%x,JP 図説 イルヴァ今昔生物録(草稿)         S・E・T・シタルーバ ■序文  大半の方は、販売されている本に『草稿 』などという言葉がつけられている事を疑 問に思われて、この書を手に取られたかと 思います。なぜそのような言葉を付けたか と申しますと、この本はかつて存在した10 の文明が残した、断片のような知識を無差 別にパッチワークした物だからなのです。  ご存知のように、現代(シエラ・テール )には過去存在した10の文明の残滓が散見 され、学者や冒険者たちの手により発掘さ れるそれらは、物資・知識共に膨大な分量 となっています。発掘品そのものや、それ らを利用して作られた数々の道具類が我々 の生活を豊かな物にしてくれているのは言 うまでもありません。  しかし、即生活の役に立つ訳ではない知 識については、省みられる事も無く倉庫で 埃を被っている状況も、確かに存在するの です。  私はそのような現状に一石を投じたいと 考え、山積みにされた史料の中から、特に 生物についての情報に絞って抽出を行い、 無差別にこの書にまとめました。そんなま とめ方を行った性質上、現在も生き残って いる種族は元より、このシエラ・テールで はすでに絶滅している種族や、ある特定の 時代でしか生きていなかった種族という『 無駄』な知識も含まれています。加えて、 ある一つの種族についての情報も、矛盾す る表記や現在では否定されている推論等が 同時に書かれてもいます。これらは、複数 の時代・複数の書物に存在した記述をその まま引用し、編集する事無く並べているた めに起きている事です。  ゆえに、この本は草稿なのです。  願わくば、この書が学者たちの研究の一 助になるだけではなく、読み物としても人 々の心にほのかな知識の明かりを灯さん事 を……。 ■本文:古今生物録 ※出典は、発掘された時点で題名が欠落し ていなかった物のみ記している。欠落して いた物には巻末資料に発掘品暫定管理番号 との対応を記してあるので、そちらを参照 されたし。 ●赤き義眼の『クルイツゥア』 解説1:出典【ある地方官のものと見られる 古びた日記】  今日は王の命により、灼熱の塔へ向かっ た。 ―(中略)―そして遂に目的の人物―果たし て人物といえるのかはさておき―赤き義眼 の『クルイツゥア』と対面した。  このパルミアに遥か昔より、灼熱の塔の 魔女として存在する彼女の、その容貌は、 その身にあってはドドメ色の布を纏い、そ の顔にあっては墨色に黒き布と、炎のよう に赤く踊る髪に覆い隠され、ただ知れるも のはその二つ名にある緋色に輝く偽りの眼 だけであった。 ―(中略)―結果として、私は王の命を果た せなかった。私のような一官吏ではなく、 王に会わせろ、と言ったのである。それが コレを受け取る為の最低条件である、と。  このことは明朝早く使いを遣り、報告す る気であるが…(後略) 解説2:【お母さん、おはなしよんで】  むかしむかし、王さまのすむお城からず うっと北にいったところ、さむいさむーい ところにまじょがすんでいました。まじょ といってもいいまじょでした。(略)  りゅうの、村びとにやられたきずが治る ころにはふたりははとても仲がよくなって いました。あいしあっていたのです。(略)  だまされた、と怒った村びとたちはりゅ うにはどくを飲ませてころし、まじょはさ んざんに、ちがでてめがつぶれるほどにう ちすえました。(略)  まじょをつつんだはずの火は、村びとを おそい、まわりをやきつくしました。火か らにげた村びとも、怒りくるったりゅうに くいころされました。(略)  まわりの雪をとかし、春にするほどあつ くもえたほのおは、今は塔になっていて、 そこにはまじょとりゅうのふうふがすんで いるのだそうです。とっぴんぱらりんのぷ う。 解説3:出典【パルミア伝承考】  さて、このようにパルミア北部の集落で 広く様々に語られる「クルイツゥア」であ るが、収集した話を照らし合わせると、い くつか共通して語られる部分があることに 気付く。それを述べよう。  まず一つに、その手に持つ武器のことで ある。名前こそはっきりしないものの、そ れを持つことで頭脳は明晰になり恐怖は振 り払われる。また打った者からマナを吸い 取る、とされている。(略)  次に冷気と暗黒を操ることである。 これは寒さが厳しく、一年中その地表が雪 に覆われるパルミア北部において、冬の恐 ろしさを伝える為に、冬を象徴化した存在 としてこの「クルイツゥア」が利用された のかもしれない。(略)  そして最後は、パルミア第三代王ザシム との関わりである。  ザシムはパルミア各所で逸話が伝わって いるが、その多くは荒唐無稽な御伽噺に過 ぎない。  しかしそのなかには信憑性が高いと見ら れるものも確かに存在する。その一つこそ 「クルイツゥア」との話なのだ。(略)  私はその贈り物と、この魔女は「レシマ ス」に何らかの関わりがあるのでは、と見 ている。 解説4:出典【冒険者の拾った謎の石板】 (以下、刻まれた文字を解読したもの)  くるいつぅあはきょうもあついあついと いってたのでぼくはあついならあいすぼる とをつかえばいいといったらそれはさむい だろうばかといわれた。くるいつぅあはわ がままだねといったらまほうのやでうたれ た。ちくちくいたいからやめてほしい。 くるいつぅあはわがままだ。 おやすみなさい。    くるいつぅあはきょうはりょうりをつく ってくれた。めずらしいねといったらなぐ られたけどそれはちからがぬけるしあつい からやめてほしい。ここはたいせいがひく いとかってにものがもえるからりょうりも かんたんだとくるいつぅあがいったのでぼ くはてぬきだねといったらやっぱりなぐら れた。くるいつぅあはてぬきだ。りょうり はおいしかった。 おやすみなさい。  くるいつぅあはきょうはまほうのれんし ゅうをしてた。てれぽーとでぴょんぴょん とびまわるからぼくはおいかけてたらめが まわった。めをまわしてたらくるいつぅあ がしんぱいしてくれたけどまほうのれんし ゅうのじゃまをしたからごめんねといった らなでてくれたあとにきょうはこれでやめ にしようかといったのでぼくはごめんねと いったらまたなでてくれた。くるいつぅあ はやさしい。  くるいつぅあはぼくのおよめさんでぼく はくるいつぅあのだんなさんだからぼくは くるいつぅあをずっとまもろうとおもう。 おやすみなさい。 ●馬 解説:出典【牧畜の友】  古代の馬と現代の馬はまったくの別種で ある。その最たる違いは食性で、古代の馬 は草食性であるのに対し現代の馬は完全な 雑食性で、肉を引き裂くために犬歯も発達 している。これらはかつての『腐敗の終末 』を教訓に、終末を生き残びた馬を、より 繁殖をしやすく、より食べ物に困らないよ うに改造したためである。この改造と交雑 によって、古代種よりもはるかに生存能力 の高い現代馬が生み出された。  現代馬の特性として、繁殖地で与えられ る水と飼料の違いによって成獣時の発育状 態が大きく変わる事が挙げられる。口に入 るものなら何でも食べる野生馬と、厳選し た飼料をのみ与えた家畜の馬とでは、全て の能力において家畜が勝る。特に優秀なの は農耕馬として農村で育てられた馬で、元 々草食動物であったためか、飼葉以外に新 鮮な野菜を多く食べられる環境で育つと優 れた筋力を持つ馬になる。特に上質な野菜 で有名な『アリマ』『オウカ』『キッカ』 の三農村で育てられた馬の強靭さは、本誌 の読者には語るべき事ですらないだろう。  しかしながら、子馬に大量の野菜を飼料 として与え続けるのは費用面で問題がある。 それを受けてオグリスのキャップ研究所と ナリタのブライアン牧場が共同で、発育が 飼料の質に左右されにくく、かつ既存品種 よりも優秀な品種の研究を8年ほど前から 行っている。この研究は絶滅してしまった 古代種から名前を取り『サラブレッド計画 』と呼ばれ、誕生するであろう新品種には この計画と同じ名前が与えられるようだ。 ●怨念 解説:出典【肉体無き者たち】  亡霊が世界を彷徨う内に、残された魂す ら磨り減り、それでも生を渇望する者はや がて、怨念となる。 怨念となりし者はた だ生ありし者を妬み、その生を奪おうと生 ありし者を襲うようになる。 ●イーク 解説1:出典【小さなヒトたち】  子どもくらいの大きさの、人のようなす がたをした種族です。いろいろな場所に住 んでいるので、まちの外を歩いているすが たをみなさんも見たことがあるかもしれま せんね。  彼らはかなり頭がいいらしく、人のこと ばを話したという記録こそありませんが、 器用に弓をいたり、魔法を使ったりするこ とができます。  彼らはみな勇敢な戦士で、どれだけ巨大 な敵にもすすんで向かっていきます。なか には文字通り自分の命をかけて敵を倒そう とするものもいるといいます。  人間とはあまり仲が良くありませんが、 彼らもまたこのイルヴァにすまう隣人なの です。 解説2:出典【騎士の心得】  イークはみな人間を憎んでいる。数も多 く、しばしば徒党を組んで我々に襲い掛か ってくる。  奴らは非常に狡賢く、弓を使ったり、な かには邪悪な魔法で我々の光を奪わんとす るものもいる。自らの命とひきかえに甚大 な被害をもたらす種すら存在する!最も厄 介なのはマスターと呼ばれる種で、恐るべ き魔力をもって無尽蔵に配下を召喚し続け る。討伐の際はこの種から先に根絶やしに することが不可欠といえよう。  どこにでも出没するため、我々にもよく 討伐の任務が与えられる。稀にネフィアを 利用した巣を形成するため、騎士昇格の試 練としてその掃討が命じられることもある。 私の昇格試験がまさにそれで、ある農村の 近郊にできた巣を排除せよというものだっ たのだが、あまりの数の多さにさしもの私 も危うい戦いを強いられた。家宝である魔 法の武具を犠牲にして、ようやく退治を終 えた次第である。 ●火炎竜『ヴェスダ』 解説:出典【信仰と畏れ】  太古の炎が凝ったもの。最古の炎。神話 では紅蓮をまとった巨大な竜、もしくは巨 鳥の姿で描かれる。元素神イツパロトルの 命により死者のもとを訪れ、永遠の安息を 与えるという。  また、ある伝承によれば、『ヴェスダ』 は地の底にて勇気ある強き者の訪れを待ち 続けており、灼熱に耐え試練を乗り越えた ものには大いなる力が授けられる。  「地の底」は死後の世界を指すと考えら れるが、過去には谷底の洞窟などに実在す ると考える者も居た。エウダーナの著名な 探検家が国中を調査したが、終にその場所 は見つけられなかったと記録されている。 ●骸骨 解説1:出典【原色不死生物図鑑】  骸骨というのは、大きくわけて二つに分 類することができる。  一つは、他の不死生物同様自然発生する ものである。野ざらしの遺体が多く存在す る古戦場でよく目にすることができる。し かしこの方法で発生する場合、遺体が完全 に白骨化するまでの間一つないし多くの魂 がその場に留まっていなくてはいけない。 そのため、強力な武具を持つものがいる反 面腐肉がついたままになっているものも数 多い。  もう一つは、邪悪な魔術師によって人為 的に魂を付与されたものである。この場合、 魔術師にとって見れば腐肉は悪臭の元であ る。これでは消臭剤でもなければ使い勝手 は非常に悪くなる。そのため、実験体とし て攫ってきた一般人を完全に白骨化するま で発酵させたあと素体として使っているよ うだ。 解説2:出典【セナ王国兵団教本初級編】  序章でも述べたように、槍は突き刺すだ けの武器ではありません。  確かにお伽話では、体重をかけたチャー ジや馬上槍の一撃がよくとりざされていま す。が、実際には突き刺すだけでは槍の真 価を3割も引き出せてはいなないのです  槍は、あたかも杖術のように振り回して 使うことも数多いのです。  例えば例を出しましょう。貴方は意思な き骸骨と出会いました。貴方が槍をただ正 面に突き刺すだけの武器であると捉えてい るならば、その一撃は腰の横をすり抜け肋 骨の隙間にはまるだけでしょう。しかし遠 心力を使って横薙ぎにした場合、その重い 一撃は硬い骨をも砕き相手を粉々にしてし まいます。 解説3:出典【最新家具カタログ vol.4】  貴方は水晶ドクロをご存知ですか?  家具の中でも手軽に高貴なイメージをつ けられると評判の黒水晶を、なんと骸骨の 頭型に加工してしまったんです!  太陽にかざすとうっすらと虹色に輝くそ の美しさは他の家具では真似できません。  更にランプや篝火などの上に設置すれば あら不思議、瞳がキラリと光り始めるので す。  制作・販売しているのは、ノースティリ スにお住まいのマレキさん(148歳・丘の 民)。巻末の販売元一覧からご連絡くださ い。 ●カオスアイ・マッドゲイズ・デスゲイズ 解説1:出典【回が目る】  無数の触手を生やした、巨大な眼球の魔 物。その視線によって人間の精神を操作・ 破壊する能力を持つ。時の権力者を操って いた事もあり、かのオダイカンの治世には 「爆熊」「土下座衛門」なる妖怪として、 またエイス・テール期には「スカイライン」 の名で呼ばれ、恐れられていた。 ●餓鬼 解説1:出典【肉体無き者たち】  餓死した者の魂が、死せし後もただ、「 何か口にしたい」という思いのみで彷徨う 姿。手で触れた者の満腹感を奪い、自らの 空腹を満たそうとするが、未来永劫、その 飢餓感が消えることはない。 解説2:出典【週刊ティリス第42号】  餓鬼は幽霊として知られる。だが、一説 によるとそれは違うらしい。その説による となんと、餓鬼は人間と同じ生命体らしい のだ!!  (中略)  そして当取材班は幽霊に詳しいノルンさ んにコンタクトを取ることができた。 そ れにより判明した新事実!それはなんと、 餓鬼は生きているという事実だった!!  その事実はいったいどういう事なのか― ―次回につづく!! ●きのこ族 解説1:出典【イルヴァ3Tクッキング】 「本日は『胞子きのこと混沌きのこの簡単 おでん』のご紹介です」 「まず、胞子きのこの肉と混沌きのこの肉 を食べやすい大きさに切り分けます」 「大根は食べやすい大きさに切って、隠し 包丁を入れて下茹でします。お米のとぎ汁 がないときは、だしパックにお米を入れて もかまいませんよ」 「それからじっくり煮込むわけですが、今 日のポイント。ハリマグロのさつま揚げは、 熱湯をかけて油抜きをしてあげてください ね」 「こちらが30分煮込んだものです」「わあ、 混沌きのこのお肉のいい香り。おいしそう です」「お好みのきのこと具材で作って大 丈夫だけど、この香りが欠かせないから混 沌きのこはぜひ使ってね」 「では材料です。まず・・・」 解説2:出典【農民一揆と歴史】  昔、オダイカンと呼ばれる領主が派閥を きかせていた頃。オダイカンに搾取され続 けた農民たちは、しばしば農具を手にオダ イカンに反旗を翻すことがあった。  しかし不思議なことに、当時の農民たち は鎌を手に振るうのではなく、投げて使っ ていたという記録が残っている。パンツや 石ならばともかく、鎌を投げるとはどうい うことであろうか。  彼らがどのようにして鎌を投げていたの かはわからないが、一説によるときのこ族 の一部には鎌を投げる戦闘技術が伝わって いるという。彼らは、古代の農民の末裔な のかもしれない。 ●クイックリング 解説:出典【小さなヒトたち】  「すばやき者」を意味する名前のとおり、 目にもとまらないスピードで動き回る種族 です。風の女神に愛されているとか、他の 生き物と違う時間の中で生きているんだと か言われていますが、はっきりしたことは わかりません。  彼らの身体はとても小さくか弱いです。 しかし彼らには、人間には無いすばらしい 長所があります。それは魔法への強力な耐 性で、ちょっとやそっとでは打ち破られる ことはありません。  また彼らのなかには弓の名手も多く、え ものに気づかれないうちに三つも四つも矢 をうち込む姿が良く見られます。また弓使 いは彼らの中でもとりわけせっかちで、気 に入らない者にはようしゃなくののしりの 言葉をたたきつけます。 ●クミロミ 解説:出典【聖人列伝】  いまだ名付けられていない前時代の末期、 『腐敗の終末』に忽然と現れ、あらゆる食 物が腐るという呪いを退け、世界を救った 聖人。  かつての時代の終焉期は、蔓延する呪い によってあらゆる作物は芽を出す端から枯 れ、運よく収穫できた物も収穫からほとん ど間を置かずに腐ってしまい、僅か一掴み の小麦を得るために血の繋がった家族でさ え殺しあっていたという。そのような世界 を、彼もしくは彼女は、枯れた作物を蘇生 させ、腐敗した食物から種を生み出すとい う奇跡の御技を持って安堵させた。  またこの事により植物と縁の深い妖精た ちからも慕われ、彼らは常に彼または彼女 の側に控え、種作りに協力した。同時に、 彼または彼女の黒い愛猫と妖精たちがじゃ れ合う様が彼または彼女の周りでは常に見 られたと伝えられる。  彼または彼女は、極めて慈悲深い事でも 知られている。ある時は自分の事を悪魔の 使いと散々に罵った相手が病に倒れたと知 るや、相手のために即座に癒しの秘薬を調 合した。またある時は捨てられて既に死し た裸の赤子のため、自らの服を材料とした 産着を着せて荼毘に伏した事もある。特に 何かのために努力を重ねる者に対しては、 その立場や出自を問わず自身の秘儀によっ て作られた宝玉を惜しみなく与えたと言う。 (中略)  『鎌を携えた読書家』『錬金術の祖』『 妖精に愛される者』『揺り椅子のお針子』 など複数の異名で呼ばれ、多くの者に慕わ れた彼または彼女だが、三十に届かぬ齢で 夭逝している。朝食の時間になっても起き てこない彼または彼女を不審に思った弟子 が、その体を揺り動かしてようやく亡くな っている事に気づいたほど、その最期は穏 やかだったとされる。  葬儀にはイルヴァの全ての人々が集まっ たとされ、葬列に参加した彼または彼女と 同時期に活動していた聖人や賢者達の手記 にも「地平を埋め尽くすほど」「目に映る 全ての範囲に」参列者がいたと記されてい る。  葬儀の終わり、代表を任された弟子が最 後の挨拶を行った直後、全ての神が棺の周 りに光臨して彼または彼女の遺体を持ち去 った。その後、聖人クミロミは『収穫のク ミロミ』として神の座に就いたのだとクミ ロミ神の経典に記される事となる。  最後に特筆すべき事として、聖人クミロ ミは本当の性別が良く分かっていない事が 挙げられる。聖人クミロミは伝承通りに極 めて中性的な容姿と立ち居振る舞いをして いたらしく、当時の賢者たちの手記にも、 『キャスパの手記』をはじめ一冊の中でさ え表記が二転三転している物が存在する。 そのためクミロミ神の神官たちも見解を統 一しかねており、この文章を認めている時 点では、男神に比べて少ない女神を補填す る物として女性説が僅かに有力である程度 である。そのため本書においては、聖人ク ミロミを指し示す言葉として『彼または彼 女』という曖昧な表現を使用している。 ●黒猫 解説2:【死後の遺言】抜粋  (前略)  黒猫は私の威嚇を往なしながら巧みな鎌 遣いで急所を狙い、私の攻撃が当たりそう になると魔法の矢を放ち、更には懐に飛び 込んでガブリと噛み付き私の血を吸った。  「これ程恐ろしい魔物に出遭ったのは初 めてだ」と私は既に命を諦めつつあったが、 真の恐怖はここからだった。  気付いたのだ。見てしまったのだ。黒猫 の腹部に蛆が湧いているのを。  蛆の群れの蠢きは次第に激しくなり、や がてその奥から腸がズルリと垂れ、おぞま しい触手となって私に襲い掛かり…!  そこで私は正気に戻った。視界は夜の黒 一色で黒猫の位置は分からなかったが、た だ一つだけ…高速で迫り来る鎌の柄だけが 見えた。  私は首を刈られ、瞬時に絶命した。  (中略)  近くの屋根の上へと揚がり観察している と、黒猫が私の指輪に顔を近づけペロペロ と舐めた。目を凝らして見つめていると、 指輪は光に包まれ神々しく輝いた。  (後略) ●殺人リス 解説1:出典【アセリア童謡大全 第27巻】 りーりーりーすこい あっちのやくそうにーがいぞ こっちのあぴのみあーまいぞ りーりーりーすーこい りーりーりーすーこい あっちのいーもはにーがいぞ こっちのかぼちはあーまいぞ りーりーりーすーこい 解説2:出典【恐るべき動物たち】 かのように殺人リスは誠に恐ろしい動物の一 種であるが、にも拘らず研究が進んでいない 動物の一種でもある。 筆者は、その原因をリスたちの分類が間違っ ているからではなかろうかと考えている。 元来リスとは、その大きな尻尾や長い前歯か らネズミの一種であると分類されてきた。し かし、同じく前歯が長い動物にはうさぎもい るではないか。 野うさぎもまたネズミと同じく、平原でよく 姿を見る動物である。そのうさぎと同じ種で あると仮定すれば、この恐るべき殺人リスの 本当の姿を垣間見ることができるのだ。 そう、高レベルの冒険者のく・・・(ページ はここで破り取られている) ●スライム 解説1:エイス・テールの遺産書《魔法生 物 その未知なる生態》より  半透明の半液体の肉体に幾つかの核を内 包するモンスター。プチに似ているがその 生態は大きくかけ離れている。  対象は側面下部に大きな口を持つが、こ れは捕食ではなく攻撃に使われる。対象が 獲物を発見すると獰猛ににじり寄り大口を 開け、魔力反応で大幅に体積を増した酸性 の体液を吐き出す。この擬似消化液は対象 自身にも有害に変異しており、稀に自滅す る事もあるが短時間で無害化する。  更に攻撃を受けた際の傷からも同じ消化 液を作る事から、体外に出る体液を無意識 的に変異させているのかも知れない。  また、より強力な体を持つ上位個体を発 見したので捕獲し検査した結果、体液の酸 性が若干弱い事が判明した。詳しくは分か らないが魔力反応との相性が関係している ようだ。  因みに捕食はどうするかと言うと、完全 に溶かした獲物を無害化した消化液と共に 底部の口吻で啜っていた。 解説2:出典【ピピンの日記】  きのうのにっきをかきわすれたので、あ さだけどかきます。おひるににわであそん でいると、プチさんににているいきものが おそとにいました。いっしょにプルプルし てあそぼうとおもっておーいとよびました。 そしたらいきなりはしってきて、シュワシ ュワのよだれをたらしてきました。おかあ さんがシッシッしてくれたけど、すごくこ わくて、おふとんにくるまって、ごはんだ けたべてねました。ゆめにでてきてよだれ をたらされました。ごめんなさい。 ●ゾンビ 解説:出典【原色不死生物図鑑】  一般に朽ちた人型の肉体を持つ不死生物 のことを指すが、その肉体は生前に強大な 魔力を持っておらず、かつ白骨化していな い亡骸に由来する、という特徴がある。  本書の1章(注:次項参照)でも述べた ように、普通その意識は混濁しており、本 能のままに動く物を襲い、捕食するが、極 稀に明確な自我を持つ個体も存在する。  なお、冒険者には広く知られているよう にゾンビ(正確には不死生物全般)の肉を 食すと急激に体が朽ちることになるが、そ の効果は肉だけでなく体液にも存在する。 その中でも特に濃度の高い体液(一般には 脳脊髄液)は下落のポーションと呼ばれる。 【注)同書『1章・不死生物の成り立ち』 から抜粋】  不死生物というのは他の生物のような繁 殖は行わない。何らかの生物の亡骸に、こ れまた何らかの生物の魂が宿り、不死生物 として蘇るのである。この際、亡骸と魂は 一対一で対応しておらず、一つの亡骸にあ る程度の量の魂が宿る必要がある。  このような複数の魂が一つの肉体に宿る という理由から、不死生物は基本的に混濁 した意識しか持たない。しかし極稀に非常 に強い未練を持つ魂が亡骸に宿る場合があ る。この場合、その魂一つで不死生物とし て蘇ることが可能となるため、こうして生 まれた不死生物は、単一の魂に由来する明 瞭な意識と自我を持つことになる。 ●地雷侍 解説1:出典【スシ!フジヤマ!カイシャク!】  かつて強大な権力を手にしたオダイカン たちであったが、外敵の脅威が去ると、し だいにオダイカン同士の権力争いに始終す るようになっていった。  表面上は道義を重んじる彼らは、武力に よってではなく、当時最も重要なステイタ スであった名誉そのものを風評などで傷つ けることによって相手の地位を失墜させる という手段を取った。  そのため「ハジ」という最大の不名誉を 受けたものは、たとえオダイカンであって も、「ハラキリ」によって自害しなければ ならかった。 解説2:出典【全魔獣魔人・下巻】  「イッキ」をおこし「オダイカン」と斗 った農民たちが鎌の技を残したように、オ ダイカンの技を現代に受け継ぐ者たちがい る。それがサムライと呼ばれる種族である。  彼らは「ハラキリ」を行う際に発生する 「ハジ」、その負の精神エネルギー=マナ の塊を自らの内より一気に爆発させること によって、辺り一面を焦土と化す恐るべき 戦法を生み出したのだ。 ●鉄の処女 解説:出典【シュトルペ城 第1巻】  第七期の文明であり、物質主義であった エイス・テール。物質主義であるため魔法 を学ぶ者や、神を信仰する者に対して罰を 与える事があったようだ。  高度なエイス・テールの技術を刑罰へと 利用してきたシュトルペ城では、特に厳し い罰が与えられたという。そこで行われる 罰の一つに『鉄の処女』があったという。  手軽に罰を与えられ、対象を殺さずに出 血させ肉体に苦痛を与えるという点から数 多く利用されたという。無数の鉄の針から 繰り出される痛みは確実に出血をもたらす だろう。  シュトルペ城は、増加する魔法使いや信 者達を効率よく罰する事ができるように、 鉄の処女の完全自動化を行い、各街に設置 した。自動的に対象を捜索、罰を与えると いうその手軽さから需要は伸び、エイス・ テール中に鉄の処女は出回った。  その後もシュトルペ城は、地下の自動生 産施設で鉄の処女を大量に生産したが、あ る日突然、城中の鉄の処女が城内の人間全 てを取り込むという本来なら起こりえない はずの暴走が起きた。そしてシュトルペ城 の全ての人間は鉄の処女の中で生涯を終え た。  今現在、シュトルペ城はなぜか見つかっ ていない。しかし日に日に増えていく鉄の 処女の存在から今でも城は存在しているの だろう。穢れを知らない処女達と共に。 ●ハウンド種 解説:出典【油断したものの末路】  ハウンド種の特徴として、食生活によっ て様々な属性をその身に宿し、ブレスとし て吐く事で外敵から身を守るというものが ある。特に多くの物を喰らい、長生きした ハウンドは強力な混沌ハウンドになるとい う。  見た目が犬と似ているからと安易に近づ き、腕を喰い千切られたりブレスで吹き飛 ぶ冒険者が後を絶たない。  また、ハウンド種は集団行動を好む傾向 があるようで、1 つの部屋に大量に集まっ ている事があり、ブレスの連発で一瞬でミ ンチになる事もある。 ●爆弾岩 解説1:出典【使ってはいけない】  24年前、北方地方のドラン・クォーツ鉱 山で発生したあの悲惨な事故は、読者諸君 の記憶にもまだ新しいだろう。  クォーツ鉱石はとても固く、また正確な 測量を可能にした。そのため、貴重な鉱石 を求め多くの人々が山に集っていた。しか し、クォーツ鉱石にはもう一つの性質があ ったことを彼らは知らなかった。非常に多 くの石が一箇所に集うと、爆発を起こすの である。  現在、このクォーツ鉱石の性質を利用し た兵器を作ろうという研究が行われている。 しかし私は、その風潮に警鐘を鳴らしたい のだ。あの悲劇を繰り返さないために。 解説2:出典【街頭インタビュー】  なんで爆発するのかって?そんなこと俺 らに聞かれても困るっていうさあ。  別に爆発したくてしてるわけじゃないだ よ。なんてーの、ちょっとかっと来てさ、 あんたもあるだろ?そういうこと。そうい うときに、発作的に、ほら。ドーンって。 んで、ふと気づいたら病院で倒れてたりす るわけだ。  は?地雷犬とかハードゲイとかも同じな のかって?それこそ俺に聞くなよ!本人達 のところに行ってくれ! ●プチ 解説1:出典【身近な生物】  イルヴァの広範囲に渡って生息している 雑食生物。白い水滴に目がついて固まった ような外見をしている。這いずり回る、ま たは跳躍する事で移動を行い、捕食時はそ の軟性の体で包みこむように獲物を体内へ と取り込み、時間をかけて消化を行う。動 く物を見ると追いかける性質があるのか、 自分よりもはるかに強い生物に突撃し、す ぐさまミンチに変えられている姿をよく見 る。 解説2:出典【最新! 牧畜の友】  繁殖しやすく、家畜として育てやすい生 物だ。雑食のため飼料には困らないが、共 食いに注意してやる必要がある。乳はあま り搾れないが、その白い肉は弾力に富み、 かつ歯切れが良い好食感である。食べる事 で肌に潤いを与える性質がよく知られてい るが、近年、この肉を加工して美容液とす る研究がにわかに起こっているらしい。今 後新たに牧場を作るのであれば、プチを育 てると良いだろう。 解説3:出典【ピピンの日記】  プチさんは、かわいいです。しろくてま るくてプルプルして、ゆびでつんつんする と、ぷにぷにってきもちよいです。おひる ねするときも、プチさんがいたらまくらは いりません。でもおふとんのかわりにはな ってくれません。プチさんのせなかでねた ら、とってもきもちよさそう。おとうさん にはなしたら、プチさんをおっきくしてく れるたべものをかってきてくれるって。た のしみだなぁ。 ●白衣のナース 解説1:出典【職業種族】  国籍も性別も不問、魔法使いが就く事が できる職種。  魔法よりも主に精神的な面で特殊な訓練 を受けた彼らは独自の利他的観念を持ち、 自身から縁遠い相手にこそ癒しの手を差し 伸べる。治癒対象は友好度を意識した時点 で除外される為、必然的に敵対する相手だ けを回復支援する事になる。  もちろん相手から攻撃される上にマナも 人間並なのでしばしば悲鳴を上げて弾け飛 ぶ。それでも這い上がっては敵対者を癒す 彼らを気味悪く思う者も少なからず存在す るが、筆者は他の追随を許さない(という より真似できない)自己犠牲の精神を高く 評価している。 解説2:出典【匂いフェチ 会誌第2号】  天使のような純白の衣服から匂い立つナ ースの香り。それは溢れる清潔感の中から 鼻をツンと刺激する薬品臭を探り当てる一 つの遊戯のようであり、私は童心に帰りそ の遊びに没頭すると何故かおののきつつも 嗅ぐ事を止められなくなって(以下省略) ●武器※それは生きていて生もの製だ。 解説:出典【身近な非常食】  イルヴァのパン屋はハードタックをいつ でも食べることが出来る武具として武具店 に卸しているが本項では武器に擬態して生 きている生物を扱う。  この奇妙な生物は独自の進化を遂げた魚 や蛇であることがほとんどだ。所持者の求 めに応じて噛み付き、敵を食べる。残りを 所持者に分けて共生している。  この生物の特異な点は所持者の求めに応 じて急速な進化をすること。そして所持者 の力量が自分には見合わないと感じると彼 らは共生相手に牙を剥くことだ。  当然牙を剥くと彼らは捨てられる、もし くは食べつくし地面に落ちて動かなくなる。 そして次の所持者を待ち続ける。  ここがチャンスである。彼らは動けない のでそのまま焚き火で焼こう、味は固体に よって様々でとても美味だ。 ●ブレイド 解説1:出典【恐るべき兵器】  全身鎧、両手が剣となっている種族。実 はイェルス製の戦闘用の機械鎧で、中に人 が搭乗し操縦を行っている。剣からは出血 を引き起こす毒が染み出しているため、一 度でも斬られると重症になりやすい。  噂によると隊長格が乗る機体には美しい 紅い腰当が装着されるらしい。 解説2:  生ける全身鎧、リビングアーマーの低級 亜種。  名前の由来は腕の代わりに伸びる大きな ブレード。  逆の肩先から背後まで刃が広範囲に届き 敵の攻撃を防ぐので低レベルの割に耐久が 高い。  逆に鎧部分は破損すると出血もするので 見た目ほどタフではなく、リビングアーマ ー種の持つ物理攻撃耐性も持たない。  素手がブレードである為、これを相手に すると生傷が絶えない。  長期戦ではかなりの出血を覚悟しなくて はいけないだろう。  上位種は戦術を解し、耐久もブレイドβ でストーンゴーレム級、ブレイドΩでティ ラノサウルス級と侮れない数値を持つ。  防御を重視して決め手に欠くと失血死も ありえるので要注意。  盾として仲間にするとなかなか頼れるが、 あまり率先して攻撃しない特徴があるので 過信はできない。  手裏剣や棘付き防具を多用すれば出血の 要として活躍できるかも知れないが、ブレ イドは遠隔武器が使えないのでやはり仲間 がフォローすべきだろう。 解説3:エイス・テールの遺産書《魔法生 物 その未知なる生態》より  巨大な刃と重装甲で造られた人間型のモ ンスター。  外見からは科学技術の産物 自律機械に しか見えないが、内部には遺伝子を有する 血液と動力機関が張り巡らされ(それも細 部の独立稼動が可能で部位破壊による停止 を防ぐ)、更に何らかの魔力が込められて いる事が(腹立たしい事だが)エウダーナ の研究により判明した。  つまり科学と魔法の両方の技術により産 まれた人工生物のようだが、現在の科学文 明では勿論の事 純粋な魔法文明でも有り 得ない。  過去の文明のどの時点であればあのレベ ルの科学技術と魔法との両立を成し得るの か、今のところ全く判明していない。  兜・鎧・脚甲を模した頭部・胴部・脚部 の外装甲は王宮騎士団の支給装備のように 装飾が施され、恐らく組織立って計画され た軍隊のようなものであると推察される。  仮にこれが個人・少数によるものだとす ると、高水準の技術に広範な知識、資金や 権力など想像するだに恐ろしい人物である。  しかし何より恐ろしいのは、この作り物 が遺伝子を残せるという事実である。 ●亡霊 解説1:出典【肉体無き者たち】  一度埋まって肉体を失った者が魂のみで 這い上がって来た姿。だが肉体を失ったこ とによりその魂は歪んでしまっていて、生 前の強さは消えて無くなっている。  稀に生前の記憶が残っている者もいるよ うだが、その殆どは記憶が残っている故に 自らの消滅を選ぶ。 解説2:出典【ある亡霊の手記】 わたしは生きていたかった。ひととして、 生きて、いたかった。だから、亡霊に、な ってしまった。このままでは、わたしは怨 念……ひとではない化け物になって、しま う。それは、いやだ。わたしはひとでいた い。だからだ。しぬのは、消えるのは、こ わいけれど。生きて、いたいけれど。わた しは、ひとでいたい。化け物には、なりた くない。だから。わたしを、まだひとのま までいるわたしを、ころして、くれ。まだ それを、願える、内に。 ●迷子の子猫 解説:  子猫とあるが、子猫の姿をした成猫であ る。どういうわけか非常に迷子になりやす い性質をもっているらしく、研究のために 飼われていたこの猫が脱走し、研究所の敷 地内であるにも関わらず自分のねぐらに帰 ってくる事が出来なかった事例がある。  この猫は人語を解する猫で、その秘密は (著者注:これ以降の記述は、血と思われ る染みによって塗りつぶされ、判読不可能 だった) ●マンドレイク 解説:出典【魔法少女のための植物全集】  古くから、薬品の材料となる植物系の魔 物。成熟した茶色のマンドレイクの鳴き声 は聞いたものを気絶させるといわれている が、イルヴァにいるのは白いものだけであ る。外見や匂いが大根に非常に似ており、 イルヴァにいるマンドレイクは大根が突然 変異したものとも言われるほど。味も大根 に似てさっぱりで食べ応えがある。そして、 頭部の葉は魔力を蓄えているため魔力の成 長を促すだけでなく、マナの回復を促すた め魔法使いに好まれる。料理するときは最 初に縦に包丁を入れると、抵抗しなくなる ので料理しやすくなる。 解説2:出典【かたつむり旅行記】  私はその状況に絶望せざるを得なかった。 ミノタウロスの食卓から逃げられたと思っ たら、歩き回る大根に囲まれていたのだ。 マンドレイクの群生地だった。  かつての『腐敗の終末』を教訓に、魔法 文明によって自ら最適の場所を選んで繁殖 するよう、幾多の植物が動物としての性質 を与えられて農地に放たれ、その後野生化 した品種は多いと聞く。特にこのマンドレ イクは、同名の特異な魔法植物の繁殖力を 向上させるために幾つもの根菜と交配させ た上で動物化したものであり、恐ろしい事 に植物でありながら肉食なのだ。  ああ、なんたる災難か。失神してる際に ミノタウロスにかけられたソースによって、 私の体からはえもいわれぬ香りが立ち上り、 マンドレイクのくぼみのような鼻がひくり と動けば、その口からはのこぎりのような 歯列と涎が覗く。一介の疲労しきったかた つむりでしかない私には、これほどの数の 包囲を突破するよう力は無く、頼みの綱の 転移の杖は、この場所に飛んだ事で内に秘 めた魔力をすっかり使い果たしていた。  彼らは私を食料と判断したようだ。黒曜 石のような目が白身の上で鈍く光り、文字 通り降って湧いた幸運を逃すまいと、普段 は体の半分を覆う垂れた葉の先をその付け 根よりも高く持ち上げて視界を確保した。  ああ、エヘカトルよ。黒猫を従えし幸運 の女神よ。その忠実なる僕たる我をお救い 下さい。この窮地を乗り越えられたのなら ば、伴侶たる農耕神ともども十分な捧げ物 を致します。私は信仰する神にそう祈りを 捧げ、蒼穹に向けて唯一使える魔法を呼ば わったのだ。 ●ミノタウロス 解説1:【迷宮の主達】  亜人の一種。強靭な肉体を持ち、斧や鎚 等の武器の扱いに長けた野蛮人…もとい戦 士達である。その体躯と目の良さが故に彼 らの放つ一撃は強力で、旅慣れた冒険者で ない限り彼らと真っ向から切り結ぶのは避 けるべきだろう。またその外見とは裏腹に 魔術や呪術を駆使して戦う者もいるからな かなか侮れない。  ちなみにミノタウロスの本拠地は入り組 んだ迷路になっており、その地形が故に彼 らの王の討伐を依頼されてやってきた冒険 者が出会い頭に斬殺され返り討ちに、とい った悲劇が跡を絶たない。一寸先は闇、で ある。 解説2:出典【ぐるめご〜れむ食道楽】  亜人の一種であるが臆してはいけない。 二足歩行生物は珍味という定説は彼らにも 当てはまる。ミノタウロスは雑食性であり 強靭な肉体なため臭みがあり肉も硬く筋も 多い。しかし、腹が減った冒険者は彼らと 真っ向から切り結ぶ。なぜなら彼ら、そし て私はミノ・タン・ロースの味を知ってい るからだ。  ミノタウロスの臭みは初めて口にすると 面食らうかもしれない。しかしこの野性的 で脳天にアダマンタイトハンマーを振り下 ろされたような味は通常の家畜はもちろん マンモスなどでは決して味わえないもので ある。お勧めの調理法は「煮込み」だ。 ●《無のエイス》 解説:出典【信仰と畏れ】  存在しないとされる神格。  何者にも加護を与えず、何者を罰するこ とも無い。現在では無信仰者をあらわす慣 用句としてのみ、その名が唱えられる。  しかし、まさにこの慣用句こそが、無の エイスが実在する(あるいは、少なくとも かつて存在した)ことを指し示していると 筆者は考えている。 解説2:出典【電波受信録】  電波を受信した。「創世」  まず初めに、無が在った。  その矛盾はいつしか大きな揺らぎとなり、 混沌としたうねりから元素が生じた。そし て元素が混じりあう中で、風と大地が生ま れた…… ・・・(ねうねう)・・・  ……かくして神々が生まれ、世界が誕生 した。全ての父にして神々の長兄たる無は、 弟妹を愛するが故に、自らの矛盾が世界を 終結させることを恐れた。  故に、《無のエイス》はこの世の裏側に 隠れた。しかしその存在は余りに強く、ま たエイス自身世界に執着し覗き込むことが あった為、名前をはじめとした力が世界に 漏れ出ることとなった。こうして溢れた混 沌は今なお世界に狂気と変容を齎している 。●ヤドカリ 解説:出典【ラ(7字分判読不能)光案内】  Yoki Yahsta!ようこそ、深緑の町へ!  この町では、日常の煩わしさを忘れて、 神秘的な大樹に囲まれた静かなひとときを お過ごしいただくことができます。町の中 を散策すれば、かわいいヤドカリ達とすれ 違うかもしれません。彼らは昨年まで畑を 荒らしていたプチやかたつむりを退治する ために魔法で生み出された、この町の新し いマスコットです。出会ったらぜひあいさ つしてあげて下さいね!  また、少し足をのばせば山頂の天然温泉 をお楽しみいただけます!自然洞窟を利用 して作られた安全な山道を歩いてちょっと したハイキング気分を味わっていただくの もよし、ご希望のお客様にはあしが速く乗 り心地抜(6字分欠落)料で貸出しいたしま す!山頂(8字分欠落)設がございますので、 ゆっくりと疲れを癒(11字分欠落)ます。 名物のヤドカリ・ステーキをぜひご賞味く ださい!ホッと安心するような優しい味を 保証いたします。  その他なにかご要望がございましたら、 お気軽に私たち観光カウンターへお申し出 下さい。それでは、よい観光を! ●リザードマン 解説:出典【謎多き隣人たち】  トカゲ型の亜人。様々な武器特に槍の扱 いに秀でた戦術家にして、獰猛で知られる ゴブリンを凌駕するタフガイ。いたずらに やり合ってもジリ貧は必至であろう。  我々が目にする彼らは群れらしいものを 作らず単独あるいはいぜい数匹で行動する。 おしなべて健康的な年齢であり、また子育 ての様子などは発見されていない。いささ か突飛な想像だが、もし彼らに国があると したらリザードマンはその尖兵、いや冒険 者の一人に過ぎないのかも知れない。 ●リッチ 解説1:出典【原色不死生物図鑑】  生前、強大な魔力を有していた魔術師等 の亡骸を元に生まれる不死生物。その魔力 は不死生物となった後も健在で、数々の魔 法を駆使し、命ある者を襲う。  しかし、いかに大きな魔力をその身に宿 していようとも、大抵のリッチは他の不死 生物と同様に明確な意思無く力を振ってい るだけであるため、対処は容易い。真に恐 ろしいのは、強烈な恨みや生への執着を抱 きながら死んでいった魔術師の魂が、力あ る亡骸に宿った場合である。こうして生ま れたリッチは、その莫大な魔力と強力無比 な魔術により熟練の冒険者からも恐れられ る存在となる。  なお、冒険者の間では、実体を超越し、 半精神体と化したリッチが存在するという 噂があるが、真実は不明である。 解説2:【骨と共に落ちていた遺書】  私のような者がこれ以上出ない様に、こ の遺書を残そうと思う。  私は愛するペットと共にこのネフィアを 探索していた。だが、ある時ペットがいな いことに気付いた。姿が見えないときは大 体階段の上で待っているため、紐は付けて いなかった。そして今回もそうだと思い、 階段へ向かった。しかしアイツはいなかっ た。アイツが敵に遅れを取るとは思えず、 先に進んだのだろうと考え、私も奥へと進 んだ。だが、最奥の主を倒しても、アイツ は見つからなかった。私は元来た道を戻っ た。すると、アイツは私の傍へテレポート してきてくれた。その元気そうな姿を見て 安堵した瞬間、私は魔法の矢に貫かれた。 そして今、私は死にかけている。  この手紙を読んでいる者よ、死にたくな ければすぐにここから離れろ。こんな浅い ネフィアに骨フ(血痕で判読不可)を残し てしまう私を、許してほしい。 (巻末には、引用元となった史料と、本文 との記述との対応が一覧となっている) %END