目次 ・ガチャフォースBS ・友に贈る真実 ・ガチャフォースBW ・黒騎士の目覚め ・ガチャフォースBF ・未来への布石 『ガチャフォースBS』 作品内時刻 2003年 9月7日 (コウ=小学5年生)  父親と幼い自分が、暗闇の中を歩いている。 (ああ、これはキャンプに行ったときだな) この夢の主、鷹見ショウはそう思った。  2人は丸太で縁取られた階段を上り、山の頂上付近にある展望台を目指していた。空には数え切れない ほどの星が光を放っていて、幼いショウは思わず何度も夜空を見上げながら、先を行く父の背中を追って いく。 「あ、流れた!」 展望台に着いてすぐに、ショウが空を指差して言った。生まれて初めて見る流れ星だった。 「知ってるかショウ。星が流れて消えるまでに願い事を3回言うとな、星が願いを叶えてくれるんだぞ」 「ホントに!?」 まるっこい目を大きくしながら、ショウはとなりに立つ父親の顔を見上げた。表情はこれ以上ないほどの 輝きを放っている。 「本当だよ。ショウは何をお願いするんだ?」 言いながら我が子の顔をのぞき込む父親に向かって、幼いショウは心からの願いを言葉に乗せて叫んだ。 「大きくなったらレーサーになる! お父さんが作った車で、いちばんをとるんだ!」 「――テメエッ! 聞いてんのか!?」 鼓膜を突き刺すような声で、ショウは夢の世界から引きずり出された。 「……いや、寝ていた」 ここは夢の中から数えて5年ほど未来のショウの部屋である。小学5年生になったショウは、勉強机の前 にある椅子にふんぞり返って、机の上で騒いでいるガチャボーグ――てのひらサイズの機械生命体とやり とりをしていた。やりとりとは言っても、ほとんどガチャボーグが一方的に怒鳴っているだけだが。 「それで、何の話だったっけ?」 眠気が残ったままの表情で受け答えしているショウを相手に、ガチャボーグは臨界寸前の怒りを何とか押 さえながら言葉をつむいでいく。 「……いいか、今度こそよく聞け。オマエは、オレの、パートナーになれッ!」 「どうしてだ?」 ガチャボーグはよくぞ聞いてくれたといわんばかりに、胸を大いに張って答える。 「全部のガチャボーグをぶっ倒して、俺が最強になるためだ!」 ガチャボーグの情熱的な態度とは裏腹に、ショウは思わず天井を仰いでいた。今日は日曜日なのにどうし て外に出たりしたんだろう。家の中にこもってさえいれば、こんな自分勝手な都合で他人を振り回すよう な奴と出くわすことはなかったのに。 「なんだテメェ、そのいかにも“呆れた”って態度は!」 「お前の都合にオレが付き合う必要なんかないだろ? よそを当ってくれ」 ショウは手で追い払うような仕草をして拒絶の意を表したが、ガチャボーグは足音を立てながら机の淵ま で歩き、上半身を乗り出してショウをにらみつけた。 「こっちは故郷を壊されて、ようやく地球まで逃げてきたんだぞ!」 「下手な泣き落としだな」 ショウは目の前にいるガチャボーグ――確かガルダと名乗っていた――から、すでに大体の事情は聞いて いた。  遠い宇宙の先にある惑星メガボーグで起こったメガボーグ大戦。  破壊されたメガボーグからガチャボックスと呼ばれる宇宙船でなんとか逃げ出したガチャボーグたち。  その全てが、これからサハリ町、さばな町の近辺に着陸するだろうということ。  悲しい出来事を背負っているのだとは理解できたが、そのことと目の前のガチャボーグの目的には恐ろ しいまでのズレがある。ショウはその点について尋ねてみることにした。 「せっかくここまで逃げてきたって言うなら、何で全部のガチャボーグを倒すなんてことをするんだ?   同じ星から逃げてきた仲間なんだろ?」 しかし、やはりガルダは胸を大いに張るだけだった。 「決まってんだろ! オレが最強になるためだ!」 ショウは、今度はうなだれて見せる。 「…だからさ、オレは別に必要ないだろ?」 もう諦めてくれといわんばかりの声色だったにもかかわらず、ガルダは淡々と語り始めた。ショウにはも う、心の中で突っ込みを入れる程度の余力しかない。 「もともとガチャボーグは戦いを好まねぇ。けどな、パートナーになった他の生物から戦いの感情を受け  取ることで自分の中にある戦うための力を引き出せるんだよ」 (……じゅうぶんに好戦的だよ、おまえは) 「俺はそれがなくてもある程度戦えるようにできちゃいるが、まだまだ力が足りねえ。こんなんじゃ後か  ら来るはずのダークナイトに負けちまう。だからこうやって頭を下げに来てんだよ」 (……1回でも下げたか?) ショウはどうにか気力を振り絞り、頭を上げてガルダと視線を合わせると、強い口調で言い渡す。 「とにかく! オレはお前に付き合う気なんて一切ない! 早くオレの部屋から出てってくれ!」 有無を言わさず退室を迫るショウに対して、ガルダは切り札を切ることにした。 「じゃあこの話ならどうだ? 俺たちの星を破壊した奴な、デスブレンって言うんだが、こいつも俺たち  の後を追ってここにやってくる。“ガチャボーグを倒せるのはガチャボーグだけ”だ。今のうちに俺た  ちの力を引き出せるようにしておかなけりゃ、今度は地球がぶっ壊されるぜ?」 「そんな話があるんだったら、オレ以外の奴にも交渉できるだろ? 他を当ってくれ」 「だめだ。この辺を飛んでみたが、お前以上に強いエナジーを持ってる人間はいなかった。お前じゃなき  ゃパートナー契約を結ぶ意味がないんだよ。お前がいいって言うまで、オレはいつまでも離れねえぜ?」 ガルダの口調はどこか楽しげだった。きっと本気で住み着くつもりなんだろう。 「……まったく、冗談じゃない!」 ショウは吐き捨てるように呟き、わが身の不幸を呪った。  唐突に玄関の方からドアが開く音がした。おそらく母親が帰ってきたのだろう。  玄関から発生した足音がだんだんと大きくなっていることに気付いたショウは、小さいが鋭い声でガル ダに命令を下す。 「……母さんがこっちに来てる。隠れろ」 「お前がパートナーになるって言うんなら隠れてやっても……うぐっ!」 ショウはガルダの首を引っつかむと、机の引出しの中にムリヤリねじ込み、さらに外からカギをかけた。 カチリと音がして引き出しが固定され、ショウが鍵をポケットにしまったところで、部屋のドアが開かれ る。 「ショウ、お父さん知らない?」 予想どおり母親の声だ。 「親父…? 家にいないんなら日曜出勤じゃないのか?」 「でも今日は休みって言ってたのよ。おかしいわねぇ……」 母親はそこまで言うと部屋のドアをぱたんと閉め、リビングの方に向かって行った。  ショウは足音が聞こえなくなってさらに1分待ってから引出しのカギを外し、あけてみる。すると蝶の 標本のような格好でガルダが納まっていた。 「災難だったな」 無造作にガルダをつかんで机の上に戻しつつ、ショウは抑揚のない声で言った。  ガルダはファイアーボムの1つでも撃ち込んでやりたい気分に駆られたが、何とか感情を押さえて話を 切り出す。 「……お前の親父、いなくなったんだってな」 「ちょっと出てるだけだ」 妙に意味ありげなガルダの口調が気になったが、ショウは冷徹な声を変えなかった。 「どうかな? 案外デスブレンのやつがもう地球に来てて、お前の親父が襲われたのかもしれないぜ?」 「またその話かよ…」 さきほど引出しに閉じ込めてやったことで少しは憂さが晴れていたが、また同じ話を始めたガルダに向か ってショウはうんざりとした表情を見せる。 「あいつはな、新しい星に着くと、その星の中でなるべく知能の高い種族…地球で言えば人間だな。その  種族の中から1体を選んでデータを引っ張り出すんだよ。新しい星のことを知るためにな」 「それで親父がさらわれたって? バカらしい…」 「デスブレンは“デスクリスタル”ってやつを星に落としてな、それに近づいたやつをターゲットにする。  もしお前の親父がデスクリスタルを拾いでもしてたなら……」    ガシャン!!    ガルダの言葉はリビングから聞こえてきた、何かが割れるような音にさえぎられた。 「…また母さんか。ちょっと待ってろ」 ショウは慣れた足取りでリビングの方へと向かっていった。  ショウがリビングの扉をくぐると、リビングの一角にうずくまっている母親の姿が見えた。そのかたわ  らには電話機が落ちている。 「かあさん、今度は電話落としたの?」 よくよく物を落としては息子に呆れられる母親だったが、電話の親機を落としたのは初めてのことだった。 「ショウ……」 母親は震える声で我が子の名前を呼んだ。 「なに? もしかしてコレ、壊れて使えなくなったの?」 ショウは母親に近づき、しゃがんで表情をのぞき込んだ。泣いている。 「まったく…電話壊したくらいで泣くなよ…」 何か涙を拭くためのものはないのか。そう思ってショウが立ち上がったとき、足もとから折れそうな声が した。 「ショウ……お父さんが……」 『こちらが発見現場です。今回の事件の特徴は、被害者の脳が…』 ひとりでリビングに立っていたショウはテレビのスイッチを切り、プラグを乱暴に引き抜くと、足音を立 てて自分の部屋に向かった。  部屋のドアを壊れそうなくらいの勢いで引きあけると、相変わらず机の上に居座っているガルダの姿が 目に映る。ショウはポケットから小さな何かを取り出すと、机の上に放り投げた。それは硬い音を立てて ガルダのとなりに転がった。 「デスクリスタル…」 ガルダが呟いた。 「親父の工具箱に入っていた」 そう言ったショウの声は、低く、冷たく、鋭い。 「なあ、ガルダ。最強になるってことは全部のガチャボーグを倒すってことだよな?」 ガルダは短く「そうだ」と答える。 「オレは…お前のパートナーになる。全部のガチャボーグを壊してやろうぜ」 凍てつくほどの冷たさを帯びた少年の言葉に、ガルダは思わず口元を緩めた。 (いいぜ、もっと怒れ。オレみたいな破壊しか能のない奴には、怒りが、破壊の衝動が、一番の勇気なの  さ) ガルダにとって、ショウは最高のパートナーだった。  その日の夜、サハリ町とさばな町に流星雨が降り注いだ。絶え間なく流れ落ちてくる星々の軌道を幼さ を残した双眸で見つめながらも、ショウは願い事をしようとは思わなかった。星に願うことなど何もない。 全てを自分の力でやり遂げなければならないのだ。  かつて星空に輝く瞳を向けていた少年は、胸の中で燃えつづけている黒い炎に確かな熱を感じていた。  同じころ、サハリ町で流星雨を見上げている少年がいた。流星のひとつがイナリ山に落ちたとき、少年 は冒険の予感に心を躍らせる。    2人の少年が出会うときは、すぐそこに迫っていた。 『ガチャフォース  ビフォー・ストーリー』 終わり 『友に贈る真実』  夕暮れの河川敷にユージの姿があった。パートナーのジャックは近くにいない。きっとどこかで夕日を 見ながらふよふよと浮かんでいるのだろう。 「よう! 待たせちまったな」 一人きりで佇んでいるユージの背中に元気のいい声がかけられた。ガチャフォースメンバーのひとり、猿 渡哲也である。彼はユージが最近タッグを組んだメットと物心ついたときからの付き合いらしく、なにか と単独行動が好きなメットを放って置けないという理由から、ガチャフォースに入ることを保留していた 時期もあった。  彼は最近になってメットがユージと組んでコウと戦ったという話を聞き、ひとこと礼を言おうと思って ユージからの呼び出しに応えたのだった。 「この間はメットのヤツが迷惑かけちまったな」 「いいんですよ。おかげでテツヤくんとも話せるようになったんですからね」 ユージはテツヤに連絡を取った際、コウからある物を受け取ってきて欲しいと頼んでいた。テツヤはさっ そくガチャボックスを開き、例のものを取り出してからユージに投げ渡す。 「言われたとおりGレッドの音声データだ。けど、なんでこんなもんが必要なんだ?」 問われて、ユージは笑みの表情を浮かべたまま返す。 「僕のクラスメイトにも、本当のことを知ってもらいたいんです」 それを聞いて、テツヤはユージの背中をバンと叩いた。ユージが軽く咳き込むあいだに、大きな声で言葉 を並べていく。 「そうかそうか! おまえ本っ当にいいヤツだな! お前がついてりゃ、あのショウってヤツもガチャフ  ォースに入りたいって言い出すぜ!」 「あ・・・ありがとうございます・・・」 乱れた息をどうにか整えながら、ユージは言葉を返した。 「メットの方は俺に任せとけ。あいつ素直じゃねえから時間はかかるだろうけどさ、きっといつか俺達と  一緒に戦えるときが来るさ」 「ええ。お互いに、まったく世話のかかる友人を持ったものですね」 「そんでもって、お互い大きな世話が好きだよな」 言い終えて、テツヤは大きく明朗に笑った。つられてユージも笑い出す。  仲間を持つことはこんなにも良いことなのだと、ひとりで戦っている友に伝えてやりたい。その気持ち を共有したまま、2人の少年は互いの道を歩き出していった。 『ガチャフォースBW』 作品内時刻 2003年 10月1日 (コウ=小学5年生) プロローグ、  メガボーグ大戦から遥かな月日が流れ、かつて惑星メガボーグがあった宙域には新たな星が築かれてい た。星の大部分は都市であり、様々な色の金属でつくられた建物が地表を覆っている。その光景を遠目に 見ればまるでステンドグラスのようだ。街並みがこれほど過剰に栄華を映しだしているのは、過去“災い" によって故郷を砕かれたガチャボーグたちの思いがこめられているせいかもしれない。  この星――新メガボーグに住んでいるガチャボーグたちは、治安維持などに関わるボーグを除いて、長 く平和な月日を過ごしてきたことで戦闘能力を失っている。にもかかわらず、最近は新メガボーグ全体を 治めている委員会庁舎前の広場に群れをつくり、毎日のように大声を張り上げていた。その声の内容はあ る者たちへの敵意を形にしたものだが、今や誰一人としてその敵意を間違ったものではないかと疑うこと は無い。  そして肥大化した敵意は、委員会にある決定を下させることになる。 「13対0の満場一致で、65541号は可決とする」 委員長の声が議場に響くと、出席者、傍聴者から拍手の渦が起こった。ある者は感激のせいか泣き崩れ、 ある者は憎悪の表情を隠すそぶりすら見せない。  誰もが望んだその議決は、よほどの奇跡が起きない限り新メガボーグで最後の議決になるだろう。旧メ ガボーグ、地球をはじめとする数々の惑星を破壊した“災い”――デスブレンが戻ってくるのは、そう遠 い未来ではないのだから。 『ウイングブルー小隊は通路の防衛に当たれ。侵入は………だ。各…ただち……』 通信機から流れる指揮官の声にノイズが混じった。どうやら侵入者はコントロールシステムまで押さえて いるらしい。 「なんて手際の良さだ」 小隊長がぼやいた。コントロールを奪われたなら、増援はどこかで足止めされているだろう。最終防衛線 であるこの一直線の通路を守るのは我々6名しかいない。 「来たぞ!」 「3名ずつ前後に分かれて仕留めろ! 突破を許すな!」 同僚の声に小隊長の叫びが重なり、後衛に配置された私は左腕に装備されたツインビーム砲を構えた。通 路の先から赤い鎧を着けたボーグが飛行体制のまま突撃してくるのが見える。 「撃てぇ!」 前衛が一斉に放ったビームが侵入者に殺到する。しかし、飛行体制を解除した侵入者が放ったビームの方 が出力面で遥かに上回っていた。たった一条のビームに前衛の攻撃はかき消され、侵入者が直後に連射し たツインビームによって、前衛の3名はあっけなく行動不能にされる。  再び飛行体制をとり速度を上げた侵入者に対し、小隊長は私を含む2名を援護に残して格闘戦を仕掛け た。相打ち覚悟の行動であったが、もし小隊長を避けるために侵入者がコースを変えるならば後方に残っ た2名のどちらかが侵入者の前に入って進路をふさぐことは容易である。  この考えは現実のものとなり、私は進路を変えた侵入者の前に立ちふさがった。奴には飛行体制を解除 する暇も、もう一度進路を変える暇も無い。私は侵入者が前方に突き出しているミライソードに腹を貫か れるだろうが、私の体重分だけ奴の動きは遅くなる。そこを小隊長と同僚が狙撃すれば目的達成だ。  ミライソードの切先が迫ってくる。この速度と位置で衝突すれば、間違いなく私のデータクリスタルは 貫かれるだろう。だけど構わない。我々の絶望と希望を、破壊させはしない。  ところが侵入者はミライソードを消滅させ、空いた両腕で私を押しやりながら進み続けた。私は愚行だ、 と心中につぶやく。私が消滅しなかっただけで、侵入者の速度が落ちたことに変わりはない。私の目には 既に小隊長と同僚が放ったビームの光が映っていた。 (これで終わりだな) そう思ったとき、圧倒的な光が後方から発生した。私と侵入者を包んだ光はビームの光などたやすく打ち 消して、さらに輝きを強めていく。いつのまにか侵入者の姿は見えなくなり、続いて激流に流される感覚 が体中を支配した。  柔らかいのか硬いのか、はっきりしない感触が背中にある。おそらく私は仰向けに倒れているのだろう と推察することはできたが、そんなことよりもデータクリスタルで再生され続けている記憶に対しての屈 辱的な思いの方が何倍も強かった。侵入者の突破を許しただけでなく、防衛目標であった転移機の発動ま で許してしまった。並ぶものが無いほどの失態だ。   だが、私が転移機の光に巻き込まれたことは僥倖だ。私をこの地に追いやった者…警備隊の中でも特に 優れたものに与えられる赤い鎧をまとったボーグは、おそらく近くにいる。この手で確保して連行できた なら失態は帳消しにできる。だから倒れている場合ではないのだ。  私はゆっくりと立ち上がった。目の前に茂る緑のあいだから鮮やかな青色が見える。足元に目を転じれ ば黒や緑の混じったこげ茶色だ。私はどうやら、どこかの木の上にいるらしい。一度おおきく翼を広げた あと、地を蹴って飛翔する。体は緑の隙間を抜け、広大な空間に出た。 「これが地球か…」 我々の10倍以上の体を持つ人間が支配する星である、という知識をデータクリスタルから引き出す間に 両翼を羽ばたかせた生物が視界を横切っていく。私の翼は触れた空間に干渉することで浮力と推進力を得 るため、翼を広げられるスペースさえあれば飛行が可能だが、広大な空間を持つこの星では羽ばたいて飛 ぶことすら許されるらしい。  私は翼を大きく動かして、高度を上げていった。地面一帯に広がる緑と、青と白が混じる空模様。この 美しい星が、かつて“災い”に砕かれたという。確かにこの景色を見れば赤い鎧がデスブレンへの反逆を 企てた感情も理解できる。しかしたった一人で遥か過去の地球に戻り“災い”を滅ぼすなどバカげた話だ。 我々が新メガボーグで“災い”の到来に絶望し、倒すことをあきらめたのは、例え警備隊全員でかかって も倒せぬ相手だからだ。そんな相手を一体どうやって倒そうというのか…。 「何だ、テメェは!」 急に向けられた声に反応して、私は翼を止めて滞空した。間をおかず、声がした方向に視線を動かす。そ こには最悪の状況が待っていた。 1、 「アヌビスウイング…!」 ビームウイングブルーは息を呑んだ。もし目の前のアヌビスウイング――歴史においてメガボーグを3度 も滅亡させたとするボーグがデスフォースの一員であったなら、何を言ったところで攻撃されるだろう。 フォースを組まず単独で行動しているとはいえ、計り知れない戦闘力を持つことはデータを引き出さずと も容易に推察できる。1対1で戦うことは好ましくない。かといって、もう一度木の中へ身を隠すには高 度をとりすぎていた。 「テメェも潰されに来やがったのかァ!」 叫びを上げて、アヌビスウイング――ガルダがブレードを出現させる。ブルーは覚悟を決め、右手にミラ イソードを出現させた。撃破が難しくともツバサのフレームを折って飛行能力を奪うか、目を撃ち抜いて 何も見えない状態にしてやれば逃げ切ることくらいはできる。まずは距離を維持して相手の飛び道具を把 握しようと、ブルーはそのままの姿勢で後ろにステップした。  直後にガルダが三連射したファイヤーボールが、ブルーをめがけて飛んできた。ブルーは体を水平に傾 けてからミライソードを胸の前でしっかりと握り、頭の方へと突き出す。次に翼を左右に大きく開いて飛 行体勢をとり終えると、右へ飛翔してファイヤーボールを回避した。  足の先をファイヤーボールが通過するのとほぼ同じタイミングで飛行を解除し、左手の甲につけたツイ ンビーム砲から2条のビームを発射する。両肩を狙ったが、ガルダが高度を落としたために命中すること はなかった。  続いてもう一度、スリーバーストのファイヤーボールが迫ってくる。先ほどと同じように右に飛行して 回避したが、今度はファイヤーボールの陰からファイヤーボムが発射されていた。それはブルーの移動ス ピードを正確に計算し、完璧な狙いとタイミングで放たれている。先ほど飛行の挙動を見せたのはほんの 一瞬だったのに、よくここまで精密に計算できたものだと感心しつつ、ブルーはそのまま飛行を続けた。 「ハジけろォ!!」 咆哮するガルダの視界に、青いボーグが爆散する姿は映らなかった。ファイアーボムは命中する直前でな ぜかスピードを上げ、ブルーの眼前を通り過ぎてしまったのである。  不可解な現象を目の当たりにしたガルダは何か起こったかを理解するより早く、両肩にビームの直撃を 受けた。さっき回避できたツインビームの速度から考えれば、この距離で見てから回避することは十分に 可能なはずだった。しかし当たるはずの攻撃が当たらなかったことの驚きに支配されて思考が一瞬の虚無 を生んだところに先ほどよりも速度が増したビームを撃ち込まれれば、ガルダは空中で仰向けに倒れるこ としかできなかった。  ビームは両肩への一撃だけに留まらず、今度は右翼のフレームに直撃をもたらす。翼の損傷は軽いもの で、ガルダは体勢を立て直そうとしたが、いきなり真上から急降下してきた両足に腹を踏みつけられ、そ のまま地面に背中を打ちつけるまで落とされてしまった。墜落に起因して、全身に強い衝撃が走る。ガチ ャボーグのボディを構成する金属はこれくらいでダメージを負うことは無いが、ガルダはあまりの衝撃に 目を閉じてしまった。 「動くな…!」 真っ暗な視界の中で、張り詰めた声がした。ガルダがゆっくり目を開けると、2つ並んだビームの砲身が こちらと目をあわせている。もしブルーがトリガーを引けば、ガルダの両目は即座に蒸発するだろう。 (チッ…また負けかよ…) 自分の腹に立ってビーム砲を突きつけている青いボーグに対して、ガルダは四肢の力を抜き、ブレードを 消滅させて無抵抗を示した。  最強を目指していたはずなのにこうもあっさりと負けを受け入れている自分に、ガルダは自棄に似た無 気力さを感じていた。  一転して無抵抗になったアヌビスウイングに対して、ブルーは安堵するどころか困惑するのみだった。 少しでも抵抗するそぶりを見せたなら両目を焼いて逃走するつもりだったが、どのボーグより好戦的であ ると記憶しているアヌビスウイングが服従の意思を見せることは決して無いと踏んでいたので、ガルダが ブレードを消滅させる前に目を閉じてみせなければ、攻撃動作と勘違いして撃っていたかもしれない。  眠ったように動かない猛獣を足下(ソッカ)にしている不気味さを抑えられず、ブルーは足の位置をじ り、と下腹の方へずらした。そのとき、パキッと薄い木版が割れるような音がしてブルーのかかとが沈み こんだ。体がぐらりと後方へ傾き、ツインビームの照準がガルダの頭上へと抜ける。  ガルダが何らかの策を用いたと判断し、ブルーはとっさに飛びのいた。飛びのいた先にファイヤーボー ルを撃ち込まれれば回避しきることはできないと分かっていたが、体格差を考えれば数発の被弾よりも格 闘戦に持ち込まれることの方が何倍も危険だ。  ブルーは攻撃に備えてミライソードを体の前に構えたが、ガルダは攻撃するどころか微動だにせず、相 変わらず大の字になったままだった。  ブルーはゆっくりと剣を下ろし、少しだけ高度を上げてガルダの腹を見た。穴が開いている。直径は小 さいが、深くまであいているように見えた。引っかかるところがあって、ブルーはデータを呼び出した。 思ったとおり、穴の位置はアヌビスウイングのデータクリスタル直上にある。先ほどブルーが踏み抜いた ものが穴の表面を覆っていただけの装甲だったとすれば、データクリスタルは戦闘中もずっと無防備な状 態であったといえる。もしビームの直撃を受けていたなら、破壊されてもおかしくなかったはずだ。そん な状態で仕掛けてきたアヌビスウイングにはどのような事情があったのだろうと、ブルーは思った。  自分…いや、新メガボーグに生きるボーグ達は、所定の目的さえ達成できるなら命を投げ出すことに何 のためらいも見せることはない。だからこそ65541議決が生まれたわけだが、地球のガチャボーグ―― 無抵抗になったことを考えると、デスフォースの一員とは考えにくい――はその限りではないはずだ。 (戦う意思が無いのなら、話もできるだろう) 赤い鎧の情報も聞かねばと思いつつ口を開きかけたところで、背後から誰かが草を踏んで近づいてくる音 がした。ブルーがそちらにあわてて振り向くと、すぐに足音の主が現れる。 「やっぱりガルダだったか…ん、お前は…?」 現れたのは黒い髪と黒い瞳、ブルーの15倍はある体を持った巨大な生物だった。 2、  突然現れた巨大な生物――人間の鷹見ショウは樹木を背にして座り込み、かたわらにガチャボックスを 倒したままブルーの話を聞いていた。ガルダはデータクリスタルに戻してガチャボックスに入れたが、会 話は聞こえているはずだ。 「つまり、赤い鎧のボーグを捕まえるために未来からやってきたということか?」 ひと通り聞き終えたところでショウが総括し、ブルーはそれにうなづく。 「そうだ。奴は我々が作り上げた転移装置を不法に使い、時間・空間を越えて地球に侵略した。私は装置  の作動に巻き込まれたために、奴を追うことができたというわけだ」 「未来からお前の仲間が来る可能性はないのか?」 「転移機の性能上、転移先の時間・空間的なズレはどうしても発生するが、微々たるものだ。明後日まで  に救援が来なければ切り捨てられたと確信していいが……地球から戻るためにはデスフォースの設備を  使えば何とかというところだ。本来いるべきではない時代に長くいれば存在が否定されて消滅に至ると  いうリスクもある。隊員2名だけのために、デスフォースと対等に戦えるだけの戦力を送るとは思えん」 そもそも65541議決の存在から測れるように、新メガボーグの住民にデスフォースと戦うつもりは毛 頭無く、救援は最初から期待などしていない。さらに転移機を使用する警備隊のメンバーには簡易転移機 という装備が与えられているため、レッドを拿捕できるならデスフォースの設備を必要とすることもない。  それでもブルーが説明を行って救援の可能性をわずかにほのめかしたのは“本議決の存在を現在の新メ ガボーグに生きるガチャボーグ以外に教えてはならない”とする65541議決の内容にしたがったため である。  ショウは無機質さを感じさせるブルーの声からそれを読み取ることはできず、自分が持つ情報を開示し ていく。 「サハリ町・さばな町のデスベースは既に押さえてある。俺が押さえたさばな町のものはシステムの大半  が壊されていたが、サハリ町のものは使えるはずだ」 ショウの脳裏にさばな町のデスベースで見た光景がよみがえる。ひとつのガチャボーグからデータクリス タルを摘出し、いくつかに分割したあとで無理矢理に再生させ、意思を持たない兵士たちを造り上げる。 ショウが突入する前に他のシステムはとめられていたが、デスボーグの生産プラントだけは生きていて、 カラッポになった材料庫に次の材料が入ってくることを待ちわびていた。最初は何の機械なのか分からず、 デスベース内を調べることでデスクリスタルがゲート機能を持つことと一緒に判明したのだが、もし実際 に生産されるところを見ていたならば、トラウマになっていたかもしれない。  ショウがプラントのことを知るのと時を同じくして、自分自身の一部を使ってGレッドのコピーデータ を作ったというダークナイトの苦痛は、一体どれほどのものだっただろうか。 「そうか。ならば赤い鎧を捕縛するだけで目的は達成だな」 相変わらずの声を出すブルーには、沈み込んだショウの心情を測ることはできなかった。 「あとは赤い鎧の居場所さえ分かればいいが、デスブレンへの対抗組織…ガチャフォースといったか。そ  れに赤い鎧は所属していないのか?」 「オレはガチャフォースじゃない」 冷たく言い切ったショウが(今はまだ、な)と心の中でつけ加えたところで、ブルーは聞き覚えのある電 子音を聞いた。 「我々の通信端末の音だぞ・・・? なぜこんなところで・・・」 同じ音を出すものが地球にあっても不思議ではないが、音の中に警備隊員のデータクリスタルにだけ伝わ る特殊な波動が仕込んであった。こんな芸当は新メガボーグでしかできないことだ。  まさか、という視線をよこしたブルーに、ショウはポケットを探りながら答える。 「オレは2日前、そいつに会っている」 「なんだと…!」 思わず身を乗り出したブルーを目で制し、ショウは次の言葉を発した。 「デスブレンを倒すという目的は奴もオレも同じだ。今あいつはデスコマンダーを引き抜くために、デス  フォースに潜入している」 「今の連絡音は?」 「成功のサインだ。さばな町に行けば、赤鎧に会えるだろうな」 ショウはブルーの返答を待たず、ガチャボックスを右手に提げて立ち上がり、後ろを気にすることなく歩 き始めた。ブルーは翼を広げ、無言で後に続いていった。 3、 「うわああ! く、くるなー!」 五重の円が地表に描かれ、無機質な印象を強めている空間――さばな町のデスゾーンにタマの叫びが響い た。  彼が使役するデスアークの主砲が接近してくるデスボーグ・ラムダの頭を粉砕し、先ほどまで20体以 上いたデスボーグたちは全滅した。それでもタマが怯えた表情を崩さないのは、主砲発射とほぼ同時に赤 い瞳の少女が姿を見せたせいである。 「ようやく追いついた…」 タマは笑みを浮かべた少女に視線を貼り付けたまま、一歩二歩と後退していく。 「デスフォースに刃向かう者には死を…まさかデスコマンダーのお前が知らないはずはあるまい?」 「う…うぅ…」 タマの思考が恐怖に満たされていく。ほどなく飽和を迎えた精神は正常性を失い、ストレスの源であるオ ロチを排除しようとデスアークに主砲発射を命令した。  デスアークの主砲に光が宿り、束となってオロチの眉間へと疾駆する。人間の頭などたやすく貫通でき るエネルギーをもったビームを前にしても、オロチは動かなかった。それは目の前に割り込んできた巨大 な影がビームを受け止めてくれることを知っていたからである。影は正面から主砲を浴びたが、被害は軽 微なものだった。 「ご苦労、アンタレス」 落ち着いた声で少女が言うと、アンタレスは上昇してオロチの視界から外れた。 「アンタレス、αウイングを出せ」 アンタレスの上部についているハッチが開き、並んで発進した4機のαウイングが母艦の上空で旋回を始 める。 「い、いやだー! やめろー!」 オロチの意図を読み取ったタマがしりもちをつきながら悲鳴を上げる。しかしオロチの赤い瞳は揺らぐこ となくターゲットを見据えていた。 「やれ」 短い言葉をうけて、αウイングが一斉にタマめがけて動き出した。同時にアンタレスも主砲を放っている。  タマはデスアークに命じて主砲を受け止めさせ、さらに全砲門を開いてαウイングを狙ったが、撃ち落 とせたのは1機にだけにとどまった。  3機のαウイングはデスアークを突破し、タマへの射線を確保した。今からデスアークを旋回させて撃 ち落とそうにも間に合わない。 (これでデスブレン様もお喜びになる……) タマの死が確定したことに達成感を覚え、オロチがわずかに笑みを浮かべたときだった。上空から降り注 いだ2連装のビームが、全てのαウイングを貫いた。 「誰だ!?」 表情をもどしたオロチが上に目をやると、2枚の翼を広げた赤いガチャボーグがこちらに銃口を向けたま ま降下してくるのが見えた。オロチが次の行動をとるよりも早く、その銃口から強力なビームが発射され、 直撃を受けたアンタレスの上部ハッチは潰されて使用不能になる。 (データにないボーグだと…!) オロチは内心で舌打ちした。タマのデスアークに対抗するためにアンタレスを連れて来たのであって、高 機動型ボーグとの戦闘は想定していなかった。対抗策であるαウイングは既に使えず、そのうえ相手の力 量は未知数である。  『撤退』の二文字がオロチの頭をよぎる。損害を抑えるためには最適の手段だ。しかしオロチは頭を振 ってかたくなに拒絶した。ガチャフォースを倒すどころか裏切り者の始末さえ満足にできないようでは、 デスブレンから見放されてしまうかもしれない。洗脳されているオロチにとって、デスブレンからの拒絶 こそが最大の恐怖であった。  タマの前に下りてきたレッドは、銃口をアンタレスに向けたまま背中ごしに声をかけた。 「もうここまで来てたのか。いい逃げ足してんなぁ」 敵のアンタレスに残された武装は主砲のみで、レッドが狙われてもたやすく回避でき、タマはデスアーク に盾になってもらえば問題ない。それでもレッドが銃口を下ろさないのは、命令役の少女がうつむいたま ま動かないでいるせいだ。 「タマ、あいつはまだ隠し球を持ってる。ここは俺に任せてショウと合流しろ」 「わ、わかったよ!」 タマは慌てて立ち上がるとデスゾーンの出口に向かって一目散に走り出した。タマの足音がデスゾーンに 響き始める。オロチが顔を上げて吊りあがった目を見せたのはその時だった。 「次の作戦まで温存するつもりだったが…もう手加減はしない! デスウイング、デーモンウイング!  裏切り者を制裁しろ!」 吠えるような声にあわせて、オロチの左右に死神の姿をしたボーグが出現する。  今度はレッドが舌打ちをする番だった。タマはデスアークに戦闘命令を下したまま去っていったので、 少なくともアンタレス相手には優位に戦うことができた。しかしオロチとパートナー契約をしている2体 の死神に出てこられては、自分の技量でも厳しいだろう。 「デスアーク、お前は適当なトコでタマを追え。お前とタマはセットじゃないと、逃がした意味が無いん  でな」 デスアークに心があれば、自分を逃がすためにレッドが犠牲になることを理解して命令に抵抗しただろう。 だがデスアークは駆動音をわずかに高鳴らせて命令の了解を伝えてくるのみだった。  レッドは何の抵抗もなく自分の決意を受け入れてくれたことに嬉しさを覚えながら、3体並んで滞空す るデスフォースたちへと羽ばたいて行った。 4、  デスアークが離脱してから5分が経とうとしていた。レッドは床に伏せた姿勢のまま自分の損傷状況を 確認している。  付け根の近くから切断された左翼はもう使い物にならない。左足も失っていて、地面に足を付けて戦う ことも難しい。残った右翼を使えばバランスをとりつつゆっくりと浮くことくらいはできそうだったが、 敵の攻撃をかわすことは考えるまでも無く不可能だ。 「万事休す、か」 レッドは誰にも聞こえない小さな声で言った。  デーモンウイングを倒し、アンタレスの主砲を1つ残して使用不能にしたまでは良かったが、残りの主 砲に左足を吹き飛ばされ、その隙にデスウイングの斬撃をツバサに受けてしまった。 「やれやれ、エリート警備隊の名が泣くな…」 もう一度小さな声で言って、レッドは目を閉じた。 (たった1体にここまでやられるとは……) オロチの中にはタマを逃がしてしまっていることへの焦りと、レッドの戦績に対するおどろきがあった。  タマがデスゾーンを去ってからもう10分近くが過ぎている。タマが自分で考えたとは思えないほど計 画的な脱走であったことから、おそらく目の前にいる赤いウイングボーグが手引きをしたのだろう。  タマは既にガチャフォースと合流している可能性か高い。まともに動くボーグがデスウイング1体しか 残っていない以上、タマを追ってしまえば今度こそ取り返しのつかない損害を負ってしまう。 (ならば、せめてこいつを確保しておくか) 戦闘力、行動力、知能の全てにおいて他のガチャボーグとは一線を画している。デスブレンのデータバン クにも記録が無いことにわずかな不安要素はあるが、洗脳を施してデスフォースの一員とすればデーモン ウイングの抜けた穴を十二分に埋めてくれるだろう。 「デスウイング、奴のデータクリスタルを引きずり出せ」 オロチが言うと、デスウイングは鎌を振り上げながらレッドに突進していった。  自分のデータクリスタルが奪われることが何を意味するのか、レッドには理解できていた。せっかくタ マとデスアークを逃がしたのに自分が捕まってデスフォースの戦力になっては意味がない。  レッドはデスウイングの羽音を聞きながら、左腕のビーム砲にデータクリスタルからあるデータを送信 した。それを受け取ったビーム砲の中で、音も立てずにセキュリティが解除される。レッド自身のエネル ギーをビーム砲の内部に集め、爆発を起こすシステム・・・・・・簡単に言えば自爆装置である。これをデスウ イングが近づいた時に発動させてやれば道連れにできる。レッドは新メガボーグで訓練を受けているとき と同じ冷静さで、チャンスのときを待った。  地球にやってきてからまだたったの2日だが、ショウと話を交わしたり、ガチャフォースの子供たちの 戦いを見て、レッドの中には子供たちへの強い共感が生まれていた。子供たちがデスブレンに打ち勝つこ とが自分の願いであり、そのためなら命を投げうってもいいと思うことができる。 「結局、オレも死にたがりな新メガボーグの一員か……」 つぶやいたレッドの眼前で、デスウイングが鎌を振り下ろそうとしていた。この一撃はまだビーム砲が残 っている左腕を狙ったものだ。  チャンスは鎌が自分の腕に触れ、デスウイングの体が最も近づいたとき。レッドにはデスウイングの鎌 の動きがコマ送りのように見えていた。ゆっくりと近づいてくる切っ先を凝視しながら、自分にまだ早い、 まだ早いと言い聞かせる。  あと4コマ、あと3コマ、あと2コマ…。  そしてあと1コマのカウントダウンをしたとき、レッドの視界から鎌の切っ先が消失した。かわりに爆 発の衝撃波が頭上から襲い掛かってきて、レッドは開ききっていた目をすばやく閉じた。 「もう一撃だ、Gレッド!」 まっくらな世界の中で足先の方から叫び声が聞こえた。直後にもういちど頭上から衝撃波が降ってきて、 レッドは目を閉じたままその波に耐えるしかなかった。 「ガチャフォースだと!?」 今度はオロチの声だ。 「デスアークの反応があったので来てみたが…まさか仲間割れをしているとは」 「ああ、ホント驚いたぜ。タマがいきなり助けてくれなんて言うんだもんな」 聞きなれないガチャボーグの声に、先ほど叫んでいた少年の声が続いた。  レッドは衝撃波がもう来ないことを確かめながら、ゆっくりと目を開いていく。まず映ったのは鎌を失 って地面に仰向けになったまま動かないデスウイング。その少し上に目をやると、狼狽しているオロチと 砲塔を1つだけ残したアンタレスの姿がある。  目では確認できないが、足音から察するに後ろにはGFコマンダーが4人いるはずだ。当然パートナー であるボーグも4体いるはずだが、レッドはそのなかに聞き覚えのある駆動音を見つけた。 「レッドー! 助けに来たよぉー!」 デスアークとタマである。レッドは意外な助っ人に苦笑しつつ、言葉を返した。 「足が早過ぎんだよ、お前は。あと2秒あったらオレが全部やってたのにさ!」 「何言ってるの! あなた怪我してるじゃない!」 叫んだのは人間の女の子だ。続いてさっきとは別の男の子が、優しい口調で話しを始める。 「ねぇオロチ、これ以上戦っても君が損をするだけだよ。今は退いてもらえないかな?」 デーモンウイング、デスウイングが倒され、残った戦力は主砲一門のアンタレスのみ。どれほどうまく立 ち回ったところで、全滅は目に見えている。  オロチは奥歯をぎりっと鳴らして、GFコマンダーたちを睨みつけた。 「このまま逃げ帰れば…私はデスブレン様から捨てられる! 私がデスフォースであるために、引くこと  などできない!」 アンタレスの主砲に火が入り、デスゾーンに緊張が戻る。しかしレッドは意にも介さぬ口調でオロチに向 かって言い放った。 「何言ってんだよ。あんただってタマとおんなじさ。もともと居るべきだったのはガチャフォースの方だ  ろう?」 オロチの目が大きく開かれた。既に発射態勢に入っているアンタレスに命令することも忘れ、焦点の合わ ない視線を中空に投げている。 「そうだぜ、オロチ! 俺とGレッドはお前が普通の女の子だって知ってる! お前のパートナーだっ  たダークナイトだって…」 「私を惑わすなあッ!!」 コウの言葉はオロチの絶叫にさえぎられた。オロチの目にはコウのとなりにバスケットのユニフォームを 着て並んでいる少女と、そのかたわらに寄り添う小さな黒い影が映っていた。 「私はデスコマンダーのオロチだ! 私はお前なんかじゃない! アンタレス、あいつを撃てぇッ!!」 そう言ってオロチが指を向けたのは、コウの隣りのだれもいない空間だった。命令を受けたアンタレスは 最も近くにいたコウに照準を補正して、主砲を発射した。 「ちぇいさぁぁぁ!!」 オロチが指を突き出すのと同時に主砲の射線上に割り込んでいたGレッドが、背中のバーニアを全開にし てGクラッシュを主砲の鼻先に叩き込んだ。主砲の光はプラズマブレードの切っ先からGクラッシュのオ ーラに沿って拡散していき、子供たちに届くことなく消滅を迎える。 「なんてことするんだ…」 オロチの方に背を向け、マナに覆い被さるようにしていたカケルが体を起こしながら言った。かたく目を 閉じながら頭を抱え込んでいるマナにも自分にも怪我がないことを確認してから、オロチに向かって振り 返る。  カケルはオロチがまだ戦闘を続けようというのなら、友達であるコウを狙われた以上、一切の容赦をせ ずに戦うことを決意していた。  だが、視線を移し終えたカケルのひとこと目は「いない…?」だった。デーモンウイングの残骸だけを 残して、オロチはこつぜんと姿を消していたのだった。  オロチはデスゾーンの奥へと走りつづけていた。アンタレスが主砲を撃った瞬間、ユニフォームを着た 女の子がコウの前に立ちふさがり、両手を広げて彼を守ってみせた。それだけでなく、飛び出してきたG レッドに黒い影が重なったこともはっきりと見えていたのである。  それは彼らが自分を救える存在であるということを無意識に自覚してのことだったが、今のオロチにと っては惑わしでしかなかった。自分は誰なのか、自分はどこに居るべきなのか。迷い人のオロチは、かつ てリンであったころの記憶にたどり着くまで、走り続けることしかできなかった。 5、  デスゾーンを出たばかりレッドと、先ほど到着したばかりのブルーは、GFコマンダーたちの輪から外 れて樹木の一枝に身を置いていた。少し目をそらせばガルダの修理をしているナースボーグたちと、それ を取り囲む子供たちの姿が見える。輪の中で交わされている言葉は小さすぎて枝の上まで届くことは無い が、ショウが一番多く口を開いていることは視認できた。  枝に腰掛けて残った右足をだらしなく下げているレッドは、恐らく自分達の事情も話しているのだろう と思いながら、ブルーに問いを投げる。 「ショウとパートナー契約をしたのか?」 「私の目的は貴様を連れ戻すことだ。デスフォースと戦う理由など無いのに、どうして契約する必要があ  る?」 木の幹に背を預け、腕組みをしながらブルーは答えた。レッドが気楽そうに「そりゃ仕事熱心なこった」 と漏らすように言うと、ブルーはやや語気を強めてみせる。 「簡易転移機はどこにやった?」 レッドが所属するエリート部隊は転移機を使った作戦の実行部隊であった。しかし転移先では帰るための 手段が確立されていないため、もとの時代に転移先を固定した、ガチャボーグ2体を転移させられるだけ の出力を持った携帯型の装備が渡されているのだ。 「お守りだっていう法螺と一緒に、ショウに渡してある。おまえは巻き込まれただけなんだから、1人で  帰っていいぞ」 「ふざけるな」 ブルーはぴしゃりと言い放った。 「転移機の無断使用、警備隊への発砲、重要装備の譲渡…これだけの重罪を犯してまで活動を続ける理由  はなんだ? 我々の世界では既に“災い”――デスブレンは存在している。地球でデスブレンを倒した  ところで、我々の世界が救われることはないぞ?」 「それに長いあいだ別の時間・時空にいれば存在が否定されて消滅するって言うんだろ? そんなコト分  かってるよ。それでも転移機を使わなきゃいけなくってな」 「どうしてだ?」 問われて、レッドは視線を子供たちからブルーへと移した。口元には得意げな笑みが浮かんでいる。 「なに、カンタンさ。転移機が俺を巻き込んで起動すると、少なくとも“災い”がやってくるまでは使用  不能になるよう、細工しといたのさ」 「貴様…!」 ブルーは幹から背中を離し、レッドの方へ足を踏み出した。 「まぁ、お前まで巻き込んだのは悪かったよ。怒るのも無理ねえことだ。けどオレ、作戦の先発隊に入っ  てたからさぁ、早いことやっとかないと昔のメガボーグに行く羽目になっちまう。どうせ1回きりの時  間旅行なら滅多に行けねえ地球の方がいいだろ?」 「そういうことで怒鳴っているのではない!」 ブルーはさらに一歩、前に踏み出した。 「過去の者は我々に“災い”を押し付けたのだ。次の世代は希望だの、可能性だのという聞こえのいい言  葉と一緒にな。ふざけた話だ。過去の者ばかりが豊かに生きたというのに“災い”への責任を被るのは  我々だ。だから決めたのだろう? 未来には絶望しかないことを、奴らが希望と呼んだ我々の手によっ  て思い知らせてやろうと!」 「65541議決か…転移機を使って昔のやつらを皆殺しにするとか言ってたが、お前らは災いが怖くて  そんなトチ狂ったことをしようってんだろ? けどな、それで殺される奴らにとっちゃ、俺たちこそが  “災い”だぜ?」 「過去の世代は全てを未来に押し付け、のうのうと安寧を生きた。未来からの報いを受けるのは当然の事  だ」 レッドはいちど「へっ」と息を吐き出して嘲笑した。 「ウソ言えよ。お前らは“災い”にビビって、一瞬でも自分達をやられる方からやる方にしたいだけじゃ  ねぇか。そんなもん俺は認めねえ。だから転移機を壊してやったのさ」 「では我々はどうなる! 報いを果たすこともできず、ただ“災い”に滅ぼされろというのか!」 「お前らは生きることを諦めた。自分達より後に世代はねえって、未来の奴らに詫びの一つも入れねえで  そう決めた。そんな奴ら、まとめて吹っ飛んじまえ!」 ブルーは考えるより速く駆け出していた。右手にミライソードを発現させて、レッドの頭に斬撃を打ち込 もうとする。  しかし、右腕に走った激痛がブルーの足を止めさせた。見ると、レッドのミライソードの切先がブルー の腕に埋まっている。 「遅いんだよ」 ブルーが慌てて右腕を引き抜く間に、レッドの片翼が持ち上がり、触れている空間との干渉を開始する。  レッドの体はふわりと浮き上がり、ブルーと正対する位置にまで移動した。 「この…反逆者が!」 右腕を押さえたまま放たれたブルーの恨み節に、レッドは低い声で返す。 「俺が転移機をダメにしようがしまいが、結果は変わらねえぞ? お前らの望み通り死ななくてもいい過  去のやつらを巻き込むか、転移機が使えないままおとなしく“災い”に滅ぼされるかの違いってだけだ。  どっちにしろ、お前らに生きる気力なんざ残っちゃいないんだろ?」 正対したことで、視線の絡みはより強くなっている。手負いとはいえ強力な力を持った者を目の前にして、 ブルーは自分が気押されていることを自覚した。 「だったら生きようとする者を巻き込まねえで、お前らだけで勝手に死んでろ!」 「くっ…」 ブルーは言い返す言葉が出てこなかった。レッドは不意に視線を逸らし、子供達の方を見やる。 「見てみろよ、あいつらを。あのガキ共はどんだけ追い込まれても必至になってあがいてきやがった」 レッドとブルーの視界に、駆け寄ってくるマナの姿が映った。こちらに向かって手を大きく振り、修理の 順番が巡ってきたことを伝えている。  レッドは翼の出力を調整して子供達の方へ滑空する準備を整えると、振り返ってからブルーに言い渡す。 「俺達の世界とこの世界が繋がっていないとか、そんなことはどうでもいい。あいつらに共感しちまった  のさ。だから戦ってんだ」 飛び立っていくレッドの背を目にしながら、ブルーはひとり立ち尽くしていた。 6、  2日後の10月3日、サハリ町全体をデスフォース反応が覆っていた。ガチャフォースの子供たちは連 絡を取り合って町中に散開し、それぞれ目の前の敵に対処している。  デスブレンがサハリ町全体にデスフォースを投入する物量戦に出たのはこれで2度目だが、今回の戦い で投入されたデスフォースのボーグは前回よりも明らかに強力だった。今まで多くの戦いを経験してきた 子供たちも苦戦を強いられ、誰ひとり他のメンバーを救援できずにいる。  もし子供たちが敗れてしまえば、デスブレンの地球破壊はなんの障害も無く進められてしまうだろう。 しかし大人たちは何も知らないまま日常に追われることしかできない。  そんな様子を空から見下ろしつつ、ガルダはイナリ山に生える切り株のひとつに身を降ろしていった。 降り立つなり音を立てて腰を下ろし、右手で腹をさする。この間まで穴が開いていた部分はナオをはじめ とするナースボーグ達の修理によって綺麗に塞がっていた。しかし精神に空いた穴までは埋まっていない。  発端はデスベース跡での決闘のときだった。コウと申し合わせた時刻よりもずいぶん早く着いていたシ ョウは、ユージから渡されていた音声データを開いてみた。それを聞き終えると、数分のあいだ一言も発 さないまま動かなくなってしまったのである。 「ショウ、何ボーっとしてやがる!」 ガルダはこのままだと決闘に支障が出ると判断して、パートナーを怒鳴りつけた。ショウは垂れたままに なっていた頭を上げてガルダと目を合わせると、小さいながらもはっきりとした声を口にした。 「この決闘に負けたら、俺はガチャフォースに入る」 ガルダとショウは全てのガチャボーグを破壊するという目的において一致し、パートナー契約を結んだ。 だからデスフォースのみを相手にするガチャフォースへの入隊は明らかな契約違反である。当然、ガルダ は激昂してショウに鋭い視線を寄越した。 「ふざけんな! ガチャボーグは全部ぶっ潰すってお前も望んだだろうが! それとも今から負けること  だけ考えてんのか? 手ぇ抜くつもりじゃねえだろうな!」 ショウは座っていたガチャボックスからすっと立ち上がり、いつもの冷淡な声に決意の色をにじませた。 「手は抜かない。この決闘は確信を得るための戦いだ。抜くはずがない」 事実を突きつけられても、ショウの心はすぐに変われるものではなかった。その心を持ったままコウと全 力で戦い、コウに打ちのめされることで今までの心が間違いであったと、自分に見せつけようというのだ。  事実、決闘のときにショウが発揮したGFエナジーは、過去の戦いの中でも最大のものだった。しかし Gレッドとコウの前ではそれも通じず、惨敗と言ってもいい結果に終わってしまった。  決闘が終わったあと、ショウとガルダはそれぞれ別の道へと去っていった。ショウはレッドと出会って タマをデスフォースから引き抜くために行動を始めたが、ガルダはただサハリ町の空を漂うことしかでき なくなっていた。 「ちくしょう……」 サハリ町の公園上空でガルダは呟いた。惨敗したからといって強くなることを諦めたわけではない。だけ ど間違いなく自分の全力を発揮できた戦いがこんな結果になってしまったことは、彼の自信におおきな亀 裂を走らせていた。 「どうすりゃいいんだ…」 もう一度ショウのところに戻ることなどできない。しかし、パートナーなしで最強の座につけることは考 えられない。初めて胸に宿った閉塞感に悩まされながら、ガルダはゆっくりと飛行を続けた。 「負けちゃったみたいだねー」 後方から聞こえてきた声に向かって、ガルダは身を返した。そこにはショウをふぬけさせるきっかけを作 ったユージのパートナー、ジャックがふよふよと浮かんでいる。 「君はね、強さって呼べるものは力だけって思い込んでるんだ。ガチャフォースに入ってみんなと仲間に  なれば、もっと別の強さを得られるはずだよ」 「なんだオマエ…偉そうに説教しやがって」 ガルダは自分にこれだけの仕打ちを与えた元凶に対して、体の底から沸いてくる怒りを感じた。 「そんなことはなァ! 俺に勝ってから言ってみろよ!」 右手にガルダブレードを発現させ、最大速度でジャックめがけて突撃をかける。ジャックはヘルメットを ちょっとだけ持ち上げてジェルフィールドを展開させた。 「そんなんで止まるわけねぇだろうが!」 ガルダは躊躇することなく突撃を続けた。このスピードを持続させればジェルフィールドに入っても速度 が落ちてしまう前にジャックを貫けるだろう。しかし、フィールドはガルダの目の前で消滅した。  (あきらめやがったな)とガルダは確信し、ガルダブレードをジャックの頭めがけて大いに突き出す。 「消えろ、雑魚がァ!」 ガルダが叫んだ直後、静かな街の空に衝撃音が響いた。  ガルダブレードは消失し、ガルダの腹部にはバスターレーザーを浴びたような感覚だけがあった。ジャ ックは圧縮したジェルフィールドを指先に集中させると、ガルダのいる方向からかかっている圧力だけを 解除し、レーザーのように発射したのである。 「力だけじゃ、僕には勝てないよ」 地に向かって落ちていくガルダに、ジャックの声が届けられる。ガルダは敗北感に身を焼かれながら、た だ落ちていくことしかできなかった。  その後、ガルダはまとわりついてくるデスボーグを叩き落しながら、まる一日サハリ町の上空を漂って いた。腹に開けられた穴は自己治癒力によって表面だけは塞がっているものの、そこから内側はデータク リスタルに近いところまで空っぽのままだ。  不意に大きな鳥が羽ばたきながら眼前を横切って、ガルダは自分がイナリ山上空に差し掛かっているこ とに気がついた。そして見たことのない青いウイングボーグを見つけたのである。  ガルダは腹に触れていた右手を振り上げると、力の限り切り株へと叩きつけた。20センチにも満たな い生物が発したとは思えないほど大きな音が響き渡り、木に宿っていた鳥達がいっせいに飛び立っていく。 無数の羽音が聴覚を占めていくなかで、ガルダは一つだけ近づいてくる風切り音があることに気がついた。 「誰かと思えばテメェかよ」 上空から降りてきたブルーの姿を見るなり、ガルダは悪態をついた。しかしブルーはガルダの態度など気 に留めることなく言葉を返す。 「ショウから、お前は強くなるために戦っていると聞いた。デスブレンが本腰を入れ始めた今こそが絶好  の機会だと思うが?」 「テメェこそ、赤鎧は浮き上がるくらいしかできなかったハズだぜ? なんでまだ居座ってんだよ」 「フフ…お互い道に迷うもの同士というわけか」 ブルーはガルダの隣りに降り立った。自分より遥かに武骨なガルダが自ら話を始めるとは思えず、ブルー は先んじて口を割ることにした。 「私は目的を達成するためなら、命を投げ出してもいいと思っている」 「おう、気が合うじゃねえか」 「だけどその目的は私自身が決めたものでは無かったんだ。新メガボーグ全体を包んでいた敵意、上から  の命令、隊への忠誠心。それらが混ざり合っただけのものを、私は何の疑いもなく自分の目的だと勘違  いしていたんだ。そのために命を投げ出したことだってある」 ブルーの言葉を聴いて、ガルダは最強になりたいと初めて思ったときのことを思い返した。当時の記憶と 一緒になって、強い悔しさと決意の感情がよみがえってくる。 「……誰よりも強くなるってことはオレが決めたことだ。テメェみたいに他に流されたワケじゃねえ。メ  ガボーグで好き勝手に暴れてたころ、ダークナイトにズタボロにされてよ。あのとき心底強くなりてぇ  って思った。ダークナイトがいなくなった今でも、それは変わってねぇ」 「ダークナイトの話は新メガボーグにも伝えられている。力を求めて闇に染まり、デスブレンの配下にな  ったガチャボーグだと」 「そいつは違う。たしかに強くなるためなら何でもやるやつだった。けどデスブレンに付いたのはオロチ  を守るためで、力に溺れたからじゃねえ。結局は捨て駒にされちまったが、それでも命を捨ててGレッ  ドのデータを取り返しやがった。あとのことをGレッドに託してな」 「……私も、そういうふうになりたいのだろうか。自分の意志で決めたことのために、生きるようになり  たいのだろうか」 「さぁな。…けど俺は行くぜ。あのとき誰より強くなるって決めちまったんだ。そのためだったら、群れ  るくらいどうってことねぇ」 ガルダの中には確信があった。かつての自分が決意したことは、いま抱えているくだらないプライドより もずっと大切なことだったはずだ。だったらそんな足枷など外してしまえばいい。ショウと別れてからず っと心に雲を作っていた迷いが、ようやく晴れたのだった。 「じゃあな」 ガルダは飛び立つ。心の中には迷いを消してくれたブルーへのささやかな感謝があった。ガチャフォース に入るための飛翔をするときに、今までに数えるほどしか感じたことのない感謝の気持ちを持っていられ ることは、これから輪の中でうまくやっていけるだろうという安心感を覚えさせてくれた。  ショウはぴくりとも動かず、高台からシマウマ通りを見下ろしていた。5メートルほど下に見える通り の一角では、コウとGレッドがルビーナイトとサファイアナイトを相手に奮戦している。  2対1ではさすがに分が悪いと判断したコウ達はバーストを発動させ、Gクラッシュで2体のナイトを 撃破したが、直後に現れたビームガンナー、サイバーニンジャ、サイバーガールハイパーの3体に包囲さ れてしまった。  Gレッドのダメージが5割を超え、バーストが使用不可である以上、生存率は万に一つを割るだろう。 しかし敗北が決まったライバルの姿さえもショウの網膜には像を結んでいなかった。  ショウは目を閉じて、こんなときにも穏やかに流れ続けている風の音に神経を集中した。聞こえてくる のはビームガンナーが放ったのであろう大出力のビーム音と、それに焼かれるGレッドの装甲の音。  そして真上から自分めがけて降ってくる、黒い翼の風切り音――! 「行くぞ、ガルダ」 目を開いたショウが高台を一気に駆け下りていく。  走る自分を追いかけてくる風切り音がだんだんと大きくなっていくことを知覚しながら、ショウはライ バル達への咆哮をあげた。 「どうした! しっかりしろ!!」 7、  さらに2日後、10月5日の正午。  工事現場の上空からブルーは東の街を見ていた。翼から発生する浮力と地球の重力を釣り合わせている ため、気まぐれに吹く風で前後左右に流されることはあっても、高度が変わってしまうことは無い。  視線の先にあるさばな町では、突如姿をあらわしたサイバーデスドラゴンと巨大化したガチャフォース のボーグたちが戦っている。一部の子供達を除いて誰も信じようとしなかった侵略者の存在は、初めて多 くの大人たちの知るところとなった。しかし未知の金属で構成されたガチャボーグに対して有効な攻撃手 段はなく、今はただ現実とは思えない光景を前にして怯えていることしかできない。  おそらく大人たちにはサイバーデスドラゴンとガチャフォースのどちらが人間の味方なのか確信を持っ て言い切れるものは誰ひとりとしていないだろう。まして、ガチャフォースと共に戦っている子供たちが いることなど想像することすら出来はしまい。  サイバーデスドラゴンの腹から膨大なエネルギーが放たれ、濁流となってビル群を砕いていく。  それをビルの屋上から飛び上がって回避したケイがミサイルを発射し、側転で逃れたビリーはリボルバ ーを勢射する。リモートビームに付きまとわれていたレオパルドは、ジャックがジェルフィールドでビッ トを鈍らせた隙に脱出し、主砲をありったけ放った。  当初は青天井だと思われていたサイバーデスドラゴンの耐久力も、徐々に落着の兆しを見せている。し かしガチャフォースが受けた被害も軽いものではなかった。軽傷で済んでいるのはGレッド、ガルダ、ケ イと、新しく入ったばかりのデスウイング、後方にいるナオくらいのもので、ダメージが大きいボーグは ビリーやレオパルドのように早々に弾薬を使ってからナオのところへ後退している。  ブルーは心に絶望がよぎるのを感じとった。サイバーデスドラゴンの先ほどの一撃は悪あがきだろうか ら、ほどなく倒すことはできるだろう。しかし今度は、これだけの損傷を受けた状態でデスブレンと戦わ なくてはならない。デスブレンが襲来するまで多少の時間はあるだろうが、全機を万全な状態にできるほ ど長くはあるまい。100パーセントの力を発揮しても勝てる見込みが少ない現状において、大きな不安 要素を背負うことになる。そしてなにより、ブルーの世界の歴史において、地球は破壊されているのだ。 ――勝てるわけがない。  ブルーの中で何者かがつぶやいた。その声に意識の向かう先を引っ張られたブルーは、思わず声を発し ていた。 「あきらめればいいのに…」 サイバーデスドラゴンに勝ってもデスブレンには勝てないのだ。ならば早いうちに諦めた方が楽ではない か。 「未来の私たちが諦めたんだぞ。どうしてお前たちは諦めない? なぜ立ち向かうんだ…絶望しかないと  分かっているのに!」 ブルーの叫びをさらうように、強い風が吹き抜けていく。高度は変わっていないはずなのに、ブルーは体 がどこまでも沈み込んでいく感覚を覚えた。 「デスブレンをやっつけて、みんなを守るために決まってんだろ! 俺たちにしかできないんだぜ?」 突然背後から聞こえてきた声に反応して、ブルーは体ごと振り返った。 「Gレッドのパートナーの受け売りさ。まっすぐすぎてガキ臭ぇ」 そこには赤い鎧に大きな両翼――ビームウイングレッドの姿があった。 「だけど俺は共感した。“災い”と戦うことは、戦う力を残した俺たち警備隊にしかできねえ。力を持っ  てるんだったら、過去のやつをののしる前に目の前の絶望を全力でぶん殴る。そんな生き方にオレは共  感しちまったんだ」 言いながら、レッドはブルーの目を直視した。迷いのない双眸を向けられたブルーは金縛りにあったよう に体を硬直させる。 「なぁ、お前はどうなんだ?」 視線が絡み合ったまま放たれた問いに、ブルーはまだ答える術を持たなかった。 8、  サイバーデスドラゴンとの戦いから2日が過ぎた。  隣町であれだけの騒ぎがあったのに、サハリ町は今日も穏やかな秋晴れに包まれていた。10月に入っ てからもう一週間になるが、住宅街の路地ではまだ半そでを着た子供たちが我先にと走りながら下校して いる。  Gレッドのパートナーである獅子戸コウも多分に漏れず、シャツの長袖をめくりあげて家路を急いでい た。 「ただいま!」 やや乱暴に玄関のドアを引き開け、脱いだ靴は散らかしたまま足早に2階へと向かう。コウが自室の扉を 開くころになっても誰かの声が帰ってくることはなく、聞いていたとおり両親は出かけているようだった。 「Gレッド、みんなは?」 コウは机のふちから足を下ろして座っているGレッドに尋ねた。  机の上にある窓は数センチだけ開いており、Gレッドはサイバーデスドラゴン戦で負傷したボーグたち の様子を伝えるため、ここからコウの部屋に入って待っていたのだ。 「ナースボーグたちが休まず治療を続けている。それぞれの詳しいダメージデータだが…」 Gレッドの言葉はそこでピンポンというベルの音にさえぎられた。  コウはあわただしく階段を駆け下り、玄関のドアを押し開く。 「オロチにブルーか! 早かったな!」 コウは「まあ入れよ」と続け、ドアを全開にした。  オロチとブルーは躊躇しながらドアを支えていたが、さっさと階段を上り終えたコウに上から 「何やってんだー?」 と促されると、ようやく家の中に足を踏み入れていった。  コウの部屋に入ってから、オロチは積み上げられた雑誌に目を奪われた。世話になっているうさぎの部 屋はきれいに片付けられ、かわいらしくレイアウトされているので、こんなに無骨な物を目にすることは ない。しかもよく見れば同じ雑誌の同じ号がいくつもあるという奇妙さで、オロチはその一角から目を離 せなくなっていた。 「―――といったところだ」 「えっ?」 Gレッドの声がようやく意識に認められ、オロチがそちらを向いた時には報告がすでに終わっていた。 「…聞いていなかったのかい?」 「あ…あぁ、すまない」 ばつが悪そうにオロチが返すと、コウが言葉を挟んでくる。 「気にすんなって。どうせショウが来たらもっかい話すんだしさ」 オロチたちがコウの家にやってきたのは、サイバーデスドラゴン戦で大きな怪我をしなかったボーグたち でトレーニングをするためだった。もちろんトレーニングを行うのはコウの部屋ではなく、イナリ山だが。 「でもウチにオロチとショウが来るなんて信じらんねぇな」 片やデスブレンの手先、片や全ガチャボーグの敵だったコマンダーである。コウがそう思うのも無理から ぬことだ。 「ホント、お前らと友達になれて良かったぜ」 そう言って笑顔を見せたコウから、オロチは視線をそらした。 「む…全てはデスブレンを倒してからだ」 オロチの中にはある感情が芽生えつつあった。それが土から顔を出すのは、彼女の言葉通りデスブレンを 倒してからになる。  コウ、ショウ、オロチと共にイナリ山に向かう道中、ブルーはオロチにだけ聞こえる小さな声で話しか けた。 「オロチ、君はどうして戦っているんだ?」 オロチはこちらも小さな声で、行く先から目をそらさないまま答える。 「本当の自分を取り戻すためだ」 思わず「本当の自分…?」と問いを返したブルーに対して、赤い瞳の少女はよどみのない言葉を投げてい く。 「いつわりのない、真に自分の感情を持つ者のことだ。今の私は記憶を失い、感情の大半をデスブレンに  よって抑制されている。だから…生きているという現実感が薄いんだ」 オロチが言ったことはブルー自身にも当てはまる部分があった。自分自身の感情というものを、警備隊に 入ってからずっとどこかに置き忘れていたような気がする。 「ありのままの感情を持って生きる…そんな当たり前のことに餓えているんだ。うらやましい…みんなが」 「うらやましい……か」 ブルーは自分がレッドに対して、そう思っていたのではないかと自問した。レッドは全ての現象を自身の ことと捉えて生きている。何が起ころうとも全体の意思ばかりを正しいものと信じてきたブルーにとって、 それが新鮮に映っていたことは疑いようがない。  オロチがコウに惹かれているのとは違うが、自分もレッドに惹かれているのかもしれない、とブルーは 淡い自覚をいだきつつあった。 9、 「では、ブリーフィングを開始します」 翌日の10月8日、イナリ山の山道から脇に入ったところにある広場でユージは円をつくって並んでいる ガチャフォースメンバーたちに向かって言った。 「惑星メガボーグでの戦闘データによると、デスブレンは集めたエナジーを使って2000Kmの大きさ  に巨大化し、宇宙空間からの攻撃でメガボーグを破壊したそうです」 レッドとブルーを除いたガチャボーグたちが表情をこわばらせる。できれば2度と思い出したくない体験 だった。 「私たちはパートナーにGFエナジーを最大まで供給することで、パートナーをさばな町のときよりもさ  らに巨大化させて挑みます」 「しかし、目標は遥か上空だぞ? 地表からの攻撃では奴の下面しか叩けんはずだ」 「メット君のおっしゃるとおり、私たちはデスブレンのさらに上から攻撃をしかける必要があります。そ  こで4名のコマンダーにはパートナーではなくシールドウィッチにGFエナジーを送っていただき、上  空で展開されたシールドを足場にしてデスブレンの頭上を取ります」 「フン…なるほどな」 メットが納得したところで、入れ替わりにコウが尋ねる。 「それで、誰がシールドを張るんだ?」 ユージはコマンダーたちを一瞥してから「空での戦闘では射撃武器の重要性が高くなります」とつないだ。 「よって、近接戦重視のパートナーを持つネコベーさんとテツヤ君。それから地上では残存しているデス  ボーグが一斉に動き出すでしょうから、コマンダーがやられないように戦力を運用しなくてはいけませ  ん。その指揮役としてメット君とシジマ。最後に、地上部隊にも射撃ができるボーグが必要になります  から、その役をミナさんにお願いします」 『わかったわ。任せて』 ミナと、パートナーであるキラーガールの澪(ミオ)が声を揃えた。 「レッドさんとブルーさんにも地上に残ってもらい、上空からのデスボーグ掃討をお願いします」 「作戦目的はGFコマンダーの防衛か。了解したぜ、司令官」 レッドはいつもの軽い口調で返したが、となりで滞空しているブルーは無言を貫いた。  レッドに司令官という肩書きを言い渡されたユージは少し得意げになったのか、先ほどまでよりもやや 力強い声を出していく。 「デスブレンへの攻撃を担当するメンバーの出撃順は、配布したプリントに書いてあるとおりです。デス  ブレンが接近する夜明け前まではゆっくり休んで、決戦に備えてください。では、解散!」 10、  管理するものがいなくなって久しいさばな町のデスベースに、ユージとガチャボーグ2体の姿があった。 2体のうち1体はユージのパートナーであるジャックであり、もう1体は赤い鎧のレッドである。 「話とは何ですか、レッドさん」 先に口を開いたのはユージだ。ちょうど目線の高さに滞空しているレッドは、腕を組みながら問いを投げ かける。 「デスブレンを倒したあと、どうなると思う?」 レッドには答えが分かっている問いだった。それでもわざわざユージに尋ねた理由は、彼に将来を託せる だけの力量があるか試すためである。 「条件によります」 まずは期待通りの答えだった。レッドはもともと軽い声の調子をさらに軽くして問いを重ねる。 「へえ、どんな条件なんだ?」 「この間のサイバーデスドラゴンのようにデータクリスタルを破壊することで完全消滅するかどうかです。  もしデスブレンが消滅せずに自身のパーツを地球にばら撒けば、それを回収して研究しようという者が  必ず現れるでしょう」 そこまで答えを聞いたレッドは、口の端を引き上げながら言葉を挟んだ。 「結論から言えば、デスブレンは消滅しない。俺たちの時代のデスブレン観測データから、デスブレンの  一部はデータクリスタルからのデータ以外によって構築されていることが分かっている。俺たち警備隊  が着けている鎧兜と一緒だな。これはデスブレンが最初のメガボーグを破壊したときから変わっていな  いそうだ」 「それがどの部分に使われているのか、はっきりしたデータはあるのですか?」 「いいや、詳しいデータは無えよ」 「それじゃあこちらでパーツを全部回収することは無理ですから、何にしても研究は始まってしまうわけ  ですね。いずれは人工のガチャボーグも作られるようになるかもしれません」 「・・・・・・お前、ホントに子供か?」 レッドがこれから話そうとしていることこそ、ユージがいま口にした人工ガチャボーグに関係することだ ったのである。 「おっしゃる通り子供ですよ。それで、今の答えで合格ですか?」 試すために問答していたはずなのに、いつのまにか完全に先を読まれている。レッドは苦笑を浮かべなが ら赤い兜に右手をやった。 「まったく、頼もしいんだか末恐ろしいんだか・・・」 「安心してください。ボクは正義の味方ですから」 半ばふざけた口調のユージを前に、レッドはひとつ息を吐き出した。そして兜にやっていた右手を下ろす と、淡々と未来への計画を語り始めていった。 11、  “地球時間で西暦2003年10月9日未明、惑星メガボーグから脱出に成功したガチャボーグたちの 抵抗むなしく、襲来したデスブレンによって地球は破壊された”  新メガボーグの歴史には確かそう書いてあったな、とブルーは思い返していた。今日がその10月9日 である。辺りはまだ夜の闇に覆われているが、あと十数分もすれば徐々に光が差してくるだろう。地球の 運命はあと1時間ほどで決してしまうというわけだ。  地上部隊に組み込まれたボーグたちは狙撃役のミオを除いて、コマンダーとは離れたところに配置され ている。コマンダーたちを東西南北に囲む円陣を取っており、この中にデスボーグを侵入させないことが 第一の目的である。  北側に配置されたブルーはイナリ山の木々の上に滞空しながら、子供たちは今ごろ何を話しているのだ ろうと思ってふと南に視線を向けた。 「マナちゃん」 不意にかかってきた声に反応して、マナは振り返った。その先にはいつもどおりの優しいカケルの姿があ る。 「そんなに硬くならなくても大丈夫だよ。上にあがったら僕とサスケがちゃんとフォローするからね」 デスブレンに格闘戦をしかけることは難しいと判断していたユージは、サスケをフォロー役に位置づけて いた。デスブレン本体への攻撃を行うのではなく、周囲に配備されている砲台を叩くことと、敵の攻撃を 引きつけたうえで回避行動をとり、敵の攻撃を分散するという役目である。 「でも私…もし負けちゃたらって考えると、怖くって…」 マナは自分の体を両腕で抱くようにして、先ほどから離れようとしない恐怖心をなんとか押さえこもうと した。 「カケル君…私たち、負けないよね? また一緒に学校に行ったり、遊んだりできるよね?」 マナの問いに、カケルはすぐに言葉を返さなかった。そのかわりにマナの体を抱き寄せ、自分の胸と両腕 でしっかりと包みこんだ。 「絶対に勝つよ。だから何の心配もいらない。僕たちばずっと、こうやっているんだ」 カケルの言葉を聞いて、マナは両腕から力を抜いた。そうやってふたりの間を阻んでいたものが無くなる と、マナは腕をカケルの背中にまわし、自身の全てを想い人へと預けていった。  東の空が、わずかに明るくなり始めていた。次第に風も強くなり、木々の枝が大きく揺れ動く。時が経 つにつれて大きくなっていくイナリ山のざわめきに引かれて、ガチャフォースメンバーの心中にも波が立 ち始めていた。 「いよいよ来るのか…」 呟いたのはGレッドだ。これまで強い意志を持ってデスフォースと戦い続けてきたが、できるなら二度と 戦いたくないという思いも心のどこかにあった。メガボーグを脱出するガチャボックスの中で見た、故郷 が砕かれていく映像が、今もデータクリスタルの中に焼きついているせいだろう。  一段とおおきく、風がうなった。それは五感を持つ生身の人間だけでなく、機会生命体であるはずのG レッドにも不安をあおる存在として感知されたが、Gレッドがそれに従って心を乱すようなことはない。  今のGレッドには多くの支えがある。散っていったメガボーグの戦友たちの想い、ダークナイトが託し たオロチへの想い、そしてなにより今まであきらめずに戦い抜いてきたガチャフォースメンバーたちが自 分の隣にいてくれるのだ。 (そうだ、私は戦える…!) 強固な確信が胸に宿り、Gレッドは決意をおびた視線を上空へと移した。  先ほどまで強く吹いていた風は奇妙なくらいに凪いでいる。空はまだ星の明かりが見えてもおかしくな いほどの闇に染まっているが、緑色の双眸は砂粒のように浮かぶ破壊者の姿を見逃さなかった。 「デスブレンだ!」 Gレッドの叫びに反応して、ガチャフォースメンバーたちが一斉に空を仰ぐ。彼らがあまりに小さいデス ブレンの姿を探すのに苦労したのは一瞬のことで、巨大な脳を搭載した十字型の空母は、またたく間に空 の半分を埋め尽くす大きさにまで巨大化した。  絶大な敵に対して、GFコマンダー達はちっぽけな人間の、それも子供の体しか持ち合わせていない。 本能的な恐怖に支配されてパートナーに勇気を与えることなどできない状態に追い込まれてもおかしくな かったが、子供たちが勇気の灯火を曇らせることはなかった。 「デスブレンは予想よりも高い位置で停滞しています。展開したシールドの上からさらにブーストジャン  プを使ってもデスブレンの上を取ることはできないでしょう。作戦はプランBでいきます」 不測の事態にも、ユージは素早く的確な指示を飛ばしていく。  先発隊に選ばれていたGレッド・ガルダ・デスウイングは予定通り、3体そろってイナリ山の切り株の 上に並んだ。その足元に、4体のシールドウィッチが協力して作り上げた1枚の大きなシールドが展開さ れる。シールドはGレッドたちを乗せたまま急上昇を行いつつ、空を覆いつくすほどの大きさにまで広が っていった。  シールドの拡大に合わせて、先発隊のボーグたちも巨大化を始めていた。シールドの高度が限界に達し て上昇をやめたときには数十キロもの身長を有すまでになっており、デスブレンに対抗しうる戦力として、 十分な資格を得たといえる。 「全力でいくぞ!」「勝つ!」 ショウとオロチが叫び、ガルダとデスウイングは一気に高度を上げてデスブレンの頭上を取った。  ただひとりシールドの上に残ったGレッドは、いちど上方を見上げた。シールドとデスブレンとの間に は、かなりの距離がある。ユージが言ったとおりブーストエネルギーを全て使ってもデスブレンの上にの ぼることはできないだろう。ならば下側の砲台を壊すことに専念しようと心に決めたGレッドは、飛び交 い始めた怪光線の光を回避しながら、ビームガトリングのトリガーを引いた。 12、  デスブレンのバリアが最初に破られたのは戦闘開始から3分ほど、デスウイングの攻撃によってのこと だった。バリアが解除されていたのはほんの数秒だったが、ガルダが抜け目なくファイアーボムを撃ち込 んだため、デスブレンは早くも手傷を負ったことになる。 「やったあ!」 最年少のコタローがまっさきに歓声を上げた。それに続いて、自分たちは勝てるという思いがガチャフォ ースメンバーの中でふくらんでいく。  しかし今の一撃は、まだどこかでガチャフォースを甘く見ていたデスブレンの意識を急激に引き締める 効果を生じていた。その証拠にデスブレンは過去のデータからデスウイングの情報を洗い出し、行動パタ ーンを計算すると、上面にある砲台の照準をすべてデスウイングに向けてみせたのだ。  オロチはデスブレンの変化を敏感に感じ取っていた。デスウイングに攻撃を集中させたのは、行動デー タが数多くそろっているデスウイングなら落とすことに苦労しないだろうとデスブレンが判断したせいだ ろう。オロチにとっては望むところの展開だった。  デスフォースを抜けてコウ達と時間をともにしてきた自分は、デスブレンが知っていた頃の自分とは別 の人間であるはずだ。ここでデスブレンに動きを読まれて被弾するようなことがなければ、それを現実に 証明することができる。 「おまえに勝って、私の記憶を取り戻してみせる!」 咆哮して、オロチはデスウイングを急速前進させた。デスウイングの後方を嵐のように怪光線がかすめて いく。しかし直撃するものは一つとしてなく、デスウイングはデスブレンのバリアに死神の鎌を叩き込む ことに成功した。 (ここでいったん離れて、回避行動に…)とオロチは考え、デスウイングが後方にステップしたときだっ た。デスウイングの足元に何かの塊が飛来して、それは脚部付近に到達すると、膨大な熱量の爆発が起こ したのである。避けきれず、爆風に飲まれてしまったデスウイングは、何の痕跡も残すことなく消え失せ ていた。 「何だ、今のは!?」 狼狽の声を上げるオロチにユージが答える。 「αウイングにファイナルミサイルを積み込んで、体当たりさせたんです」 とてつもない物を用意してくれたものだと、ユージは心中に吐いた。ミサイルを搭載したαウイングは、 さすがに数は多くないだろう。しかし通常のαウイングをダミーとして運用すれば厄介な事この上ない。  そしてデスブレンはユージの考えるとおり、数十機のαウイングを出撃させたのであった。 「くそっ、これでは…!」 浮遊するαウイングに囲まれたGレッドは、体中に流れた危機感によって、わずかに意識と体を硬直させ る。デスブレンはビームガトリングの音が途切れたことを抜け目なく聞きつけると、本体である巨大な脳 からGレッドに向かって氷塊を投げつけた。  怪光線などのビーム攻撃とはちがって弾速の遅い攻撃ではあったが、縦横無尽に飛び回っているαウイ ングのひとつひとつに気を取らなければいけない今の状況では、うかつな回避行動は行えない。  氷塊に気づくことに一瞬遅れてしまったGレッドは回避先の計算に時間を取られてしまい、完全に回避 しきれずにビームガトリングの先端を氷塊にかすめてしまった。  通常なら氷塊の大質量によって手中から弾き飛ばされているはずのビームガトリングはGレッドの手の ひらに収まったままだったが、それは幸運ではなかった。氷塊に触れたビームガトリングの先端から、氷 結が急激に進行していたのである。  Gレッドが思わずビームガトリングを投げ捨てると、それは足下のバリアに硬質な音を立てた。すると 付近を飛行していたαウイングのうち2体が、待ちわびていたかのように銃に向かって突進をかけてきた。  Gレッドはブースターを最大限に吹かすことで2体のαウイングが起こした死の爆風からかろうじて逃 れたが、もし氷塊に気づくことか回避先の計算のどちらかがコンマ数秒でも遅れていれば全身を凍りつか せたまま爆風の餌食になっていたことは確実であった。 (くっ…! 援軍はまだなのか!?) ビームガトリングを失った右手に背中から抜いたブレードを握りつつ、Gレッドは祈りに近い感情で絶大 な敵を見上げた。 13、  デスウイングが消滅してすぐに、地上では残りの戦力を全投入することが決められていた。デスブレン への攻撃を担当するガチャボーグたちは、あわただしくデスアークの上に乗り込んでいる。  その様子を横目にうかがいながら、地上のヴラドは自身のパートナーに目をやった。ネコベーは隣で息 を乱しているミナに言葉をかけ続けている。  先ほどのGレッドを巻き込もうとした大爆発は空中に展開するシールドにダメージを与えていた。シー ルドはガチャボーグの足場として使用するほかに、地球への攻撃を防ぐ役目も果たしている。これからは デスアークが足場になれるので足場としての重要性は低くなるが、地球の盾として消滅させるわけにはい かず、とっさにミナがバーストを使うことでシールドの耐久力を一時的に上昇させたのだ。  ヴラドは思っていた。  デスブレンと戦う前まではどうやって逃げ出そうかと算段していたネコベーが、心を決めてからは一瞬 の物怖じも見せない。今のネコベーなら、もしかすると自分の隠された力さえ使いこなしてくれるかもし れない。 「できるなら、もう少し戦いが続いて欲しいものだな」 デスブレンが倒れてしまえば、ネコベーと共に戦う機会は二度とないだろう。ヴラドはネコベーの成長を 喜びつつも、同時に無念さを心に漂わせた。 14、 「Gレッド、こっちよ!」 唐突に下方から届いたケイの声に反応して、Gレッドは向きを変えないままバリアの外に向かって大きく バックジャンプした。  体が上昇しているときにはαウイングの群れが中空に飛びかっている様子が見え、徐々に下降していく につれてバリアの板が視界を下から上に抜けていく。このままなら地表に激突するまで落下し続けるはず だが、Gレッドの体は巨大化しつつ急上昇してきたデスアークの甲板によって受け止められた。  甲板上には地上で待機していたガチャボーグ全員が乗っている。デスブレンの上方で静止したデスアー クを足場にして、全員でデスブレンの本体と対峙するのだ。  甲板に立つ仲間に向かって、Gレッドは素早く言葉を並べた。 「デスブレンが放ってくる氷塊に注意するんだ。凍らされてしまえば終わりだぞ」 「ダイジョウブ、タイサクハアル」 そうレオパルドが返したところで、デスアークの上昇が止まった。船体はデスブレンの本体を見下ろす位 置に浮いている。  デスブレンは動きを止めたデスアークに向かって、3発の氷塊を投げつけた。 「イクゾ、ビリー、サスケ」 甲板の淵まで出てきたレオパルドは言葉に続けて、弾速を落とした主砲を氷塊の一つにむけて放った。同 じタイミングでビリーはリボルバーを1発だけ放ち、サスケは着火していないシノビボムを別の氷塊へ投 てきする。  いずれの攻撃もビームと違って実体を持った弾丸である。氷塊は己に触れた実体弾を凍らせるべき対象 であると認識し、絶対零度の侵食を開始した。連鎖的に付近のαウイングも反応を開始し、凍りついた実 体弾に向かって7体が殺到すると、膨大な熱量の爆発をおこして虚空へと消えた。 「ヘッ、こんなもんだな」 リボルバーを構えたままビリーが調子付く。それを皮切りにガチャボーグたちはデスブレンの上に飛び出 していき、ガチャフォースの大攻勢が始まった。  攻撃をひきつけて回避しつつ、デスブレンの上にある砲台を壊していくサスケ。  デスブレン本体にミサイルを浴びせつつ、αウイングの攻撃からナオを守るアイザック。  怪光線を華麗に回避しながら、嵐のように銃弾を放つケイとビリー。  デスブレンのバリアが壊れたタイミングに合わせて必殺技を放つGレッドとガルダ。  そして何より、ナオからエネルギーの補給を受けつつ全砲門から無数のビームを放つデスアークの働き は凄まじいものであった。  デスブレンのバリアを壊した回数が5回、6回と増加していく。周囲のαウイングはほとんど叩き落さ れ、砲台は全て壊されている。いくら氷塊を撃ってきたところでレオパルドがデスアークの上から阻止に 専念している以上、ガチャフォースのボーグに当たることはない。  誰もが勝利を確信した、そのときだった。  突如、レオパルドがデスアークの上から投げ出された。追い詰められたデスブレンが別の攻撃方法に切 り替えたのだ。  デスブレンの本体から放たれた4発のビームは、いったん四方に展開してから目標として捕らえたボー グに向かって殺到する。単純な攻撃だが、デスブレンはそのプロセスを1秒間に10回の速さで実行して いる。回避できる余裕などない。  デスブレンは素早くサスケをロックオンしてシールドの上に叩き落すと、アイザックがカバーしきれな い部分から火線を送り込み、ナオの注射器を破壊する。  そのころにはケイ・ビリー・Gレッドがデスブレンの上に散開して攻撃を分散しようと試みたが、デス ブレンは目もくれずにデスアークを狙い撃ちにした。頑強を誇るデスアークも集中された無数の火線に全 砲門を破壊され、残存したαウイングの体当たりによって推進装置を止められれば、砲台にも足場にもな れない、ただシールドの上で転がるだけの金属塊に成り下がる。  デスアークが落ちる前にデスブレンの上に飛び移ろうとナオとアイザックがあわてている間に、攻撃の 手はGレッドに伸ばされた。最初の数撃こそプラズマブレードで弾いたものの、手が追いつかなくなった 一瞬の隙に精密な狙いで左足首を打ち抜かれ、よろめいたところを側面から体当たりしてきたαウイング によって突き落とされる。  デスブレン本体への攻撃が可能な位置に残された高火力機はガルダのみとなり、ユージは何とか守りき ろうとジェルフィールドを展開したジャックを援護に向かわせた。しかしフィールドひとつで全ての攻撃 から守りきれるはずもなく、ジャックは頭、ガルダは翼に直撃を受けて飛行能力を失い、下層へと落ち ていった。 15、  上空から真下にビームを放ち、26体目のデスボーグを撃破したブルーは視線をはるか高空へと向けた。 だいぶ落ち着いてきた地上とは裏腹に、大気圏外に張られた巨大なシールドの上では激戦が続いている。 デスブレンの強力な火力を前にしても、どうにかバリアを破ってダメージを与えていくガチャフォースの ボーグたち。しかしレオパルド・デスアークといった大砲どころか、Gレッド・ガルダさえ攻撃に参加で きない状況では、虫の息のデスブレンを倒すことさえ絶望的になっていた。  ブルーの目に、デスブレンの本体を覆う紫色のバリアが再び映った。あと一度これを破れたなら勝負は つくだろう。  そのとき、二つの影がデスブレンから分離した。それは徐々に大きく見えるようになると、シールドに 背中を打ちつけて静止する。ビリーとアイザックがデスブレンの上から落とされたのだ。これでデスブレ ンの上に残っているのは丸腰のナオと、少なからずダメージを受けているはずであろうケイの2体のみ。 ―――もはやこれまで。もう勝つことなどできない。 ブルーの意識の中で、何者かがささやいた。 ―――我々にもこの世界にも未来などない。もう終わりだ。 「そうかもしれない……」 ブルーは我知らず呟いていた。意識の中に巣食っている何者かは、その言葉に喜んでブルーの思考を支配 しようと巣穴から這い出てくる。ブルーは抵抗するそぶりすら見せず、体を滞空させたまま何者かを受け 入れていった。  動きを止めたブルーを好ましく思ったのか、一体のデスボーグ・シグマが背後から接近を始めた。腕の ビームガンは既にエネルギー切れを起こしているため、飛行状態からきりもみ回転しつつ剣を突き出して 串刺しにしようという思惑だ。無音を保ったまま徐々に速度を上げていき、ブルーの翼を正面に据える。 細いフレームで構成されている翼なら手持ちのソードでも十分な損傷を与えられるという計算に基づいた 行動であり、事実それは正解だったのだが、答え合わせをするより早く、投げつけられたミライソードの 刀身によってシグマの頭は2つに割られていた。  一拍おくれて2条のビームがシグマの胴体を撃ち抜き、黒いボーグはあっけなく爆散する。ブルーはそ の地点へと飛翔し、爆風にあおられて舞いおどるミライソードを手に取った。  ブルーの意識は波ひとつない静けさの中にある。巣を作っていた何者かは、先ほど爆散したシグマと一 緒にどこかへ消えうせていた。  もう自分を惑わせるものは何ひとつない。ブルーはいちどデスブレンに向かってまっすぐな視線を投げ てから、オロチのもとへと羽ばたいていった。 16、 「オロチ! 私と契約を結べ!」 オロチの前に降りてくるや、あせる気持ちがブルーを叫ばせた。  オロチはパートナーのデスウイングが早い段階で破壊されているため、GFエナジーはさして消耗して いない。ならばパートナー契約をすることでエナジーの受給を可能にし、体当たりしてでもデスブレンに 止めを刺そうというのがブルーの考えだった。 「速くするんだ、ガチャフォースのボーグたちが破壊される前に!」 「だ、だけど…」 コウたちとトレーニングをしたときとは別人とも思える剣幕でかかってくるブルーに、オロチは逡巡を見 せた。 「何をやっている! Gレッドがいなくなれば、コウは悲しむんだぞ!」 ブルーは腹の底から怒鳴っていた。自分が身を投げる決意をしているのに、他人の迷いが枷になって動け ずにいることが、並ぶものがないほど腹立たしかったのだ。 「悪いけど、そのコは予約済みでね」 意識の中に滑り込んでくるような軽い言葉が背後から飛んできて、ブルーは思わず振り返った。 「たったいまパートナー契約を済ませたところさ。新メガボーグの者同士、考えることは同じだったって  ことだな」 「やめろ! お前が行く必要はない!」 目の前に降り立ったレッドに向かって、ブルーはもういちど体の底から声を出した。  レッドは新メガボーグに戻るべきであると、ブルーは思っていた。レッドはあれほど頑なだった自分の 心を動かして見せたガチャボーグである。彼が新メガボーグにいてくれれば、まだ望みを捨て去る必要が ないことを故郷のボーグたちに伝えられるかもしれない。 「お前は生きなきゃいけないんだ! 新メガボーグを救うことは、お前にしかできないんだぞ!」 レッドは必死に訴えるブルーを全く意に介さない様子で、わずかに笑みを浮かべながら右腕をブルーの方 へと伸ばした。  右手の先がブルーのヘルメットに触れる。刹那の間があって、引き戻されていくレッドの手に従って青 いヘルメットがブルーの体から離れていった。  そうして現れたのは鮮やかな青色をした頭髪と、切れ長の目に浮かぶ宝石のような青い瞳。引き締まっ た表情をしているが、輪郭はやわらかい曲線を描いている。 「きれいな顔だ。ベースはエンジェルボーグみたいだな」 軽薄な口調をやめないレッドに対して、ブルーはこんなときに何を、という鋭い視線を向けた。  しかし青い目はすぐに驚きの色に染められた。手に握られていたブルーのヘルメットごとレッドの右腕 がぼとりと地に落ちて、消滅を始めたのである。 「おまえ…!」 絶句するブルーを前にしながらも、レッドは相変わらずの調子を保っていた。 「どうやら時間切れみたいだな。どうせ俺は助からねえんだ、せめて地球のやつらのために命を使わせて  くれよ」 「そんな……」 言葉を発しながら、ブルーの瞳が揺れた。  おもむろに、レッドの体が上昇を始める。それが数十センチの高さに達したところで、レッドは地上に 張り付いたまま動けないでいるブルーへと、左腕のツインビーム砲から排出されたデータクリスタルを投 げやった。 「ウイングビームのデータだ。そいつは外部パーツで消えることはねえから、好きに使えばいい」 ブルーは落ちてきたデータクリスタルを両の手のひらで受け止めると、上空のレッドへと視線を向ける。  レッドは翼をいっぱいに開いて空間との干渉力を最大まで高めると、オロチから送られてきたGFエナ ジーを爆発させ、体の周囲に金色の光を発生させた。 「じゃあな、ブルー」 上空から聞こえてきた、おそらく最後になるであろうレッドの声。しかしブルーは、その言葉を最後のも のとは認めなかった。 「アリスだ」 「えっ・・・?」 思わず聞き返したレッドに向けて、ブルーは凛とした表情を向ける。 「私の名前だ。警備隊に入ってからずっとどこかに置き忘れていた、私自身の名前だ。取り戻してくれた  お前に、誰よりも早く聞かせたかった」 レッドはすぐに言葉を返すことなく、やがて朝を迎えるであろう地球の空に視線を移した。遥か高空に位 置するデスブレンの本体まで、さえぎるものは何もない。 「……安心しな、忘れねえよ」  そうつぶやいたレッドの体は、地上に突風を巻き起こしながら空のかなたに向かって急上昇していく。  アリスは風を全身に浴びながらも、飛翔する赤い翼をいつまでも見続けていた。 17、  飛行体制のままほぼ垂直に宇宙へ昇っていくレッドの体は次第に大きくなっていき、やがて子供たちの バリアを超えてデスブレンに肉薄した。  急速に近づく敵影を察知したデスブレンは、狂ったように発射されるビームをレッドに集めてくる。  レッドはきりもみ回転しながら左右に体を動かしていくつかのビームを回避したが、それでもレッドの 体は容赦なく削られた。だが、右足が砕け、左腹をえぐられ、直撃を受けた赤い兜が剥がれ落ちようとも、 レッドは速度を微塵も落とさなかった。  デスブレンのバリアが眼前に迫ってくる。最後の推進力を少しでも大きなものにするため、レッドは赤 い翼を大きく羽ばたかせた。同時に左手の中にミライソードを発現させ、腕に付いたツインビーム砲の自 爆システムも起動させる。ソードを前方に突き出したまま突撃してバリアを破り、自爆によってとどめを 刺す。それがレッドの考えだった。  いちど左に体を振ってビームを回避してから、レッドはソードをデスブレンのバリアめがけて突き出し た。ミライソードはデスブレンを包む正八面体の下側、その一辺に突き刺さる。  バリアが割れるまでには多少の時間がかかる。その間レッドの体はほとんど静止したままになってしま うためビームの回避はできない。どうにか自爆装置の付いた左腕を死守しようと、レッドはソードとバリ アの接点を支えにして体を揺さぶり、左右から襲ってくるビームを残った両翼で受け続けた。  無数のビームに襲われて、金色に光る体から両翼が剥がれていく。腕をかばう物が無くなり、破壊され てしまうまでの猶予はもはや数秒しかない。しかしバリアの出力は急激に低下している。腕のツインビー ムが使えればすぐにでもバリアを割れるだろうが、自爆モードにセットしている以上、攻撃に使うわけに はいかない。残されている武器は無いのか。  レッドはソードを持つ左手に力を込め、自分の体を引き寄せた。そのままの姿勢でソードを逆手に持ち 替え、残った左足を力の限り伸ばしてバリアを蹴り飛ばした。 「どうだァ!」 吼えるレッドの目の前で、バリアのエネルギーに触れた左足がちぎれていく。それと同時に紫色の正八面 体は消滅した。レッドは激しい痛みを感じながらも歓喜の表情をデスブレンに向けて作った。まだ左右か らのビームは続いているが、腕を破壊されるまでの時間よりも左腕を起爆させるまでの時間のほうが遥か に短い。 「オレ達の勝ちだ、デスブレン!!」 レッドは左腕をデスブレン向けてから、起爆の命令を送信した。  命令はデータクリスタルからビーム砲へと到達し、あらん限りのエネルギーを爆発させてデスブレンに 止めを刺す――はずだった。 「・・・なんだよ、これは」  レッドがデスブレンに向けた左腕、その肘から先が消え失せていた。刹那の間があって、真下にあるデ スブレンの甲板からゴトリと音がした。レッドが視線を向けてみると、自分の左腕が落ちている。  時間切れ――――。  データクリスタル内にその言葉が再生された。起爆の命令自体は届いているだろうから、じきに腕は爆 発するだろう。しかし自分の体と離れた状態では爆発の威力はかなり制限される。デスブレンへのトドメ になるほどの威力が生み出せるとは、到底思うことが出来ない。最後の最後で、天運はデスブレンに味方 したのだった。  甲板上で起爆したレッドの腕は、熱と風を生み出しながら消滅した。  レッドの体は爆風にあおられ、デスブレンの砲台のひとつに引っかかって静止する。爆風にさらされて もレッドの頭と胴体はどうにか残っており、レッドは目を開いて前にそびえる敵へと視線を向けた。  デスブレンの本体は健在だった。爆風によってわずかなダメージは受けているようだが、機能停止には 至っていない。その証拠に、再開されたビームの発射が吹雪のようにレッドを打ちのめしていく。動けな いままビームを受けるレッドは、数秒のうちに無数の破片になるまで砕かれる。やがて胴体から露出した データクリスタルにビームが殺到し、レッドの意識は二度と戻らない場所へと霧散していった。 18、  レッドのパーツの雨の中を、ブレードを握ったGレッドがバーニアを吹かせながら昇って行く。デスブ レンはそれに気がつかず、いまだに自分を脅かしたレッドに対して執拗な攻撃を続けていた。  ブーストエネルギーを全て出し切ったところでデスブレンに届かないことは分かっている。だが、それ でもGレッドは焼き付くほどの出力でバーニアを吹かし続けた。 「ガルダァ!!」 エネルギーが切れる直前で、Gレッドは叫びを上げた。  ブースターに火を入れたGレッドを視認した瞬間から、ガルダはファイアーボムのチャージを始めてい た。チャージによって体中を炎のエネルギーが駆け巡り、それが臨海に達すると一刻も早く解き放ちたい という衝動が思考を支配する。いつもであれば衝動に従って、相手を破壊するための火球を本能のままに 放っていたかもしれない。しかし、今のガルダには別の思いがあった。 (君はね、強さって呼べるものは力だけって思い込んでるんだ。ガチャフォースに入ってみんなと仲間に  なれば、もっと別の強さを得られるはずだよ) かつてジャックが言った言葉である。  一人で戦っていては手に入らない強さが確かに存在している。ガルダは今こうやってGレッドの意志を 汲み、解放への衝動をごく自然に抑えて見せていることで、その確信を得ていた。  このファイヤーボムは目の前にいる敵を壊すためのものではない。自分の意思を仲間と届け、背中を押 してやるためのものだ。 「手加減なんかできねぇぜ、特にお前が相手じゃなァ!!」 意思と力、その2つを炎にこめて解き放つ。過去に放ったファイヤーボムの中でも最も威力を高めたはず なのに、火球は寸分の狂いも無くGレッドの背中へと吸い込まれるように走っていった。  Gレッドの背中でファイアーボムが起爆する。Gレッドの安全すら無視した威力の爆風は、Gレッドの 体をデスブレンに向けて銃弾のような速度で発射した。Gレッドはデスブレンの本体に到達するまでの一 瞬でブレードを腕と水平に構え、金色に輝くオーラをまとわせながら体の前方へ切っ先を突き出す。  突き出すのとほとんど同時に、ブレードにまとわせたオーラがデスブレンの本体に突き刺さった。オー ラは円錐の形状をしているため、深く突き刺さっていくに従ってデスブレンを左右に引き裂いていく。  やがてGレッドの体は左右に引き裂かれたデスブレンの間に埋まっていき、数秒の間を経て、ついに反 対側まで一直線に突破した。 「私達の勝ちだ、デスブレン・・・!」 Gレッドは振り返り、大穴が開いた巨大な脳に向かって言い放った。眼下ではまだ、レッドのパーツが重 力に引かれて地球へと降り注ぎつづけていた。 19、  要塞のごときデスブレンの船体がぐらりと大きく傾いた。甲板上にいたナオとケイは危険を察知して子 供たちのシールドの上へとすばやく飛び降りる。 「降ろしてください、早く!」 地上にいるユージがシールドを張っている仲間たちに向かって指示すると、空を覆うほどに広がっていた シールドは急速に下降を始めた。  一拍の間をおいて、デスブレンは爆散した。2000Kmにも及ぶ巨大な体のほとんどはデスブレン本 体に起因するものなので、地球に降り注ぐことなく消滅を迎えるだろう。しかし未知数量の外部パーツが どれほどの被害を地球にもたらすのかはまったく予測が出来ない。ユージはシールドの下降をあえて途中 で止めることで外部パーツのいくらかを受け止めようとしたが、成果はさほど挙がらなかった。  爆散したパーツの雨が一段落したところで、縮小されて1メートルほどの大きさになったシールドがイ ナリ山の上空に降りてきた。高空での死闘を演じたガチャボーグたちを乗せたシールドは、供給されてい たエネルギーが絶えたことで大気の中に溶け出していく。  上空に投げ出されたガチャボーグたちが丘の上に降りてくることを予期したコマンダーたちは、先ほど までコウと手をつないでいたオロチと、その様子をずっと見ていたショウを残して、一斉に駆け出してい った。切らせた息を整える時間などつくることなく、各々のパートナーを必死に小さな手のひらで受け止 める。  最後に降りてきたGレッドをコウが両の手のひらで受け止めたとき、子供たちは思わず目を閉じた。東 の空から赤色をした朝の光が射してきたのだった。  赤い太陽と青い地球が一筋の光で結ばれて、また新しい一日を迎えることが出来る。その実感を胸に沸 かせながら、子供たちとそのパートナーはみんなで泣いたり笑ったりして、一緒にすごせる時間を勝ち取 ったことを大いに喜んだ。  爆散したデスブレンのパーツの雨の中には、レッドのデータクリスタルも混ざっていた。数十秒後には 消滅を迎えるであろう透明色をした破片は、顔を出したばかりの太陽の赤い光をその身に受けて、地球に 向かってきらきらと反射光を放つ。  その光は、地表からレッドの飛跡をずっと見上げていたアリスのまなざしに届けられた。太陽と地球が 一筋の光で結ばれたように、透明な水晶とアリスの青い目が赤い光でつながれる。 「レッド・・・・・・」 思わずアリスが呟いたとき、手の中にあるデータクリスタルがカランと澄んだ音を立てた。赤い太陽の光 に乗って、データクリスタルの中からレッドの魂が帰ってきたように感じられた。 20、 「ショウ君からお預かりした簡易転移機です」 そう言いながらユージがアリスに投げ渡したのは、デスブレンを倒した翌日、イナリ山の一角でのことだ った。なぜショウ本人が渡さないのかとアリスは疑問に思ったが、今日のうちに帰らなければ時間切れを 迎えてしまう身の上では些細な問題でしかない。さっそく簡易転移機にレッドが残したウイングビームの データクリスタルを認識させてシステムロックを解除し、帰る準備をととのえ終わる。  そこまでやってから、アリスは一度ユージのほうに目をやった。ガチャフォースは2人以上での行動を 基本としているはずなのだが、今日に限ってユージ一人だけである。短い間とはいえ共に戦ってきた自分 を見送るという連帯の機会に、子供たちが全く来ないというのは妙な話だ。必ず何か裏がある。アリスは ユージの目を無自覚にジトッと睨むようにしていた。  それを察知したのか、ユージはすばやく2つのデータクリスタルをアリスに手渡した。 「これはレッドさんからです」 「えっ?」 アリスは反射的に表情を戻して聞き返した。どういうことなのかと問い詰めようとしたとき、ユージが先 んじて口を割る。 「あなたの故郷と、未来の地球を救うための計画書です。未来に帰ってからこちらのデータクリスタルだ  けを開封してください。それで、全ての計画が分かるはずです」 「――ああ、了解した」 力強い言葉だったが、アリスは要領を得ているわけではなかった。レッドが描いた計画なら必ず新メガボ ーグと地球の両方を救えるはずだという、実体を持たない強固な確信を頼りにしての口調であった。  アリスは簡易転移機に起動信号を発信する。信号を受けた転移機は中空に固定され、1メートルほどの 黒い渦を発生させた。この中に飛び込めば10秒とかからずに新メガボーグへと転送される。  アリスは一歩、二歩と地を歩いたあとで翼の空間干渉を開始させ、ふわりと空中に舞い上がった。あと はわずかに前進して転移するのみである。 「ユージ、私はまた地球に来れるのか?」 「・・・・・・ええ、すぐに会えますよ」 「そうか・・・楽しみだな」 アリスは前を向いたまま微笑を浮かべて言葉を返した。開いた両翼が前方への推進力を生み出し、アリス の体を渦に向かって押し出していく。決意と力、そして結ばれた絆を背にして進んでいくアリスの後ろ姿 は、美しい戦女神のシルエットであった。 『ガチャフォース  ビーム・ウイングス』 終わり 『黒騎士の目覚め』  “彼”はデータクリスタルだけの存在だった。生まれてまもない頃に一度だけ外気に触れたことがあ ったが、以降は自我を抑制されたままデスブレンの一部に格納され続けていた。  そんな“彼”が目覚めるきっかけになったのは、デスブレンが向かってくるGレッドの姿を知覚し、 己の死を確かなものであると認めた瞬間だった。“彼”の中にデスブレンのデータバンクに記録されて いた情報の全てが流れ込んできたのだ。  爆散したデスブレンの体内から飛び出すように地球に落ちてきた彼は、大海のごとく広いデスブレン の記録を這うようなスピードでたどり、2年近くの時間を消費して自我と身体の再生方法を記したデー タにたどり着いた。  探すまでに費やした時間とはうって変わって、心身の再生までにかかる時間はわずか数秒でしかなか った。長い時間を眠るように過ごしてきた“彼”にとっては一瞬である。  初めて地に足をつけ、流れていく風を金属の肌で感じた“彼”は心が震えていることに気がついた。 今までとは違い、自分には心があることを自覚した瞬間であった。  “彼”が持っているのはデスブレンの記録である。しかしたったいま覚えた感情の動きの前では、そ れはただの情報に過ぎなかった。いま心の中を占めているのは『最強のガチャボーグになりたい』とい う、ただ一つの決心である。  この決心はどこから来るのか? この決心を実現するにはどうすればいいのか? そう思った“彼” はデータバンクにアクセスして情報を引き出すことに専念した。再び一瞬の時間が流れ、彼の元に届け られた回答は『私はダークナイトのデータから、Gレッドの模倣品として作られたボーグである。最強 を目指すのはダークナイトの記憶による影響である』というものと『GFコマンダーの心を己の中に取 り込むことである。錦織凛の心なら実現可能である』というものだった。  回答を受けた“彼”は生まれて初めての一歩を恐怖など感じることなく踏み出し、凛のもとを目指し て歩み始めた。“彼”が持つ緑の双眸は、黒い体に良く映えていた。 『ガチャフォースBF』 作品内時刻 2005年 8月1日 (コウ=中学1年生) 1−1、  8月1日。  練習試合を終えて家に戻ってきたリンは自分の部屋に入るなりベッドに突っ伏した。学校にいる間は 気を張っているので、家に戻ると一気に疲れが出る。ただの一部員であるだけキャプテンを勤めていた 小学校のときよりも楽ではあったが、それでも周囲の期待に囲まれている状況はまだ12歳の少女にと って過酷なものだった。  もともと並の強さしかなかった百十中学校バスケット部はリンの加入で大きく力を伸ばした。リンは 小学校で5年生のうちからキャプテンを務め、地区大会止まりだった部を県大会へと導いた程のプレイ ヤーである。周りからはバスケット部が強い私立中学へ進んだ方が良いと言われながらも、彼女は百十 中学校に進学するという意思を曲げなかった。  それには2年前の出来事が関係している。“オロチ”として戦った、あの出来事が。  リンは夢を見ていた。  ドロドロと溶け出すように空の青色が黒く変色していく。変色はやがて地面にまで達し、自分を囲む 360度の空間がすべて黒く塗りつぶされた。  宙に浮きながらゆっくりと落ちていく感覚が続き、やがて足が硬いものに触れる。地面だ。正方形の 地表に五重の円と直線が模様を描いているが、それは地表の無機質さを和らげるどころかむしろ強めて いるように感じられる。地表の周囲には黒い空虚が延々と広がっていて、足を踏み外せばどこまで落ち ていくのか分からない。 「またここか…」 リンはつぶやいた。最近になってよくこの場所の夢を見る。ここでコウたちに会ったのは一回だけ。同 じデスコマンダーとして戦っていたタマがデスブレンのところから逃げ出したときだ。  自らの意思でデスブレンに付き、意思を持たない戦艦ボーグを受け取り、逃げ出していった者。ああ やって自分勝手に生きられればどれだけ楽だろうかと、時々思う。  でもそれがきっかけで、自分は記憶の一片を取り戻した。本当はコウたちと共にいられたはずの自分 の姿を垣間見たのだ。 ――オロチは私の本当の名前じゃない。  そう言ってコウたちと共に戦うことを決めた。リンとしての記憶を持たないまま。  リンは目を覚ました。窓の外に目をやるとさんさんと太陽の光が降り注いでいて、眠っていた時間が 長くなかったことを教えてくれた。  ベッドから足だけを下ろして、練習用ユニフォームが入ったセカンドバッグに手をやる。そこから取 り出した一枚の写真には2年前のリンとダークナイトが写っていた。  イナリ山に隕石が落ちる前からリンはダークナイトと出会い、デスボーグを倒していた。彼はリンが “オロチ”になった後もパートナーとして付き添い、最期はリンの知らないところでガチャフォースと 戦ってデスベースに散った。 ――リンを頼む。 それがコウとGレッドが聞いていた最期の言葉だったらしい。彼がいなくなった後も“オロチ”として 戦い続け、初めて彼のために涙を流せたのはデスブレンを倒したコウの手を握ったすぐあとの事だった。 (あれから、後悔ばっかりだな…) 写真を見つめ続けるリンの心は罪悪感であふれていた。 1−2、  翌日の8月2日。  リンは特にあてがあるわけでもなく、昨年『さばな市』に名前を変えた街へと向かっていた。それは 気分が沈んでいるときには体を動かせば楽になるという、この2年間で得た教訓に基づいての行動であ る。今日の部活が休みである以上、できるのは出かけることくらいだった。  街路樹が点在する歩道をゆっくりと歩き続ける。ガードレールを隔てて走る車は排気を散らしながら 次々にリンを追い抜いていき、夏の太陽に照らされたアスファルトからは熱気が立ちのぼる。歩いてい るだけでも汗が出てきて、リンは街路樹の陰で一息つくことにした。  左右に目をやってみると夏休みという時期のせいだろう、自分とあまり変わらないくらいの子供も多 い。ある男の子は友だちと数人で歩き、ある女の子は男の子と並んで自転車で走っている。  みんなそれぞれに話しながら通り過ぎていくのに、自分はここに一人だ。かつて一緒に戦った仲間が いる。小学校時代の友達もいる。部活の仲間もいる。なのに自分の心のうちを全て話せるような人物は 一人もいない。リンは木に寄りかかるようにしてしゃがみ、ひとつ溜息を付いた。  不意に聞き覚えのある声がした。声がした方向、反対側の歩道を振り返ると、こちらの歩道へと続く 横断歩道の途中でコウとうさぎが話していた。  リンはとっさに目の前にある細い路地へと走りこんだ。背の高さくらいある立て看板の後ろに回り、 表の通りから姿を隠してコウたちが通り過ぎるのを待つ。  看板から顔だけを出して表の様子を伺いながら、心の中でうかつだったとつぶやく。どうしてコウが 来ているかもしれないと考えられなかったのだろう。今は会いたくないのに。 「…何をしている?」 背後から冷ややかな声がした。驚いて振り返ると、制服に四角い通学用カバンを持ったショウが立って いた。いつも一緒にいるガルダが見えないのは、おそらくカバンの中に入っているせいだろう。 「わ…私は別に」 そんなリンの言葉など気にも留めない様子で、ショウは目を細めて近づいてきた。 「看板に隠れてコソコソと。それで何もしていないとでも?」 「い、いや、だから!」 リンは必死に言い訳を考え始めた。ショウを早くどうにかしなければコウ達が来てしまう。詰め寄って くるショウから距離を置こうとして、看板から離れたときだった。 「おー、ショウ! リン! こんなとこで何やってんだ?」 いちばん声を聞きたい人物の、いちばん聞きたくない声がした。リンは振り向くことができず、そのま ま下を向いて固まってしまう。 「たまたま会っただけだ」 リンに数秒の視線を送った後、ショウが答えた。 「ちょーどいいや、今からウチに来いよ。面白いことがあるぜ」 その言葉にはリンだけでなくうさぎまで驚いた。ショウはそれに気づいたが、構わずに平然と返す。 「いいだろう、ちょうど暇だったところだ……錦織も暇だと言っていた」 突然自分を出されてリンはショウの顔を見上げた。 (さっきのことは黙っておいてやる) ショウは小声で言いながら、さっさとコウたちの方へ歩いていく。そう言われてしまえば、リンは付い ていくしかなかった。 1−3、  コウの家には2回だけ来たことがある。  だけどリンとして来るのは初めてのことだ。  2階に上ってすぐ左のドアを開けた先、コウの部屋に案内される。部屋の中は記憶とほとんど変わっ ていない。物が雑多に置かれた机、何冊も積まれた同じ雑誌。大雑把な性格と収集癖をさらけだすその 光景は、きちんと整理された自分の部屋が心の内を隠しているように見えるほどだ。  コウはテレビのスイッチを入れると、飲み物を取りにキッチンへ向かった。うさぎは「手伝うから」 と「来なくてもいい」と言うコウに対して頑固に言い張り、部屋にはショウとリンだけが残されること になった。  リンはショウに強い罪悪感を持っていた。  父親がデスブレンによって犠牲になり、その仇を討つためにショウは戦ってきた。過去にデスフォー スの一員であったリンも、その頃のショウと敵対したことがある。彼と戦ったのはタマがデスフォース に入ってすぐと、クリスタルをめぐる戦いでの2回。純粋な敵意で戦うショウはガチャフォースとは違 った強さを持っていた。  だけどこの家で共にトレーニングをした時の彼からは、どこか優しい感覚を受けたことを覚えている。 その前にあったというデスベースあとの決闘で彼の中に変化があったのだろうか。  床に座ったショウは微動だにしないまま、テレビ画面を見つめていた。 『お昼のニュースです。昨日未明、突如行方不明になったさばな市の――』 さばな市という聞き慣れた言葉に反応して、リンは視線をテレビに移す。 『小学五年生――――君の行方は、いまだに明らかになっていません。警察では付近の住民に聞き込み  捜査を行うと共に――』 流れ続けるアナウンサーの声をよそに、コウとうさぎが部屋に戻ってきた。 「なんだお前ら、ニュースなんて見てたのか?」 「コウが勝手に点けて行ったんでしょ。こんなに部屋散らかしてたら、リモコンだってどこにあるか  わからないじゃないの」 そう言い聞かせながらジュースのボトルと4つのグラスが乗ったおぼんをコウに渡し、散らかった机の 上を整理していく。  てきぱきとプリント類をまとめていくうさぎの後ろ姿をリンは見ていた。  2年前までは男の子に混じってサッカーをしていたようなうさぎだが、今は帽子を被ることはほとん ど無くなり、長い髪を見せるようになった。慣れた手つきでコウの世話を焼く後姿には芽生え始めた女 性らしさが感じられる。  今だけに限ったことではない。学校の廊下で彼女とすれ違うとき、コウと一緒に歩いている彼女を見 ているとき、それは何度も感じていたことだ。しかしリンは、いつのまにかそれに悔しさを覚えるよう になっていた。 ――このまま私の気持ちだけが、2年前のあの日から動けないのだろうか。 「…コウ、面白いこととは何だ?」 ショウの言葉に、沈んでいたリンの意識は引き戻される。 「ああ、もうそろそろ来るはずだぜ」 「久しぶりだな、みんな!」 唐突に声がしたのは、窓の方からだった。外に突き出した窓枠の上に小さな人影が見える。 「よう! Gレッド、久しぶり!」 コウは屈託の無い笑顔で、小さな客人を迎え入れた。 1−4、  コウの台詞に反応して、床に置かれていたショウのかばんがバタバタと音を立てた。やがて止め具が 壊れそうなほどの勢いで、2枚の翼を広げた影が飛び出してくる。 「ガルダ! やめろ!」 ショウの叫びを無視してガルダはブレードを振り上げ、Gレッドに突進した。 「久しぶりだなァ! Gレッド!!」 振り下ろされたブレードをGレッドは後ろに飛びのいて回避する。 「ガルダ! 言うことが聞けないなら、いつだってパートナーをやめてもいいんだぞ!」 ガチャボーグは一部を除いて自ら戦闘を行おうとすることは無い。しかしボーグの核であるデータクリ スタルにパートナーの情報を書き込めば、パートナーが持つ“勇気”を受け取ることができるようにな る。それはボーグの中で戦うための力――GFエナジーとなり、大きな力を発揮するための源になるの だ。  一度データクリスタルにパートナー情報を書き込んでしまえば、二度と書き直すことも消去すること もできない。ガルダのように元から好戦的なボーグにとってもGFエナジーは大きなエネルギー源にな るため、パートナー関係を絶たれることは大きなマイナスになる。  ガチャボーグ最強を目指すガルダにとってさすがにそれは嫌だったのか「ちっ…分かったよ」と言っ て、静かにブレードを降ろした。 「すまないGレッド。怪我は無いか?」 「大丈夫だ。ちゃんとかわせている」 返す言葉がひとこと多かったせいか、ガルダは鋭い双眸をGレッドに向けた。 「…外に行くぞ。頭を冷やすんだ」 部屋を出て行くショウの後に、ガルダは無言で続いた。 「なんか…嵐だったわね」 そう言ったのはリンだ。 「ショウのやつ、どうしてガルダがいることを言わなかったのよー!」 「まー、Gレッドが来るってことを秘密にしてたからな」 苛立つうさぎにコウは相変わらずの態度だ。 「ガルダの奴も好き勝ってやってさ! Gレッドを壊すつもりだったわよ、さっきの!」 「いいじゃん別に。誰も怪我してないんだし」 「…それは、そうだけどさ」 勢いを失いながら、うさぎは床にぺたんと座る。 「だろ? 過ぎたことは気にすんなよ」 その言葉はリンの心に突き刺さった。  自分が昔のことで罪悪感を持っている、とコウに打ち明ければ今の言葉をくれるだろう。それは彼の 心に負担を与えることではないし、リン自身の心も軽くなる。  だけど欲しい言葉は他にあった。  それはもっと短い言葉。  コウはボトルに手を伸ばして、4つ並んだグラスにそれぞれジュースを注いだ。リンとうさぎの前に グラスを1つずつ置いてから3つめのグラスを自分の前に引き寄せると、ぐいっと一気に飲み干して大 きく息をつく。 「あー。やっぱり伯父さんが贈ってきたジュースはうまいや」 そう言って2杯目を注ぎ始める。注ぎ終わってボトルのキャップを閉めながら、コウはGレッドの方に 顔を向けた。 「そういや、ガチャボックスはどうなってんだ?」 ガチャボックスは地球にやってきたガチャボーグたちの宇宙船である。デスブレン打倒のあと、ガチャ ボーグたちは破壊された故郷、惑星メガボーグの宙域に戻ってもう一度自分たちの星を作り上げること を決意した。  しかし地球の重力を振り切るほどのパワーはガチャボックスには無く、改造を行う必要があるのだが、 地球には適合するパーツなど無い。そこでやむなく、爆発して地球上に降り注いだデスブレンの破片の うち、子供たちが張っていたシールドによって回収されたものを部品として使っているのだ。 「すでに最後のひとつに取り掛かっている。いよいよ我々も故郷に帰るときが来た…」 2年近くも滞在していた地球を離れることに、Gレッドは嬉しさと寂しさの両方を感じているようだ。 「でもデスブレンの破片を使って改造してるんでしょ? 大丈夫だったの?」 言葉を挟んだのはうさぎだ。 「最初に旅立ったボーグ達からメガボーグ宙域に到着したという通信が届いている。ガチャボックスに  は何のトラブルも起きなかったそうだ」 「…そっか。それなら大丈夫ね」 うさぎは安心した。最初に飛び立ったガチャボックスには彼女のパートナー、ケイも乗っていたからだ。 「だけどガルダの奴はどうするんだろうな。ガチャボーグ最強を目指すとか言ってっけど、ここだと他  のボーグは帰っちまうし、帰ったらGFエナジーを受けられなくなるんだぜ?」 「どちらにしろ、出発前に決着をつけたがるだろう」 Gレッドは気乗りしないようだった。 「私にとってはボーグ最強なんてどうでもいいのだが…どうしたんだ? リン」 「えっ?」 下を向いていたリンは顔を上げた。先ほどのコウの言葉から話を聞いていなかった。 「暑くてのぼせてたのか? わりぃな、この部屋にクーラー無くて」 「……」 何も言わないリンに、コウが不思議そうな顔をする。 「どうしたんだ?」 リンの表情は窓の外を見たまま凍りついていた。 「リン? おい、リン!?」 コウの呼びかけも届かないまま、リンは外を凝視していた。視線の先ではドロドロと溶け出すように空 の色が黒く変色を始めている。  どこかで見た夢のように。 1−5、  同じだ。  これは夢と同じだ。  黒く塗りつぶされた空間。唯一他の色をしている地面には五重の円と直線が模様を描き、その無機質 な地表に向かって身体がゆっくりと降りていく。  地表に降りた。  夢と違うのはコウとうさぎ、Gレッドがいることと、地表が正方形ではなくバスケットコートのよう な長方形をしていることだ。その例えで言えば、リンたちはちょうど片側のゴール下にいる。  そしてもう一つ違うことは、反対側のゴール下に当たる位置に一人の少年がいることだった。 「なんだよココ…さっきまでオレの部屋だったのに」 「デスゾーンによく似ているが…少し違うな」 コウとGレッドがそう言ったところで、少年が口を開く。 「やあ、よく来たね。と言っても僕が引きずり込んだんだけど」 「君、確かニュースで…」 「知ってるの?」 リンに尋ねたのはうさぎだ。 「昨日さばな市で行方不明になった子よ。どうしてこんなところに…」 「この人間かい? ちょっと僕に付き合ってもらいたくてね。こうやって精神を操らせてもらってるのさ」 「精神を操っているだと? 許せん! どこにいる!」 Gレッドが叫ぶと、少年の陰から1体のガチャボーグが姿を見せた。 「黒い…Gレッド!?」 コウが反応した。 「これは失礼。僕はココさ」 電子音のような声だった。これがボーグ自身の声なのだろう。Gレッドと同じように、言葉を発するた びに目が発光している。 「ま、Gブラックとでも呼んでよ」 Gブラックは少年のそばを離れ、コートの中央に向かって歩き始めた。 「Gブラックだと…貴様の目的は何だ? どうしてこんなことをする!?」 「強くなるためさ。そのためにGレッド、君を倒しに来たんだ」 黒いガチャボーグは両腕を広げ、どこか自慢げな態度を見せる。 「この空間を作るのには苦労したよ。2日もかかっちゃった。でもまぁ、ここなら逃げ場が無いからね。  僕が解除するか倒れるまで、ここからは出られないよ」 「ならば貴様を倒すまでだ! コウ、私に勇気を!」 「おう! いくぜ、Gレッド!」 「ねえ、ちょっと!」 うさぎがコウの服を引っ張っている。 「なんだよ、うさぎ…」 振り向いたコウの目に、うずくまっているリンの姿が映った。 「さっきから変なの。コウ、どうしよう…」 コウはGブラックに向き直る。 「ちょっと待ってろよ、リン。すぐにあいつをぶっ飛ばしてココから出してやるからな。  ――Gレッド、一気に行くぜ」 「ああ。最初から全開で行く!」 Gレッドはプラズマブレードを抜き、右手にさげた。 「バーストを使うのか。それじゃ、こっちも使わせてもらおうかな」 Gブラックの後ろにあった少年の身体がゆっくりと傾き、床に倒れる。 「何だ!?」 コウが叫んだ。 「パートナーの勇気を受け取り、ガチャボーグの中でGFエナジーに変換する。それが君たちの強さだ。  けどね…」 Gブラックは胸の装甲を左右に開き、自身の奥にあるデータクリスタルを露出させた。 「バカな! データクリスタルが二つだと!?」 ボーグ情報の集積体であるデータクリスタルは、ボーグの身体の中にあるときにはひとつに融合してい るものだ。しかしGブラックの胸には、左右それぞれにデータクリスタルが埋まっていた。 「左胸にあるのが僕の情報が入ったデータクリスタル。そしてもう片方には、後ろにいる彼の精神が入  ってる。パートナーから勇気をもらうんじゃなくて、こちらから操って引き出してやるのさ。そうす  ればパートナーの気分しだいの君たちとは違って、常に100%のGFエナジーを受け取れる」 「しかしそれでは、人間の精神は…」 「さぁ? 何分持つかなぁ?」 Gブラックの目が大きく発光する。表情の変化は無いが、それが笑いだということは疑いようが無かっ た。 「貴様と言う奴は…許さん!」 「オレもだ、Gレッド。オレたちの力、見せてやろうぜ!」 Gレッドの全身が金色の光に包まれた。  前方に大きく跳躍しつつ、プラズマブレードを腕と平行に構える。跳躍が最高点に達したところで背 中のブースターを全開にし、剣を突き出しながらGブラックめがけて一直線に降下した。 「ちぇいさあああああ!!」 Gレッドの必殺技、真Gクラッシュだ。 「…バースト、オン」 静かな言葉と共に、Gブラックが銀色の光に包まれる。一歩も動くことはしないで右の拳からGクラッ シュのオーラを発生させ、プラズマブレードの切っ先に向かってまっすぐに拳を繰り出した。  バシイッ!!  Gクラッシュ同士が激しくぶつかり合う。  均衡は一瞬だった。真GクラッシュとGクラッシュ。デスブレンに打ち勝ったコウの勇気と無理にさ らわれてきた少年の勇気。力の差は明白で、Gレッドは徐々にGブラックの拳を押し戻していく。 「いいぞGレッド! あとひといきだ!」 「ああ! Gブラック、私達は屈しない!」 ぶつかっていたエネルギーが爆発を起こし、2体のガチャボーグを後方に吹き飛ばした。Gレッドはき れいに着地してGブラックに目をやる。Gブラックはバーストの光を失い、片ヒザをついていた。 「とどめだ、Gレッド!」 「ああ! 奴のデータクリスタルだけを破壊する! ちぇすとおおおおおお!!」 2度目の真GクラッシュはGブラックの左胸を正確に狙った。  だが――気づいたときには、Gレッドは空中に打ち上げられていた。回転しつつ落下し、地面に叩き つけられる。 「Gレッド!?」 「く…大丈夫だ、コウ」 バーストの光は消えてしまっているが、致命的な攻撃は受けていないようだ。 「それより奴は何をした? コウ、見ていなかったか?」 コウは首を横に振る。 「ん? 見えなかったの?」 Gブラックは先ほど膝をついていた場所で静かに立っていた。 「それじゃ、ゆっくり見せてあげるよ」 Gブラックの両腕が横に開かれる。一瞬遅れて、両手首よりも先だけにバーストの光が宿った。 「…バーストを絞れるのか?」 「そういうこと。エネルギーには限りがあるんだから、集中させて効率よく使わないとね」 「集中させる…それだけパワーが上がるということか」 「その通り。いやぁ、適当に選んだ子供でも上手に使えばこれくらいの力を出せるんだねぇ。  ――こりゃ、面白くなりそうだ」 Gレッドは立ち上がり、プラズマブレードを構え直した。 「まだだ。まだ私達の勇気は尽きていない! そうだろう、コウ!」 「おう! うさぎとリンが待ってんだ。オレ達は負けねえ!」 Gブラックの目がとりわけ大きく発光する。 「いいねえ。いい気迫だ。それじゃ、どっちかが倒れるまでやろうじゃないか! Gレッド!!」 「すまない、コウ。ガルダをなだめるのに時間がかかってしまって…」 ショウが部屋に入ろうとすると、いきなりうさぎが飛び出してきた。勢いよく開いたドアにあやうくぶ つかりそうになる。 「気をつけろ!」 思わず怒鳴ってしまうが、うさぎの目を見てショウの表情は強張った。 「ショウ…Gレッドが…リンが…」 涙目で訴えるうさぎの先、部屋の中に目をやると立ち尽くすコウと倒れたリン、そして全身に傷を受け て動かなくなったGレッドの姿があった。 2−1、  イナリ山の木々は、赤くなり始めた太陽と色を競うように強い緑を茂らせている。  もう少し低いところに目をやると、木々の間に造られた山道を2人の少年が歩いていた。ショウとコ ウだ。  先を行くショウはどこか憮然とした表情で、後に続くコウは左頬を押さえている。部屋に戻ってきた ショウに「しっかりしろ!」の一声と共に殴られたせいだ。ショウは床に倒れたコウが立ち上がるのを 待つことは一切しないで、傷ついたGレッドをイナリ山に運ぶようガルダに命令し、リンを休ませてか ら、コウを引きずるように連れ出した。  山道を10分ほど歩くと左側にひときわ大きな樹木が見え、その手前から林を突っ切るように進む。  表からは見えないところまで進むと、見覚えのある四角い箱が地面に落ちていた。改造されてどころ どころ出っ張っているものの、ガチャボックスに間違いない。  かたわらにあるガチャボーグの姿は、Gレッドとその修理をしているナースボーグだろう。2人は駆 け寄った。  地面に横たわっているGレッドの隣で、看護婦の格好をしたボーグ――ナースボーグのナオは治療を 続けている。 「ナオ、Gレッドは!?」 駆け寄るなりコウが口を開き、ナオは手を休めずに答えを返す。 「大丈夫。体の傷はひどいけど、データクリスタルは無傷よ」 「それじゃ、治るんだな!?」 「ええ。ナースボーグが私しかいないから時間はかかるけど、ちゃんと元通りになるわ」 「そっか…よかった」 コウが安堵の息を漏らしたところで、ショウは疑問を口にした。 「データクリスタルが無傷だと?」 「奇跡的にね。この傷を見ただけでも並みの攻撃じゃないって分かるわ。例えるなら…フォートレスボ  ーグの主砲ってところね」 「それを全身に受けてもデータクリスタルに傷一つないというのか?」 「その通りよ」 奇跡を通り越して不可解だった。ナオもそう思っているようだ。 「へっ、面白そうじゃねえか」 特にすることも無く、この辺りを飛び回っていたガルダがゆっくりと降りてきた。かつて自分のライバ ルだったダークナイトを倒したことで新たにライバルとして認めたGレッドを、こうまで圧倒できる者 がいることに、彼は興奮を覚えていた。 「話を聞かせろよ。俺の獲物を取りやがったのはどいつだ?」 「Gブラック…」 ナオがつぶやいた。 「精神操作に空間操作、さらにバーストを絞る能力か…」 「どうしたショウ? ビビってんのか?」 「ガルダは黙ってろ」 「だけど今までどこに? 2年前はそんなボーグいなかったでしょう?」 ここにいる全員に尋ねるように、ナオが言った。 「だが奴に狙われていることは確かだ。“強さを求める”と言っていることから考えれば、人間ではな  くガチャボーグを狙ってくるだろう。それも強いボーグをな」 「それじゃ、次に狙われんのはガルダ…?」 「そうだろうな。念のために他のガチャボーグもパートナーのところへ戻して、パートナー同士も複数  で行動させた方がいいだろう」 ショウはポケットから携帯を取り出して淡々とメールを打ち始めた。 「夏休みなのはちょうど良かった。泊まりがやりやすいからな」 2−2、 「よかった、気が付いたのね」 目を開けたリンにうさぎが声をかける。 「…ここは?」 「コウの家よ。いきなり倒れちゃうんだもん、びっくりしたよ」 リンはゆっくりと上体を起こした。頭の中では、まだ現実と夢の区別があいまいになっている。さっき のことは夢だったのだろうか。 「黒川さん…」 「なに?」 「コウたちはどこに行ったの?」 うさぎは答えることに一瞬のためらいを見せた。できるなら、自分も先ほどのことが現実だと信じたく なかったからだ。 「…イナリ山よ。Gレッドを治してもらいに」 「そう…あれは私だけの夢じゃなかったんだ」 リンは胸を押さえて表情をゆがめる。それは自分の悪夢にコウたちを引きずり込んでしまったように感 じたせいだったが、悪夢のことを知らないうさぎはリンの痛みも自分と同じものだと思っていた。 「…私のお父さんに車を出してもらうね。家に帰ろう、リン」 うさぎの言葉に、リンはただうなづいた。 2−3、  その夜、リンはベッドに入っても寝付こうとしなかった。  天井を見つめ続ける2つの目にはおぼろげな不安が混じり、視線が一点に集中することはない。それ でも全体の表情からは、何らかの決意を垣間見ることができる。 「こんばんは」 横になったリンの右肩の先にある、開けていた窓の外から声がした。リンは無言で体をゆっくりと起こ す。 「あれぇ? もう少し驚くと思ったんだけどなぁ」 「来るって思ってた」 リンは振り向き、窓の方を向いた。そこには手のひらに乗りそうなほど小さな体がある。 「私にあの夢を見せていたのはあなたなの?」 「そうだよ。君のためにね」 Gブラックは窓枠からジャンプし、リンの膝の上に降りてきた。向き直ってリンと目を合わせてから穏 やかに言葉をつむいでいく。 「君はオロチだったときに取り返しのつかないことをした。その辛さをどうにか忘れられないかって思  ってる」 その通りだった。誰にも言うことができなかった心のうちを見透かされ、リンは気持ち悪さを覚えた。 「でも君が僕に協力すれば、辛さは消えるよ」 「パートナーになれって言うの? あなたはみんなを傷つけるのに?」 「昔の君とおなじだね」 リンの心に痛みが走った。心のいちばん奥にしまっておいた闇をえぐり出されるような感覚だった。胸 を押さえるリンの前で、Gブラックはまるで全てを知っているように続ける。 「君が辛いのはリンに戻ってしまったからだ」 「私はリンよ…オロチは本当の私じゃない」 「どちらが本当の自分かなんて関係ないと思わない? 君がリンであろうとするなら辛い記憶を背負わ  なくちゃならない。でも心からオロチに戻ってしまえば、もう辛いことなんて無くなるんだ」 耐え難い痛みを引き出された今のリンにとって、楽になれるということは何よりも魅力的なことだ。だ がコウによって取り戻された自分の意識を捨てることは、彼に対しての裏切りに他ならない。 「嫌よ。私は戻りたくなんかない」 「でも君を救えるのは、僕だけだよ?」 はっきりと拒絶を示されても、Gブラックは穏やかな声を変えなかった。 「勝手に決めないで。何様のつもりなの?」 Gブラックは目を大きく発光させ、得意げに答えて見せる。 「僕は子供さ――Gレッド、デスブレン、そしてダークナイトのね」 そう言ったGブラックの姿に、過去に出会ったガチャボーグたちの印象が重なっていく。強いボーグも、 恐ろしいボーグも、優しいボーグも。  様々なガチャボーグのイメージが1体の黒いボーグに内包されていた。 「嘘でしょ…?」 思わず口を突いて出てきた問いだったが、それが真実であることはリン自身の体感で解っていた。 3−1、  8月3日の夜、マナは自室にいた。机の前に置かれた椅子に座って、魚を模したヘアピンを指先でい じっている。表情は暗い。  もともと戦うことが好きではない彼女は2年前の戦いが終わったとき、普通の生活に戻れることをガ チャフォースの誰よりも喜んでいた。髪を切り、可愛らしくなったのはその現れである。  だが机の上でGレッドの治療を続けるナオの姿からは、戦いが再び訪れてしまった現実をいやおうな く感じてしまう。マナはヘアピンに触れていた手を下ろし、呟く。 「姉妹だからって、お姉ちゃんとしか組めないなんて…」 そう口にしたのは、辛さを少しでも軽減させようとしたせいだ。  ガチャボーグたちは昨日のうちにそれぞれのパートナーのところへ戻り、GFコマンダー達は2人以 上で行動している。今頃カケルはコタローと一緒に自宅にいるだろう。 「でもミナのこと、嫌いじゃないんでしょう?」 手を休めずにナオが言うと、マナは「そういうことを言ってるんじゃないの!」と椅子から勢いよく立 ち上がった。 「はいはい、分かってるわよ。カケル君もずいぶんカッコよくなったもんね」 背中を向けたままのナオの言葉に、マナは勢いを失った。  自分だけでなく、カケルが褒められることにも嬉しさを覚えるようになったことが彼への想いに気づ くことのきっかけであったからだ。ナオはそれを知っていたから、今の言葉を投げることでマナを嬉し くさせることができた。 「あ…ありがとう、ナオ」 照れくさそうにするマナに、ナオはいたずらっぽい表情で振り向いた。 「前みたいにサスケにイタズラされることも無くなったんじゃないかしら?」 「…もう! 知らないから!」 マナはどかっと椅子に座り、回転してナオに背を向ける。体の大きさを無視すれば、2人は仲のいい姉 妹のように見えた。  部屋の外で足音がする。それは瞬く間に近づき、やがて音を立てて部屋のドアが開かれた。 「マナ! 大変よ!」 入ってきたのは姉のミナだ。  身に訪れた戦いの予感に、マナは体を硬くした。 3−2、  百十中学校の旧校舎裏に、ネコベーはいた。胸ポケットの中には半壊したヴラドがいる。受験対策の 合宿を終えて家に戻る途中、いきなり現れたガチャボーグに襲われたのだ。 「おいおい…話が違うぜ、ショウ」 言いながら校舎の壁に背を預け、ズボンのポケットから携帯電話を取り出す。ボタン押すとすぐにコー ルが始まった。相手の番号は“緊急連絡先”に登録されているため、操作はワンボタンで済む。  1日を通して日陰である時間の方が長いこの場所は湿気が多くて、雑草がコケのように隙間なく生え ている。その不快さに耐えながら、ネコベーは一刻も早く相手が出てくれることを祈った。 「――どうしたの?」 「中学の旧校舎裏にいます。できるかぎり人数を集めてきてください。敵に追われてるんです」 「わかったわ。待ってて」 通話を切って携帯をポケットに戻すと安堵の息が漏れた。あとはどうにか時間を稼ぐだけだ。ネコベー は胸ポケットのヴラドに一度目をやってから、隠れることが出来そうな場所を探して走り出した。  不意に視界の左端に小さな光が映った。ネコベーの後ろから飛んできたそれは折れ曲がるように方向 を変えると、目の前に落ちてくる。 「追いつきやがったか!」 ネコベーが振り向くと、ガチャボーグとしては最大クラスのボーグ――フォートレスボーグのデスアー クがいた。  デスブレンが倒れた後、地上に残っていた全てのデスボーグは機能を停止した。タマとパートナーを 結んでいたデスアークとて、その例外ではない。デスアークのボディは父親のところに戻ったタマが持 っていったはずだが、目の前に浮かぶ紫の船体は紛れもなくデスアークのものだ。 (ちくしょう、どうすりゃいいんだ?) ミナがまっすぐこちらに来ていたとしても10分以上かかる。ボロボロのヴラドだけで稼げる時間では ない。 「鬼ごっこはおしまいかな?」 ネコベーは耳を疑った。デスボーグは自分の意思を持たず、言葉を話すこともできないはずだ。 「ごめんごめん、驚かせたね。この声はデスアークのものじゃない。こいつのデータクリスタルを通じ  て僕が声を送っているのさ」 「てめえ…Gブラックとかいう奴か」 「知ってるなら話が早いや。ヴラドを降ろしなよ」 「冗談じゃねえ! これ以上ヴラドに手出しさせねえぞ!」 「ハハッ…また逃げるつもりかい? 臆病な人間だ」 Gブラックは嘲笑するように続ける。 「本当に悲劇だよねぇ、高貴なバンパイアさん。そんな逃げ腰の人間がパートナーじゃなければ2年前  だってもっと脅威になれただろうに」 「フ…それは勘違いというものだ」 眠っているように静かだったヴラドが口を開いた。 「ネコベーは逃げたのではなく、私を守ろうとしたのだよ」 「ヴラド…」 「デスブレンとの戦いを経てネコベーは変わった。それを示す機会がなかっただけのこと。見せてくれ  よう、ネコベーと私の力を!」 ヴラドはポケットから飛び出し、両手にシャドーブリンガーを出現させた。 「ネコベー、バーストだ!」 「だけどおまえ、そんな体じゃ…」 シャドーブリンガーは出現させているだけでも使い手の生命力を奪っていく剣だ。傷ついた体で使おう とすれば、自らを窮地に追い込みかねない。  ためらうネコベーに、ヴラドは自身に満ちた声で返す。 「奴に接近するのは難しいが、バースト状態であれば不可能ではない。どのみち長く戦っていられない  以上、一撃で仕留める!」 「一撃だって!?」 信じられなかった。フォートレスボーグを一撃でしとめる攻撃など、並のガチャボーグにできるはずが ない。 「高貴なるバンパイアだけに内在する力…それを使わせてもらう」 「…わかった。お前を信じるぜ、ヴラド!」 金色の光に包まれたヴラドは高く飛び上がり、デスアークに向かって空を蹴った。 「そうこなくっちゃねえ!」 Gブラックの歓喜の声と同時に、デスアークの全砲門から光が放たれる。無数の光線を左右にかいくぐ りながら、ヴラドはデスアークの右舷に取り付いた。 「受けよ…甘美なる悲劇の舞、華麗なるブラッドダンスを!!」 回転しつつ、両手の剣で船体を削っていく。通常ならシャドーブリンガーを通してヴラド自身に流れて くる敵のエネルギーは剣の中にとどまり、剣は船体に触れるたびに切れ味を増していく。  やがて紙をナイフで切り裂くような威力にまで達し、ヴラドは回転しながらデスアークの左舷まで まっすぐに突破した。  着地して、体の前で剣を下向きにクロスさせる。 「今宵の悲劇を、貴方に捧ぐ…」 デスアークの前半分が爆発を起こし、船体が大きく傾く。それと同時にヴラドは前のめりに倒れた。両 手のシャドーブリンガーも消滅している。 「ヴラド!!」 ネコベーが駆け寄ってくる。しかしその足は、足元に落ちてきた光線によって止められた。 「まだ動けるのか!?」 前半分を失ってデータクリスタルを露出させながらも、デスアークは落ちていなかった。 「なるほどねぇ…データ通りだ。でもさぁ、そんな力じゃ足りないんだよ」 動きが鈍くなった砲身が、ヴラドの方へ旋回を始める。 「やめろぉーっ!!」 ネコベーが叫ぶ。 「バイバイ。君は失格だ」 無慈悲な言葉とともに光は放たれた。光は着弾した対象を一瞬で融解させ、赤い液体に変えていく。ビ ームが物質に当たったときの独特の音がネコベーの耳にも届き、ネコベーは全ての感覚を遮断してしま いたくなるほどの絶望に襲われた。 「ヴラド・・・・・・」 呟くと同時に足の力が抜けていく。体を支えるだけの力が失われ、地に倒れそうになったときにGブラ ックの声が聞こえた。 「はずれた?」 その声がネコベーを支えた。再び足に力を入れ、ヴラドのほうを見やる。Gブラックの言う通り、着弾 点は僅かにずれていた。液体に変えられたのはヴラドから10センチほど離れた地面であった。  ネコベーはヴラドからデスアークへと視線を移した。空中に浮かぶ光球から伸びた光が、デスアーク の砲身を拘束している。 「なんだ?」 Gブラックの声がした直後、デスアークのデータクリスタルに光の矢が打ち込まれる。それは2本、3 本と増えていき、7本目でついにデータクリスタルを破壊した。  デスアークは浮力を失って力なく地面に落ちる。 「任務完了」 抑揚の無い声がデスアークの後方から聞こえてきた。歩いてきたメットが、わざわざアンテナを立てて 無線機に見立てた携帯に言った声だった。 「遅いと思って探しに出ていなければ、手遅れだったな」 メットの口調は人事のように冷静だ。 「助かったぜ…ありがとな」 「それより負傷者を運ぶ方が先だ! さっさと行くぞ!」 間髪いれずに大声を上げるメットに対して、ネコベーは(相変わらず礼を言われることが苦手なんだな) と心で呟きながらヴラドを拾い上げた。 「たぶんミナさんと一緒にマナもこっちに向かってるはずだから、途中で…」 そう言いつつ門の方に歩き出そうとしたところで、校舎の陰からこちらを見ている人影が目に入った。 人影はネコベーと一瞬だけ目を合わせると、声をかける暇も無く去ってしまった。 「どうした?」 いぶかしむメットに、ネコベーは視線を戻さないまま口を開く。 「リンがいた……なんでここにいるんだ?」 3−3、  リンは部屋に戻ると、頭を抱えてうずくまった。 「懐かしいものが見れただろ?」 Gブラックは窓枠に立ち、リンを見ている。 「ちょっと前までは君もああやってみんなを傷つけてたんだよ?」 「私は…あんなこと…」 涙声のリンに笑いを含んだ声が浴びせられる。 「“したくなかった”とでも言いたいの? でもさぁ、君の意思なんてどうでもいいじゃない。やって  きたことは変わらないよ?」 リンの脳裏に映像が蘇る。数々のボーグを率いてデスブレンのために生きていたころの記憶。GFコマ ンダーとそのパートナーを傷つけ、ダークナイトの死に悲しみを覚えることもせず、ただ操り人形のよ うに生きていた日々。 「イヤ…! 思い出したくない…」 頭を振って意識の底に押しやっていた記憶を再び沈めようとするが、その力はGブラックの一言によっ て砕かれる。 「でも消えやしないよ。オロチの記憶も、罪の意識も」 「…」 「それじゃおやすみ、リン」 言葉を失ったリンを残して、Gブラックは窓枠から姿を消した。  意識の水面は、浮かび上がってきた記憶で埋め尽くされた。もう沈むことは無いだろう。リンは焦点 の定まらない視線を天井に投げて哀願した。 「助けて…コウ…」 2年前、デスブレンを倒してリンを救ったのはコウとGレッドだった。だけど彼らはもうGブラックに 敗れている。  リンにとっての救いは、どこにもなかった。 4−1、  8月4日の早朝、ユージの部屋。  畳張り4畳半の片隅に、たたまれた2つの布団がきれいに重ねてある。それに背を預けるようにして、 ショウは携帯電話でマナとやりとりをしていた。やりとりとはいっても、ショウは「ヴラドの容態は?」 の一言を口にしただけで、それについて聞き終わるとすぐに通話を切って携帯を折りたたんだ。  電話の向こうでマナが気を悪くしたかもしれないとは思ったが、電話という1対1の対話しか実現さ せない物で長々と話をすることは苦手だ。携帯をズボンのポケットに入れつつ、いつもの無愛想な声色 で畳の上に寝転がっているユージに報告する。 「Gレッドほどの傷はないが、自分のエネルギーもシャドーブリンガーに供給していたことで内部エネ  ルギーがほとんど無くなっていたらしい。ボディの処置のあと、データクリスタルに戻してエネルギ  ーの自己回復を待つそうだ」 ユージは転がったまま、言葉を挟んでこない。ショウがまだ何かを言うだろうと思っているようだ。 「それから…やはりデータクリスタルは無傷だ」 それを聞くと、堰を切ったようにユージが言葉をつむぎ始める。よどみなく流れていく言葉からは、彼 が何らかの回答を見つけたことを察することができた。 「Gブラックは強さを求めていると言っていたそうですね。だけどGレッド、ヴラド共にデータクリス  タルに傷一つない。Gレッドにはバーストがコントロール可能であることを伝えているようですし、  ヴラドが新たな力を見せるまでデータクリスタルを攻撃しなかったのは…」 「俺たちの力を引き出そうとしている?」 ユージは仰向けのまま頷いた。 「そう考えていいでしょう。その上で我々を倒すことがGブラックの望みだと思います」 「強さを求めているのはガルダと同じだが、やり方は逆だな」 暴力で叩きのめせば相手よりも強いことの証明になるというのがガルダの考え方だ。だから自分の手の 内を明かすこともしないし、まして相手の成長を待つようなことは無い。それに比べれば、Gブラック のやり方はずいぶん騎士道的に感じられる。 「次に狙ってくるのも成長性が高いタッグでしょう」 「そうだとすれば…コタローか」 ユージは両足を高く上げると、それを戻す反動を利用して立ち上がる。 「行きましょう、ショウ君」 「ああ!」 ショウはかつて自分を導いてくれた友人に、力強く答えた。 4−2、  同じころ、すでにカケルとコタローはデスゾーンの中にいた。パートナーも一緒である。 「やあ、よく来たね」 話に聞いていた黒いガチャボーグは、デスゾーンの中央で悠然と待ち構えていた。 「君がGブラックかい?」 カケルは左隣にいるコタローを不安にさせないよう、なるべく普段の調子で声をかけながらすばやく周 囲に目を走らせた。 「そうだよ。何も無いところだけど、楽しくやろう」 「わざわざ招待してくれてありがとう」 カケルは一度言葉を切り、再び変わらぬ声で話しかける。 「ところで君のパートナーは?」 ショウから聞いた話では、Gブラックはエナジー供給のために小学生をさらっているという。しかし今、 Gブラックの背後には誰もいない。 「今日はナシだよ。バーストを使わない戦闘のデータも欲しくってね」 「へぇ、そうなんだ」 カケルは声のトーンを一段下げてから言い放つ。 「僕たちならバーストが無くても倒せるってこと?」 空気が張り詰めた。サスケは刀、ビリーは銃にそれぞれ手を掛けていつでも抜けるように構える。丸腰 のGブラックは微動だにせず、目を発光させて言った。 「その通りだよ」 その言葉が終わると同時に、サスケがまっすぐに走り出す。 「リズム!」 ビリーは左のリボルバーを抜き、強力な弾丸を一発だけ放つ。それはサスケを追い抜き、Gブラックに 迫っていく。Gブラックは前進して射線から離れ、そのまま足を止めずにサスケの方へ向かった。 「おそいよっ!」 右の蹴りでサスケを左に大きく飛ばす。 「ブルース!」 Gブラックが姿勢を戻す前に、2発目の弾丸が放たれた。すぐに動かせない軸足を狙った一撃は、命中 することなくデスゾーンに落ちる。 「惜しかったね」 背中のブースターを吹かして空中に浮きながらGブラックが言った。  着地すると、隙を狙って左からサスケの刀が伸びてきた。Gブラックは前を向いたまま後方にステッ プして逃れると、右手でサスケの首を持ち上げる。サスケの体を盾にされる格好になり、ビリーは射撃 を一瞬ためらう。Gブラックはつかんだ手を離さないまま左手にオーラを宿らせ、サスケの腹部に叩き 込んだ。 「サスケっ!!」 カケルの叫びが響いた。 「チッ!」 ビリーが足を狙って弾丸を放つと、Gブラックはサスケを右に投げ捨てながら左に回避した。サスケは 力なく地面に落ち、動かなくなる。 「ハハ、もう動けないの?」 目を大きく発光させながら、視線をサスケからビリーに移す。 「じゃあ今度は君だね」 Gブラックはゆっくりとビリーの方へ歩き出した。ビリーはピストルに手を近づけたまま動かない。  距離が近づく。  不意にGブラックの足が止まったかと思うと、右腕にオーラをまとわせてスピードの乗った一撃を繰 り出してきた。 ガガガッ!!  硬いものを削るような音が立ち、Gブラックは後ろにのけぞった。後頭部から背中にかけてまっすぐに 切り傷を受けている。  ビリーは即座に2つの銃を構え、胸と顔面に一発ずつ撃ち込んだ。頭から飛ばされていくGブラック の陰にしゃがんでいるサスケの姿が見える。ビリーへの攻撃を開始した隙に上空から無音で降下しつつ 斬りつけたのだ。  サスケはシノビボムを取り出して、背中から地面に落ちた目標へと投擲した。続いて爆風の中に向か って無数の手裏剣と銃弾が飛んでいく。数回命中する音がしたあと、Gブラックは大きく上にジャンプ して攻撃から逃れた。 「読んでたぜ!」 既に上空に狙いをつけていたリズム&ブルースから強力な弾丸が同時発射される。到底、回避できるよ うなタイミングではない。しかし弾丸は、Gブラックの左手から走った光によって相殺された。 「ウソだろ!?」 Gブラックの左手にはビームガトリングが握られていた。 「……やられたふりをして奇襲か」 Gブラックが着地すると、顔の両側からマスクが展開して傷を隠した。続いて右肩にプラズマブレード を出現させ、抜き放ってから刀身にオーラをまとわせる。 「いいデータをありがとう。お礼にちょっとだけ本気を出してあげるね」 4−3、 「ようやくGレッドが治ったのに…」 カケルの家で、ナオはサスケとビリーに応急処置を施していた。周囲にいるのはカケルとコタロー、シ ョウとユージ、そしてマナ。  家を出たユージは、ショウにもう一度マナに電話を入れさせた。それはカケル達がGブラックによっ て傷つけられれば治療の必要があるという予測だけでなく、マナをカケルに会わせることで安心させる ため、そしてショウにさっきの態度を謝らせるためという、3つの目的があった。 「ナオ、どうなの?」 言葉を失っているカケルとコタローに代わって、心配そうにマナが尋ねた。 「大丈夫、治るわよ。受けた攻撃は強いものだけど、Gレッドのときに比べればずいぶん弱くなってるわ」 「…パートナーがいなかったんだ」 コタローが呟くような声で言った。  ショウはユージと顔をあわせ、部屋にあったテレビのスイッチを入れる。 『発見された――――君は、心身の衰弱が見られるものの、命に別状は無いと――』 「パートナーを手放したのか?」 スイッチに手を掛けたまま、ショウが言った。 「しかしバーストを使うにはコマンダーが必要です」 ユージの言葉に、ショウは何か引っかかるものがあったようだ。ほとんど間を入れずにユージに聞きか えす。 「Gブラックがコマンダーを洗脳してくる可能性は?」 ユージはショウがわざわざ“洗脳”という言葉を選んだことから、彼が何を考えているのかを見抜いて いた。それでも表情は平静を保ったままだ。 「考えられないことではありません。デスブレンは自身にエナジーを供給させるためにデスコマンダー  を使っていましたが、Gブラックは己の強さのために人間を必要としています。当然、より高いGF  エナジーを持つ人間をパートナーにしたがるでしょう」 「だがパートナーに出会ったばかりの頃ならともかく、2年前の戦いを乗り越えてきた俺たちだ。洗脳  することは難しいんじゃないか?」 「そうでしょうね。それができるのなら、Gブラックは最初から僕たちを狙ってきたハズですから。よ  ほど精神的に不安定にされなければ、洗脳されることはないでしょう」 「そうか……」 ショウはポケットに手を入れ、中にある携帯電話を握り締めた。 5−1、  8月5日。コウとGレッドはイナリ山にいた。  それぞれ草と切り株の上に立って何かの練習をしている。 「くっ…!」  Gレッドがうめくような声をあげると、全身にまとっている金色の光がプラズマブレードの先端に集 まり始める。しかし5秒と保つことはできずに、光は拡散して静かな山の空気に溶けていった。  それが完全に見えなくなったころ、2人は揃ってあおむけに倒れる。 「くそー…またダメか」 コウが空に向ってぼやいた。 「すまないコウ。バーストを1日に何度も使わせてしまって…」 Gレッドは申し訳なさそうにしたが、コウは相変わらずの声で「気にすんなって。しばらく休めば平気 なんだしさ」とパートナーを気遣った。 「コウ、大丈夫?」 頭の上の方から視界に割り込んできたのはうさぎだ。コウは頭をぶつけないように注意しながら上半身 を起こし、振り返る。 「なんとかな。リンはどうしてた?」 「部活に来てたよ。でも何だか…いつもよりもっと真剣だった」 「話さなかったのか?」 「なんだか辛そうに見えたから…私が話すのは良くないよ」 「何でだ?」 「どうしても」 もう慣れてはいるのだが、それでもコウの鈍さには辟易する。 「大体、ショウに頼まれたのはコウでしょ? バーストの練習も大切だけど、行ってあげたら?」 うさぎの語気は鋭くなっていた。 「昨日リンの家には行ったんだけどさ、インターホンで具合が悪いって言ってた」 「…そうなんだ」  うさぎがバスケット部の生徒に聞いた話では、リンは一日たりとも練習を休んでいないという。具合 が悪いと言ったのは、コウに会いたくなくて嘘をついたのだろう。  うさぎは湧き上がってきた感情に戸惑い、コウから目をそらした。仲間であるリンに何かあったので はないかという心配よりも、恋敵がコウを避けていることへの嬉しさが上回っていたのだ。  コウはうさぎの様子から心情を読み取ることは無く、言葉を続ける。 「でも約束はしてきたんだ。Gレッドが治ったから、今度こそGブラックを倒してやるって」 コウはGブラックが大切な仲間たちを傷つけるから戦っている。リンはその内の一人であって、リンの ためだけにGブラックを倒そうとしているわけではない。それでも、まるでリンの為だけに倒すのだと 聞こえてしまう。  無垢に生きることができたうさぎにとって、心の中に渦巻いた感情は汚くて嫌悪感を覚えるものだっ た。それは恋心がさせていることなのだろう。  コウへの綺麗な感情が、自分の中に眠る汚い感情を引き出していく。それは好きな人に綺麗な感情で 接したい、またそういった感情で接しなければ嫌われてしまうと信じている少女を、少年から遠ざける には十分な理由だった。 5−2、 「少しだけ思い出したからだ。オロチは私の本当の名前じゃない。デスブレンに奪われた私の名前と  記憶を取り戻したい…」 ――こうしてガチャフォースの一員となったとき、Gレッドは言ってきた。私たちは君の本当の名前 を知っている、と。 「私は自分の力で記憶を取りもどしたい。それまではオロチとして一緒に戦おう」 ――どうしてこんなことを言ってしまったのだろう。このときに全てを聞いておけば、もっと早くダー クナイトのために泣くことができたのに。  デスブレンを倒して空からGレッドたちが降りてくると、コウはリンから手を離してパートナーを迎 えに行った。その瞬間、リンの体の奥底から叫びが上がる。意識のコントロールが及ばない場所から湧 き上がる情動は、コウのことを好きだという自覚を逆らえないほど強い力で迫るものだった。続いて心 音が高鳴っていき、胸に苦しさを感じるようになる。だがリンにとって、それは開放感に似ていた。タ ガによって押さえつけられていた人間らしい感情が、一気に爆発したような感覚だった。リンは走って いくコウの背中を見つめながら、速くなっていく鼓動の心地よさに身をまかせることにした。  夜明け前の薄闇の中、ガチャボーグたちは次々に降りてきてパートナーのところへ戻っていく。だが 降りてくるガチャボーグたちに向かって、リンは自分がいつまでも走り出さないことに疑問を感じた。 大切なパートナーがいたはずなのに、足は動かない。  背中を冷たい汗が流れていく。リンは降りてくるガチャボーグたちに目をやって、必死に黒い騎士の 姿を探した。 ――だけどいない。どこにもいない。  リンはコウの背中を見ることも忘れ、必死に記憶の糸をたぐり始める。ダークナイトと出会ったとき のこと、デスコマンダーとして共に戦っていたころのこと、そして彼と最後に関わったときのこと。 “ダークナイトはデスベースの防衛に失敗した。代わりにデスウイングを与える” そうして出てきたのは、デスウイングを受け取るときのデスブレンの言葉だった。 「そんな…私…」 足の力が抜けて、膝が地面に触れる。 「ダークナイト…私、あなたのことを…」  涙があふれてくる。  ダークナイトの死を気にも留めず戦い続け、デスブレンからデスウイングを受け取っても何の疑問を 持つこともなかった。 「ごめんなさい…ごめんなさい…」  サハリ町を照らし始めた朝日の中で、リンは泣き続けた。  目が覚めると、2年後の自分の部屋だった。カーテン越しに朝日が漏れてくるにはまだ早く、常夜灯 の光が空間を優しく照らしている。  リンは起き上がることも寝返りを打つこともせずに、ただ天井の仄かな光にうつろな視線を投げてい た。  悪い夢を見るのは珍しいことではない。だが今の夢はデスゾーンではなかった。Gブラックの能力で はなく、自分の意思で見た夢だ。  思い出した悲しみと激しい後悔が心にあふれ、涙となって流れ出す。たとえコウがGブラックを倒し たとしても、決して消えないこの痛みを、この悲しみを背負ったまま生きていかなくてはならないのか。  だったら、私は――。 6−1、  8月6日の朝、ユージは携帯電話を片手に玄関へ向かった。ガラガラと戸を開けて外に出ると、とあ る人物の番号に発信する。電話先の相手はそれを待っていたようで、コールは2回で終わった。 「…朝早くからすみません」 『いいのよ。かわいい後輩の為だからね』 柔らかな声で答えたのはミナだった。  ユージはデスアーク戦のとき不自然にリンがいたこととGブラックがパートナーである少年を手放し たことから、Gブラックがリンを狙っている可能性は十分にあると踏んでいた。昨日のうちにミナにリ ンの様子を見てきて欲しいと依頼したのだが、部活から帰っているはずの時間にもかかわらず、リンと 会うことはできなかったという。ショウも独自に動いていたようだが、寝る前の段階でどこかそわそわ していたことからリンの様子は確認できていないのだろう。そうなると、リンの方が意図的に避けてい ると考えるのが自然だ。これに1日以上ずっとリンの携帯が繋がらないことを合わせれば、疑いは確信 に変わる。 「錦織さんの様子はどうでしたか?」 『会えなかったわ。朝から家にいないみたい。リンのお母さんは部活に行ったんじゃないかって言って  たけど、もしかしたら…』 「…状況は深刻ですね」 『これから私とマナはそっちに向かうわ』 「了解しました」  ユージは通話を切りながら「…Gブラックが待ってくれるといいんですけどね」と呟いた。  前回デスゾーンが構築されたのは早朝だった。前例から40時間ほどでデスゾーンを構築できること が分かっている。ならば、いつデスゾーンに引き込まれてもおかしくはない。  今回のターゲットはおそらくショウだ。2年前はリンとショウが不幸にも敵対してしまった。それが 再び訪れないことを願う。だがリンがこちらに残るのであれば、それはショウのためではなくコウへの 想いを裏切らないためだ。どちらの事態になってもショウは報われない。  ユージは再び音を立てて戸を開き、家の中に入った。自分の部屋まで戻ると、着替えを終えたショウ が広げたままの布団に足を伸ばして座っていた。隣りにはガルダとジャックが並んでいる。 「…錦織のことか?」 視線を落としたまま出されたショウの言葉に、ユージはさすがに鋭いなと感心した。 「大丈夫だ。錦織がGブラックのもとに行くはずがない」 「獅子戸君への裏切りになるから…ですか?」 こういった台詞は、いつもなら決して口にしなかっただろう。しかしショウが自らリンのことを話し、 さらに口元に笑みさえ浮かべていることがユージの口を動かした。ショウはフッと息を吐き出してから よどみなく言い切る。 「コウはオロチをダークナイトから託され、ガチャフォースに受け入れ、そして洗脳から解放した。そ  れからずっと錦織はコウを見続けている。裏切るはずがない」 ユージから見えているのはショウの横顔だ。力強い言葉にもかかわらず視線を合わせないのは、こちら の目を見ながら話せないからだろう。今の言葉はショウが望んで発したものではあっても、その内容ま で望んでいるわけではないのだ。  おもむろに、窓にうつる空の色が変わり始める。 「いよいよか…」 戦意をみなぎらせた表情でショウが立ち上がった。しかしそれは心の中にある別の感情を押し殺すため に、心を戦意で満たしているだけだ。2年前と同じように。 6−2、 「貴様がGブラックか」 威圧するようにショウが言った。Gブラックはデスゾーンの中央に悠然と構えている。 「そうだよ。とりあえず、初めましてと言っておこうかな」 「パートナーはどうした?」 Gブラックの背後、反対側のゴール下に当たる場所には暗闇がかかっていて、パートナーがいるかどう かの判別はつかない。 「そう怖い声を出さないでよ。今日は戦いに来たんじゃないんだ」 Gブラックは右半身を後ろに引きながら右腕を伸ばし、ショウたちの視線を暗闇の方へと誘導する。同 時に暗闇がゆっくりと左右に動きはじめて、デスゾーンの外に広がる空虚へと流れて消えていく。  それが半ば晴れたところで見えてきた人影に向かい、ユージが呟いた。 「錦織さん……」 薄く開けられた目は赤紫に染まり、髪は蛇を思わせるような緑色をしている。それは2年前、デスブレ ンのもとで戦っていたころと同じ姿だった。 「紹介するよ、僕のパートナーだ」 Gブラックの得意げな態度が、言葉を失っていたショウの目に怒りの火を灯らせる。 「お前…! リンに何をした!」 「心外だなぁ、救ってあげたんじゃないか」 「ふざけるな! ガルダ、行けえぇ!」 金色の光をまとったガルダが、低空を矢のような速度で飛んでいく。Gブラックの間合いに入る直前で ほぼ垂直に上昇し、降下しながらガルダブレードを全力で振り下ろす。 「2つに割れなァ! Gブラックさんよォ!!」 Gブラックは避けようともせず、拳を握った右腕を頭上に突き出した。  刹那の間があって、硬質な音がデスゾーンを駆け抜けていく。ガルダブレードがGブラックの拳とぶ つかり、わずかな傷を与えることもなく止められた音だ。 「力はあるけどさぁ、それに頼った力押しじゃあ実力以上の相手には勝てないよ?」 Gブラックは銀色の光をまとったままの右拳で、ガルダの腹部を殴った。まるでプラズマボムでも浴び せられたように、ガルダの体は吹き飛ばされる。 「ジャック!」 ユージが叫ぶとジャックは高く飛んでジェルフィールドを張り、ガルダをしっかりと捕まえた。そうし なければ空虚のかなたへと消えていた。 「ごめんごめん、ちょっとやりすぎちゃったね。でもさすがデスブレンが目を付けただけはある。洗脳  して使わなければ、こんなに高いエナジーが得られるんだね」 「貴様…!」 「そんな怖い顔しないでよ。リンを取られてそんなに悔しいかい? でもねぇ、僕の中のリンは君のこ  とを嫌いだって言ってるよ?」 ショウは歯を食いしばり、押し黙った。 「それなのにリンを助けようとするなんて僕にはよく分かんないけど、君たちがやる気を出してくれる  んならそれでいいや。じゃあ、2日後にイナリ山で決着をつけよう。招待するのはガルダとGレッド。  地球で一番強いガチャボーグだ」  デスゾーンの解除が始まり、景色がユージの部屋に戻っていく。消えていくGブラックとリンを目の 前にして、ショウは立ちすくんだまま動けなかった。やがて景色の全てが元に戻ったころ、体の奥から 絞り出すように声を出した。 「どうしてだ…? どうしてリンは奴と一緒にいる? リンはコウが…あいつのことが…!」 胸がつまり、それ以上は言うことができなかった。 6−3、  イナリ山のガチャボックス周辺に、これだけの人が集まるのはどれくらいぶりだろう。GFコマンダー 達がガチャボックスを囲んで円を作るように座っている。  その中の一人が携帯のディスプレイに表示された時刻を見て立ち上がった。 「時間です。始めましょう」 この場を取り仕切る役割の人物――ユージはコマンダーたちをざっと見渡した。一人足りない。 「マナさん、黒川さんから反応はありましたか?」 聞かれて、マナはもう一度だけうさぎの携帯にコールしてみる。 「……だめ、連絡つかないみたい」 「仕方ありませんね。黒川さんには追って伝えるとして、とりあえずこれからのことを話しましょう」 ユージからの目配せを受けて、ショウが立ち上がる。 「錦織の心を取り込んだGブラックの力は計り知れん。通常の戦い方では、バーストに大きな制限があ  る俺たちの方が不利だ。そこで…」 中央まで出てきたユージがガチャボックスをいじると、Gブラックの立体映像が中空に浮かび上がって 回転を始めた。背中の一点が赤くポイントされている。 「サスケとビリーが持ち帰ったデータから、Gブラックの装甲は背面が弱いことが判明した。俺たちは  この一点を狙って攻撃を仕掛ける」 メットは要領を得た様子でうなづいた。 「データクリスタルを一点突破で破壊するのか」 「そうだ。それでも並みの攻撃なら届かないだろうが…」 ショウが首をひねって視界の中央にコウを置くと、すぐに反応が返ってくる。 「Gクラッシュなら届くってワケだな」 「……ああ、お前なら奴を倒せる。奴は2日後にこの場所でガルダとGレッドの2体を同時に相手する  と予告した。おそらく、これが最後の戦いになる」 「おいおい、それじゃ何で俺たちまで呼んだんだよ?」 納得がいかない様子のネコベーには、向き直ったユージが返す。 「Gブラックは“地球でいちばん強いボーグを招待する”と言っていました。このことから、彼はガル  ダとGレッドを倒した後にガチャボックスを乗っ取って他のガチャボーグを倒しに行くと考えられま  す。獅子戸君とショウ君にはここから少し離れた場所で戦闘に入ってもらい、もしGブラックが勝つ  ようでしたら……」 再びメットが口を開いた。 「総力をもって迎撃、か」 「最悪の場合、ガチャボックスの破壊も考えてください」 「ちょっと待って」 立ち上がって流れを止めたのはカケルだ。 「そうしたらみんなが帰れなくなるだけじゃなくて、Gブラックはずっと地球にいることになるよ?」 「その通りです。我々が負ければ、Gブラックという災厄を地球か新たなメガボーグのどちらかが背負  うことになります」 マナは両足を引き寄せ体を硬くして、目を伏せる。 「負けられない戦い…またあの時と同じなのね……」 「大丈夫、心配すんなって! 俺たち2年前も勝っただろ?」 コウの声色は場に似つかわしくないほど明るい。 「みんなで力を合わせりゃ何とかなるって! そうだろ、ショウ!」 その声に呼応するように、ショウの記憶がフラッシュバックする。 (1人では無理かもしれん。だがみんなならできるはずだ!) それは2年前、デスブレンと戦う前の台詞だ。当の本人であるショウが置き忘れていた記憶を、コウは しっかりと覚えていた。 「…そうだな」 ショウは力無く返した。  無意識に、自然に他人を気遣える能力。コウにあって自分に無いもの。自分は2年前、リンに対する チャンスを逃してばかりだった。だけどGブラックを倒してリンを救うことができれば自分の方を向い てくれるかもしれない。これは運良くめぐってきたチャンスなんだと、心のどこかで考えていた。そん な自分にコウの無意識の力は働きかけた。まるで自分の汚さを見せ付けられるように。 ――チャンスだなんて考えているから、こうなるんだな。 ショウは自棄になりつつあった。 6−4、  その夜、いつものように2人はユージの部屋で布団に入っていた。ユージはショウに背中を向けるよ うにして静まり、ショウは力なく開いた目で天井を見つめ続けている。 「…どうするつもりですか?」 にわかに発せられたユージの声にも、ショウは微動だにしない。 「奴を倒せるのはコウとGレッドだ。サポートに徹するさ」 たった一言かわしただけで、部屋にまた静けさが戻ってくる。ショウはこのまま朝を迎えるのだろうと 思っていたが、ユージは背中ごしに話しを再開した。 「……そうやってまた逃げるんですね、君は」 「何だと?」 ショウはユージのほうに顔を向ける。 「君がお父さんの仇を討とうとしていたときもそうでした。あなたはただ辛さから逃げ出したくて、戦  いの中に身を投じた。憎しみで心をいっぱいにしておけば悲しさを感じなくて済む。だから憎しみを  より大きくするために、全てのガチャボーグを敵に回した」 「そんな昔の話…」 ショウが言いかけたところで、ユージはショウと正対するように身を返した。その目は強く厳しい。 「今回もあなたは逃げているだけです。自分勝手なことをやって、それで錦織さんを助けたつもりでいる」 強い視線から逃れるように、ショウは再び天井を仰いだ。それでもユージの視線が突き刺さってくるよ うな感覚がある。 「錦織さんが想っているのは獅子戸君です。だからあなたの想いは彼女に届かない。それを知っていた  から、あなたは錦織さんを影で支えると決めた」 「…錦織の隣にいてやれるのは、俺じゃないからな」 「でもそれは悔しいことだったんでしょう? だから獅子戸君に嫉妬している」 ショウは黙った。 「あなたはたくさんのことを悔やんできたはずです。ダークナイトから錦織さんを託され、逃げ出した  オロチを助けたのがどうして自分ではなかったのか。Gブラックを倒せるのがどうして自分ではない  のか。どうして獅子戸君は錦織さんの想いに気づかないのか……そうやって悔やんでいるのに、あな  たは影で勝手に動いているだけ。錦織さんに触れることで、自分の想いが報われないことを思い知ら  されるのが嫌だったんでしょう? だから逃げだして自己満足の世界に入った。違いますか?」 ショウは言葉を返すことも、動くこともしない。ユージは数秒だけその様子を見てから、再び背中を向 けて言い捨てる。 「だったらずっと後悔を抱えたまま自己満足だけしておいて下さい。あなたが本当にそれを望んでいる  のなら、僕はもう何も言いません」 それきり、ユージは一言も話さずに眠ってしまった。  ショウは天井を見つめたまま、一人取り残された気分になっていた。 (2年前もこうだったな…) それはコウとの決着をつけるため、デスベースにいたときのことだ。気が焦っているのか、申し合わせ た時刻よりもずいぶん早く着いてしまい、やることもなく横に倒したガチャボックスの上に座っていた。 そのまま数分が過ぎたころ、ふと思い出したようにポケットに入れておいたデータクリスタルを取り出 す。ユージから渡されていた物だ。 「これは…Gレッドの音声データ?」 ユージが既にガチャフォースと接触していることは知っていた。その繋がりからもたらされた物だろう。 なぜこのようなものを渡したのか、ショウは不思議に思いながらガチャボックスを開き、データを再生 する。入っていたのはGレッドとダークナイトの会話だった。 GR「ダークナイト、どうしてわざと負けたのです?」 DK「私は…あの子のそばを離れられなかった」 GR「あの子?」 DK「オロチだ。私とはデスブレンに洗脳される以前からのパートナーだった」 GR「洗脳…それで人間がデスブレンの味方になっていたのか。貴方ほどの騎士がデスフォースに付い    たことも疑問でした。やはりあなたは“オロチのパートナー”では無かったのですね…」 DK「あの子がデスブレンの支配下にいる以上、私がデスブレンに刃向かうことはできない。せいぜい    こうやって負けることくらいしかできないのだ」 GR「ダークナイト…」 DK「Gレッドよ、私の中にあるデータをガチャボックスに送信する。後のことを貴様に任せるのは私    のわがままだ…せめて力だけでも託したい」 GR「力…?」 DK「私の中には貴様のデータクリスタルが入っている。デススカイベースに持ち出されたのは、私の    データの一部を元に、デスボーグの生産技術で作り上げたコピーだ」 GR「しかし、自分以外のデータを体の中に入れれば…!」 DK「ああ、私はじきに消滅する。だがデスブレンを欺くにはこれくらい必要でね。フッ、いい気味だ」 GR「ダークナイト…あなたはそこまで…」 DK「さあ受け取ってくれ。そしてどうかオロチを――リンを、頼む…」 GR「くっ…!」 コウ「ガチャボックスにデータが…」 GR「間違いない…これは奪われていた私のデータだ」  音声データはそこで終わり、ショウは愕然とした。すでに2度も戦っている敵のコマンダーが、ショ ウにとって憎しみの対象でしかなかった者が、実はデスブレンによって意思を奪われたいわば被害者で あった。父親の仇を討つために戦ってきたというのに、自分は同じ被害者であるオロチに向かって憎し みと暴力を吐き出していたのだ。  ショウの意識はユージの部屋の天井に戻る。  あのときはオロチのことを自分だけが知らなかった。憎しみで戦っているうちに周りが見えなくなって いることにすら気づかなくなり、一人取り残されたまま戦おうとしていたのだ。 (だからガチャフォースに入ることを決めた……) ショウがガチャフォースに入ってからわずか数日のうちに、コウに助けだされたオロチが加入した。シ ョウは父親のような犠牲者をもう出したくないという感情からオロチを守ろうと心に決め、同じガチャ フォースの一員として彼女と一緒に戦い続けた。そのうちに、彼女はコウを好きになっているのだとな んとなく気がつき、胸に小さな違和感を覚えた。  その違和感は、デスブレンとの戦いが終わってリンがコウの手を握ったときに後悔と嫉妬に変わった。 彼女を守ってやりたいという感情は、いつのまにか恋愛感情に変わっていたのだ。  ショウはユージに背中を向けるように寝返りをうった。 (俺はリンのことが好きだ――だから何があっても守ってやるって決めた) だけどしているのは後悔と嫉妬ばかり。 (ユージの言うとおりだな。俺は怖くて逃げていたんだ。俺が望んでいるのはそんなものじゃない。  どんな形であれ、俺なりの答えを出すんだ――!) 7、  8月7日、コウとGレッドはイナリ山にいた。  切り株の上に立っているGレッドが構えたプラズマブレード、その切先に集中した金色の光はなごり 惜しさを見せながら穏やかな風の中に消えていく。 「よし…なんとか5秒だ」 そう言ってコウは短い草の上に座り込んだ。乱れた息が疲れを現している。 「5秒か…」 同じように座り込みながらGレッドは思考に入った。バーストの集中が可能な時間、つまりGブラック と同等に戦えるのはたった5秒しかない。それも一度きりだ。攻撃できるのは一回か二回だろう。2対 1とはいえ、そのあいだに背後を取って真Gクラッシュを正確に当てるなど神業に近い。 (勝てるのか…?) 不安がよぎった。 「コウ…」 Gレッドの内心よりもさらに不安げな声がコウの後ろから聞こえてきた。コウは振り返って、声の主と 視線を交わす。 「うさぎ…」 目に映った人物の名を口にするつもりは無かったが、声は自然に漏れていた。立ち尽くすうさぎはいつ ものように長い髪を見せているが、小学生のころから変わらずに残っていたはずの勝気な瞳はどこかへ 消えてしまっている。 「ごめん…リンが連れて行かれたって聞いて、私どうしていいか分からなくなって…」 うさぎはリンがいなくなったことを心のどこかで喜んでいた。そんな心を持ったままでコウに会いたく はなかった。  コウは疲れた体を立ち上がらせ、笑顔を見せる。 「心配すんなって! 俺とGレッドが取り返してやるよ。次はショウとガルダもいるんだぜ?」 コウの屈託の無い笑みを目にしながら、うさぎは思った。それはショウの心のうちを知っていないから できることなのだと。  作戦のことはうさぎにも伝えられている。ショウの想いに気づいているうさぎにとって彼がどれほど 悔しい思いで戦いに望むのか、推察するのは容易だった。自分の恋敵であるリンに想いを寄せている少 年。だけど彼がリンへの想いを表立って見せたことは無い。2年もの間、彼は無言の愛情を持ちつづけ ている。  それはリンもうさぎ自身も同じ。自分の感情を言葉で伝えることをしなかった。想いだけでなく、苦 しささえも。  一緒に戦ってきたという仲間意識から言葉にしなくても伝わるということを信じすぎて、自分の感情 を伝えなくなったのかもしれない。  リンは優しいから、他人に自分の苦しみを分けたくなかったのだろう。だけど話して欲しかった。話 してしまえば衝突することだってあるだろうけど、それでいい。苦しさを分け合えることは信頼されて いる、必要とされているということ。それは仲間として、とても嬉しいことだ。  今までの自分たちは無言でありすぎた。何も知らないコウ、悩みをGブラックにつけこまれたであろ うリン、悔しさを抱えるショウ、戸惑うだけの自分。すべてその結果から生まれたものだ。  この戦いが終わったら変わらなくちゃいけない。もし変われるのなら、この戦いは無意味じゃない。 戦いでガチャボーグが新たな力を得たのは戦うためだったけれど、自分たちは心を成長させることがで きる。成長した心を持って、よりよく生きていける。  うさぎは考えを断ち切って、囁くように言った。 「ねえ、コウ…これが終わったら、みんなでもっと話をしよう」  自分だけでは抱えきれない苦しさが、きっとリンにもあった。帰ってきたらたくさん話をしてみよう と、今は素直に思える。 「ああ。みんなでな!」 屈託無く答えるコウにうさぎは微笑みを返した。朝の涼しく緩やかな風が長い髪を揺らせば、それは優 しいまなざしと共に柔らかな美しさを演出する。  その姿に、コウは目の前の人物がうさぎであることをしばらく忘れた。 8−1、  8月8日。コウとショウ、Gレッドとガルダは他のコマンダーたちと別れて山道を歩き出していた。 まだ気温が上がりきらない時刻であるにも関わらず、八方からセミの声が聞こえてくる。 「ショウ、ガルダのバーストは何秒持つ?」  歩きながらコウは尋ねた。ショウは視線を前に向けたまま、いつもの無愛想な口調を見せる。 「5秒だ」 「Gレッドもそんなとこだ。合わせても10秒か…」 うつむいたコウの隣で、ショウの足がにわかに止まる。一拍遅れてコウも足を止め、木々の間に広がる 青空を見上げた。変色が始まっている。 「いよいよかぁ…」 コウが以前デスゾーンに入ったときは、こうやって色を変えていく空は見ていなかった。まるで理科の 時間にビデオで見た、山肌を流れていく溶岩のようだ。 「あんまり、気分よくねえなぁ…」 生理的な拒否がかゆみを感じさせたのか、コウは指先で何度か頬をひっかいた。その背中にショウが一 言だけかける。 「コウ、チャンスは必ず作る。お前は機を逃さないことだけ考えていろ」 「ああ、頼んだぜ!」 変色はさらに進み、地面にまで達した。やがて二人の少年の体は無機質な地表に向ってゆっくりと降下 を始めた。 8−2、  無機質な地表とそれを囲んで延々と続いている黒い空虚。2人とも一度見たことのある景色だ。地表 の中央には丸腰の黒いガチャボーグが一体。その後ろには緑色の髪を持った少女がいる。 「リン…!」 ガチャボーグをはさんで少女と反対側に降り立ったコウは、かつてデスブレンの手中から解放した少女 の姿を目にして瞳に強い意志を宿らせた。 「やぁ、よく来たね」 笑っているように目を発光させるGブラックに対して、ショウは冷徹な声を浴びせる。 「いまさら問答する気は無い。錦織は返してもらうぞ」 「おやおや…血気盛んだね」 Gブラックは手のひらを天に向けながら両腕を広げる。 「ま、僕としてもさっさとやれるのは嬉しいからね……それじゃ行こうか、僕のリン」 その言葉を聴いた瞬間、ショウは体の奥底から湧き出る怒りを感じた。 「ガルダァ!!」 怒りを吐き出すような咆哮と共に、ガルダが空高くジャンプした。Gレッドは左手に出現させたビーム ガトリングを連射しつつ、Gブラックに接近していく。  Gブラックは両の拳にバーストとGクラッシュの光を宿らせて、ビームガトリングの光線を一発も逃 さずに殴って相殺した。  Gレッドは心の中で舌を打つ。回避してくれるようなら付け入る隙もあっただろうが、一歩も動かず に相殺されてしまえばうかつに攻め入ることができない。やむなく背中のプラズマブレードを右手に持 ち、遠めの間合いからブレードの先端を当てるようになぎ払った。Gブラックはジャンプして上空へと 逃がれるが、その背後にはガルダが待ち受けていた。  Gブラックの脳天をめがけてガルダブレードが振り下ろされる。たとえ受けられたとしても、Gブラ ックが反撃する暇は無い。最低でも片腕を封じることはできるだろう。ここからさらに2体で畳み掛け れば、チャンスを作れる可能性は十分にある。  しかしGブラックは空中で逆上がりするように上下反転すると、足の裏に集中させたバーストでブレ ードを受け止めながらブースターを逆噴射した。そうして斬撃と落下の両方を防ぐと、間髪入れずに右 拳をガルダの腹に叩き込む。打ち下ろされる角度で攻撃が入ったため、ガルダは後方の地面に叩きつけ られた。  攻撃の隙を狙って、Gレッドのビームガトリングが再び連射された。光弾は逆さになったGブラック の背中をめがけて一直線に飛んでいく。Gブラックは逆さのまま横回転してGレッドの方へ向き直り、 胸の中央からGバスターを発射した。ビームガトリングの光はGバスターの奔流に飲み込まれ、全ての 光弾がかき消される。それでもGバスターの勢いは衰えず、Gレッドの上半身を直撃した。 「ぐうっ!」 くぐもった声を出しながら、Gレッドは背中から地面に倒れた。 「なんという強さだ…」 起き上がりながらGレッドが口にした。着地したGブラックは視線を合わせ、答える。 「あたりまえでしょ? 僕は力が欲しいんだ。どのガチャボーグよりも強く、大きな力がね」 Gブラックの遠い背後で、ガルダもゆっくりと起き上がった。 「へっ…気が合うじゃねえか。――ぶっ壊してぇほどになァ!!」 倒れている間、密かにチャージしておいたファイアーボムが放たれた。それに呼応して、GレッドもG バスターを発射する。Gブラックは回避する暇を失い、とっさに全身にバーストをまとって防御に徹し た。  光線と爆風が重なり、衝撃がデスゾーンを駆けていく。膨大なエネルギーが黒いガチャボーグを中心 に炸裂した証拠だ。これで倒せるとは到底思えないが、手傷を負わせるには十分すぎる。  衝撃の余韻が下降線に入ったころ、爆発の中心にいたGブラックはまとっていた光を解除した。 「…不意打ちなんてひどいなぁ。前に一度やられてやきゃ、バーストが間に合わなかったよ」 敵の様子を見ながら、Gレッドはわずかに震える声を出した。 「効いていない…?」 見た目には全くといっていいほど損傷が無い。サスケの戦闘データにあった刀で負わせたダメージに比 べれば、天と地の差だ。 「損傷率2.1%…バーストを全身に広げても、あんまり効かないもんだね。やっぱりいいパートナーの  おかげかなぁ?」 Gブラックの目が小刻みに点滅する。これが人間なら、くすくすと楽しげに笑っているのだろう。 「それじゃ第2ラウンドといこうか。せっかくだから…」 Gブラックは右肩にプラズマブレード、左手にビームガトリングを出現させた。 「武器も試してみなくちゃね」  リンは白い空虚の中にいた。自分が宙に浮いているのか、地面に立っているのかさえ分からない。周 囲は全て白いもやで覆われて何も見えることは無く、外の音が聞こえてくることも無い。  何かを考えることはできたが、そんなことをしても無意味だ。ようやく悩むことから解放されたのだ から。 「リン…聞こえるかい?」 空虚に響いた優しい声にリンの意識は引き付けられた。どこかで聞いた覚えがある。 「誰かいるの…?」 リンは自分にまだ声を出す能力が残っていたことに驚きながら、返事を待った。辺りは変わることなく 白いもやで埋め尽くされていて、声の主を見ることはできない。それでも懐かしい誰かがいることだけ は感じ取れる。 「誰なの……? どこにいるの?」 リンはもう一度、宛て先のない問いかけをした。やがてぼんやりと、白いもやの一角に黒い霧が混じる。 大きさはリンの体とそう変わらない。 「また会えたね、リン」 優しい声は黒い霧から聞こえてくる。 「僕はダークナイトだ。正確には、その一部だけどね」 8−3、 「リン、Gブラックは君の優しさに付け入ったんだ」 「私はオロチに戻ったのよ? 優しくなんてない」 リンは黒い霧――ダークナイトの言葉を首を振って否定した。 「でも君はオロチになりきれていない。君の体の中には、まだリンの心が残っている」 え、という表情がダークナイトに向けられる。 「…そんなはずない。オロチの心はぜんぶ置いてきたはずよ」 「それじゃあ、外を見てごらん」 黒い霧だけを残して白いもやが急速に晴れていき、外の様子が見えるようになった。視界の正面にはパ ートナーに向って必死に何かを叫んでいる2人の少年が見える。 「コウ…ショウ…」 Gブラックに組すればコウ達を傷つけることは分かっていた。それでも何も見ることができず、何を聞 くこともできない空間に閉じこもることで、現実に起こっていることから意識を遠ざけた。解放された ばかりの心に苦しさと辛さが戻ってしまうことを恐れたせいだ。 「彼らが戦っているのは君のためだ。彼らは君がオロチだったころは敵だったよね。それでも君を助け  に来てくれた」 「う…うぅ…」 リンは胸を押さえた。目の前の少年たちは、苦しさから逃げるために仲間を裏切っただけでなく、その せいでどれだけ仲間が傷つけられようとも知らないふりを決め込んでいた自分を、助けようとしている。 「見てごらんよ、オロチになったはずの君も悲しんでいる…」 リンは振り向いた。緑の髪と赤い目をしたかつての自分――オロチの目には涙がたまっている。リンの 心を全て捨ててきたはずの体なのに、悲しみの涙を流している。 「君はやさしいんだ。やさしさは他の人と一緒にいるときにしか意味を持たない。君がそれを捨てきれ  なかったのは、彼らと一緒にいたいって、心の底で望んでいたからではないのかい?」 リンは黒い霧に向き直った。誰にも言うことができなかった心のうちを、優しく撫でられたような感じ がする。自然と目は伏せられ、あふれてくる涙が頬を伝った。 「私は辛かった…そのことを誰にも言えなかった。でも本当は、ずっと話したかった…」 「話してしまえば、その人を苦しさに巻き込んでしまうと思ったんだね。でも気づいていたはずだ。君  を救うためなら、彼らは苦しさなんて感じない。どんなに傷つけられたって、彼らはここにやって来  たんだから」 リンはもう一度2人の少年を見た。心の奥に暖かさを感じて、表情に微笑みが生まれる。 「ありがとう…」 呟きながら顔を伏せると、心の暖かさがある感情をリンに訴えかけてきた。リンは指先で涙を払い、黒 い霧に凛とした表情を向ける。 「ダークナイト…私はあなたに守られてばっかりで、何もしてあげられなかった。だからこんなことを  言える資格なんてない…だけど今、もう一度だけ力を貸して欲しいの」 黒い霧は静かに佇んで、リンの言葉を受け止めている。リンはそれに向かい、胸で燃える感情をそのま ま言葉に変えた。 「わたし…みんなを助けたい!」 8−4、 「Gレッド!」 「ガルダ!」 2人の前にそれぞれのパートナーが落ちてきた。激しいダメージを受け、すでに立ちあがる力さえも失 っている。Gブラックはその様子を眺めつつ、ブレードとビームガトリングを消滅させながら楽しそう に言った。 「いやぁ、ここが逃げられない場所で良かったよ。この前はせっかくガチャボーグを追い詰めたのにパ  ートナーに捕まえられて逃げちゃうんだもん、ずいぶん手間取ったよ」 少年たちから睨みつけられたが、気にする様子もなく続ける。 「正直、君たちはもう少し強いと思ってたんだけどねぇ…。でもいいや、僕はリンの心と一緒にガチャ  ボックスで宇宙に出るよ。もっと強い奴を探さなきゃいけないからね」 Gブラックが胸の前で合わせた手のひらを少しずつ離していくと、胸の一点に銀色のバースト光が集ま った。それを中心にGブラックのエネルギーが収縮を始める。 「アルティメットビームだ。きれいに消えてよ?」 少年たちとそのパートナーは息を呑んだ。今の破損状況でビームを浴びれば、データクリスタルさえ残 らずに消え去ってしまうだろう。  コウはGレッドを拾い上げるために体を動かし始めた。これまで一緒に戦ってきたパートナーを消さ せるわけにはいかない。しかしバーストを集中させたGブラックのチャージスピードは恐ろしいほど速 く、一歩目を地に着けたときには発射体制に入っていた。  コウの目には横たわるGレッドが映っている。あとたった数歩進むだけで、手が届く。だが…Gブラ ックが膨大なエネルギーを放ったということを、視界いっぱいに広がった銀色の光から教えられてしま った。  銀色の光はGレッドだけでなく、ショウとガルダ、コウの全身を包み込ながら広がっていく。しかし それは一条の奔流ではなく、Gブラックの体全体から銀色の光が拡散して、エネルギーを強制的に外に 放出したものだった。 「なんだ…? なんでバーストが消える!?」 Gブラックはうわずった声をだした。バーストだけでなく、チャージされていたアルティメットビーム のエネルギーさえも残らず放出されている。 「何だよこれはッ!!」 激昂してオロチの方へと振り向くが、そこにあったのは紫色の髪と黒い目を持った少女の体だった。唇 がわずかに開き、声が漏れてくる。 「私は…こんな力なんかに…負けない…」 Gブラックは振り向いたまま固まった。どうしてリンに戻っているのか見当もつかない。しばしの無音 が空間を支配する。 「ハハハッ…何言ってるのさ!」 ようやく状況が把握できたのか、Gブラックはリンと目を合わせながら言葉をつむぐ。 「オロチの記憶を持って生きることがさぁ、辛かったんだろ? 苦しかったんだろ? だからもう一回  こいつらの敵になって、楽になりたかったんだろ!」 「私は…私の中にあるオロチの記憶が嫌だった…。こんなもの消えてしまえばいいって、何度も思った」 「だけど消えやしない! だったらオロチに戻って苦しさから逃げればいい!」 「記憶の中にあるのは苦しいことだけじゃない。みんなと出会ったことも、一緒に戦ったことも、大切  なパートナーがいたことも、それに…」 リンは顔を上げてコウに視線をやると、弱々しいながらも微笑んでみせた。 「好きな人ができたことも」 「リン…?」 コウはつぶやいていた。隣のショウは歯を食いしばり、胸の痛みに耐えている。 「忘れたいことだってある。だけど消したくない。私は……この記憶と一緒に生きたい!!」 「よく言った、リン」 言いながらGレッドが立ち上がった。 「Gレッド…動けるのか?」 「ああ。今のリンの勇気、パートナーデータの書き込みなどなくとも私の胸に届いた。  ――そうだろう、ガルダ?」 Gレッドの言葉を受けて、ガルダはめんどくさそうに立ち上がる。 「…けっ、ほんの少しだけな」 「ガルダ…行けるのか?」 「誰に聞いてやがる、ショウ!」 ガルダとGレッドはそれぞれブレードを抜き、体の正面に構える。2体のガチャボーグの気迫は少年た ちに伝わり、体に宿る勇気を引き出していく。 「最後の一撃…これで決着をつける!」 「おう! いくぜ、みんな!」 少年たちの叫びが2体のガチャボーグに力を与える。  ガチャボーグがパートナーの勇気を引き出し、パートナーの勇気はガチャボーグに力を与える。双方 向に働くエナジーの流れは信頼があってこそ成せる技だ。Gブラックは一方的にエナジーを引き出すこ とで得ている自分のエナジーとは全く異なる力を感じて、思わず一歩二歩と後ずさった。  3歩目を地に着けたとき、右手にビームガトリングを出現させて構えることで、精神を戦いの中に引 き戻した。誰よりも強くなるために、退くわけには行かない。 「ふざけるな! バーストが無くたって瀕死のお前たちなんかに……!」 叫ぶことで精神を奮い立たせる。しかし裏腹に、内部エネルギーが急速に低下していくのを感じた。 「くっ…体が…!?」 「Gブラックのエナジーは“私達”が押さえるわ! 今のうちに!」 「おまえぇぇ!!」 Gブラックはビームガトリングを抜き、リンに向かって構えた。 「リンは撃たせん! ガルダァァッ!!」 金色の光をまとったガルダは地を削るように低空を飛翔し、Gブラックの直前でいきなり垂直に上昇す ると、先端に光を集めたブレードを突き出して一直線に降下する。 「ちいっ!!」 Gブラックは両腕にGクラッシュのオーラを発生させ、頭の上で組むことでガルダブレードを受け止め た。ブレードはGブラックの両腕を貫通し、ようやく止まる。串刺しにされた黒い腕は、まともに動か すことさえできない。 「Gレッド! 今だ!!」 「ああ!!」 プラズマブレードの先端、その一点にバーストを集中させる。 「ちぇいさあぁああ!!」 がら空きになったGブラックの背中に真Gクラッシュが叩き込まれる。背中の装甲にぶつかってブレー ドは静止させられたが、それも1秒程度のことだった。プラズマブレードはGブラックのデータクリス タルを貫通し、金色に光る切先をGブラックの左胸の前に見せる。 「ウソだ…僕が…終わる?」 体を貫かれたままのGブラックが独白した。やがて閉ざされていた空間に亀裂が走り、ガラスが割れて 落ちていくように、景色は元の色を取り戻していく。それに連動して、Gブラックの体も消滅を始めた。  Gブラックの中にわずかに残していたリンの意識も、あるべき場所へと流れ始めた。白い空虚の景色 と懐かしい感覚から遠ざかっていくことを感じながら、リンは穏やかに目を閉じていく。 (また会えて嬉しかったよ…リン…) 黒く塞がれていく世界を目にしながら、リンはダークナイトの声を聞いた。 (僕のことを気にやむ必要はない…僕は君を好きになって、君のために生きることができた。  幸せを与えてくれた君に、僕は感謝しているよ…ありがとう…) 8−5、 「リン!」 景色がイナリ山の木々に戻るなり、コウは山道を駆け出した。途中でGレッドを拾い上げ、リンを抱き 起こす。 「大丈夫か?」 呼びかけると、リンは閉じていた目を薄く開けた。とりあえずの無事を確認して、コウはひとつ息をつ く。ショウにもリンの無事を伝えようと、顔を上げて首を動かそうとしたときだった。 「コウ…好きだよ…」 弱々しい言葉がリンの口から流れてきた。リンに視線を戻すと、リンは目を閉じながら「やっと、言え た…」と言ったきり、動かなくなる。 「眠ったようだな」 突然背中に振ってきたショウの声に振り返ると、ショウは胸にガルダを抱いてこちらを見ていた。近づ いてきたことに気づかなかったのは、彼がゆっくりと歩いてきたからだろう。 「コウ、リンに答えてやれ」 「え…?」 予想外の言葉を投げられて、コウは戸惑った。どういう意味なのかを問いただそうと思ったが、ショウ の目に真剣さと悲しさの両方を感じて、何を尋ねることもできなくなる。  ショウは目に浮かんだ感情の色を変えないまま、言葉をつなぐ。 「どう答えるかはお前が決めることだ。けどな、それはお前にしかできないんだ。  ――オレには、できないことなんだ」 「ショウ…」 「勝ったことをみんなに伝えてくる」 いつもの無愛想な声でそれだけ言うと、ショウは背を向けて歩いていった。  やがて足音が遠ざかり、木々の中に2人だけが残された空間で、コウは腕の中で目を閉じているリン の顔を見つめた。  おもむろにコウの口が開き、たった一言だけの言葉がリンに贈られる。  その言葉がずっと求めていたものかどうか、眠るリンに判断することはできなかった。 8−6、 ショウは道の途中でユージに声をかけられた。どうやらショウの事情を推察して、ガチャボックスのと ころにいる他のコマンダーたちから離れていたようだ。 「決着はついたようですね」 顔を見るなりそう言ってきたユージに対し、ショウは顔を背けながら「…ああ」と短く答えた。 「ガルダは僕がお預かりします。Gブラックが倒れたことも皆さんに伝えておきましょう」 「…すまない」 それだけ言って、ショウは再び山道を歩き出した。 ショウは歩き続けた。 涙はぬぐわない。ぬぐったところで止まりはしない。 もう少し自分が大人だったら、黙ってリンを守り続けていただろうか。 届かないと分かっていても想いを告げていただろうか。 だけど未熟すぎる今の自分には、この答えしか出せなかった。 こうすることが一番いいとしか思うことができなかった。 ――リンの心に自分がいないのなら、喜んで身を引こう。 ――それがリンのためなら。 ショウは歩き続けた。 胸の痛みがどれだけ熱を帯びようとも、歩き続けた。 9、  放課後、リンは校門へと走っていた。肌に触れる空気は冷たく硬質で、息を白く染める。あの夏から 2年と半分が経って、リンは3年生の3学期を迎えていた。 「ごめん、私たちのクラスだけ受験のことで遅くなって…」 校門で待っていた彼は笑みを返してリンを許すと、校外へ歩き始めた。リンも彼のとなりに並んで一緒 に通学路を歩いていく。  その途中で彼はリンを待たせ、一人で走っていった。去年も同じことがあったので、何をしに行った のかはリンも知っている。  リンは夏に比べてずいぶん色の薄くなった青空を見上げた。Gブラックとの戦いが終わったあと、新 しいメガボーグ星へと旅立ったガチャボーグたち。落ち着いたらまた地球に来ると約束した彼らが戻っ てくるまでには、あと何年かかるだろう。先に飛び立った仲間たちを追うために急ぎ足で出立して行っ たため、リンは見送りの時にひとこと礼をいうだけしかできずにいた。  あれから、仲間たちとはずいぶんいろんなことを話すようになった。それが原因でケンカになってし まうこともあったけれど、心に沈んでいた重荷は少しずつ軽くなっていったし、想いが停止してしまっ たり、すれ違ってしまうことも無くなっていった。いまこうやって彼と一緒にいられることも、感情を うまく言葉に乗せて話せるようになったおかげだ。  ガチャボーグたちが戻ってきたら、きっとうまく感謝の言葉を言えるだろう。ダークナイトの、最後 の言葉のように。  思いにふけるうちに、彼が息を切らせて戻ってきた。その手には青い花。 「15歳、おめでとう」 短い言葉を添えて花が差し出される。1月28日の誕生花、ブルーレースフラワーを使ったブーケ。  リンはそれを受け取ると、胸の前に抱いて花たちの模様を見つめた。続いて視線を彼の顔に移し、微 笑みながら言った。 「ありがとう」 心からの感謝の言葉に、彼は照れたようにふい、と背中を向けて歩き出す。リンもまた隣に並んで歩き なれた通学路を進んでいった。 ブルーレースフラワーの花言葉は“無言の愛”。 ずっと言葉にできなかった愛は青い花に姿を変えて、今の2人をかたく結んでいる。 『ガチャフォース  ブルーレース・フラワー』 終わり 『未来への布石』  2008年、4月。  己の軽率すぎる行動を、大学3年生の六節香子(ロクフシキョウコ)は後悔していた。  サハリ町の山のほうで謎の物体が打ち上げられたと聞きつけ、朝から夕方までイナリ山を探し回った が何も発見できず、ならばと政府管理施設である侵略者の地下基地をのぞきに来たところで見事に発見 されてしまったのである。 「目的は何なんだ?」 両腕を上げ、無抵抗の姿勢を取らせられたまま質問が浴びせられる。 「侵略者が撃退されたあとのゴタゴタに紛れて、何度かイナリ山で打ち上げが行われていたそうなんで  す。それが最近また行われたって聞いて・・・」 「フン、野次馬のつもりか」 正直に話したが、目の前にいる屈強な警備員の信頼は得られなかったらしい。 「怪しい者じゃないんです。ホントにただ興味があっただけで・・・」 「動くな!!」 突然出された大声に、キョウコは思わず両手を顔のまえで交差し、肩をすくめて防御体制をとった。 「動くなといっているだろう! そこで止まれ!」 「・・・え?」 一歩も動いていない自分に対し、今の警備員の発言はおかしい。キョウコは両手をもう一度広げて警備 員が向いている方向を確認した。自分の右後ろのほうを向いている。そこで右後ろに聴覚を集中してみ ると、こちらに近づいてくる足音が聞こえた。 「聞こえないのか! そこで止まれと言って・・・・・・」 警備員の声が不自然なところで途切れた。キョウコはなぜ警備員が発言をやめたのかが気になり、右後 ろを振り返る。視線の先には歩いてくる高校生くらいの男の子と、空中を漂いながら男の子の後を追っ てくるピンク色の人形がいた。 (あの人形・・・あのとき侵略者と戦っていた・・・!) 驚きの表情を見せたキョウコと、状況が飲み込めない警備員を前にして、男の子は礼儀正しく自己紹介 を始めだした。 「荒木優二と申します。こっちはパートナーのジャックです。侵略者と戦った組織の代表としてご挨拶  に参りました」 「まいりましたー」 男の子に続いて人形が気楽そうに言うと、警備員は無線機を取り出して連絡を始めた。返ってきた返事 は中に通すようにという命令だったのだろう、男の子と人形は笑顔を浮かべたまま機密施設の中へと入 っていった。  同じ日の夜、どうにか開放されて家に戻ったキョウコは寝付けずにいた。目の前を通り過ぎていった 少年と人形の顔が頭から離れないのだ。 「荒木優二・・・確かそう名乗ってた」 キョウコの表情には決意の色があった。すぐにサハリ町とさばな市の電話帳を探し出し、荒木姓の欄を 調べてみる。かなり多い。うかつに聞きまわるなどすれば、荒木優二がすでに名乗り出ているために、 彼を探している人物がいるという情報を察知されて捕まってしまうかもしれない。 「だけど、あきらめるもんか・・・!」 正攻法を取ることができなくても、手段はいくらでもあるはずだ。キョウコは強い好奇心を燃料にして、 思考を回転させていった。