮官の声に、ノイズが混じった。 「通信が乱れるとはな……。どうやら侵入者は、コントロールシステムまで押さえているらしい。なんて 手際の良いやつだ」  ぼやいたのは、小隊長だ。彼は黒い鎧に身を包み、小隊員として4名の部下を率いている。4名のうち 3名は、彼と同じように黒い鎧を装備していたが、その中にあってただ1名だけ、青い鎧を着ている者が いた。 「小隊長、フォーメーションはどうされますか?」  青い鎧を着たボーグがそう尋ねると、小隊長は落ちついた声色で「3名を前衛とし、残り2名を後衛と する。ブルー、お前は私と共に後衛を勤めろ」と命令を告げた。  隊員たちが小隊長の言う通りに前衛と後衛に分かれ、各々の配置に着くと、小隊長は隊の気を引き締め るために、わざと声を張り上げた。 「コントロールシステムを奪われたなら、増援はどこかで足止めされているだろう! つまり、最終防衛 線であるこの一直線の通路を守るのは、我々5名しかいないということだ! この通路の奥にある転移機 は、我々の希望と絶望を結実させたものである! それを私物化しようなどど言う輩には、決して渡すわ けにはいかない!」  小隊長がそう叫ぶやいなや、隊員の1人が「来た!」と声をあげる。  後衛に配置されたブルーは、左腕に装備されたツインビーム砲を構えた。通路の先からは、赤い鎧を着 けたウイングボーグが、飛行体勢のまま突撃してくるのが見える。 「前衛機、撃てぇ!」  前衛の3機から一斉に放たれたツインビームが、侵入者に殺到する。しかし、侵入者が飛行体勢を解除 してから放ってきたウイングビームの方が、出力面で遥かに上回っていた。たった一条のビームに、前衛 の攻撃はかき消され、前衛の中央を勤めていた隊員は、回避しきれずに直撃を受け、左上半身を失って、 床面に墜落した。  ガチャボーグは、データクリスタルと呼ばれる結晶体を中核として、体を構成している。データクリス タルに損傷を受ければ体を保つことはできなくなり、破壊されてしまえば死に至ることになる。  ビームウイング系統機の場合、データクリスタルは腹部中央に格納されているが、墜落した隊員の被弾 箇所は、データクリスタルから左に逸れていたため、命に関わる傷にはならなかった。  だが、いくら致命傷では無かったとはいえ、いきなり墜落させられた仲間を見て、小隊員たちはわずか に動揺した。  侵入者はその間隙を突いて、ツインビームを連射してきた。残る2名の前衛機たちは、それぞれビーム 砲と翼に直撃を受けて、攻撃能力と飛行能力を奪われ、あっけなく行動不能にされる。  前衛が崩れたのをいいことに、侵入者は再び飛行体勢をとって、速度を上げた。小隊長とブルーとの距 離が一気に詰まる。  これに対して小隊長は、ブルーを後方に残して、格闘戦を仕掛けた。相打ち覚悟の行動であったが、も し小隊長を避けるために侵入者が飛行コースを変えるならば、ブルーが侵入者の前に入ることで、容易に 進路を塞げるという計算も、混じった上での行動だった。  この計算は現実ものとなり、侵入者は小隊長を避けて進路を変え、ブルーと相対することになった。  侵入者には飛行体制を解除する暇も、もう一度進路を変える暇も無い。このままブルーと激突して、飛 行速度を鈍らせることになるだろう。ブルー自身は、侵入者が前方に突き出しているミライソードによっ て、データクリスタルを貫かれて死ぬだろうが、衝突することで速度を落とした侵入者は、ただの的にす ぎなくなる。 (私は死ぬだろうが、小隊長が狙撃してくれれば、目的は達成される)  ブルーがそう思考するうちに、ミライソードの切先が迫ってくる。この速度と位置で衝突すれば、間違 いなくブルーのデータクリスタルは貫かれるだろう。 (だけど構わない。転移機を、破壊させはしない)  ところが侵入者はミライソードを消滅させ、空いた両腕でブルーを押しやりながら進み続けた。愚行だ、 とブルーは心中に呟いた。ブルーが消滅しなかっただけで、侵入者の速度が落ちたことに変わりはない。  ブルーの目線の先で、小隊長は躊躇なく銃口を構え、侵入者に向かってビームを放った。 (これで終わりだな)  ブルーがそう思ったとき、背後から圧倒的な光が発生した。光はブルーと侵入者の体を包み込み、小隊 長が放ったビームの光などたやすく打ち消して、さらに輝きを強めていく。いつのまにかブルーからは小 隊長の姿どころか、侵入者の姿すらも見えなくなり、それに続いて、激流に流されて上下の区別すらつか なくなるような感覚が、ブルーの体中を支配した。  柔らかいのか硬いのか、はっきりしない感触が背中にある。おそらく自分は仰向けに倒れているのだろ う、とブルーは推察したが、そんなことはどうでもよかった。今のブルーのデータクリスタルは、屈辱的 な思いで溢れかえっている。なにせ、侵入者の突破を許しただけでなく、防衛目標であった転移機の発動 まで許してしまったのだ。並ぶものが無いほどの失態だ。  だがブルーにとって、自身が転移機の光に巻き込まれたことは、僥倖だった。ブルーをこの地に追いや った侵入者――警備隊の中でも特に優れたものに与えられる、赤い鎧をまとったボーグは、おそらく近く にいる。 (この手で確保して連行できたなら、失態は帳消しにできる。いつまでも、倒れている場合ではない)  思いながら、ブルーはゆっくりと立ち上がった。目の前に茂る緑の間から、鮮やかな青色が見える。足 元に目を転じれば、黒や緑の混じったこげ茶色だ。 (どうやら、どこかの木の上にいるらしいな)  一度おおきく翼を広げたあと、地を蹴って飛翔する。金属製の体は緑の隙間を抜け、広大な空間に出た。 「これが地球か……」  我々の10倍以上の体を持つ人間が支配する星である、という知識をデータクリスタルから引き出す間に、 両翼を羽ばたかせた生物が視界を横切っていく。ブルーをはじめとするビームウイング系統機の翼は、触 れた空間に干渉することで浮力と推進力を得る干渉翼”になっているため、翼を広げられるスペースさ えあれば飛行が可能だ。だが広大な空間を持つこの星では、羽ばたいて飛ぶことすら許されるらしい。  ブルーは生物に倣い、翼を大きく動かして、高度を上げていった。目の前に広がるのは、地面一帯を覆 い尽くさんばかりの鮮やかな緑と、青と白が溶け合うように混じる空の模様。この美しい星が、かつて “災い”によって砕かれたという。 (確かにこの景色を見れば、惑星メガボーグ”を追われたガチャボーグたちが、この地球で、再度デス ブレンへの反逆を企てたのも、理解できなくもない。しかし彼らは、メガボーグ大戦で戦力の大半を失っ ている。そんな状態でデスブレンを倒そうなど、バカげた話だ。我々が新メガボーグ”で“災い”の到 来に絶望し、倒すことをあきらめたのは、例え警備隊全員でかかっても倒せぬ相手だからだ。そんな相手 を、一体どうやって倒そうというのか……) 「何だ、テメェは!」  急に向けられた声に反応して、ブルーは翼を止めて滞空した。間をおかず、声がした方向に視線を動か す。そこには最悪の状況が待っていた。 1、 「アヌビスウイング……!」  ビームウイングブルーは息を呑んだ。もし目の前のアヌビスウイングがデスフォースの一員であったな ら、何を言ったところで攻撃されるだろう。フォースを組まず単独で行動しているとはいえ、計り知れな い戦闘力を持っていることは、データを引き出さずとも容易に推察できる。1対1で戦うことは好ましく ない。かといって、もう一度木々の中へ身を隠すには、高度をとりすぎていた。 「テメェも潰されに来やがったのかァ!」  叫びを上げて、アヌビスウイング――ガルダがブレードを出現させる。ブルーは覚悟を決め、右手にミ ライソードを出現させた。撃破が難しくとも、翼のフレームを折って飛行能力を奪うか、目を撃ち抜いて 何も見えない状態にしてやれば、逃げ切ることくらいはできる。  まずは距離を維持して相手の飛び道具を把握しようと、ブルーはそのままの姿勢で後ろに飛行し、距離 を取った。  直後に、三連射されたファイヤーボールが、ブルーめがけて飛んできた。ブルーは体を水平に傾けてか ら、ミライソードを胸の前でしっかりと握り、頭の方へと突き出す。次に翼を左右に大きく開いて飛行体 勢をとり終えると、右へ飛翔してファイヤーボールを回避した。  ブルーの足先をファイヤーボールが通過するのと、ほぼ同じタイミングで飛行を解除し、左手の甲につ けたツインビーム砲から二条のビームを発射する。両肩を狙ったが、ガルダが高度を落としたために、命 中することはなかった。  続いてもう一度、三連射のファイヤーボールが迫ってくる。先ほどと同じように右に飛行して回避した が、今度はファイヤーボールの陰からファイヤーボムが発射されていた。それはブルーの移動スピードを 正確に計算し、完璧な狙いとタイミングで放たれている。  先ほど飛行の挙動を見せたのはほんの一瞬だったのに、よくここまで精密に計算できたものだと感心し つつ、ブルーはそのまま飛行を続けた。 「ハジけろォ!!」  咆哮するガルダの視界に、青いボーグが爆散する姿は映らなかった。ファイアーボムは命中する直前で なぜかスピードを上げ、ブルーの眼前を通り過ぎてしまったのである。  不可解な現象を目の当たりにしたガルダは、何か起こったかを理解するより早く、両肩にビームの直撃 を受けた。さっき回避できたツインビームの速度から考えれば、この距離で見てから回避することは十分 に可能なはずだった。しかし、なぜかビームの速度は先ほどよりも増しており、ガルダは回避しきれずに 直撃を受け、空中で仰向けに倒れされることになった。  ブルーのビームは両肩への一撃だけに留まらず、今度は右翼のフレームに直撃をもたらす。右翼の損傷 は軽いもので、ガルダは体勢を立て直そうとしたが、いきなり真上から急降下してきた両足に腹を踏みつ けられ、そのまま地面に背中を打ちつけるまで落とされてしまった。  墜落に起因して、全身に強い衝撃が走る。ガチャボーグのボディを構成する金属はこれくらいでダメー ジを負うことは無いが、ガルダはあまりの衝撃に目を閉じてしまった。 「動くな……!」  真っ暗な視界の中で、張り詰めた声がした。ガルダがゆっくり目を開けると、2つ並んだビームの砲身 がこちらと目をあわせている。もしブルーがトリガーを引けば、ガルダの両目は即座に蒸発するだろう。 (チッ……また負けかよ……)  自分の腹に立ってビーム砲を突きつけている青いボーグに対して、ガルダは四肢の力を抜き、ブレード を消滅させて無抵抗を示した。  最強を目指していたはずなのに、こうもあっさりと負けを受け入れている自分に、ガルダは自棄に似た 無気力さを感じていた。  一転して無抵抗になったアヌビスウイングに対して、ブルーは安堵するどころか困惑するのみだった。 少しでも抵抗するそぶりを見せたなら、両目を焼いて逃走するつもりだったが、どのボーグより好戦的で あるはずのアヌビスウイングが服従の意思を見せる可能性は低いと踏んでいたので、ガルダがブレードを 消滅させる前に目を閉じてみせなければ、攻撃動作と勘違いして撃っていたかもしれない。  眠ったように動かない猛獣を足下(ソッカ)にしている不気味さを抑えられず、ブルーは足の位置をじ り、と下腹の方へずらした。そのとき、パキッと薄い木版が割れるような音がしてブルーのかかとが沈み こんだ。体がぐらりと後方へ傾き、ツインビームの照準がガルダの頭上へと抜ける。  ガルダが何らかの策を用いたと判断し、ブルーはとっさに飛びのいた。飛びのいた先にファイヤーボー ルを撃ち込まれれば回避しきることはできないと分かっていたが、体格差を考えれば、数発の被弾よりも 格闘戦に持ち込まれることの方が何倍も危険だ。  ブルーは攻撃に備えてミライソードを体の前に構えたが、ガルダは攻撃するどころか微動だにせず、相 変わらず大の字になったままだった。  ブルーはゆっくりと剣を下ろし、少しだけ高度を上げてガルダの腹を見た。穴が開いている。直径は小 さいが、深くまであいているように見えた。  記憶に引っかかるところがあって、ブルーはデータを呼び出した。思ったとおり、穴の位置はアヌビス ウイングのデータクリスタル直上にある。先ほどブルーが踏み抜いたものが穴の表面を覆っていただけの 装甲だったとすれば、ガルダのデータクリスタルは、戦闘中ずっと無防備な状態であったといえる。もし ビームの直撃を受けていたなら、破壊されてもおかしくなかったはずだ。  そんな状態で仕掛けてきたアヌビスウイングにはどのような事情があったのだろうと、ブルーは思った。  自分……いや、新メガボーグ”に生きるボーグ達は、所定の目的さえ達成できるなら命を投げ出すこ とに何のためらいも見せることはない。だが、地球のガチャボーグ――無抵抗になったことを考えると、 デスフォースの一員とは考えにくい――は、その限りではないはずだ。 (戦う意思が無いのなら、話もできるだろう)  赤い鎧の情報も聞かねばと思いつつ口を開きかけたところで、背後から誰かが草を踏んで近づいてくる 音がした。ブルーがそちらにあわてて振り向くと、足音の主はすぐに現れた。 「やっぱりガルダだったか……ん、お前は……?」  現れたのは黒い髪と黒い瞳、そしてブルーの15倍は大きな体を持った、巨大な生物だった。 2、  突然現れた巨大な生物――人間の鷹見ショウは樹木を背にして座り込み、かたわらにガチャボックスを 倒したままブルーの話を聞いていた。ガルダはボディをデータクリスタル化させてガチャボックスに入れ てあるが、会話は聞こえているはずだ。 「つまり、赤い鎧のボーグを捕まえるために、未来からやってきたということか?」  ひと通り聞き終えたところでショウが総括し、ブルーはそれにうなづく。 「そうだ。奴は我々が作り上げた転移装置を不法に使い、時間・空間を越えて地球に侵略した。私は装置 の作動に巻き込まれたために、奴を追うことができたというわけだ」 「未来から、お前の仲間が助けに来る可能性はないのか?」 「救援がすでにこちらへ向かっていたとしても、すぐに合流できるとは限らない。転移機の性能上、転移 先の時間的・空間的なズレは、微々たるものではあるが、どうしても発生するせいだ。だが、私はそもそ も救援が来るとは思っていない。本来いるべきではない時代に長くいれば、存在が否定されて消滅に至る というリスクがあるからな。隊員2名だけのために、戦力を送ることは無いだろう」 「……なるほどな。だが、赤い鎧を捕まえたとして、どうやって未来に戻るんだ?」 「地球の科学レベルではどうにもならないが、デスフォースの設備を使えば、戻ることは可能だ」  ショウは無機質なブルーの声に、何かを隠蔽している気配を感じつつも、自分が持つ情報を開示してい く。 「サハリ町とさばな町のデスベースは、既に押さえてある。俺が押さえたさばな町のものは、システムの 大半が壊されていたが、サハリ町のものは使えるはずだ」 ショウの脳裏に、さばな町のデスベースで見た、デスボーグ生産プラントの光景がよみがえる。そこで は、ひとつのガチャボーグからデータクリスタルを摘出し、いくつかに分割したあとで無理矢理に再生さ せ、意思を持たない兵士たちを造り上げていたという。  ショウが突入する前に他のシステムは止められていたが、デスボーグの生産プラントだけは生きていて、 カラッポになった材料庫に、次の材料が入ってくることを待ちわびていた。最初は何の機械なのか分から ず、デスベース内を調べることで、デスクリスタルがデススカイベースへのゲート機能を持つことと共に、 生産プラントの構造も判明したのだが、もし実際に生産されるところを見ていたならば、トラウマになっ ていたかもしれない。 「そうか。ならば赤い鎧を捕縛するだけで、私の目的は達成されるな」  相変わらずの声を出すブルーには、沈み込んだショウの心情を測ることはできなかった。 「あとは赤い鎧の居場所さえ分かればいいが、デスブレンへの対抗組織……ガチャフォースといったか。 それに赤い鎧は所属していないのか?」 「知らんな。オレはガチャフォースのメンバーではないからな」  冷たく言い切ったショウが(今はまだ、な)と心の中でつけ加えたところで、ブルーは聞き覚えのある 電子音を聞いた。 「我々の通信端末の音だぞ……? なぜこんなところで?」  同じ音を出すものが地球にあっても不思議ではないが、音の中には、警備隊員のデータクリスタルにだ け伝わる特殊な波動が仕込んであった。こんな芸当は、新メガボーグ”でしかできないことだ。  まさか、という視線をよこしたブルーに、ショウはポケットを探りながら答える。 「オレは2日前、赤い鎧に会っている」 「なんだと……!」  思わず身を乗り出したブルーを目で制し、ショウは次の言葉を発した。 「デスブレンを倒すという目的は、奴もオレも同じだ。いま奴は、デスコマンダーを引き抜くために、デ スフォースに潜入している」 「今の連絡音は?」 「成功のサインだ。さばな町に行けば、奴に会えるだろうな」  ショウはブルーの返答を待たず、ガチャボックスを右手に提げて立ち上がり、後ろを気にすることなく 歩き始めた。ブルーは翼を広げ、無言で後に続いていった。 3、 「うわああ! く、くるなー!」  五重の円が地表に描かれ、無機質な印象を強めている空間――さばな町のデスゾーンに、タマの叫びが 響いた。  彼が使役するデスアークの主砲が、接近してくるデスボーグ・ラムダの頭を粉砕し、先ほどまで20体以 上いたデスボーグたちは全滅した。それでもタマが怯えた表情を崩さないのは、主砲発射とほぼ同時に、 赤い瞳の少女が姿を見せたせいである。 「ようやく追いついた……」 「オ、オロチ……」  タマは笑みを浮かべた少女に視線を貼り付けたまま、一歩二歩と後退していく。 「デスフォースに刃向かう者には死を……まさかデスコマンダーのお前が知らないはずはあるまい?」 「う……うぅ……」  タマの思考が恐怖に満たされていく。ほどなく飽和を迎えた精神は正常性を失い、ストレスの源である オロチを排除しようと、デスアークに主砲発射を命令した。  デスアークの主砲に光が宿り、束となってオロチの眉間へと疾駆する。人間の頭などたやすく貫通でき るエネルギーをもったビームを前にしても、オロチは動かなかった。それは目の前に割り込んできた巨大 な影が、ビームを受け止めてくれることを知っていたからである。影は正面から主砲を浴びたが、被害は 軽微なものだった。 「ご苦労、アンタレス」  落ち着いた声で少女が言うと、アンタレスは上昇してオロチの視界から外れた。 「アンタレス、αウイングを出せ」  アンタレスの上部についているハッチが開き、並んで発進した4機のαウイングが、母艦の上空で旋回 を始める。 「い、いやだー! やめろー!」  オロチの意図を読み取ったタマが、しりもちをつきながら悲鳴を上げる。しかしオロチの赤い瞳は揺ら ぐことなく、ターゲットを見据えていた。 「やれ」  短い言葉をうけて、αウイングが一斉にタマめがけて動き出した。同時にアンタレスも主砲を放ってい る。  タマはデスアークに命じて主砲を受け止めさせ、さらに全砲門を開かせてαウイングを狙ったが、撃ち 落とせたのは1機にだけにとどまった。  3機のαウイングはデスアークを突破し、タマへの射線を確保した。今からデスアークを旋回させて撃 ち落とそうにも、間に合わない。 (これでデスブレン様もお喜びになる……)  タマの死が確定したことに達成感を覚え、オロチがわずかに笑みを浮かべたときだった。上空から降り 注いだ二連装のビームが、全てのαウイングを貫いた。 「誰だ!?」  表情を戻したオロチが上に目をやると、2枚の翼を広げた赤い鎧のガチャボーグが、下方に銃口を向け たまま降下してくるのが見えた。オロチが次の行動をとるよりも早く、その銃口からウイングビームが発 射され、直撃を受けたアンタレスの上部ハッチは、潰されて使用不能になる。 (データにないボーグだと……!)  オロチは内心で舌打ちした。タマのデスアークに対抗するためにアンタレスを連れて来たのであって、 高機動型ボーグとの戦闘は想定していなかった。高軌道型ボーグへの対抗策となりうるαウイングは既に 撃墜されており、そのうえ相手の力量は未知数である。  『撤退』の二文字がオロチの頭をよぎる。損害を抑えるためには最適の手段だ。しかしオロチは頭を振 ってかたくなに拒絶した。ガチャフォースを倒すどころか裏切り者の始末さえ満足にできないようでは、 デスブレンから見放されてしまうかもしれない。洗脳されているオロチにとって、デスブレンからの拒絶 こそが最大の恐怖であった。  タマの前に下りてきたビームウイングレッドは、銃口をアンタレスに向けたまま背中ごしに声をかけた。 「もうここまで来てたのか。見かけによらず、いい逃げ足してんなぁ」 「た、助かったよ! フォルト!」  敵のアンタレスに残された武装は主砲のみで、フォルト――ビームウイングレッドが狙われてもたやす く回避でき、タマはデスアークに盾になってもらえば問題ない。それでもフォルトが銃口を下ろさないの は、命令役の少女がうつむいたまま動かないでいるせいだ。 「タマ、あいつはまだ隠し球を持ってる。ここは俺に任せて、ショウと合流しろ」 「わ、わかったよ!」  タマは慌てて立ち上がると、デスゾーンの出口に向かって一目散に走り出した。タマの足音がデスゾー ンに響き始める。オロチが顔を上げて吊りあがった目を見せたのは、その時だった。 「次の作戦まで温存するつもりだったが……もう手加減はしない! デスウイング、デーモンウイング! 裏切り者を制裁しろ!」  吠えるような声にあわせて、オロチの左右に死神の姿をしたボーグが出現する。  今度はフォルトが舌打ちをする番だった。タマはデスアークに戦闘命令を下したまま去っていったので、 少なくともアンタレス相手には優位に戦うことができた。しかし2体の死神に出てこられては、自分の技 量でも厳しいだろう。 「デスアーク、お前は適当なトコでタマを追え。お前とタマはセットじゃないと、逃がした意味が無いん でな」  デスアークに心があれば、自分を逃がすためにフォルトが犠牲になることを理解して、命令に抵抗した だろう。だがデスアークは、駆動音をわずかに高鳴らせて、命令の了解を伝えてくるのみだった。  フォルトは、何の抵抗もなく自分の決意を受け入れてくれたことに嬉しさを覚えながら、3体並んで滞 空するデスフォースたちへと羽ばたいて行った。 4、  デスアークが離脱してから、5分が経とうとしていた。  フォルトはデスゾーンの床に伏せたまま、自分の損傷状況を確認している。  付け根の近くから切断された左翼は、もう使い物にならない。  左足も失っていて、地面に足を付けて戦うことも難しい。  残った右翼を使えば、バランスをとりつつゆっくりと浮くことくらいはできそうだったが、敵の攻撃を かわすことは、考えるまでも無く不可能だ。 「……万事休す、か」  フォルトは誰にも聞こえない、小さな声で言った。  デーモンウイングを倒し、アンタレスの主砲を1つ残して使用不能にしたまでは良かったが、デスウイ ングの斬撃を左翼に受け、その隙に、アンタレスの主砲に左足を吹き飛ばされてしまった。 「やれやれ、エリート警備隊の名が泣くな……」  もう一度小さな声で言って、フォルトは目を閉じた。 (たった1体に、ここまでやられるとは……)  オロチの中には、タマを逃がしてしまっていることへの焦りがあった。だがそれよりも、フォルトの戦 闘能力に対する驚きの方が大きかった。  いや、戦闘力だけではない。タマの脱走計画は、タマ本人が考えたとはとても思えないほど、計画的な 脱走であった。おそらく目の前にいる赤いウイングボーグが、手引きをしたのだろう。  戦闘力、行動力、知能の全てにおいて、他のガチャボーグとは一線を画している。デスブレンのデータ バンクにも記録が無いことに、わずかな不安要素はあるが、洗脳を施してデスフォースの一員とすれば、 デーモンウイングの抜けた穴を十二分に埋めてくれるに違いない。 「……こいつは使える。裏切り者を追う前に、こいつを確保しておくべきだ。デスウイング、奴のデータ クリスタルを引きずり出せ」  オロチが言うと、デスウイングは鎌を振り上げながら、フォルトに突進していった。  自分のデータクリスタルを奪われることが何を意味するのか、フォルトには理解できていた。せっかく タマとデスアークを逃がしたのに、自分が捕まってデスフォースの戦力になっては意味がない。  フォルトはデスウイングの羽音を聞きながら、左腕のビーム砲に、データクリスタルから、あるデータ を送信した。それを受け取ったビーム砲の中で、音も立てずにセキュリティが解除される。  セキュリティによってブロックされていたのは、フォルト自身のエネルギーをビーム砲の内部に集め、 爆発を起こすシステム・・・・・・簡単に言えば自爆装置である。これをデスウイングが近づいた時に発動させ てやれば、道連れにできる。フォルトは、新メガボーグで訓練を受けているときと同じ冷静さで、チャン スのときを待った。  地球にやってきてからまだたったの2日だが、ショウと話を交わしたり、ガチャフォースの戦いぶりを 見ることで、フォルトの中には子供たちへの強い共感が生まれていた。フォルトの願いは子供たちがデス ブレンに打ち勝つことであり、そのためなら自分の命など、投げうってもいいと思うことができる。 「結局、オレも死にたがりな新メガボーグの一員か……」  皮肉っぽくつぶやいたフォルトの眼前で、デスウイングが鎌を振り下ろそうとしていた。この一撃は、 まだビーム砲が残っている左腕を狙ったものだ。  チャンスは鎌が自分の腕に触れ、デスウイングの体が最も近づいたとき。フォルトにはデスウイングの 鎌の動きが、コマ送りのように見えていた。ゆっくりと近づいてくる切っ先を凝視しながら、自分自信に、 まだ早い、まだ早いと言い聞かせる。  あと4コマ、あと3コマ、あと2コマ…。  そしてあと1コマのカウントダウンをしたとき、フォルトの視界から鎌の切っ先が消失した。かわりに 爆発の衝撃波が頭上から襲い掛かってきて、フォルトは開ききっていた目をすばやく閉じた。 「もう一撃だ、Gレッド!」  まっくらな世界の中で、フォルトの足先の方から叫び声が聞こえた。直後にもう一度、頭上から衝撃波 が降ってきて、フォルトは目を閉じたまま、その波に耐えるしかなかった。 「ガチャフォースだと!?」  今度はオロチの声だ。 「デスアークの反応があったので来てみたが……まさか仲間割れをしているとは」 「ああ、ホント驚いたぜ。タマがいきなり助けてくれなんて言うんだもんな」  聞きなれないガチャボーグの声に、先ほど叫んでいた少年の声が続いた。  フォルトは衝撃波がもう来ないことを確かめながら、ゆっくりと目を開いていく。まず映ったのは、鎌 を失って地面に仰向けになったまま、動かないデスウイング。その隣には、先ほど倒したデーモンウイン グの残骸もある。その少し上に目をやると、狼狽しているオロチと、砲塔を1つだけ残したアンタレスの 姿があった。  そして目では確認できないが、足音から察するに、後ろにはGFコマンダーが4人いるはずだ。当然、 パートナーであるボーグも4体いるはずだが、フォルトはその中に、覚えのある駆動音を聞きつけた。 「フォルトー! 助けに来たよぉー!」  デスアークとタマである。フォルトは意外な助っ人に苦笑しつつ、言葉を返した。 「足が早過ぎんだよ、お前は。あと1秒あったら、オレが全部やっつけてたのにさ!」 「何言ってるの! あなた怪我してるじゃない!」  叫んだのは人間の女の子だ。続いてさっきとは別の男の子が、優しい口調で話しを始める。 「ねぇオロチ、これ以上戦っても君が損をするだけだよ。今は退いてもらえないかな?」  オロチの手元に残った戦力は、主砲一門のアンタレスのみ。どれほどうまく立ち回ったところで、全滅 は目に見えている。  オロチは奥歯をぎりっと鳴らして、GFコマンダーたちを睨みつけた。 「何の成果もなしに逃げ帰れば……私はデスブレン様から捨てられる! 私がデスフォースであるために、 退くことなどできない!」  アンタレスの主砲に火が入り、デスゾーンに緊張が走る。しかしフォルトは、意にも介さぬ口調でオロ チに向かって言い放った。 「何言ってんだよ。あんただってタマとおんなじさ。もともと居るべきだったのは、ガチャフォースの方 だろう?」  オロチの目が大きく開かれた。既に発射態勢に入っているアンタレスに命令することも忘れ、焦点の合 わない視線を中空に投げている。 「そうだぜ、オロチ! 俺とGレッドはお前が普通の女の子だって知ってる! お前のパートナーだった ダークナイトだって……」 「私を惑わすなあッ!!」  コウの言葉は、オロチの絶叫にさえぎられた。オロチの目には、バスケットのユニフォームを着てコウ の隣に並んでいる少女と、そのかたわらに寄り添う小さな黒い影が映っていた。 「私はデスコマンダーのオロチだ! 私はお前なんかじゃない! アンタレス、あいつを撃てぇッ!!」  そう言ってオロチが指を向けたのは、コウの隣りの、だれもいない空間だった。命令を受けたアンタレ スは、最も近くにいたコウに照準を補正して、主砲から光線を発射した。 「ちぇいさぁぁぁ!!」  発射と同時に射線上に割り込んだGレッドが、背中のバーニアを全開にして、Gクラッシュを光線の鼻 先に叩き込んだ。光線はプラズマブレードの切っ先からGクラッシュのオーラに沿って拡散していき、子 供たちに届くことなく消滅を迎える。 「なんてことするんだ……」  オロチの方に背を向け、マナに覆い被さるようにしていたカケルが、体を起こしながら言った。かたく 目を閉じながら頭を抱え込んでいるマナにも、自分にも怪我がないことを確認してから、オロチに向かっ て振り返る。  カケルはオロチがまだ戦闘を続けようというのなら、友達であるコウを狙われた以上、一切の容赦をせ ずに戦うことを決意していた。  だが、視線を移し終えたカケルのひとこと目は「いない……?」だった。デーモンウイングの残骸だけ を残して、オロチはこつぜんと姿を消していたのだった。  オロチは、デスゾーンの奥へと走りつづけていた。  オロチの目には、アンタレスが主砲を撃った瞬間、ユニフォームを着た女の子がコウの前に立ちふさが り、両手を広げて彼を守ろうとした姿が映っていた。それだけでなく、飛び出してきたGレッドに黒い影 が重なったことも、はっきりと見えていたのである。  その光景を見たのは、コウとGレッドが自分を救える存在であるということを、無意識に自覚してのこ とだったが、今のオロチにとっては惑わしでしかなかった。  自分は誰なのか、自分はどこに居るべきなのか。迷い人のオロチは、かつてリンであったころの記憶を かすかに思い出すまで、逃げるように走り続けることしかできなかった。 5、  デスゾーンを出たばかりフォルトと、先ほど到着したばかりのブルーは、樹木の一枝に身を置いていた。  枝に腰掛けて、残った右足をだらしなく下げているフォルトは、下方に目をやって、ガルダの修理をし ているナースボーグたちと、それを取り囲む子供たちの輪を視界に入れた。輪の中で交わされている声は、 枝の上に届くほど大きなものではないため、聞き取ることはできない。だが、ショウが一番多く口を開い ていることは、視認できた。  恐らく自分達の事情も話しているのだろうなと思いながら、フォルトはブルーに問いを投げる。 「ショウとパートナー契約をしたのか?」  ガチャボーグは、核であるデータクリスタルにパートナーの情報を書き込むことで、パートナー契約を 結ぶことができる。一度データクリスタルにパートナーの情報を書き込んでしまえば、書き直すことも消 すこともできなくなるが、代わりに、パートナーから送られてくる勇気を受け取ることができるようにな る。勇気はボーグの体内で、戦うための力――GFエナジーへと変換され、ガチャボーグが大きな力を発 揮するための源になるのだ。  ショウは既にガルダとパートナー契約を結んでいるが、1人の人間が複数のガチャボーグとパートナー 契約を結ぶこともできる。フォルトの問いはそれを前提としたものだったが、ブルーの返事はそっけなか った。 「私の目的は貴様を連れ戻すことだ。デスフォースと戦う理由など無いのに、どうして契約する必要があ る?」  木の幹に背を預け、腕組みをしながらブルーは答えた。フォルトが気楽そうに「そりゃ仕事熱心なこっ た」と漏らすと、ブルーはやや語気を強めて「それよりも、簡易転移機はどこにやった?」と迫った。  フォルトが所属するエリート部隊は、転移機を使った作戦の実行部隊であった。しかし転移先となるは ずの時代には転移機が存在しないため、帰るための手段が確立されていない。そこで、転移前の時代に転 移先を固定した、携帯型の転移機が渡されているのだ。  簡易転移機は、ガチャボーグ2体を転移させるだけのエネルギーしか持たない使い捨て型の装置だが、 1つあれば、ブルーはフォルトを新メガボーグへと連行することができる。以前ブルーがショウに簡易転 移機の存在を伏せたことがあったが、それは簡易転移機が重要装備であり、新メガボーグ”でも秘匿と されていたためである。 「簡易転移機? それだったら、お守りだっていう法螺と一緒に、ショウに渡してある。おまえは巻き込 まれただけなんだから、それを使って、1人で帰っていいぞ」 「ふざけるな」  ブルーはぴしゃりと言い放った。 「転移機の無断使用、警備隊への発砲、重要装備の譲渡……これだけの重罪を犯してまで活動を続ける理 由はなんだ? 我々の世界では既に“災い”――デスブレンは存在している。この地球でデスブレンを倒 したところで、それは別世界の話だ。我々の世界が救われることはないぞ?」 「それに、長いあいだ別の時間・時空にいれば存在が否定されて体が消滅するって言うんだろ? そんな コト分かってるよ。それでも、俺は転移機を使わなきゃいけなくってな」 「どうしてだ?」  問われて、フォルトは視線を子供たちからブルーへと移した。口元には得意げな笑みが浮かんでいる。 「なに、カンタンさ。転移機が俺を巻き込んで起動すると、少なくとも“災い”がやってくるまでは使用 不能になるよう、細工しといたのさ」 「貴様……!」  ブルーは幹から背中を離し、フォルトの方へ足を踏み出した。 「まぁ、お前まで巻き込んだのは悪かったよ。怒るのも無理ねえことだ。けどオレ、作戦の先発隊に入っ てたからさ。早いことやっとかないと昔のメガボーグに行く羽目になっちまう。どうせ1回きりの時間旅 行なら、変わり映えしない昔の新メガボーグより、地球の方がいいだろ?」 「そういうことで怒鳴っているのではない!」  ブルーはさらに一歩、前に踏み出した。 「過去の者は我々に“災い”を押し付けたのだ。次の世代は希望だの、可能性だのという聞こえのいい言 葉と一緒にな。ふざけた話だ。過去の者ばかりが豊かに生きたというのに“災い”への責任を被るのは我 々だ。だから決めたのだろう? 未来には絶望しかないことを、奴らが希望と呼んだ我々の手によって思 い知らせてやろうと!」 「6541号議決か……。転移機を使って、昔のやつらを皆殺しにするとか言ってたが、お前らは災いが怖く てそんなトチ狂ったことをしようってんだろ? けどな、それで殺される奴らにとっちゃ、俺たちこそが “災い”だぜ?」 「過去の世代は全てを未来に押し付け、のうのうと安寧を生きた。未来からの報いを受けるのは、当然の 事だ」  フォルトは一度「へっ」と息を吐き出して嘲笑した。 「ウソ言えよ。お前らは“災い”にビビって、一瞬でもいいから、自分達をやられる方からやる方にした いだけじゃねぇか。そんなもん俺は認めねえ。だから転移機を壊してやったのさ」 「では我々はどうなる! 報いを果たすこともできず、ただ“災い”に滅ぼされろというのか!」 「お前らは生きることを諦めた。自分達より後に世代はねえって、未来の奴らに詫びの一つも入れねえで そう決めた。そんな奴ら、まとめて吹っ飛んじまえ!」  ブルーは考えるより速く駆け出していた。右手にミライソードを発現させて、フォルトの頭に斬撃を打 ち込もうとする。  しかし、右腕に走った激痛がブルーの足を止めさせた。見ると、いつの間に発現させたのか、フォルト のミライソードの切先が、ブルーの腕に刺さっていた。 「遅いんだよ」  ブルーが慌てて右腕を引き抜く間に、フォルトの片翼が持ち上がり、触れている空間との干渉を開始す る。フォルトの体はふわりと浮き上がり、ブルーと正対する位置にまで移動した。 「この……犯罪者が!」  右腕を押さえたまま放たれたブルーの恨み節に、フォルトは低い声で返す。 「俺が転移機をダメにしようがしまいが、結果は変わらねえぞ? お前らの望み通り、死ななくてもいい 過去のやつらを巻き込むか、転移機が使えないままおとなしく“災い”に滅ぼされるかの違いってだけだ。 どっちにしろ、お前らに生きる気力なんざ残っちゃいないんだろ?」  正対したことで、視線の絡みはより強くなっている。手負いとはいえ強力な力を持った者を目の前にし て、ブルーは自分が気押されていることを自覚した。 「だったら生きようとする者を巻き込まねえで、お前らだけで勝手に死んでろ!」 「くっ……」  ブルーは言い返す言葉が出てこなかった。フォルトは不意に視線を逸らし、子供達の方を見やる。 「見てみろよ、あいつらを。あのガキ共は、どんだけ追い込まれても、必至になってあがいてきやがった」  フォルトとブルーの視界に、駆け寄ってくるマナの姿が映った。こちらに向かって手を大きく振り、修 理の順番が巡ってきたことを伝えている。  フォルトは翼の出力を調整して、子供達の方へ滑空する準備を整えると、振り返ってからブルーに言い 渡す。 「俺達の世界とこの世界が繋がっていないとか、そんなことはどうでもいい。俺は、あいつらに共感しち まったのさ。だから戦ってんだ」  飛び立っていくフォルトの背を目にしながら、ブルーはひとり立ち尽くしていた。 6、  2日後の10月3日、サハリ町全体をデスフォース反応が覆っていた。ガチャフォースの子供たちは連絡 を取り合って町中に散開し、それぞれが目の前の敵に対処している。  デスブレンがサハリ町全体にデスフォースを投入する物量戦に出たのは、これで2度目。だが今回の戦 いで投入されたデスフォースのボーグは、前回よりも明らかに強力だった。今まで多くの戦いを経験して きた子供たちも苦戦を強いられ、誰ひとり他のメンバーを救援できずにいる。  もし子供たちが敗れてしまえば、デスブレンの地球破壊は、なんの障害も無く進められてしまうだろう。 しかし大人たちは、何も知らないまま日常に追われることしかできない。  そんな様子を空から見下ろしつつ、ガルダはイナリ山に生える切り株のひとつに、身を降ろしていった。 降り立つなり音を立てて腰を下ろし、右手で腹をさする。この間まで穴が開いていた部分は、ナオをはじ めとするナースボーグ達の修理によって、綺麗に塞がっていた。しかし、精神に空いた穴までは埋まって いない。  発端は、デスベース跡での決闘のときだった。コウと申し合わせた時刻よりもずいぶん早く着いていた ショウは、以前ユージから渡されていた音声データを開いてみた。その中には、ダークナイトとGレッド の会話が記録されていた。 『ダークナイト、どうしてわざと負けたのです?』 『全ては……あの子のためだ』 『あの子?』 『オロチだ。私とは、デスブレンに洗脳される以前から、パートナーだった』 『洗脳……。それで、人間がデスブレンの味方になっていたのか。貴方ほどの騎士がデスフォースに付い たことも、疑問でした。やはりあなたは“オロチの”パートナーでは無かったのですね……』 『あの子がデスブレンの支配下にいる以上、私がデスブレンに刃向かうことはできない。せいぜい、こう やって負けることくらいしかできないのだ』 『ダークナイト……』 『Gレッドよ、私の中にあるデータを、コウのガチャボックスに送信する。後のことを貴様に任せるのは、 私の我がままだ。ならば、せめて力だけでも託したい』 『力……?』 『私の中には、貴様のデータクリスタルが入っている。デススカイベースに持ち出されたのは、私のデー タの一部を元に、デスボーグ生産プラントで作り上げたコピーだ』 『なんだって! 自分以外のデータを体の中に入れれば……!』 『ああ、私はじきに消滅する。だがデスブレンを欺くにはこれくらい必要でね。フッ、いい気味だ』 『ダークナイト、あなたはそこまで……』 『さあ受け取ってくれ。そしてどうかオロチを――リンを、頼む……』  音声データはそこで終わり、ショウは愕然とした。すでに2度も戦っている敵のコマンダーが、ショウ にとって憎しみの対象でしかなかった者が、実はデスブレンによって意思を奪われた、いわば被害者であ った。これまでは父親の仇を討つために戦ってきたというのに、同じ被害者であるオロチに向かって、憎 しみと暴力を吐き出していたのだ。  しかもそのことを、ガチャフォースのメンバーは知っていた。自分だけが何も知らず、知ろうともせず、 戦い続けていたのだ。 「ショウ、何ボーっとしてやがる!」  ガルダはこのままだと決闘に支障が出ると判断して、パートナーを怒鳴りつけた。  ショウは垂れたままになっていた頭を上げて、ガルダと目を合わせると、小さいながらもはっきりとし た声を口にした。 「この決闘に負けたら、俺はガチャフォースに入る」  ガルダとショウは、全てのガチャボーグを破壊するという目的において一致し、パートナー契約を結ん でいた。なので、デスフォースのみを相手にするガチャフォースへの入隊は、明らかな契約違反である。 当然、ガルダは激昂して、ショウに鋭い視線を寄越した。 「ふざけんな! ガチャボーグは全部ぶっ潰す! お前も望んだだろうが! それとも今から負けること だけ考えてんのか? 手ぇ抜くつもりじゃねえだろうな!」  ショウは座っていたガチャボックスからすっと立ち上がり、いつもの冷淡な声に決意の色をにじませた。 「手は抜かない。この決闘は、俺が確信を得るための戦いだ。抜くはずがない」  音声データによって事実を突きつけられても、ショウの心はすぐに変われるものではなかった。今まで の心を持ったままコウと全力で戦い、コウに打ちのめされることで、今までの心が間違いであったことを、 自分自身に見せつけようというのだ。  事実、決闘のときにショウが発揮したGFエナジーは、過去の戦いの中でも最大のものだった。しかし、 Gレッドとコウの前ではそれも通じず、惨敗と言ってもいい結果に終わってしまった。  決闘が終わったあと、ショウとガルダはそれぞれ別の道へと去っていった。ショウはビームウイングレ ッドのフォルトと出会って、タマをデスフォースから引き抜くために行動を始めたが、ガルダはただ、サ ハリ町の空を漂うことしかできなくなっていた。 「ちくしょう……」  サハリ町のジャングル公園上空で、ガルダは呟いた。惨敗したからといって、強くなることを諦めたわ けではない。だが、間違いなく自分の全力を発揮できた戦いが、こんな結果になってしまったことは、彼 の自信に大きな亀裂を走らせていた。 「どうすりゃいいんだ……」  もう一度ショウのところに戻ることなどできない。しかし、パートナーなしで最強の座につけることは 考えられない。初めて胸に宿った閉塞感に悩まされながら、ガルダはゆっくりと飛行を続けた。 「負けちゃったみたいだねー」  後方から聞こえてきた声に向かって、ガルダは身を返した。そこにはショウをふぬけさせるきっかけを 作ったユージのパートナー、ジャックがふよふよと浮かんでいた。 「君はね、強さって呼べるものは力だけって思い込んでるんだ。ガチャフォースに入ってみんなと仲間に なれば、もっと別の強さを得られるはずだよ」 「なんだオマエ……偉そうに説教しやがって」  ガルダは自分にこれだけの仕打ちを与えた元凶に対して、体の底から沸いてくる怒りを感じた。 「そんなことはなァ! 俺に勝ってから言ってみろよ!」  右手にガルダブレードを発現させ、最大速度でジャックめがけて突撃をかける。ジャックはヘルメット をちょっとだけ持ち上げて、ジェルフィールドを展開させた。 「そんなんで止まるわけねぇだろうが!」  ガルダは躊躇することなく突撃を続けた。このスピードを持続させれば、ジェルフィールドに入っても、 速度が落ちてしまう前にジャックを貫けるだろう。しかし、ジェルフィールドはガルダの目の前で消滅し た。 (あきらめやがったな)とガルダは確信し、ガルダブレードをジャックの頭めがけて大いに突き出す。 「消えろ、雑魚がァ!」  ガルダが叫んだ直後、静かな街の空に衝撃音が響いた。  ガルダブレードは消失し、ガルダの腹部にはバスターレーザーを浴びたような感覚だけがあった。ジャ ックは圧縮したジェルフィールドを指先に集中させると、ガルダのいる方向からかかっている圧力だけを 解除し、レーザーのように発射したのである。 「力だけじゃ、僕には勝てないよ」  地に向かって落ちていくガルダに、ジャックの声が届けられる。ガルダは敗北感に身を焼かれながら、 ただ落ちていくことしかできなかった。  その後、ガルダはまとわりついてくるデスボーグを叩き落しながら、まる1日サハリ町の上空を漂って いた。腹に開けられた穴は自己治癒力によって表面だけは塞がっているものの、そこから内側はデータク リスタルに近いところまで空っぽのままだ。  不意に、大きな鳥が羽ばたきながら眼前を横切って、自分がイナリ山上空に差し掛かっていることに気 がついた。そして、見たことのない青いウイングボーグを見つけたのである。  ガルダは腹に触れていた右手を振り上げると、力の限り切り株へと叩きつけた。20センチにも満たない 生物が発したとは思えないほど大きな音が響き渡り、木に宿っていた鳥達がいっせいに飛び立っていく。  鳥たちの無数の羽音が聴覚を占めていくなかで、一つだけ近づいてくる風切り音があることに気がつい た。 「誰かと思えばテメェかよ」  上空から降りてきたブルーの姿を見るなり、ガルダは悪態をついた。しかしブルーは、ガルダの態度な ど気に留めることなく、言葉を返す。 「ショウから、お前は強くなるために戦っていると聞いた。デスブレンが本腰を入れ始めた今こそが、戦 うには絶好の機会だと思うが?」 「テメェこそ、赤鎧は浮き上がるくらいしかできなかったハズだぜ? 捕まえて帰ったんじゃねえのか? なんでまだ居座ってんだよ」 「フフ……お互い、道に迷うもの同士というわけか」  ブルーは、ガルダの隣りに降り立った。自分より遥かに武骨なガルダが、自ら話を始めるとは思えず、 ブルーは先んじて口を割ることにした。 「私は目的を達成するためなら、命を投げ出してもいいと思っている」 「……そんなのは、俺も同じだ」 「だけどその目的は、私自身が決めたものでは無かったんだ。新メガボーグ全体を包んでいた敵意、上か らの命令、隊への忠誠心。それらが混ざり合っただけのものを、私は何の疑いもなく自分の目的だと勘違 いしていたんだ。そのために命を投げ出したことだってある」  ブルーの言葉を聴いて、ガルダは、初めて最強になりたいと思ったときのことを思い返した。当時の記 憶と一緒になって、強い悔しさと決意の感情がよみがえってくる。 「……誰よりも強くなるってことは、オレが決めたことだ。テメェみたいに、他に流されたワケじゃねえ。 メガボーグで好き勝手に暴れてたころ、ダークナイトにズタボロにされてよ。あのとき心底強くなりてぇ って思った。ダークナイトがいなくなった今でも、それは変わってねぇ」 「ダークナイトの話なら、新メガボーグにも伝えられている。力を求めて闇に染まり、デスブレンの配下 になったガチャボーグだと」 「そいつは違う。たしかに、強くなるためなら何でもやるやつだった。けどデスブレンに付いたのは、オ ロチを守るためで、力に溺れたからじゃねえ。結局は捨て駒にされちまったが、それでも命を捨てて、G レッドのデータを取り返しやがった。あとのことをGレッドに託してな」 「……私も、そういうふうになりたいのだろうか。自分の意志で決めたことのために、生きるようになり たいのだろうか」 「さぁな。……けど俺は行くぜ。あのとき、誰より強くなるって決めちまったんだ。そのためだったら、 群れるくらいどうってことねぇ」  ガルダの中には確信があった。かつての自分が決意したことは、いま抱えているくだらないプライドよ りも、ずっと大切なことだったはずだ。だったらそんな足枷など外してしまえばいい。ショウと別れてか らずっと心に雲を作っていた迷いが、ようやく晴れたのだった。 「じゃあな」  ガルダは飛び立つ。心の中には、迷いを消してくれたブルーへの、ささやかな感謝があった。ガチャフ ォースに入るための飛翔をするときに、今までに数えるほどしか感じたことのない感謝の気持ちを持って いられることは、これから輪の中でうまくやっていけるだろう、という安心感を覚えさせてくれた。  ショウはぴくりとも動かず、高台からシマウマ通りを見下ろしていた。5メートルほど下に見える通り の一角では、コウとGレッドが、ルビーナイトとサファイアナイトを相手に奮戦している。  2対1ではさすがに分が悪いと判断したコウ達は、バーストを発動させ、真Gクラッシュで2体のナイ トを撃破した。だが、直後に現れたビームガンナー、サイバーニンジャ、サイバーガールハイパーの3体 に、包囲されてしまった。  Gレッドのダメージが5割を超え、バーストが使用不可である以上、生存率は万に一つを割るだろう。 しかし敗北が決まったライバルの姿さえも、ショウの網膜には像を結んでいなかった。  ショウは目を閉じて、こんなときにも穏やかに流れ続けている風の音に、神経を集中した。聞こえてく るのは、ビームガンナーが放ったのであろう大出力のビーム音と、それに焼かれるGレッドの装甲の音。  そして、真上から自分めがけて降ってくる、黒い翼の風切り音――! 「行くぞ、ガルダ」  目を開いたショウが、高台を一気に駆け下りていく。  走る自分を追いかけてくる風切り音が、だんだんと大きくなっていくことを知覚しながら、ショウはラ イバル達への咆哮をあげた。 「どうした! しっかりしろ!!」 7、  さらに2日後、10月5日の正午。  工事現場の上空から、ブルーは東の街を見ていた。翼から発生する浮力は、地球の重力と釣り合わせて いるため、気まぐれに吹く風で前後左右に流されることはあっても、高度が変わってしまうことは無い。  視線の先にあるさばな町では、突如姿を現したサイバーデスドラゴンと、巨大化したガチャフォースの ボーグたちが戦っている。一部の子供達を除いて、誰も信じようとしなかった侵略者の存在は、初めて多 くの大人たちの知るところとなった。しかし、未知の金属で構成されたガチャボーグに対して有効な攻撃 手段はなく、大人たちはただ、現実とは思えない光景を前にして、怯えていることしかできない。  おそらく大人たちには、サイバーデスドラゴンとガチャフォースのどちらが人間の味方なのか、確信を 持って言い切れるものは、誰ひとりとしていないだろう。まして、ガチャフォースと共に戦っている子供 たちがいることなど、想像することすら出来はしまい。  サイバーデスドラゴンの腹から膨大なエネルギーが放たれ、濁流となってビル群を砕いていく。  それをビルの屋上から飛び上がって回避したケイがミサイルを発射し、側転で逃れたビリーはリボルバ ーを斉射する。リモートビームに付きまとわれていたレオパルドは、ジャックがジェルフィールドでビッ トを鈍らせた隙に脱出し、主砲をありったけ放った。  当初は青天井だと思われていたサイバーデスドラゴンの耐久力も、徐々に落着の兆しを見せている。し かし、ガチャフォースが受けた被害も軽いものではなかった。軽傷で済んでいるのはGレッド、ガルダ、 ケイと、新しく入ったばかりのデスウイング、後方にいるナオくらいのもので、ダメージが大きいボーグ は、ビリーやレオパルドのように早々に弾薬を使ってから、ナオのところへ後退している。  ブルーは、心に絶望がよぎるのを感じとった。サイバーデスドラゴンの先ほどの一撃は悪あがきだろう から、ほどなく倒すことはできるだろう。しかし今度は、これだけの損傷を受けた状態でデスブレンと戦 わなくてはならない。デスブレンが襲来するまで多少の時間はあるだろうが、全機を万全な状態にできる ほど長くはあるまい。100パーセントの力を発揮しても勝てる見込みが少ない現状において、大きな不安 要素を背負うことになる。そしてなにより、ブルーの世界の歴史において、地球は破壊されているのだ。  ――勝てるわけがない。  ブルーの中で、何者かがつぶやいた。その声に意識の向かう先を引っ張られたブルーは、思わず声を発 していた。 「あきらめればいいのに……」  サイバーデスドラゴンに勝っても、デスブレンには勝てないのだ。ならば、早いうちに諦めた方が楽で はないか。 「未来の私たちが諦めたんだぞ。どうしてお前たちは諦めない? なぜ立ち向かうんだ? 未来には、絶 望しかないと分かっているのに!」  ブルーの叫びをさらうように、強い風が吹き抜けていく。高度は変わっていないはずなのに、ブルーは 体がどこまでも沈み込んでいく感覚を覚えた。 「デスブレンをやっつけて、みんなを守るために決まってんだろ! 俺たちにしかできないんだぜ?」  突然背後から聞こえてきた声に反応して、ブルーは体ごと振り返った。  そこには赤い鎧に大きな両翼――フォルトの姿があった。 「Gレッドのパートナーの受け売りさ。まっすぐすぎてガキ臭ぇ」  この前は斬り合ったというのに、フォルトの調子は相変わらずだ。  ブルーはどうしていいか分からず、ただ沈黙を保っている。そうしていると、フォルトはトーンをひと つ落した声で、ゆっくりと語りだした。 「……だけど、俺は共感した。“災い”と戦うことは、戦う力を残した俺たち警備隊にしかできねえ。力 を持ってるんだったら、過去のやつをののしる前に、目の前の絶望を全力でぶん殴る。そんな生き方に、 オレは共感しちまったんだ」  言いながら、フォルトはブルーの目を直視した。迷いのない双眸を向けられたブルーは、金縛りにあっ たように体を硬直させる。 「なぁ、お前はどうなんだ?」  視線が絡み合ったまま放たれた問いに、ブルーはまだ、答える術を持たなかった。 8、  10月7日。サイバーデスドラゴンとの戦いから、2日が過ぎた。  隣町であれだけの騒ぎがあったのに、サハリ町は今日も、穏やかな秋晴れに包まれていた。10月に入っ てからもう一週間になるが、住宅街の路地では、半そでを着た子供たちが、我先にと走りながら下校して いる。  Gレッドのパートナーである獅子戸コウも多分に漏れず、シャツの長袖をめくりあげて、家路を急いで いた。 「ただいま!」  やや乱暴に玄関のドアを引き開け、脱いだ靴は散らかしたまま足早に2階へと向かう。コウが自室の扉 を開くころになっても誰かの声が帰ってくることはなく、事前に聞いていたとおり、両親は出かけている ようだった。 「Gレッド、みんなは?」  コウは、机のふちから足を下ろして座っているGレッドに尋ねた。  机の上にある窓は数センチだけ開いており、Gレッドはサイバーデスドラゴン戦で負傷したボーグたち の様子を伝えるため、ここからコウの部屋に入って待っていたのだ。 「ナースボーグたちが休まず治療を続けている。それぞれの詳しいダメージデータだが……」  Gレッドの言葉はそこで、ピンポンというベルの音にさえぎられた。  コウはあわただしく階段を駆け下り、玄関のドアを押し開く。 「オロチにブルーか! 早かったな!」  コウは「まあ入れよ」と続け、ドアを全開にした。  オロチとブルーは躊躇しながらドアを支えていたが、さっさと階段を上り終えたコウに、上から 「何やってんだー?」  と促されると、ようやく家の中に足を踏み入れていった。  コウの部屋に入ってから、オロチは積み上げられた雑誌に目を奪われた。世話になっているうさぎの部 屋はきれいに片付けられ、かわいらしくレイアウトされているので、こんなに無骨な物を目にすることは ない。しかもよく見れば、同じ雑誌の同じ号がいくつもあるという奇妙さで、オロチはその一角から目を 離せなくなっていた。 「……といったところだ」 「えっ?」  Gレッドの声がようやく意識に認められ、オロチがそちらを向いた時には、すでに報告が終わっていた。 「……聞いていなかったのかい?」 「あ……あぁ、すまない」  ばつが悪そうにオロチが返すと、コウが言葉を挟んでくる。 「気にすんなって。どうせショウが来たらもっかい話すんだしさ」  オロチたちがコウの家にやってきたのは、サイバーデスドラゴン戦で大きな怪我をしなかったボーグた ちで集まり、トレーニングをするためだった。もちろんトレーニングを行うのはコウの部屋ではなく、イ ナリ山だが。 「でも、ウチにオロチとショウが来るなんて信じらんねぇな」  片やデスブレンの手先、片や全ガチャボーグの敵だったコマンダーである。コウがそう思うのも、無理 からぬことだ。 「ホント、お前らと友達になれて良かったぜ」  そう言って笑顔を見せたコウから、オロチは視線をそらした。 「む……全てはデスブレンを倒してからだ」  オロチの中には、ある感情が芽生えつつあった。それが土から顔を出すのは、彼女の言葉通り、デスブ レンを倒してからになる。  コウ、ショウ、オロチと共にイナリ山に向かう道中、ブルーはオロチにだけ聞こえる小さな声で、話し かけた。 「オロチ、君はどうして戦っているんだ?」  オロチはこちらも小さな声で、行く先から目をそらさないまま答える。 「本当の自分を、取り戻すためだ」  思わず「本当の自分?」と問いを返したブルーに対して、赤い瞳の少女は、よどみのない言葉を投げて いく。 「いつわりのない、真に自分の感情を持つ者のことだ。今の私は記憶を失い、感情の大半をデスブレンに よって抑制されている。だから……生きているという現実感が薄いんだ」  オロチが言ったことは、ブルー自身にも当てはまる部分があった。自分自身の感情というものを、警備 隊に入ってからずっと、どこかに置き忘れていたような気がする。 「ありのままの感情を持って生きる。そんな当たり前のことができないんでいるんだ。うらやましい…… みんなが」 「うらやましい……か」  ブルーは、自分がフォルトに対して、そう思っていたのではないかと自問した。  フォルトは全ての現象を、自分自身のことだと捉えて生きている。それに比べて自分は、何が起ころう とも、全体の意思ばかりを正しいものだと信じてきた。  ブルーにとって、フォルトの生きる姿勢が新鮮に映っていたことは、疑いようがない。 (オロチがコウに惹かれているのとは違うが、私も、フォルトに惹かれているのかもしれない)  ブルーは、淡い自覚を抱きつつあった。 9、 「では、ブリーフィングを開始します」  翌日の10月8日、イナリ山の山道から脇に入ったところにある広場で、ユージは、円をつくって座って いるガチャフォースメンバーたちに向かって言った。 「惑星メガボーグでの戦闘データによると、デスブレンは集めたエナジーを使って2000キロメートルに 巨大化し、宇宙空間からの攻撃で惑星メガボーグを破壊したそうです」  フォルトとブルーを除いたガチャボーグたちが、表情をこわばらせる。できれば二度と思い出したくな い体験だった。 「私たちは、パートナーにGFエナジーを最大まで供給することで、パートナーをさばな町のときよりも さらに巨大化させ、デスブレンに挑みます」 「しかし、目標は遥か上空だぞ? 地表からの攻撃では、奴の下面しか叩けんはずだ」 「メット君のおっしゃるとおり、私たちはデスブレンのさらに上から攻撃をしかける必要があります。そ こで、4名のコマンダーにはパートナーではなくシールドウィッチにGFエナジーを送っていただき、上 空で展開されたシールドを足場にして、デスブレンの頭上を取ります」 「フン……なるほどな」  メットが納得したところで、入れ替わりにコウが尋ねる。 「それで、誰がシールドを張るんだ?」  ユージはコマンダーたちを一瞥してから「空での戦闘では、射撃武器の重要性が高くなります」とつな いだ。 「よって、近接戦重視のパートナーを持つネコベーさんとテツヤ君。それから地上では、残存しているデ スボーグが一斉に動き出すでしょうから、コマンダーを守るためにも戦力を運用しなくてはいけません。 その指揮役として、メット君とシジマ。最後に、地上部隊にも射撃ができるボーグが必要になりますから、 その役をミナさんにお願いします」 『わかったわ。任せて』  ミナと、パートナーであるキラーガールの澪(ミオ)が声を揃えた。 「フォルトさんとブルーさんにも地上に残ってもらい、上空からのデスボーグ掃討をお願いします」 「作戦目的はGFコマンダーの防衛か。了解したぜ、司令官」  フォルトはいつもの軽い口調で返したが、となりで滞空しているブルーは無言を貫いた。  フォルトに司令官という肩書きを言い渡されたユージは、少し得意げになったのか、先ほどまでよりも やや力強い声を出していく。 「デスブレンへの攻撃を担当するメンバーの出撃順は、配布したプリントに書いてあるとおりです。デス ブレンが接近する夜明け前まではゆっくり休んで、決戦に備えてください。では、解散!」 10、  管理するものがいなくなって久しいさばな町のデスベースに、ユージとガチャボーグ2体の姿があった。 2体のうち1体はユージのパートナーであるジャックであり、もう1体は赤い鎧のフォルトである。 「話とは何ですか? フォルトさん」  先に口を開いたのはユージだ。ちょうど目線の高さに滞空しているフォルトは、腕を組みながら問いを 投げかける。 「ユージ。デスブレンを倒したあと、地球はどうなると思う?」  フォルトには、答えが分かっている問いだった。それでもわざわざユージに尋ねた理由は、彼に将来を 託せるだけの力量があるかどうか、試すためである。 「条件によります」  まずは期待通りの答えだった。フォルトは、もともと軽い声の調子をさらに軽くして、問いを重ねる。 「へえ、どんな条件なんだ?」 「この間のサイバーデスドラゴンのように、データクリスタルを破壊することで完全消滅するかどうかで す。もしデスブレンが完全消滅せずに、自身のパーツを地球にばら撒けば、それを回収して研究しようと いう者が、必ず現れるでしょう」  そこまで答えを聞いたフォルトは、口の端を引き上げながら言葉を挟んだ。 「結論から言えば、デスブレンは消滅しない。俺たちの時代のデスブレン観測データから、デスブレンの 一部は、データクリスタルから再生されたものではないパーツによって構築されていることが分かってい る。俺たち警備隊が着けている、鎧や兜と一緒だな。これは、デスブレンが最初のメガボーグを破壊した ときから変わっていないそうだ」 「それがどの部分に使われているのか、はっきりしたデータはあるのですか?」 「いいや、詳しいデータは無えよ」 「それじゃあ、こちらで消滅しないパーツを全部回収することは無理ですから、何にしても研究は始まっ てしまうわけですね。いずれは、人工のガチャボーグも作られるようになるかもしれません」 「……お前、ホントに子供か?」  フォルトがこれから話そうとしていることこそ、ユージがいま口にした人工ガチャボーグに関係するこ とだったのである。 「おっしゃる通り子供ですよ。それで、今の答えで合格ですか?」  試すために問答していたはずなのに、いつのまにか完全に先を読まれている。フォルトは苦笑を浮かべ ながら、赤い兜に右手をやった。 「まったく、頼もしいんだか末恐ろしいんだか……」 「安心してください。ボクは正義の味方ですから」  半ばふざけた口調のユージを前に、フォルトはひとつ息を吐き出した。そして兜にやっていた右手を下 ろすと、淡々と未来への計画を語り始めていった。 「……失礼ですが、あなたは故郷のことを忘れたとばかり、思っていました」  フォルトの計画を聞き終わったとき、ユージは思わず漏らしていた。その計画は、今後の地球だけでな く、フォルトやブルーの故郷である新メガボーグをも、救う内容だったのである。 「新メガボーグの死にたがりどもなんざ、どうなったっていいさ。それでも、故郷の土には愛着がある。 砕かれずに済むならその方がいい。それにブルーは、新メガボーグ以外に帰るところが無いからな」 「ブルーさんは地球での戦いを終えたあと、新メガボーグに帰って、デスブレン打倒を目指すだろうと、 お思いなんですか?」 「おそらくな。まだ迷いがあるようだが、地球でデスブレンと戦っている間には、答えを出すだろう。も しあいつが、デスブレンと戦う考えに宗旨替えするんなら、それは俺の影響でもある。だけど、あいつが 一人で新メガボーグに戻ったって、勝算はゼロだ。そんなの、あんまりじゃねえか。せめて勝算のある戦 いをさせて、生き延びる可能性を与えてやりたい。それが影響を与えた者としての責任だ。まぁ、お前た ちにもリスクを迫ることになるがな」  フォルトはそこで言葉を切り、一度目を伏せる。 「なあ、ユージ。お前が俺の計画に乗ってくれるのなら、俺は……」 11、  “地球時間で西暦2003年10月9日未明、惑星メガボーグから脱出に成功したガチャボーグたちの抵抗む なしく、襲来したデスブレンによって地球は破壊された”  新メガボーグの歴史には確かそう書いてあったな、とブルーは思い返していた。今日がその10月9日で ある。辺りはまだ夜の闇に覆われているが、あと十数分もすれば、徐々に光が差してくるだろう。地球の 運命は、あと1時間ほどで決してしまうというわけだ。  地上部隊に組み込まれたボーグたちは、狙撃役のミオを除いて、コマンダーとは離れたところに配置さ れている。コマンダーたちを東西南北に囲む円陣を取っており、デスブレンとの決着がつくまでの間、円 の中にデスボーグを侵入させないことが、第一の目的である。  北側に配置されたブルーは、イナリ山の木々の上に滞空しながら、子供たちは今ごろ何を話しているの だろうと思って、ふと南に視線を向けた。 「マナちゃん」  不意にかかってきた声に反応して、マナは振り返った。その先にはいつもどおりの、優しいカケルの姿 がある。 「そんなに硬くならなくても大丈夫だよ。上にあがったら、僕とサスケがちゃんとフォローするからね」  デスブレンに格闘戦をしかけることは難しいと判断していたユージは、サスケをフォロー役に位置づけ ていた。デスブレン本体への攻撃を行うのではなく、周囲に配備されている砲台を叩くことと、敵の攻撃 を引きつけたうえで回避行動をとり、敵の攻撃を分散するという役目である。 「でも私……もし負けちゃたらって考えると、怖くって……」  マナは自分の体を両腕で抱くようにして、先ほどから離れようとしない恐怖心を、なんとか押さえこも うとしていた。 「カケル君……私たち、負けないよね? また一緒に学校に行ったり、遊んだりできるよね?」  マナの問いに、カケルはすぐに言葉を返さなかった。そのかわりにマナの体を抱き寄せ、自分の胸と両 腕で、しっかりと包みこんだ。 「絶対に勝つよ。だから何の心配もいらない。僕たちばずっと、こうやっているんだ」  カケルの言葉を聞いて、マナは両腕から力を抜いた。そうやってふたりの間を阻んでいたものが無くな ると、マナは腕をカケルの背中にまわし、自身の全てを想い人へと預けていった。  東の空が、わずかに明るくなり始めていた。次第に風も強くなり、木々の枝が大きく揺れ動く。時が経 つにつれて大きくなっていくイナリ山のざわめきに引かれて、ガチャフォースメンバーの心中にも、波が 立ち始めていた。 「いよいよ来るのか……」  呟いたのはGレッドだ。これまで強い意志を持ってデスフォースと戦い続けてきたが、できるなら二度 と戦いたくないという思いも、心のどこかにあった。惑星メガボーグを脱出するガチャボックスの中で見 た、故郷が砕かれていく映像が、今もデータクリスタルの中に焼きついているせいだろう。  一段とおおきく、風がうなった。それは五感を持つ生身の人間だけでなく、機械生命体であるはずのG レッドにも不安をあおる現象として感知されたが、Gレッドがそれに従って心を乱すようなことはない。  今のGレッドには、多くの支えがある。散っていったメガボーグの戦友たちの想い、ダークナイトが託 したオロチへの想い、そしてなにより、今まであきらめずに戦い抜いてきたガチャフォースメンバーたち が、自分の隣にいてくれるのだ。 (そうだ、私は戦える……!)  強固な確信が胸に宿り、Gレッドは、決意を帯びた視線を上空へと移した。  先ほどまで強く吹いていた風は奇妙なくらいに凪いでいる。空はまだ、星の明かりが見えてもおかしく ないほどの闇に染まっているが、緑色の双眸は、砂粒のように浮かぶ破壊者の姿を見逃さなかった。 「デスブレンだ!」  Gレッドの叫びに反応して、ガチャフォースメンバーたちが一斉に空を仰ぐ。彼らが、あまりに小さい デスブレンの姿を探すのに苦労したのは一瞬のことで、巨大な脳を搭載した十字型の空母は、またたく間 に、空の半分を埋め尽くす大きさにまで巨大化した。  絶大な敵に対して、GFコマンダー達はちっぽけな人間の、それも子供の体しか持ち合わせていない。 本能的な恐怖に支配されて、パートナーに勇気を与えることなどできない状態に追い込まれてもおかしく なかったが、子供たちが勇気の灯火を曇らせることはなかった。 「デスブレンは予想よりも高い位置で停滞しています。展開したシールドの上からさらにブーストジャン プを使っても、デスブレンの上を取ることはできないでしょう。作戦はプランBでいきます」  不測の事態にも、ユージは素早く的確な指示を飛ばしていく。  先発隊に選ばれていたGレッド・ガルダ・デスウイングは予定通り、3体そろってイナリ山の切り株の 上に並んだ。その足元に、4体のシールドウィッチが協力して作り上げた、1枚の大きなシールドが展開 される。シールドはGレッドたちを乗せたまま急上昇を行いつつ、空を覆いつくすほどの大きさにまで広 がっていった。  シールドの拡大に合わせて、先発隊のボーグたちも巨大化を始めていた。シールドの高度が限界に達し て、上昇が止まったときには、数十キロもの身長を有すまでになっており、デスブレンに対抗しうる戦力 として、十分な資格を得たといえる。 「全力でいくぞ!」「勝つ!」  ショウとオロチが叫び、ガルダとデスウイングは翼を羽ばたかせ、一気に高度を上げて、デスブレンの 頭上を取った。  ただひとりシールドの上に残ったGレッドは、いちど上方を見上げた。シールドとデスブレンとの間に は、かなりの距離がある。ユージが言ったとおり、ブーストエネルギーを全て使っても、デスブレンの上 に登ることはできないだろう。ならば下側の砲台を壊すことに専念しようと心に決めたGレッドは、飛び 交い始めた怪光線の光を回避しながら、ビームガトリングのトリガーを引いた。 12、  デスブレンのバリアが最初に破られたのは、戦闘開始から3分ほど。デスウイングの攻撃によってのこ とだった。バリアが解除されていたのはほんの数秒だったが、ガルダが抜け目なくファイアーボムを撃ち 込んだため、デスブレンは早くも手傷を負ったことになる。 「やったあ!」  最年少のコタローが、まっさきに歓声を上げた。それに続いて、自分たちは勝てるという思いが、ガチ ャフォースメンバーの中でふくらんでいく。  しかし今の一撃は、まだどこかでガチャフォースを甘く見ていたデスブレンの意識を、急激に引き締め させる効果を生じていた。その証拠に、デスブレンは過去のデータからデスウイングの情報を洗い出し、 行動パターンを計算すると、上面にある砲台の照準を、すべてデスウイングに向けてみせたのだ。  オロチは、デスブレンの変化を敏感に感じ取っていた。デスウイングに攻撃を集中させたのは、行動デ ータが数多くそろっているデスウイングなら落とすことに苦労しない、とデスブレンが判断したせいだろ う。オロチにとっては、望むところの展開だった。  デスフォースを抜けてコウ達と時間をともにしてきた自分は、デスブレンが知っていた頃の自分とは、 別の人間であるはずだ。ここでデスブレンに動きを読まれて被弾するようなことがなければ、それを証明 することができる。 「おまえに勝って、私の記憶を取り戻してみせる!」  咆哮して、オロチはデスウイングを急速前進させた。デスウイングの後方を、嵐のように怪光線がかす めていく。しかし直撃するものは一つとしてなく、デスウイングはデスブレンのバリアに死神の鎌を叩き 込むことに成功した。 (ここでいったん離れて、回避行動に……)とオロチは考え、デスウイングが後方にステップしたときだ った。デスウイングの足元に何かの塊が飛来して、それは脚部付近に到達すると、膨大な熱量の爆発を起 こしたのである。避けきれず、爆風に飲まれてしまったデスウイングは、何の痕跡も残すことなく消え失 せていた。 「何だ、今のは!?」  狼狽の声を上げるオロチに、ユージが答える。 「αウイングにファイナルミサイルを積み込んで、体当たりさせたんです」  とてつもない物を用意してくれたものだと、ユージは心中に吐いた。ミサイルを搭載したαウイングは、 さすがに数は多くないだろう。しかし通常のαウイングをダミーとして運用すれば、厄介な事この上ない。  そしてデスブレンはユージの考えるとおり、数十機のαウイングを出撃させたのであった。 「くそっ、これでは……!」  浮遊するαウイングに囲まれたGレッドは、体中に流れた危機感によって、わずかに意識と体を硬直さ せる。デスブレンはビームガトリングの音が途切れたことを抜け目なく聞きつけると、本体である巨大な 脳からGレッドに向かって、氷塊を投げつけた。  怪光線などのビーム攻撃とは違って、弾速の遅い攻撃ではあったが、縦横無尽に飛び回っているαウイ ングのひとつひとつに気を取らなければいけない今の状況では、うかつな回避行動は行えない。  氷塊に気づくことに一瞬遅れてしまったGレッドは、回避先の計算に時間を取られてしまい、完全に回 避しきれずに、ビームガトリングの先端を氷塊にかすめてしまった。  通常なら、氷塊の大質量によって手中から弾き飛ばされているはずのビームガトリングは、Gレッドの 手のひらに収まったままだったが、それは幸運ではなかった。氷塊に触れたビームガトリングの先端から、 氷結が急激に進行してきたのである。  Gレッドが思わずビームガトリングを投げ捨てると、それは足下のバリアに硬質な音を立てた。すると、 付近を飛行していたαウイングのうち2体が、待ちわびていたかのように銃に向かって突進をかけてきた。  Gレッドはブースターを最大限に吹かすことで、2体のαウイングが起こした死の爆風からかろうじて 逃れたが、もし氷塊に気づくことか、回避先の計算のどちらかが1秒でも遅れていれば、全身を凍りつか せたまま、爆風の餌食になっていたことは確実であった。 (くっ……! 援軍はまだなのか!?)  ビームガトリングを失った右手に、背中から抜いたブレードを握りつつ、Gレッドは祈りに近い感情で 絶大な敵を見上げた。 13、  デスウイングが消滅してすぐに、地上では、残りの戦力を全投入することが決められていた。デスブレ ンへの攻撃を担当するガチャボーグたちは、あわただしくデスアークの上に乗り込んでいる。  その様子を横目にうかがいながら、地上のヴラドは、自身のパートナーに目をやった。ネコベーは、隣 で息を乱しているミナに向かって、言葉をかけ続けている。  先ほどのGレッドを巻き込もうとした大爆発は、空中に展開するシールドにダメージを与えていた。シ ールドはガチャボーグの足場として使用するほかに、地球への攻撃を防ぐ役目も果たしている。これから はデスアークが足場になれるので、足場としての重要性は低くなるが、地球の盾として消滅させるわけに はいかず、とっさにミナがバーストを使うことで、シールドの耐久力を一時的に上昇させたのだ。  ヴラドは思っていた。  デスブレンと戦う前までは、どうやって逃げ出そうかと算段していたネコベーが、心を決めてからは一 瞬の物怖じも見せない。今のネコベーなら、もしかすると自分の隠された力さえ、使いこなしてくれるか もしれない。 「できるなら、もう少し戦いが続いて欲しいものだな」  デスブレンが倒れてしまえば、ネコベーと共に戦う機会は、二度とないだろう。ヴラドはネコベーの成 長を喜びつつも、同時に無念さを心に漂わせた。 14、 「Gレッド、こっちよ!」  唐突に下方から届いたケイの声に反応して、Gレッドは向きを変えないまま、バリアの外に向かって大 きくバックジャンプした。  体が上昇しているときには、αウイングの群れが中空に飛びかっている様子が見え、徐々に下降してい くにつれて、バリアの板が視界を下から上に抜けていく。このままなら地表に激突するまで落下し続ける はずだが、Gレッドの体は、巨大化しつつ急上昇してきたデスアークの甲板によって、受け止められた。  甲板上には、地上で待機していたガチャボーグ全員が乗っている。デスブレンの上方で静止したデスア ークを足場にして、全員でデスブレンの本体と対峙するのだ。  甲板に立つ仲間に向かって、Gレッドは素早く言葉を並べた。 「デスブレンが放ってくる氷塊に注意するんだ。凍らされてしまえば終わりだぞ」 「ダイジョウブ、タイサクハアル」  そうレオパルドが返したところで、デスアークの上昇が止まった。船体はデスブレンの本体を見下ろす 位置に浮いている。  デスブレンは動きを止めたデスアークに向かって、3発の氷塊を投げつけた。 「イクゾ、ビリー、サスケ」  甲板の淵まで出てきたレオパルドは、限界まで弾速を落とした主砲を、氷塊の一つにむけて放った。  同じタイミングでビリーはリボルバーを1発だけ放ち、サスケは着火していないシノビボムを別の氷塊 へ投てきする。  いずれの攻撃も、ビームと違って実体を持った弾丸である。氷塊は、己に触れた実体弾を、凍らせるべ き対象であると認識し、絶対零度の侵食を開始した。連鎖的に付近のαウイングも反応を開始し、凍りつ いた実体弾に向かって7体が殺到すると、膨大な熱量の爆発を起こして虚空へと消えた。 「ヘッ、こんなもんだな」  リボルバーを構えたまま、ビリーが調子付く。  それを皮切りに、ガチャボーグたちはデスブレンの上に飛び出していき、ガチャフォースの大攻勢が始 まった。  攻撃をひきつけて回避しつつ、デスブレンの上にある砲台を壊していくサスケ。  デスブレン本体にミサイルを浴びせつつ、αウイングの攻撃からナオを守るアイザック。  怪光線を華麗に回避しながら、嵐のように銃弾を放つケイとビリー。  デスブレンのバリアが壊れたタイミングに合わせて必殺技を放つ、Gレッドとガルダ。  そして何より、ナオからエネルギーの補給を受けつつ、全砲門から無数のビームを放つデスアークの働 きは、凄まじいものであった。  デスブレンのバリアを壊した回数が5回、6回と増加していく。周囲のαウイングはほとんど叩き落さ れ、デスブレンの上下に設置されていた砲台は、全て壊されている。本体である巨大な脳から、いくら氷 塊を撃ってきたところで、レオパルドがデスアークの上から阻止に専念している以上、ガチャフォースの ボーグに当たることはない。  これほどに有利な条件が揃い、ガチャフォースの誰もが勝利を確信した、そのときだった。  突如、レオパルドがデスアークの上から投げ出された。追い詰められたデスブレンが、別の攻撃方法に 切り替えたせいだ。  デスブレンの本体から放たれた4発のビームは、いったん四方に展開してから、目標として捕らえたボ ーグに向かって殺到する。単純な攻撃だが、デスブレンはそのプロセスを1秒間に10回の速さで実行して いる。回避できる余裕などない。  デスブレンは、素早くサスケをロックオンして攻撃し、シールドの上に叩き落す。  続けて、アイザックがカバーしきれない部分から火線を送り込み、ナオの注射器を破壊する。  そのころにはケイ・ビリー・Gレッドがデスブレンの上に散開して、攻撃を分散しようと試みたが、デ スブレンは目もくれずに、デスアークを狙い撃ちにした。頑強を誇るデスアークも、集中された無数の火 線に全砲門を破壊され、残存したαウイングの体当たりによって推進装置を止められれば、砲台にも足場 にもなれない、ただシールドの上で転がるだけの金属塊に成り下がる。  デスアークが落ちる前にデスブレンの上に飛び移ろうと、ナオとアイザックがあわてている間に、攻撃 の手はGレッドに伸ばされた。最初の数撃こそプラズマブレードで弾いたものの、手が追いつかなくなっ た一瞬の隙に、精密な狙いで左足首を打ち抜かれ、よろめいたところを、側面から体当たりしてきたαウ イングによって突き落とされる。  これで、デスブレン本体への攻撃が可能な位置に残された高火力機はガルダのみとなり、ユージは何と か守りきろうと、ジェルフィールドを展開したジャックを援護に向かわせた。しかし、フィールドひとつ で全ての攻撃から守りきれるはずもなく、ジャックは頭、ガルダは翼に直撃を受けて飛行能力を失い、下 層へと落ちていった。 15、  上空から真下にビームを放ち、26体目のデスボーグを撃破したブルーは、視線をはるか高空へと向けた。 だいぶ落ち着いてきた地上とは裏腹に、大気圏外に張られた巨大なシールドの上では、激戦が続いている。  デスブレンの強力な火力を前にしても、ガチャフォースのボーグたちは、どうにかバリアを破ってダメ ージを与えていく。しかし、レオパルド・デスアークといった大砲どころか、Gレッド・ガルダさえ攻撃 に参加できない状況では、虫の息のデスブレンを倒すことさえ、絶望的になっていた。  ブルーの目に、デスブレンの本体を覆う紫色のバリアが再び映った。あと一度これを破れたなら、デス ブレンを撃破できるだろう。  そのとき、二つの影がデスブレンから分離した。それは徐々に大きく見えるようになると、シールドに 背中を打ちつけて静止する。ビリーとアイザックが、デスブレンの上から落とされたのだ。これで、デス ブレンの上に残っているのは、丸腰のナオと、少なからずダメージを受けているはずであろうケイの、2 体のみ。  ―――もはやこれまでだ。もう勝つことなどできない。  ブルーの意識の中で、何者かがささやいた。  ―――我々の世界にも、この世界にも、未来などない。もう終わりだ。 「そうかもしれない……」  ブルーは我知らず呟いていた。意識の中に巣食っている何者かは、その言葉に喜んで、ブルーの思考を 支配しようと、巣穴から這い出てくる。ブルーは抵抗するそぶりすら見せず、体を滞空させたまま、何者 かを受け入れていった。  動きを止めたブルーを好ましく思ったのか、一体のデスボーグ・シグマが、背後から接近を始めた。腕 に装備されているビームガンは既にエネルギー切れを起こしているため、飛行状態からきりもみ回転しつ つ剣を突き出して、串刺しにしようという思惑だ。  無音を保ったまま徐々に速度を上げていき、ブルーの翼を正面に据える。  細いフレームで構成されている翼なら、手持ちのソードでも十分な損傷を与えられるという計算に基づ いた行動であり、事実それは正解だったのだが、答え合わせをするより早く、投げつけられたミライソー ドの刀身によって、シグマの頭は2つに割られていた。  一拍おくれて二条のビームがシグマの胴体を撃ち抜き、黒いボーグはあっけなく爆散する。ブルーはそ の地点へと飛翔し、爆風にあおられて舞いおどるミライソードを手に取った。  ブルーの意識は、波ひとつない静けさの中にある。巣を作っていた何者かは、先ほど爆散したシグマと 一緒に、どこかへ消え失せていた。 (もう、私を惑わせるものは何ひとつない)  ブルーは一度、デスブレンに向かってまっすぐな視線を投げてから、オロチのもとへと羽ばたいていっ た。 16、 「オロチ! 私と契約を結べ!」  オロチの前に降りてくるや、あせる気持ちがブルーを叫ばせた。  オロチは、パートナーのデスウイングが早い段階で破壊されているため、GFエナジーをさほど消耗し ていない。ならばパートナー契約をすることでエナジーの享受を可能にし、体当たりしてでもデスブレン に止めを刺そう、というのがブルーの考えだった。 「速くするんだ、ガチャフォースのボーグたちが破壊される前に!」 「だ、だけど……」  コウたちとトレーニングをしたときとは別人とも思える剣幕でかかってくるブルーに、オロチは逡巡を 見せた。 「何をやっている! 皆が生きるか死ぬかという時なんだぞ!」  ブルーは腹の底から怒鳴っていた。自分が身を投げる決意をしているのに、他人の迷いが枷になって動 けずにいることが、並ぶものがないほど腹立たしかったのだ。 「悪いけど、そのコは予約済みでね」  意識の中に滑り込んでくるような軽い言葉が、背後から飛んできて、ブルーは思わず振り返った。 「たったいまパートナー契約を済ませたところさ。新メガボーグの者同士、考えることは同じだったって ことだな」 「やめろ! お前が行く必要はない!」  目の前に降り立ったフォルトに向かって、ブルーはもういちど体の底から声を出した。  フォルトは新メガボーグに戻るべきであると、ブルーは思っていた。フォルトは、あれほど頑なだった 自分の心を動かしたガチャボーグである。彼が新メガボーグにいてくれれば、故郷のボーグたちに、まだ 望みを捨て去る必要がないことを、伝えられるかもしれない。 「お前は生きなきゃいけないんだ! 新メガボーグを救うことは、お前にしかできないんだぞ!」  フォルトは、必死に訴えるブルーを全く意に介さない様子で、わずかに笑みを浮かべながら、右腕をブ ルーの方へと伸ばした。  右手の先がブルーのヘルメットに触れる。刹那の間があって、引き戻されていくフォルトの手に従って、 青いヘルメットがブルーの体から離れていった。  そうして現れたのは、鮮やかな青色をした頭髪と、青く透き通った双眸。引き締まった表情をしている が、輪郭は柔らかい曲線を描いている。 「へぇ、きれいな顔だ。ベースはエンジェルボーグみたいだな」  軽薄な口調をやめないフォルトに対して、ブルーはこんなときに何を、という鋭い視線を向けた。  しかし青い目は、すぐに驚きの色に染められた。手に握られていたブルーのヘルメットごと、レッドの 右腕がぼとりと地に落ちて、消滅を始めたのである。 「おまえ……!」  絶句するブルーを前にしながらも、フォルトは相変わらずの調子を保っていた。 「どうやら時間切れみたいだな。どうせ、俺は助からねえんだ。だったらせめて、地球のやつらのために 命を使わせてくれよ」 「そんな……」  言葉を発しながら、ブルーの瞳が揺れた。  おもむろに、フォルトの体が上昇を始める。  それが数十センチの高さに達したところで、フォルトは地上に張り付いたまま動けないでいるブルーへ と、左腕のツインビーム砲から排出されたデータクリスタルを、投げやった。 「ウイングビームのデータだ。そいつは外部パーツで、俺が死んでも消えることはねえから、好きに使え ばいい」  ブルーは、落ちてきたデータクリスタルを両の手のひらで受け止めると、上空のフォルトへと視線を向 ける。  フォルトは翼をいっぱいに開いて、空間との干渉力を最大まで高めると、オロチから送られてきたGF エナジーを、金属の身体になじませ始めた。 「じゃあな、ブルー」  上空から聞こえてきた、おそらく最後になるであろうフォルトの声。しかしブルーは、その言葉を最後 のものとは認めなかった。 「アリスだ」 「えっ……?」  思わず聞き返したフォルトに向けて、ブルーは凛とした表情を向ける。 「私の名前だ。警備隊に入ってからずっとどこかに置き忘れていた、私自身の名前だ。取り戻してくれた お前に、誰よりも早く聞かせたかった」  フォルトはすぐに言葉を返すことなく、やがて朝を迎えるであろう地球の空に、視線を移した。遥か高 空に位置するデスブレンの本体まで、さえぎるものは何もない。 「……安心しな、忘れねえよ」  そう呟いたフォルトの体は、馴染ませ終わったオロチからのGFエナジーを爆発させて、金色の光に包 まれた。一拍の間があって、翼に溜められたエネルギーを解放し、地上に突風を巻き起こしながら、空の 彼方に向かって急上昇していく。  アリスはその突風を全身に浴びながらも、飛翔する赤い翼を、いつまでも見続けていた。 17、  フォルトは飛行体勢のまま、ほぼ垂直に宇宙へと昇っていく。体はデスブレンに近づくにつれて巨大化 していき、数十キロメートルの大きさになった。  高度が子供たちのバリアを超えたところで、フォルトの姿はデスブレンに感知された。狂ったように発 射されるビームが、デスブレンに肉薄していくフォルトに集中される。  フォルトはきりもみ回転しながら左右に体を動かして、ビームの回避に努めたが、嵐の雨粒のように激 しく絶え間なく押し寄せるビームは、全てを回避しきれるものではなかった。  ビームの直撃を受け、フォルトの体は、容赦なく削られた。だが、右足が砕け、左腹をえぐられ、赤い 兜が剥がれ落ちようとも、飛行速度を微塵も落とすことなく、進み続けた。  デスブレンのバリアが眼前に迫ってくる。最後の推進力を少しでも大きなものにするため、フォルトは 赤い翼を大きく羽ばたかせた。同時に左手の中にミライソードを発現させ、腕に付いたツインビーム砲の 自爆システムも起動させる。  ソードを前方に突き出したまま突撃してバリアを破り、自爆によってとどめを刺す。それがフォルトの 考えだった。  いちど左に体を振ってビームを回避してから、フォルトはミライソードを、デスブレンのバリアめがけ て突き出した。ミライソードは、デスブレンを包む正八面体の下側。その一辺に突き刺さる。  バリアが割れるまでには、多少の時間がかかる。その間フォルトの体は、ほとんど静止したままになっ てしまうため、ビームの回避はできない。どうにか自爆装置の付いた左腕を死守しようと、フォルトはソ ードとバリアの接点を支えにして体を揺さぶり、左右から襲ってくるビームを、残った両翼で受け続けた。  無数のビームに襲われて、金色に光る体から、両翼が剥がされていく。両翼を失ったことでかばう物が 無くなり、左腕がむき出しになった。破壊されてしまうまでの猶予は、もはや十秒もない。  フォルトはミライソードだけでなく、左腕のツインビーム砲からもビームを連射して、バリアを攻撃し ている。その攻撃によって、デスブレンのバリア出力も急激に低下している。  だがフォルトには、判断がついていた。このままでは、デスブレンのバリアを破壊するよりもわずかに 早く、自分の左腕の方が破壊されてしまう。  何かあと一つ、武器があれば、バリアを先に破壊することができる。残されている武器は無いのか。  フォルトはソードを持つ左手に力を込め、自分の体を引き寄せた。そのままの姿勢でソードを逆手に持 ち替え、残った左足を力の限り伸ばして、バリアを蹴り飛ばした。 「どうだァ!」  吼えるフォルトの目の前で、バリアのエネルギーに触れた左足がちぎれていく。それと同時に、紫色の バリアは消滅した。フォルトは激しい痛みを感じながらも、歓喜の表情をデスブレンに向けて作った。ま だ左右からのビームは続いているが、腕を破壊されるまでの時間よりも、左腕を起爆させるまでの時間の 方が、遥かに短い。 「オレ達の勝ちだ、デスブレン!!」  フォルトは左腕をデスブレンへ向けてさらに突き出してから、起爆の命令を送信した。  命令はデータクリスタルからビーム砲へと到達し、あらん限りのエネルギーを爆発させてデスブレンに 止めを刺す……はずだった。  フォルトがデスブレンに左腕を向けた瞬間、その肘から先が消え失せた。刹那の間があって、真下にあ るデスブレンの甲板から、ゴトリと音がした。フォルトの左腕が落下して、デスブレンの甲板にぶつかっ た音だった。 「なんだよ、これは……」  フォルトの目には、信じられないものが映っていた。  デスブレンは、破壊されたはずのバリアを再び展開させていた。  バリアは、破壊されてはいなかった。デスブレンは、バリアを一度解除し、もう一度バリアを展開させ ることで、突き出されたフォルトの左腕を切断して見せたのだ。  四肢を失い、翼を失い、中空を漂うことしかできなくなっても、それでもフォルトは、思考を走らせて いた。左腕に起爆の命令自体は届いているだろうから、じきに爆発はするだろう。しかし、自分の体と離 れた状態では、爆発の威力はかなり制限される。デスブレンへのトドメになるほどの威力が生み出せると は、到底思うことが出来ない。  甲板上で起爆したフォルトの左腕は、熱と風を生み出しながら爆発した。  フォルトは爆風にあおられ、デスブレンの砲台のひとつに背中を打ち付けて、甲板上に落ちたところで 静止する。爆風にさらされても、頭と胴体はどうにか残っており、フォルトは目を開いて、前方にそびえ る敵へと視線を向けた。  デスブレンの本体は健在だった。爆風によって、再展開されたバリアは破れたようだが、本体の機能停 止には至っていない。その証拠に、再開されたビームの発射が、吹雪のようにフォルトを打ちのめしてい く。  動けないままビームを受けるフォルトは、数秒のうちに無数の破片になるまで砕かれる。やがて、胴体 から露出したデータクリスタルにビームが殺到し、フォルトの意識は、二度と戻らない場所へと霧散して いった。 18、  フォルトのパーツの雨の中を、ブレードを握ったGレッドが、バーニアを吹かせながら垂直に昇って行 く。デスブレンはそれに気がつかず、自分を脅かしたフォルトに対して、執拗な攻撃を続けていた。  ブーストエネルギーを全て出し切ったところで、デスブレンに届かないことは分かっている。だがそれ でも、Gレッドは焼き付くほどの出力でバーニアを吹かし続けた。 「ガルダァ!!」  エネルギーが切れる直前で、Gレッドは叫びを上げた。  ブースターに火を入れたGレッドを視認した瞬間から、ガルダはファイアーボムのチャージを始めてい た。チャージによって体中を炎のエネルギーが駆け巡り、それが臨海に達すると、一刻も早く解き放ちた いという衝動が体中を支配する。いつもであれば衝動に従って、相手を破壊するための火球を、本能のま まに放っていたかもしれない。しかし、今のガルダには別の思いがあった。 (君はね、強さって呼べるものは力だけって思い込んでるんだ。ガチャフォースに入ってみんなと仲間に なれば、もっと別の強さを得られるはずだよ)  かつて、ジャックが言った言葉である。  一人で戦っていては手に入らない強さが、確かに存在している。ガルダは今、こうやってGレッドの意 志を汲み、解放への衝動をごく自然に抑えて見せていることで、その確信を得ていた。  このファイヤーボムは、目の前にいる敵を壊すためのものではない。自分の意思を仲間へと届け、背中 を押してやるためのものだ。 「手加減なんかできねぇぜ、特にお前が相手じゃなァ!!」  意思と力、その2つを炎にこめて解き放つ。過去に放ったファイヤーボムの中でも最も威力を高めたは ずなのに、火球は寸分の狂いも無く吸い込まれるように、Gレッドの背中に向かって走っていった。  Gレッドの背中で、ファイアーボムが起爆する。Gレッドの安全すら無視した威力の爆風は、Gレッド の体を、デスブレンに向けて銃弾のような速度で発射した。Gレッドは、デスブレンの本体に到達するま での一瞬でブレードを水平に構え、金色に輝くオーラをまとわせながら、体の前方へ切っ先を突き出す。  突き出すのとほとんど同時に、ブレードにまとわせたオーラがデスブレンの本体に突き刺さった。オー ラは円錐の形状をしているため、深く突き刺さっていくに従って、デスブレンを左右に引き裂いていく。  やがてGレッドの体は、左右に引き裂かれたデスブレンの間に埋まっていき、数秒の間を経て、ついに 反対側まで一直線に突破した。 「私達の勝ちだ、デスブレン……!」  Gレッドは振り返り、大穴が開いた巨大な脳に向かって言い放った。眼下ではまだ、フォルトのパーツ が重力に引かれて、地球へと降り注ぎつづけていた。 19、  要塞のごときデスブレンの船体が、ぐらりと大きく傾いた。甲板上にいたナオとケイは危険を察知して、 子供たちのシールドの上へと、すばやく飛び降りる。 「降ろしてください、早く!」  地上にいるユージが、シールドを張っている仲間たちに向かって指示すると、空を覆うほどに広がって いたシールドは、急速に下降を始めた。  一拍の間をおいて、デスブレンは爆散した。2000Kmにも及ぶ巨大な体のほとんどはデスブレン本体に 起因するものなので、地球に降り注ぐことなく消滅を迎えるだろう。しかし、未知数量の外部パーツがど れほど地球に向かって降り注ぎ、どの程度の被害を地球にもたらすのかは、まったく予測が出来ない。  ユージはシールドの下降をあえて途中で止めることで、外部パーツのいくらかを受け止めようとしたが、 パーツの数は余りにも多く、受け止められたのはごく一部に留まった。  爆散したパーツの雨が一段落したところで、縮小されて1メートルほどの大きさになったシールドが、 イナリ山の上空に降りてきた。高空での死闘を演じたガチャボーグたちを乗せたシールドは、供給されて いたエネルギーが絶えたことで、大気の中に溶け出していく。  上空に投げ出されたガチャボーグたちが、丘の上に降りてくるだろうと予期したコマンダーたちは、先 ほどまでコウと手をつないでいたオロチと、その様子をずっと見ていたショウを残して、一斉に駆け出し ていった。丘の上に着くと、切らせた息を整える暇などつくることなく、各々のパートナーを小さな手の ひらで必死に受け止める。  最後に降りてきたGレッドを、コウが両の手のひらで受け止めたとき、子供たちは思わず目を閉じた。 東の空から、赤い色の朝日が射してきたのだ。  赤い太陽と青い地球が一筋の光で結ばれて、また新しい一日を迎えることが出来る。その実感を胸に沸 かせながら、子供たちとそのパートナーは、みんなで泣いたり笑ったりして、一緒にすごせる時間を勝ち 取ったことを、大いに喜んだ。  爆散したデスブレンのパーツの雨の中には、フォルトのデータクリスタルも混ざっていた。数十秒後に は消滅を迎えるであろう透明色をした破片は、顔を出したばかりの太陽の赤い光をその身に受けて、地球 に向かってきらきらと反射光を放つ。  その光は、地表からフォルトの飛跡をずっと見上げていた、アリスの眼差しに届けられた。太陽と地球 が一筋の光で結ばれたように、透明なクリスタルとアリスの青い目が、赤い光でつながれる。 「フォルト……」  思わずアリスが呟いたとき、手の中にあるデータクリスタルが、カランと澄んだ音を立てた。赤い太陽 の光に乗って、フォルトの魂が帰ってきたように感じられた。 20、 「ショウ君からお預かりした、簡易転移機です」  そう言いながらユージがアリスに投げ渡したのは、デスブレンを倒した翌日。イナリ山の一角でのこと だった。  なぜショウ本人が渡さないのかとアリスは疑問に思ったが、今日のうちに帰らなければ時間切れを迎え てしまう身の上では、些細な問題でしかない。さっそく簡易転移機に、フォルトが残したウイングビーム のデータクリスタルを認識させてシステムロックを解除し、帰る準備を整える。  そこまでやってから、アリスは一度、ユージのほうに目をやった。ガチャフォースは2人以上での行動 を基本としているはずなのだが、今日に限ってユージ1人だけである。短い間とはいえ、共に戦ってきた 自分を見送るという連帯の機会に、子供たちが全く来ないというのは妙な話だ。必ず何か裏がある。アリ スはユージの目を、無自覚にジトッと睨むようにしていた。  それを察知したのか、ユージは2つのデータクリスタルを、すばやくアリスに手渡した。 「これは、フォルトさんからです」 「えっ?」  アリスは反射的に表情を戻して、聞き返した。どういうことなのかと問い詰めようとしたとき、ユージ が先んじて口を割る。 「あなたの故郷と、未来の地球を救うための計画書です。未来に帰ってから、こちらのデータクリスタル だけを開封してください。それで、全ての計画が分かるはずです」 「……ああ、了解した!」  力強い言葉だったが、アリスは要領を得ているわけではなかった。フォルトが描いた計画なら、必ず新 メガボーグと地球の両方を救えるはずだという、実体を持たない確信を頼りにしての口調であった。  アリスは、簡易転移機に起動信号を発信する。信号を受けた転移機は中空に固定され、1メートルほど の直径を持つ、黒い渦を発生させた。この中に飛び込めば、10秒とかからずに、新メガボーグへと転送さ れる。  アリスは一歩、二歩と地を歩いたあとで、翼の空間干渉を開始させ、ふわりと空中に舞い上がった。  あとは、わずかに前進して、渦に飛び込むのみである。 「ユージ。私は、また地球に来れるのか?」 「ええ、すぐに会えますよ」 「そうか……。楽しみだな」  アリスは前を向いたまま、微笑を浮かべて言葉を返した。開いた両翼が前方への推進力を生み出し、ア リスの体を渦に向かって、押し出していく。  決意と力、そして結ばれた絆を背にして進んでいくアリスの後ろ姿は、美しい戦女神のシルエットであ った。 『ガチャフォース  ビーム・ウイングス』 終わり 『黒騎士の目覚め』  “彼”は、データクリスタルだけの存在だった。生まれてまもない頃に、一度だけ外気に触れたこと があったが、以降は自我を抑制されたまま、デスブレンの一部に格納され続けていた。  そんな“彼”が目覚めたのは、Gレッドによって引き裂かれたデスブレンが、己の死を確かなもので あると認めた瞬間だった。その瞬間“彼”の中に、デスブレンのデータバンクに記録されていた全ての 情報が、流れ込んできたのだ。  撃破されて爆散したデスブレンの体内から、飛び出すように地球に落ちてきた彼”は、大海のごと く広いデスブレンの記録を、這うようなスピードでたどり、2年近くの時間を消費して、自我と身体の 再生方法を記したデータにたどり着いた。  探すまでに費やした時間とはうって変わって、心身の再生までにかかる時間は、わずか数秒でしかな かった。  初めて地に足をつけ、流れていく風を金属の肌で感じた“彼”は、心が震えていることに気がついた。 今までとは違い、自分には心があることを自覚した瞬間であった。  “彼”が持っているのは、デスブレンの記憶である。しかし、たったいま覚えた感情の動きの前では、 それはただの情報に過ぎなかった。いま心の中を占めているのは『最強のガチャボーグになりたい』と いう、ただ一つの決心である。  この決心はどこから来るのか? この決心を実現するにはどうすればいいのか? そう思った“彼” は、データバンクにアクセスして、情報を引き出すことに専念した。再び一瞬の時間が流れ、彼の元に 届けられた回答は『私はダークナイトのデータから、Gレッドの模倣品として作られたボーグである。 最強を目指すのは、ダークナイトの記憶による影響である』というものと『最強になるためには、GF コマンダーの心を己の中に取り込むことである。錦織凛の心なら実現可能である』というものだった。  回答を受けた“彼”は、生まれて初めての一歩を恐怖など感じることなく踏み出し、凛のもとを目指 して歩み始めた。  “彼”が持つ緑の双眸は、黒い体に良く映えていた。